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君がくれる感情の名は
クリスマスイブのお話です




恋人同士で幸せな時間を過ごすことがもうすっかり世間で一般的になってしまっている12月24日。銀時は土方と恋仲になってから何度かその日を迎えているが、実は今まで一度も土方と一緒の時間を過ごしたことがなかった。その原因はたった1つ。恋人の仕事だ。その仕事とは真選組の重要な任務である年末年始の特別警戒らしいのだが、特別という名称の通り、平時よりも厳戒態勢を敷いた巡回に駆り出されてしまうのだ。しかも彼は副長としてその頭脳を活かす為に陣頭指揮を任される立場にある。だからそう簡単に現場を離れる訳にもいかないということだ。僅かな休憩時間を貰えたとしても万事屋の玄関の戸を叩くような暇はないので、24日は毎年土方の顔を見ることはなかった。


自分は女子供のように甘い物が好きな人間なのだが、だからといって決して女々しい性格ではないと思っているので、銀時はイブの日を一緒に過ごせないことに対して土方に何か言うようなことはしてこなかった。いい歳した大人であるし、そもそも男なのでみっともない真似はしたくない。土方と一緒に過ごせないことに全く何も思わない訳ではなかったが、何をおいても2人の時間を優先させることは正しいことではないと理解していた。土方には真選組を大切にして欲しいし、自分だって護るべきものをないがしろにしたくないのだ。その上に自分達の関係があると考えている銀時だったので、24日に会えないことにそこまで不安になったり焦りはしなかった。だが土方は思った以上にロマンチストだったようで、付き合って最初の年だったのだが、イブの日に何もしてやれなくて本当にすまないと、ものすごい勢いで謝罪されたことがあった。あまりの真剣さというか愛の重さに若干引きそうになったなんて内緒なのだが、その時にこれはいい機会だと思ったので、そういうの次からはもういいから恥ずかしいから当日の連絡とかもやめろよと思いきり釘を刺したのだ。銀時の剣幕に気圧された土方は渋々頷き、それ以降銀時の言葉を守って何も言わなくなったので、2人の間で24日のことはあまり話題に上らなくなっていった。24日にお互い別々の時間を過ごしたからといって土方との仲が冷え込む訳ではないし、次の日には毎年子供達と階下の面々で楽しくクリスマスパーティーを開くことになっているので寂しいと感じることもない。テレビやカレンダーで24の数字を見た時に今年も去年と同じかと思うことはあったが、ただそれだけだった。


「俺もそろそろ寝るとしよっかな。」


明日の準備で早起きをするからと同居人の神楽は風呂から上がると早々に押し入れに直行してしまったので、銀時も居間の灯りを消して寝室にしている和室へ向かった。煎餅布団を被って身体が温まるまでじっとしていると、瞼の裏に土方の姿が浮かんだ。土方には素っ気ない態度を見せているが、毎年繰り返し瞼の裏側で思い出してしまうのはもう仕方がないのかもしれない。懐に入れて大切に想うようになってから自然と考えてしまうことが増えたのだから。


「向こうは相変わらずお仕事励んでんのかね。」


今頃寒い夜空の下で頑張っているのかと思うと大変だなぁという言葉しか出て来ない。頑張りすぎるのが土方のいいところであり、同時に悪いところでもあるのだ。


「次に会った時は労ってやった方がいいかもな。」


頑張ってんね、その一言でさえも土方は嬉しそうに目を細める。自分だけに向けられるその笑みが銀時は好きで堪らなかった。偉いよ、副長さんと続けると、いつも静かに肩を抱き寄せられた。土方に想われることは心地良くて、それは久しぶりに触れた感情だった。


「…布団の中で何思い出し笑いしてんだよ、俺。」


こりゃ本格的にやべーわと銀時は頭を振った。もし神楽に見られでもしたら、布団の中でにやついてるなんて何か気持ち悪いアルと軽蔑の目で見られてしまいそうだった。


「よし寝ようもう寝ようそうしよう!」


これ以上土方のことを考えるのはやめだやめ、と大きく頷くと、銀時は明日のパーティーのケーキや料理に想いを馳せることにして再びきゅっと目を瞑った。






この部屋には自分以外には誰も寝ていないはずなのに不意に背中に何かの気配を感じて銀時はぱっと目を覚ました。背後に何かがくっついている感覚があったからだ。


「え…?」


もしかしてこれって足がないので有名なあの方なのか。そうなのか?もしそうだとしたらどうすればいいんだと押し寄せる恐怖に震えそうになりながら、銀時は覚悟を決めると首だけを動かして恐る恐る後ろを見た。


「…って、ひじ…かた!?」


月明かりがうっすら射し込むだけの暗い部屋の中、銀時は自分にぴたりと身を寄せているその正体を知った。隊服姿の土方が銀時を背中から抱き締めており、半分ほど布団に潜り込んでいたのだ。銀時をぎゅっと抱き込んでいる土方の肩が小さく上下している。そしてすぐ側からは規則正しい寝息が聞こえた。


「び、びびったー。土方かよ。何だよ驚かせやがって。」


恐らく合い鍵を使って入って来たのだろう。銀時は何かあった時の為にと新八とお登勢とそして土方に鍵を作って渡している。緊急用だからと土方に手渡していたそれが使われたのは、多分今夜が初めてだった。


「ほんと何なのこいつ。まだ仕事なんじゃ…」


枕元の置き時計に目を向けなくても分かる。一般的な生活をしている者ならぐっすり眠っている時間帯だった。仕事が終わって来たのだろうか。銀時を抱き寄せて眠る土方の顔は暗い部屋の中なのでよく見えないが、きっと疲労の色が残っているのではないかと思う。真っすぐ屯所に帰って風呂に入るなり上質な布団でゆっくり休むなりすればいいのに、この男はここに来たのだ。


「お前って、ほーんと銀さんのこと好きな。」


返事が返って来ないのを確認すると、銀時は土方の腕の中で器用に身体の向きを変えた。土方の顔はすぐそこだ。銀時がもぞもぞ動いても反応がないので珍しく深く眠っているようだった。小さく笑って銀時は土方を引き寄せると、後頭部に手を回してそのままそっと胸の中に抱き込んだ。さらさらな髪が指先に気持ちいい。自身の髪に劣等感を持っている銀時は正反対な土方の髪の手触りが好きだった。勿論時々真っすぐ過ぎるその髪が憎たらしいこともあるのだけれど。


「普段こんな風に触らせちゃくれねーもんなぁ。」


甘やかしてやりたい気分になって銀時が土方の髪をくしゃりとかき混ぜようとすると、いつも土方は子供扱いするなと照れながら怒るのだ。銀時にそんなつもりはないのだが、土方はそう思うらしい。だから普段はほとんど髪を触らせてはくれないのだ。眠っている今がまさに絶好の機会だった。


「こんなイブの日ってのもたまには悪くねーかも。ま、もう過ぎちまってんだけどね。」


聖なる夜は土方の仕事で会えないまま終わるのが当たり前だった。別にそれで構わないと思っていたはずなのに、こうして会いに来てくれたことが本当に嬉しかった。今この瞬間、土方の体温を感じられることがかけがえのない幸福だった。


「土方。」


どうしてこんなにも愛おしいと思う存在になったのだろうか。銀時は微笑みを浮かべながら土方の髪を優しく梳いた。白夜叉のこと、恩師のこと、今までずっと心の奥底で蓋をしていた自分自身の過去。それをこの男になら話してもいいと思えたのだ。いつの間にかそんな存在になっていた。そんな風に思うようになったからこそ、土方が今、自分の隣で眠っているのだろう。入れ替わり騒動の時もだ、お互いの護るべき大切なものを改めて知った。色々な事件や何気ない日常のやり取りを経て、銀時は土方を愛おしむようになった。静かに笑って銀時と名前を呼んでくれる土方が銀時の心の中にいつだって存在しているのだ。それは、どんなに特別なことなのだろう。


「俺って、ほーんと土方くんのこと好きな。」


目を細めて静かに呟く。自分自身でも何を言ってるのかと思ったが、銀時の心の中にある素直な気持ちだった。


「おやすみ、土方。」


もうひとつの体温に愛おしさを込めて。銀時は土方の耳元でそっと囁いた。






「おはようさん。」

「銀…」

「おー、やっと起きたね。」


相手が目を開いた瞬間に耳元で朝の挨拶をひとつ。布団の中の土方は目覚めたばかりだからか、まだ少しだけ眠そうだった。けれども銀時を視界に映すと、すぐに見慣れた表情になった。銀時よりも寝起きは随分良い男なのだ。


「お前、もう起きてたのか。」

「まあな。いっつも俺ばっか見られてるから、たまにはお返しだよ、土方くん。」


にやっと笑って土方を見つめる。すると、俺の寝顔なんざ眺めても何も面白くねーだろと返されてしまった。


「いーや、土方くんの寝顔可愛かったですよ?」

「お前の方が可愛い。」


真剣な瞳で言われるものだから今すぐ布団の中から追い出したい気持ちに駆られそうになった。だが早朝からそんなことをしたら土方が風邪を引いてしまうかもしれないし、何より銀時自身がこの優しい時間を終わりにしたくなかったので、そのまま恥ずかしさをやり過ごすしかなかった。どうしたと自分の好きな整った顔が覗き込んでくる。銀時は目を細めて土方に応えると、ゆっくり口を開いた。


「土方。」

「ん?」

「言いたいことは色々あんだけど、とりあえず…来てくれてありがとな。」


数時間前と同じように目の前の黒髪に手を伸ばしてそのままくしゃりとかき回す。いつもならば何すんだよと怒った顔をするはずなのに、土方はおうと頷いて大人しくしていた。あっれー珍しいなと思っていると、銀時の腰に回されていた土方の手が布団の中を移動して銀時の銀髪に触れた。


「俺も、な。」


そう言って土方が銀時の髪に指を差し入れる。優しさと愛情の滲み出る触れ方だった。甘やかそうとしているのに結局こちらが甘やかされてしまっている。上手くいかねーなぁと思いながらも銀時の心は穏やかで、その口元には自然と笑みが浮かんだ。


「そういや、冷蔵庫にケーキ入ってるからな。昨日ここに来る前に買ったんだけどよ。」

「まじでか!やっさしー土方くん!」

「24日だったしホールのやつが売り切れてて、いつも食ってる普通の大きさのなんだが…」

「いいよいいよ、気にしないってそんなん別に!昨日家でじっとしててまともな糖分食ってないからすげー嬉しい。」


いつでもそういう心遣いを忘れないでいてくれる恋人に感謝の気持ちを表そうとしてがばっと抱き付くと、何か今日は積極的だなと少し困った声と共に頭を撫でられ、それから土方がゆっくりと離れた。


「よっし、俺、朝飯ケーキにしよっと。」

「は?おいおい朝からそんなもん食って大丈夫かよ?」

「神楽が起きる前に食わねーとなくなっちまうんだよ。あ、お前は今日も仕事だし、普通でいいよね?」

「…俺の分、作ってくれるのか?」


土方が驚いた表情を銀時に向ける。そんな顔をされて銀時も少しばかり驚いた。別に何も変なことは言っていないと思うのだが。銀時は間近にある青い瞳をまじまじと見返した。だって今日は甘やかしてやりたいのだ。土方に温かいものを貰ったのだから。


「当たり前じゃん。作ってやるよ。お前にはケーキあげないに決まって…」


言い終わらない内に強く抱き締められてしまった。土方の髪が首筋に触れて、腰に回された手が温かくて。嬉しいけれど、甘やかしたいけれど、朝食の準備もある訳で。


「土方くーん?」

「いいからお前はちょっと大人しくしてろ。」

「えーと、銀さんどうすれば…」


土方は腕の力を緩めてくれそうになくて、銀時は布団の中でされるがままの状態だった。これでは土方の朝食を用意する為に起きることができないではないか。一体いつになったら布団の中から出られるのやらと銀時は思わず苦笑したが、それでもやはりもう少しだけ甘えていたくて、土方の腕の中で目を閉じた。






END






あとがき
土方さんのことを甘やかしてあげたいと思って甘やかそうとする銀ちゃんが書きたくて24日ネタと絡めて書いてみました。次の年からは仕事が終わったら万事屋に直行する副長さんが見られると思います。毎回ワンパターンなお話で申し訳ないですが、らぶらぶさせることはできたので満足ですv


あとはお布団の中でのやり取りが本当に好きなので、その部分も入れてみました。狭い場所でくっつき合ってる2人はとても可愛いと思います^^


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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