[携帯モード] [URL送信]
砂糖菓子みたいに
ユキハナ様から90000HITリクエストで頂いた「土方さんに甘える銀ちゃん」のお話です




万事屋にもう長らく依頼が来ていない。すなわちそれは坂田家においてそのまま死活問題に直結する緊急事態である。家賃や光熱水費の支払いは勿論、冷蔵庫の中身を補充することも苦しくなってしまうのだ。新八と神楽に払う給料は最初から勘定に入れてはいないのでその分の支出はないものの、現在非常にまずい状況になっていることを銀時は数日前から嫌になるくらい痛感していた。万事屋の営業が閑古鳥が鳴く状態であるにも関わらず、趣味のパチンコやら甘味やらに湯水の如く好き放題使っていたのだから当然貯えが底をつくに決まっていた。


万事屋が非常時の際、子供達の食事についてはお登勢に必死に頼み込めば一応何とかなる。神楽と新八と定春には優しい顔を見せる大家なのだ。だが、いい大人である自分に対してはそういう訳にはいかないのが悲しい現実だ。てめーの面倒くらいてめーで見るんだね、自業自得だよ、と取りつく島もない。だから困窮しているこの状況を自分でどうにかする必要が今の銀時にはあったのだ。


「土方くん、お腹減った。色々もう耐えらんない。限界。」


目の前の背中に向けて何とかしてくれと言葉を投げる。そして銀時はそのまま黒い背中にじーっと視線を注いだ。仕事中に部屋に押し掛けるとこの男はいつもこちらに背を向けて書類とにらめっこをしている。それはもうすっかり見慣れた風景なので別段何も思わないのだが、非常事態の時では話は別だ。早くこっち向いてくんないかなぁと思ってしまう。そんな風に心の中で独りごちてしまい、銀時は思わず恋人の部屋で自嘲の笑みを浮かべた。土方くん、お腹減った、とか。何か食わせて、とか。ちょっとばかし金貸して、とか。考えてみれば土方にはいつもそんなことばかり言っている気がする。付き合っている相手に言うような台詞ではないなとは思うものの、銀時の懐事情は常に心もとないのだ。


「そうか。そりゃ大変な訳だ。お前がここに来るってんだからな。」


土方がくるりと振り返る。だがそれは一瞬のことであり、すぐにまた前を向いて筆を動かし始めた。先ほどからずっと忙しいオーラが出ているのは分かっているのだが、自分が置かれている現状を打破しなければという切羽詰まった思いがある以上、銀時は簡単に引き下がれなかった。


「そうだよ、大変なの!坂田家は今色々とまずいんだよ!だからさ、」

「お前の気持ちも分かるが、俺も今ちょっときついんだよ。急ぎの書類だから手が離せねーんだ。悪い、当分かかる。」


申し訳なさの滲む声。自分のことをちゃんと考えてくれているのが分かる。けれども。滅多に言わない我が儘を聞いて欲しい状況なのだ。今はほんの少しだけ俺を優先してよと。


「ひーじーかーたー!」


綺麗に糊付けされているシャツの襟元をぐっと引っ掴んで無理矢理振り向かせる。整った顔に驚きの色が広がるのを見届けてから、むっと頬を膨らませてみせた。この拗ねた顔は土方が好きな表情なのだ。あとは確か上目遣いとか小首を傾げるのも好きだったはず。銀時からすれば非常に恥ずかしい行為なのだが、金欠でどうにもならない現状では背に腹は代えられない。頬を膨らませたまま、俺を構えと目で訴えた。


「なぁ、ひじかた。」

「とりあえず、下で何か食わせてもらえよ。大家なんだろ?」


今日は駄目か。身体を張ったというのにあまり効いていない。銀時は心の中で大きな溜め息を洩らした。


「もう新八と神楽で予約済みなんだよ。これ以上頼んだりなんかしたら…俺、今度こそ腎臓2つ売ることになるから!だって、先々月から家賃払ってねーもん。確実に取られるに決まってる。そんなの死んでもやだ!」


お登勢の冷たい軽蔑の瞳を思い出して銀時は肩を震わせた。依頼が途絶えて極貧生活を覚悟しても縋れるものには縋りたい。だからここに来たのだ。


「もうさ、昼飯はお菓子でいいから!糖分でいいからなんかくれ!」

「つってもな、ここには糖分なんざ1つもねーぞ。」

「……んなの、分かってるよ。」


適当に甘い物でいいからと勢いで言葉にしてみたものの、恋人の部屋にそんな物が常備されていないことなど最初から知っている。難しそうな書類に煙草の吸殻の山。ここにはそんな物しかない。


「分かってる。言ってみただけだっつーの。」


甘えすぎているのは十分承知している。彼より年上のくせに一体何をやっているのかと思う。こんなみっともないことを続けていたら、もしかしたら愛想を尽かされてしまうかもしれないことも頭の片隅で考えている。それでもギリギリまで我慢して、八方塞がりでもうどうしようもなくなった時にこの男に頼りたくなってしまうのだ。この男にしか頼れないのだ。無理なお願いを聞いて欲しくなる。


「銀時。」


低い声で名前を呼ばれてどきりとした。土方と間近で視線が絡み合う。やけに真剣な顔だ。銀時の喉が小さく鳴る。どうしよう、怒らせてしまったのではないだろうか。付き合うってのはそういうことじゃねーだろうが。金がなくなる度にたかりに来やがって。俺ァ、てめーの財布か?いい加減にしろや。そんなことを言われたらどうしよう。遂に呆れて嫌いになってしまったとしたら、どうすればいい?


「これで我慢しろ。」

「え…?」


不意に伸びてきた手がするりと後頭部に回される。怒られるものとばかり思っていたせいで反応が遅れた銀時は土方のされるがままだった。


「…ひじ、」


いつの間にか土方の顔がすぐ目の前にある。ああ、そうか。少し強引な手つきで引き寄せられた訳だ。どこか他人事のようにそう思っていると唇に柔らかい物が触れた。それが角度を変えて何度も唇を啄んでくる。口付けられているのだと理解した瞬間、頬に熱が広がって頭の中が土方で一杯になった。


「ちょ、お前…」


突然のことに驚いて思わず身を引いた銀時は目をぱちくりさせて土方を見た。銀時の戸惑いを声を出さずに笑って受け止めた土方は淡い赤の瞳を見つめ返すと、黙ったままもう一度自分の方に引き寄せた。先ほどよりも口付けが深くなる。優しい動きで上顎をなぞっていく舌のくすぐったさに身を捩った銀時はゆっくりと土方から離れた。だがそんな銀時を逃すものかと長い指が銀色の髪に触れた。


「俺で我慢しろっつってんだ。」


「えっと…」


それはつまり。絶対にそういうことだ。そうに決まっている。恋人のいきなりの口付けの意味をはっきりと理解した。そうして理解したら色々な感情が湧き上がって心臓の辺りがきゅうっと締め付けられたような感覚を味わった。


「んだよ、こんなんで腹の足しになるかよって言いてェんだろ。」

「え、えっと、そりゃまぁ…腹が膨れる訳は、ねーけど。」


言葉を返しながらも頬がじわじわと緩むのを止められない。この男のやることに自分はいつも馬鹿みたいに感情を揺さぶられる。真っすぐな行動に心が跳ねる。惚れているのだから仕方がないのだけれど。だから、今ので金欠やら空腹やらの切迫した思いはどこかに吹っ飛んでしまった。


「あー…うん、こっちは腹一杯になったわ。」


左胸を拳で軽く叩いてへらっと笑ってみせたら、今度は土方が軽く目を見開いた。恋人が素直に自分の気持ちを吐露するとは思っていなかったのかもしれない。じっと注がれる視線が照れくさくて少しだけ俯いたら、ふはっと笑う気配がした。


「当たり前だろうが。満腹になってもらわねーと困る。そのつもりでしたんだからな。」


ぽんと頭に手を置かれてそのままあやすように髪を掻き回される。愛おしさを伝えてくるそれに堪らなくなって顔を上げれば、目の前には嬉しそうに口角を上げている男。あぁ、くそっ。その顔は反則だ。


「…土方くんてさ、」


もう敵わない。それならば。土方に寄り掛かって肩口にこつんと額を当てる。すると男らしい長い指の動きがさらに優しくなった。


「俺で我慢しろとかさ、そういう男前なことさらっとできるからかっこいいんだよね。」


どうしよう、銀さん今すっげーときめいちまった。一瞬糖分とかどうでもよくなったわ。耳元でそう囁いたら、もっと惚れちまっていいんだぜと土方が少し獰猛に笑う。低く甘いその声は麻酔のように心を痺れさせた。あぁ、もう。こちらばかり余裕がない。少しは照れて欲しい。自分だけが振り回されるのは何だか悔しいのに。


「土方。」


名前を呼んで愛おしい存在にぴたりと寄り添う。土方にもたれ掛かったまま、ほっと息を吐いた。いつの間にかもうすっかりこの場所も自分の行動範囲の中に入ってしまった。煙草臭くて、心惹かれる甘い物など何もない部屋なのに酷く落ち着く。剣を握る指が髪を撫でるのが酷く心地よい。この男が傍らに居てくれることが幸せだと思えるのだ。それが当たり前になっている今の日常が銀時にとってかけがえのないものだった。


「土方。」


髪を梳いていた指がゆっくりと移動して応えるように頬を撫でる。土方の体温を直に感じて心が甘く溶けていくような気がした。こんな風に誰かの温もりに安心する日が来るなんて思ってもいなかった。そのまま土方の手に頬を擦り寄せると、今日はやけに甘えるなと少しだけからかい混じりの声がした。


「金欠になるとさぁ、人恋しくもなんの。土方くんを感じたくなんの。」


もう仕方ないんだよ。そう返して黒い背中にきゅっと腕を回す。正面から抱き付くなんて男が男にすることではないけれど。でももう仕方がない。何度も言うが、自分はこの男に惚れてしまっているのだから。


「こうしてると銀時補給だな。」


髪が頬に当たるからか、くすぐってェよと土方が肩を揺らす。忙しいと言っていたはずなのに彼はもう完全に仕事の手を止めてしまっていた。


「そうだな…もう少ししたら一旦外に飯食いに行くか。」

「いいの?」

「息抜きになるしな、ついでに買い物も付き合ってやるよ。」


土方が腕を回してこちらを覗き込んでくる。甘えさせてくれる時の彼はいつもそんな風にくっついて陽だまりのような温もりを感じさせてくれるのだ。


「俺で我慢しろっつったが、やっぱ限界だろ?好きなもん買ってやる。」

「まじでか!じゃあ米!とりあえず米お願いします!」


土方の腕の中でつい興奮した声を出したら、いきなり米かよ、と笑われてしまった。眉尻を下げて喉を鳴らす笑い顔から目が離せないでいると、米俵は重いよなぁと土方が洩らした。


「じゃあお前ん家にまとめて何俵か送ってやろうか。」

「えっ!?や、そこまではいいって!」


別にそんなつもりで口にした訳ではないのだ。やはりはっきりさせた方がいいような気がする。銀時は土方の着ている白いシャツの袖の部分をちょんと引っ張った。


「土方くんさ、やっぱ自分のこと銀さんの都合のいい財布とか思ったりしたことある?」

「どうした、急に。」

「いや、なんか、気になったり…」

「まぁ、付き合う前は多少な。けど今はお前が俺だけを頼ってくれるってのが悪くねェ。そりゃ米俵でも送りたくなるだろ。好きな奴が自分にだけ頼ってくるんだ、できることはしてやりてぇじゃねーか。」

「……」


きっとこれからもずっと勝てる気がしない。勝てるとしたら剣の腕と糖分に対する思いくらいだ。せめてそれくらいは勝っておかないと負けっぱなしになってしまう。


「……財布とか、そんなん思ってねーから。ただ、ちょっと我が儘聞いて欲しいとか、そういうので…だから今回のも…」

「知ってるよ。」

「土方。」


あともう少しだけ待ってろと言われて素直に頷いた。いつも煙草の香りを纏っていてその苦さは自分の大好きな糖分みたいに少しも甘くなどないのに、この男の心は砂糖菓子みたいに甘く優しい。それが自分に向けられるのがどうしようもないほどに嬉しかった。


「ま、ついでに今夜は泊まってけよ。一緒に飲みてェからな。」


切れ長の瞳が甘く緩んでいく。俺の我が儘も聞いてもらわねェとな。そう言われてしまえば、もう頷くしかないのである。それくらい、好きなのだ。






END





あとがき
色々な方向から銀ちゃんに土方さんに甘えてもらったつもりですが、キャラ崩壊しててすみません…あとあまりべったりしてなくて申し訳ないです´`少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです!


外では喧嘩ップルでも室内だと2人でいちゃついているといいなといつも思ってます^^


ユキハナ様、この度は素敵なリクエストをしてくださって本当にありがとうございました!

[*前へ][次へ#]

87/111ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!