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大切なものは
土方くん×銀八先生です




俺、坂田銀八には悩みがある。それは何かと言えば、俺の生徒である土方のことだ。土方は他のクラスを受け持つ先生達に自慢できるくらいに勉強が良くできる奴でさ、模試の結果が出る度にウチの土方は…って、俺は鼻が高かった。そんな風に頭がいいはずなのにだよ、最近の現国の試験の結果だけが散々だった。俺が教えてる教科だよ?それちょっとおかしくね?だからさ、悩んでる訳ですよ。成績の順位がいつも学年上位で、しかも毎日きちんと授業を受けている土方に限って現国だけついていけなくなることなんてあり得ない。もしかして、手を抜いたりしているのだろうか。それとも本当に解らなくなってしまったのだろうか。俺は色々と考えた。前者ならば理由如何で担任としてきちんと指導しなければならない。後者ならば俺の指導不足を謝って、銀八先生に任せなさいと補習でも何でも付き合ってやるつもりだ。だからまずはどうして成績が下がってしまったのか土方に問いただす必要があった。


「お前、今なんて…?」

「だから、わざと、です。」


俺は土方の言葉に耳を疑った。放課後になって国語科準備室に土方を呼び出して、最近どうしたんだよ、現国の成績酷いよ、お前と訊いてみたら、そんな答えが返って来た。


「お前、何で…そんな…」

「先生にもっと近付くには…こんなことくらいしねぇと。俺を、見て欲しくて。」

「はい?ちょ、お前、いきなり何言って…」

「俺は先生が好きなんだ。惚れてんだよ。」

「土方くーん、先生をからかうのは…」

「冗談なんかじゃねーよ!」


土方が俺のネクタイをぐっと掴んだ。本棚に囲まれた部屋の中では当然逃げ場所なんかない。真剣な瞳に囚われそうになって反射的にのけ反った俺の顎に手を添えると、土方は俺の唇を深く奪った。


「ん、ぁ……」


自分でも信じられないくらい甘い声が出て、我に返った俺は土方を突き飛ばした。土方はよろめいて俺から離れたが、それでも真っすぐに俺を見た。


「俺は、本気ですから。」


肩で息をしている俺に、失礼しますと頭を下げて土方は準備室を出て行った。こんな時でも律儀に挨拶するとかさ、あんなことをしてもやっぱり土方は土方だった。


「…あー、どうしよう。どうすりゃいいんだ。」


白衣の袖でそっと唇を拭う。だけどそんなことをしても土方の唇の熱は俺の中から消えやしなくて。俺は本棚を背にして、その場にだらしなくしゃがみ込んだ。


「…そういや、どっかの王子様とキツネのやり取りであったよな。大切なものは目に見えないってのが。」


まぁ、実は俺には土方の現国の成績のことだけじゃなくて、もっともっと深い悩みがあったんです。いい歳した大人だってのに俺ァ大概な奴なんだよ。


「土方。」


土方に対する俺の想いは目に見えないもので、そして目には見えないそれは俺にとって大切なものだった。大人になるとさ、臆病になっちまうんだよ。担任として教壇に立って初めて会った時、真っすぐな瞳が綺麗な子だなと思った。多分もうその時から始まってたんだ。先生、先生と笑顔で呼ばれる度にいつも嬉しくて堪らなかった。本当に馬鹿な話だけど、俺も好きだった。


「わざと成績下げてたお前もお前だけど……大人になるとさ、ずるくなっちまうんだよ、土方くん。」


必死に伸ばされた手を掴むことすらできなくなる。自分の心を守る為に。もしお前の手を取ったとして、いつかその手が離れた時、俺はどうやって生きてけばいいんだよ。だから、俺はずるくて臆病な大人のままだ。


「土方…」


本当は土方からの告白がどうしたらいいか分かんないくらい嬉しかったのに。その手を掴みたかったのに。俺はそれを受け入れたらいけない。ずるくて臆病な大人のままでいなきゃいけないんだよ。



*****
目の前にはどこまでも青い空が広がっている。眼鏡のレンズ越しでも空の青さは変わらないもんで。昼休みの屋上には俺以外に誰も居なくて、ふわりと髪を揺らす風が気持ち良かった。


「先生っ!」


背中越しに声を掛けられて、俺は突然のことに驚いた。聞き慣れたその声のせいで振り返らなくても後ろに立ってるのが誰か分かっちまうんだけどね。俺はゆっくりと土方の方に身体を向けた。


「良かった。やっぱここだった。」

「土方ー、ここ立ち入り禁止なんだけど。」


あの日のことを思い出しちまって気まずさを感じない訳じゃなかったけど、普通にしてなきゃ駄目だと俺はいつもの調子でのんびりと返した。つーか、こいつも俺にキスしたくせにいつもと変わんねぇから、これくらいでちょうどいいんだと思う。


「早く教室に戻りなさいよ。」

「先生だって…」

「先生は先生だから入っていいんです。」


注意しても土方はここから立ち去る気がないどころか、俺に近付いてその距離を詰めた。


「先生、時々こんな風に屋上で空見上げてるだろ?」

「…何で、お前がそんなこと…」


土方のことを考えてどうしようもなく心が苦しくなった時、俺はこの場所に来ては青空を見上げていた。どこまでも広がる青を見てたらさ、少しだけ気持ちが落ち着いたから。でもまさか土方に見られてたなんて思ってもいなかった。


「俺、前に廊下で偶然、昼休みに屋上に居る先生の姿を見たことがあったから。で、さっき職員室に行っても姿が見えなかったら、多分ここかなって思ったんだ。」


土方は目を細めながら空を見上げた。それからゆっくりと俺に視線を移して小さく笑った。


「あの時、先生の銀髪がさ、きらきら光って見えて遠くからでもすっげー綺麗で。……先生のことは前から何となく気になっちゃいたけど、はっきり分かったんだ。ああ、俺、先生のことが好きなんだって。……先生が好きなんだ。」


現国の成績下げるような馬鹿な真似はもうしません。俺、ちゃんと先生と向き合いたいから。土方は俺を見つめてそう言った。何でこいつはこんなにも真っすぐなんだ。眩しいまでに真っすぐで。俺はもうそんな物は持ち合わせちゃいない。俺にはない眩しさがあるから、だから、土方に惹かれちまうんだろうな。


「……俺、土方くんよりずっと年上のおっさんだよ?」

「…んなの知ってます。見りゃ分かります。」

「…だからね、土方くんと一緒になっても、これから将来に向かって進もうとしてるお前の足枷にしかなんねーの。」


傷は浅い方がいいに決まってる。お互いに。これ以上土方を巻き込む訳にはいかない。そんなことちゃんと分かってる。


「俺は、あのキツネが言ってたみてェに、これからもずっとこの場所から青い空見て、それでお前のこと思い出すだけで良かったんだよ。」


それが俺の幸せになるはずだったのに。そうしなけりゃならないのに。


「キツネ…?」


土方は俺の言葉を反芻した後、何かを思い出したように僅かに目を見開いた。


「なぁ、先生。俺の先生への想いはどんなに言葉にしたって目には見えない。けど俺にとっちゃ何よりも大切なものなんだ。」

「……」


俺の着ている白衣の裾が風になびいた。2人きりの屋上には遮る物が何もないから風が強く吹いていたのに、土方の声ははっきりと俺の耳に届いた。


「先生、この想いを俺1人で抱えてたって意味ねぇんだ。先生も一緒じゃねぇなら。」

「土方。」

「俺はまだまだガキだけど、先生が好きな気持ちは誰にも負けねぇから。だから大人しく俺の物になって下さいよ。頼むから。」


近付いたら駄目だと離れようとしていた距離はあっという間にゼロになって。気が付けば土方に抱き寄せられてしまっていた。俺とほとんど身長が変わんない。土方の腕の中に閉じ込められたままにそっと首を動かしてみると、緑の黒髪が頬に触れて何かもうたまんなかった。俺の腰に回された腕が俺を逃がさないようにぎゅうぎゅうと力を込めてきて。ああやっぱ年下の可愛い奴なんだなと思わずにはいられなかった。俺に向けられたその必死さがただ愛しかった。


「土方くんってほんと馬鹿だね。ほんと馬鹿。」

「先生、俺は、」


不安はあるし先のことは何も分からない上に一緒になってもいつか終わりが来るのかもしれない。でも俺は土方の想いを受け取りたいと思った。俺が好きになったこの真っすぐで綺麗な瞳にこれからもずっと俺を映して欲しかったから。


「お前は馬鹿だよ。勉強も運動もすっごく良くできんのに。だけどさ、先生、そんな馬鹿な土方くんが好きだったり、するんだよね。」

「先生っ…!」


死にそうなくらい幸せだ、と噛み締めるように呟いた土方の目がすぐ近くできらきらと明るく輝いていて、俺はその眩しさに甘い胸の疼きを感じた。


「あーあ、どうしてくれんだよ、お前は。絶対に言うつもりなんかなかったのに。」

「照れてる先生、可愛いな。」

「うっせーよ。…まぁ、とりあえず、お前が卒業したら考えますかー。」

「先生らしいな、そういうとこ。…ちゃんと幸せにするから。」


同じなんだよ、俺も。俺も目に見えない大切なこの愛おしさを土方と分かち合いたいんだ。だから、俺は内緒話をするように土方の耳元に唇を寄せると、そんなの当り前だろ、幸せにしてもらわなきゃ困んだろうが、と笑ってみせた。






END






あとがき
銀八先生と土方くんの3Z設定美味しいですね!銀八先生大好きな土方くんが好きですが、土方くんにきゅんとしてる銀八先生はもっと好きです^^


銀八先生は卒業してエリート警察官になった土方くんに養ってもらえばいいと思います(^^)/


お話の中のキツネは『星の王子様』から使わせて頂きました。高校生の時の授業で習いましたが、印象深いお話だなーと思った記憶があります。挿し絵が可愛くて好きでした。


読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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