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sweet cherish
2月14日のお話です




これと言って特に会う約束をしていた訳ではなかったのだが、何やら突然やって来た恋人にそのままの勢いで白い紙袋を手渡された。これやるよとも言われず黙って押し付けるように渡されたので、一体何が入っているのかと土方がその中身を確認しようとしたら、恋人である銀時が、あのさ、と言葉を発した。


「た、たまたまだからね、たまたま。これはたまたまなの。なーんかちょっとトリュフチョコが食いたくなったりしてー、あ、知ってる?最近のチョコってすっげー高いんだよ、土方くん。で、だったら自分で作った方が安くね?たくさん作れるしその方がお得じゃね?ってことで昨日することなくて暇だったからちゃっちゃと適当に作った訳で別に最初っからお前の分作るとかそんなん全然ない訳で、そう、これはたまたま作り過ぎちまっただけで、ほら、神楽にやったらさ、食い過ぎで虫歯とかそういうの心配だろ?まだまだ成長期だし?だから仕方なくお前にやるんであってね、作り過ぎたからって捨てちまうとか勿体ないしー、ほんとそういうことだから!それだけだから!言っとくけど勘違いしないでよね!」


口から先に生まれて来たんだろうなと常々思ってはいるが、よくもまぁ噛まずにここまで長く言えたものだと土方は感心しながら銀時を見た。早口で一気に捲し立てられた内容はあまりにも可愛すぎていて、周りの人間にどうだ俺の嫁は、と自慢したくなりそうだった。本人は認めないだろうが、土方を見て喋っている間、その赤い瞳がずっと潤んでいた。屯所の門番をしている若い隊士に来訪者の存在と外で待っているそうですとの言伝てをもらい、ちょうど書類仕事の休憩中だからとそのまま屯所の外に出てみれば、隊士が名前を口にした通りの人物が門前に立っていたのだ。そして手作りのチョコレートと共に可愛いのに可愛くない言葉を貰った訳だ。銀時が会いに来てくれたことで土方は、そうか、今日は14日だったのかと思い至った。この仕事に就いてからというもの、別に後悔している訳でも何でもないが、恋人達の為のイベント事からどんどん遠ざかっているのは確かなことであり。銀時と恋仲になって今年が初めてのバレンタインデーであったが、土方は独り身だった去年と同じようにその日のことをすっかり忘れていたのだった。


「これ、手作りだよな?」


分かっていても訊かずにはいられない。恋人の、手作り。それは土方の中で何とも甘い響きを伴っていた。


「手作りか…」

「だから手作り手作り言うな!」

「いや、でも実際そうなんだろ?」

「うっ…そりゃそうだけど…」


銀時は言葉を詰まらせると、青いマフラーに半分ほど顔を埋めてしまった。このまま外に居れば誰かに見られてしまう。照れくさそうにする銀時を誰にも見せたくなかった。こんな可愛い顔を。


「俺の部屋に来るか。ちょうど休憩してたんだ。」

「いいわ、用事はもう済んだし。」


銀時はそう言ってさっさと踵を返そうとしたので土方は慌てた。当たり前だ。まだもう少し一緒に居たいに決まっている。


「待て、銀時。じゃあ、ここでいい。少しでいいからよ、このまま話さねェか?」

「まぁ、そんくらいはいいけど…」


ぴたりと歩みを止めた銀時が土方に向き直る。赤い瞳の中にほっとした顔の自分が映っているのが見て取れて、土方は自身に苦笑した。


「…なぁ、こういうのって、作るの難しいんじゃねーのか?」

「へ?さらっと簡単に作れるけど。あ、そっか、土方くんは料理もお菓子作りもできないもんね〜。」


俺は何でも作れますけど、とにやりと笑われてしまった。別に俺が料理なんざできなくても、お前が作れりゃ何も問題ねぇだろうが。そう言おうと思ったのだが、口にすれば思いきり殴られそうな気がしたので、土方は心の内に留めておくことにした。


「それにしても、よくこんな手作りのもん用意してくれたな。」

「あ?……だってよォ、お前…クリスマスとかバレンタインとか、そういうの…存外気にするタイプだろ?けど、普通に仕事だし、ま、ちょっと可哀想だなーと思って、だからさ、銀さんがめそめそ泣いてる土方くんにチョコ恵んでやったんだよ。」


盛大に感謝しろよなとつっけんどんに言われたのだが、土方は堪らない思いだった。嬉しくてどうにかなりそうだった。銀時の言葉を頭の中で反芻する。彼は土方が恋人達の為のイベントを気にしていると言った。それはつまり、裏を返せば銀時も今日この日を意識してくれていたということに他ならない。たまたまだとか、作り過ぎただけだからと何度も言っていたくせにこうなのだ。可愛くて本当に仕方がない。みっともないくらいに頬が緩んでしまいそうだった。土方は溢れ出す銀時への愛おしさを噛み締めた。


「銀時、俺…」

「あれれ〜?土方さん、こんなとこで旦那と逢い引きですかィ?寒い日だってのにお熱いこった。組の奴らに見せびらかしたいんで?」


明らかに冷やかしの色を含む間延びした声が耳に届いて、土方は大きく肩を揺らした。銀時へと伸ばしかけた腕をそのまま静かに下ろす。後ろを振り返るまでもない。頭の後ろで両腕を組み、にやにやした顔で近付いて来たのは総悟だった。


「そ、総一郎君!?…逢い引きって、それ言葉のチョイスが古いよ。君、まだ若いってのに銀さんちょっと心配になったわ。」

「総悟!てめっ、巡回はどうした巡回は!今日の午後はお前の当番だろうが!」

「旦那、総悟です。」

「おい、無視すんじゃねーぞ、総悟!聞いてんのか!」


屯所から出て来た総悟が土方の脇を抜けて銀時に近付いた。そして土方が手にしている紙袋をちらりと一瞥すると、人の悪い笑みをその口元に浮かべた。


「ああなるほど…旦那、今日は14日でしたね、そういやぁ、それでわざわざ土方さんに…」

「あー!そうそう!余りもんの余りもんみたいなやつなんだけどね、沖田君にこれあげるわ!神楽が友達にやるっつーからよ、ついでに色々作ったんだよ。で、1個余っちまったから俺が食おっかなーと思って持ってたんだけどね。」

「は?おい、銀時、お前…」


土方の声に聞く耳を持たず、銀時は慌てたように懐に手を突っ込んだ。着物の袷をごそごそと探って中から取り出したのはラッピング用の透明な袋に入ったチョコレートだった。しかも袋の口は可愛らしい赤いリボンで結ばれており、それは小さいけれども立派なバレンタインのチョコレートだった。


「はいどーぞ!」


銀時は総悟の手にチョコレートを強引に押し付けた。そして、視線を逸らして土方を見ないまま、じゃあね、土方くんと早口に告げると勢い良く走り出してしまった。反応が遅れた土方は銀時の背中を追うことができず、その場に立ち尽くすしかなかった。銀時の首元に巻かれた青いマフラーの先が風になびく。土方は遠ざかるそれを名残り惜しげに見つめることしかできなかった。


「くそっ…何だよ、総悟、てめーはいつもいつも邪魔しやがって…!」

「ひがまなくても大丈夫ですぜ、土方さん。土方さんのチョコの方が数も大きさも勝ってやすから。」


安心して下せェ、旦那の一番は土方さんに決まってやす。じゃあ、俺はそろそろ巡回行ってくるんで。総悟はあくびを噛み殺しながら土方に告げると、たった今銀時から貰ったチョコレートを隊服の懐にしまってゆっくり歩き出した。


「…んなの、分かってるに決まってんだろうが。」


分かっている。ちゃんと分かっている。あれは銀時の照れ隠しだということも。総悟はただ面白がっているだけで、別に銀時を盗ろうとしている訳ではないことも。分かってはいるが、なかなか思うようにいかないことに溜め息が零れ落ちた。


「いや、せっかく銀時に会えたんだ。総悟の言う通り俺の方が勝ってるんだからな。」


溜め息など吐こうものなら銀時との幸せが逃げてしまう。それよりもこの手作りチョコをどう味わうかだ。照れていた銀時を思い出せば、その可愛さのおかげで総悟に対する苛立ちも吹き飛んだ。


「このチョコ食ったら、電話して感想でも教えてやろうかな。」


そんなことでいちいち電話してくんじゃねーよ、と怒られてしまうだろうが、それでもきっと待ってくれていると思うのだ。


「考えてみりゃ…これ、もしかしたら来年も期待していいってことだよな?」


また来年も期待していいのか。それも訊いてみようものなら、さらに声を荒げた銀時に怒られてしまいそうだ。それでも土方は楽しみにしておこうと思った。銀時が自分に心を寄せてくれているのならば、2月14日に何もしないはずはないからだ。ああ本当に可愛くてどうしようもなくて。冷たい冬の風が強く吹いて髪を揺らしたが、そんなことも気にならないほどに土方の心はぽかぽかと温かかった。


「ありがとな、銀時。」


土方は腕に抱え直した紙袋に視線を落とした。銀時の想いが詰まったこのチョコレートはどんな味がするのだろう。それは、ほろ苦くて、ほんの少しだけ甘い。そんな味のような気がした。そして、勿体なくて少しずつしか食べられない自分が容易に想像できてしまって、土方は微苦笑した。小さな笑みを浮かべる土方の頭の中は可愛い恋人の手作りチョコの味と来月の14日の予定で占められていたのだった。






END






あとがき
お前の為に作ったよと言えずに、勘違いしないでよね、としか言えないけれどちゃんと手作りチョコを持って来るツンデレ乙女銀ちゃんって可愛いなーと思いまして勢いで書いてみました。こういう攻撃をされたら土方さんは簡単に撃沈しますね^^総悟の嫌がらせはご愛嬌ということで、土方さんには頑張ってもらいたいです。とりあえずこの後感想を電話した土方さんは、電話口で怒りながら照れる銀ちゃんに何だこの可愛い生き物は!って悶えることになるんだなと思いました^^


読んでくださいまして本当にありがとうございました!

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