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上司と上司の喧嘩相手の関係性について
山崎目線での土銀のお話です




今はまだ監察の仕事の途中ではあったが上司に報告した方がいいかもしれない事項ができたので、山崎は張り込んでいた路地を抜け出した。長い時間、薄暗い場所にじっと身を潜めているせいで太陽の光が眩しく感じられるのはいつものことである。目を細めながら爽やかな青空を見上げた後、山崎は真っすぐに歩き出した。そして人で賑わう明るい大通りまで歩みを進めると、隊服のポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出した。


「副長、俺です。山崎です。」

『おう。山崎か。』

「はい。副長に報告したいことがありまして。そこまで急ぎ、という訳じゃないんですが、最近調べを進めている攘夷浪士に少し動きがあったようで…定例報告みたいなもんですけど、」


気になる組織があるから調べろとの命令で情報収集の途中であったが、これから一度屯所に戻る旨を伝えたら電話の相手である自分の直属の上司、土方もちょうど外に出ているようだった。簡単な話なら外で聞くと言われたので、山崎はじゃあお願いしますと頷いた。土方が現在居るという場所は山崎が先ほどまで隠れていた路地から割と近かったので、そのまま指定された店へと向かうことにしたのだった。





「なぁ、山崎。甘味テロと思わねーか、これ。…ったく、パフェ何杯食えば気が済むんだよ。」

「はああ!?お前の方が食事テロだろうが!こっちの食欲根こそぎ奪おうとしやがって…なんでいっつもコーヒーの上に黄色い物体浮かべたがんだよ?ほんと訳分かんねーよ。そう思うだろ?ね、ジミー?」

「え、あ…はい…」

「何がはい、だ。山崎てめー!」

「うわあああすみません、副長!」


よく分からないままにとりあえず急いで謝罪し、再び顔を上げた山崎の頭の中は疑問符だらけだった。これは一体どういう状況なのだろう。山崎は瞬きを繰り返した。ちょうど今かぶき町のでにいすに入ってると電話口で言われたので、きっと副長は巡回の休憩でもしているのだろうと思いながら言われた通りに昼下がりのファミレスを覗いてみたのだ。そこで1人で休憩しているはずの上司の向かいの席に山崎もよく知る万事屋の主人、坂田銀時が座っていたのだからこれには驚いた。まさに予想外の光景だった。この2人は周りを呆れさせるほどの犬猿の仲だったはず。山崎のその認識に違わず、確かに現在進行形でお互いの好物を原因に火花を散らしていがみ合っている。仕事の報告に来たはずなのに、はっきり言って山崎の存在は忘れ去られてしまっていた。


「どうしよう…」


テーブル席の前に突っ立ったまま、山崎は小さな溜め息を吐いた。もうどうしようもないので目の前の2人をじっと見つめる。自分の上司と万事屋の旦那、この2人、一体どうしてこんなことになっているのだろう。街中で会う度にいつも喧嘩しているのに。そして喧嘩の後はお互いすぐにその場から離れるというのに。数十秒前に浮かんだ疑問が再び山崎の脳裏を過る。一応気になって周囲を見渡してみたが、店内のテーブル席は午後の客で全て埋まっている訳ではなく、まだいくつか空席が見受けられた。だから店内が混んでいるせいで顔見知りの2人が相席になってしまったようには思えなかった。喧嘩しつつも2人が一緒に居る理由が気になって仕方なかったのだが、今はそれ以上にこのまま放置され続ける方が困ってしまう。山崎は美味しそうにショートケーキを頬張る男へ助けを求めるような視線を送った。その無言の訴えに気付いてくれたようで、銀時が食べる手を止めてこちらを見返してきた。


「えーと、」


山崎の言わんとしていることを理解したのだろう、銀時の口からひとまずこの状況を説明する答えが呈示された。


「この前さ〜、飲み比べしたんだよね。」

「飲み比べ、ですか。」

「そ。負けた方が勝った方の言うこと何でもひとつ聞くっつーやつ。」

「はあ…」


この2人、飲み屋で一緒に飲んだりすんの?旦那、あんたら本当は仲良かったりすんですか?山崎は喉元まで出かかった言葉を飲み込んで黙って続きを聞くことにした。


「で、銀さんが見事に勝ちましたー!」


銀時がぱちぱちと自分に拍手を送る。ああそうか、だから仲の悪いはずの2人が顔を突き合わせ、そしてテーブルにたくさんのスイーツがあるのだと山崎は納得した。甘い物をこれでもかと奢ってもらうのは旦那らしいなぁと思っていると、満足げな男とは対照的に上司は憮然とした表情を浮かべていた。部下に示しがつかないと考えているのかもしれない。


「そういや、お前仕事でここに来たんだろー?」

「あ、はい!そうです、俺、副長に簡単な報告があって…」


再び銀時に声を掛けられ、山崎は大きく頷いた。銀時の言葉にこちらを見た土方がそうだったなとはっとした表情になる。えぇっ、ちょっとこの人旦那との喧嘩に夢中になりすぎだよ。山崎は内心そう思いながら苦笑いを浮かべた。


「俺のことは別に気にしなくていいからよ。」


静かに呟くと銀時は次のパフェを味わい始めた。真選組の仕事に口を出す気など全くないらしい。山崎はすいませんと一度会釈してから土方に向き直ると、新たに掴んだ情報を簡潔に伝えた。報告を聞き終えた土方は分かったと小さく頷くと、飲みかけのコーヒーもそこそこに席を立った。そして黒い財布から紙幣を数枚取り出し、これで足りんだろとテーブルの端に置いた。


「あれ?もう行くのかよ?」

「てめーと違ってこっちは忙しいんだよ。」

「あっそ。まぁ、怪我しない程度にせいぜいお仕事頑張ってね。」


先に歩き出した土方が屯所に戻るぞと促して来る。山崎は慌てて土方に駆け寄ろうとしたが、一旦足を止めて後ろを振り返った。


「じゃあ、旦那、失礼します。」

「ん、ジミーも鬼の副長さんに負けずに頑張って。あ、上司が無茶しないように見てあげてね〜。」


銀時がひらひらと手を振る。店の出入り口に向かう直前、同じように立ち止まって振り返った土方が余計な気遣いだとばかりに鼻を鳴らした。だが、山崎には上司のその顔がどこか照れくさそうに見えたのだった。



*****
真選組監察方は職務上、目立たないことが徹底されているので地味な仕事をしているのだと思われることが多い。情報収集はその最たるもので、派手な捕り物や御用改に比べれば酷く霞んで見えてしまうだろう。だが江戸の平和を脅かす攘夷浪士やテロリスト達を捕まえる為には何よりもまず監察の情報収集が重要な足がかりになるのだ。この大切な任務に誇りを持っている山崎は、今日も江戸の街へと出て仕事を滞りなく進めていた。


午前中に集めた情報を頭の中で整理しながら屯所に向かおうとしたその帰り道、山崎は通りの団子屋の軒先に見知った人物を見つけた。ふわふわの銀髪と白い着流しは自分とは違ってよく目立つので、どうしても目に留まるのだ。赤い敷き布が掛けられた長椅子にどかりと座って美味そうに団子を頬張っていたのは坂田銀時だった。そして、彼の横にはこれまた山崎のよく知る人物が腰掛けていた。


「えっ?副長…!?」


ここからでは聞こえる訳がないと分かってはいたが、つい口元に手を当ててしまった。こちらに半分ほど背を向けて座る銀時の背中越しに端正な横顔が覗いている。紛れもなく山崎の上司である土方だった。彼は隊服姿だったので、あの日と同じように巡回の途中なのだろう。そして仕事の鬼である彼が一番隊隊長のように堂々とさぼるはずもないので、時間からしても休憩中であることは推測できた。


「……あの時と同じだ。副長、また旦那と一緒だよ。」


山崎は気配を殺しながら2人の会話が聞こえる距離まで近付いた。生来の地味さと監察の仕事で鍛えられたおかげで彼らには気付かれていないようだった。山崎は隣のうどん屋の壁際に上手く身を隠して2人の様子を伺うことにした。素通りできなかった理由は簡単だ。興味が湧いてしまったのだ。ファミレスでの土方と銀時のやり取りを見てからずっと山崎は彼らの関係が気になっていた。表面上は会う度いつも口喧嘩ばかりしているが、本当はもっと違うのかもしれないとそう思ったのだ。


「――で、総悟の奴が思いきり壊しやがって…何で攘夷浪士の奴らしょっぴくのに周りの建物まで破壊しやがんだよ、あの破壊魔は…」

「あー、お宅のドS破壊王子ね、ご愁傷様です。」

「あいつのせいでここ数日始末書と報告書を大量に作らされて、俺ァ書類の山に殺されるかと思った。」


若干疲れた顔を見せる土方に銀時がにししと楽しそうに笑う。まるで2人で並んで座っているのが自然であるように見えてしまい、山崎は困惑した。この前のファミレスの件といい、今目の前で起きていることといい、予想外の光景を見せられてばかりだ。


「でもさ、部下に構ってもらえる内が華だよ、土方くん。」

「ああ?」

「俺なんて、この前依頼のお礼で貰ったお菓子の詰め合わせ独り占めしようと思ったらよォ、新八と神楽に生ごみ見るような目で見られたからね。あれは酷かった。」

「お前なぁ、独り占めって、何大人げないことしてんだよ。」

「銀さんは適度に糖分摂取しねーと死んじまうの!」

「馬鹿なことぬかしてんじゃねーよ。お前、ほんと甘いもん好きだな。いい歳したおっさんだろうが。」

「お、おっさんじゃねーよ!銀さん、まだ20代後半だし!」

「そんな必死になるなよ。」


土方が喉を鳴らして笑っていた。一般人を怖がらせる無愛想な仏頂面がデフォルトの堅物上司が、だ。万事屋の主人が自分の上司をからかって楽しそうに笑う姿は何度か見たことがあるが、土方があのような柔らかな笑みを浮かべるところなど初めて見た。鬼の副長と呼ばれる時とは正反対の表情に山崎は面食らうしかなかった。


「副長…」


何とも言い様のない不思議な気持ちになったが、ある1つの考えが頭に浮かんだ。


「……もしかして、あの2人…」


監察としての判断は勿論あったが、彼らをよく知る者達がこの状況を見てもきっと同じことを思うに違いないだろう。


「沖田隊長に見つからないようにして下さいよ。」


あの人も今ちょうど巡回中なんですからね。心の中でそんな風に呟いて山崎はゆっくりとその場から離れた。さらさらと流れる柔らかな風が気持ち良くて、あの2人のようにどこかの甘味処に寄り道したい気分になった。



*****
ここ数週間で集めた攘夷浪士達の活動情報をまとめた報告書を手に持ち、山崎は真選組屯所の奥まった部屋へと向かっていた。特に大きな事件は発生していないが、どんな小さな情報も見逃すべきではないという上司の考えから、定期的な報告が義務付けられているのだ。歩き慣れた廊下を進んで土方の私室の前で立ち止まると、山崎は少しだけ居住まいを正した。


「副長、定例報告の件で伺いました。入ってもよろしいですか…?」


いつもならば山崎のお伺いの途中で入れと声を掛けてくれるのだが、今日は反応がなかった。


「副長?」


もう一度呼び掛けてみたが、やはり返事はない。どうしたのだろうと思ったが、ここでじっとしている訳にもいかない。入りますよ、と断りの言葉を口にしてから山崎は縁側に面している障子を静かに開けた。そして目の前に広がる光景に驚いて固まってしまった。


「え、あれっ?旦那…!?」


人差し指をそっと唇に当てながら、銀時が優しい微笑みを向けてくる。


「さっき眠っちまったばっかだからさ、起こしちゃ可哀想だろ?」


どうして銀時がこの部屋に居るのか。さらに言うなれば何故土方に膝枕をしてやっているのか。山崎は尋ねたいことがたくさんあったが、半月ほど前に目撃した団子屋の光景を思い出した。だから銀時が土方に呼ばれることはあり得ない話ではない訳だ。それでも自分を含めた隊士達に会わずにどうやって副長の部屋に入ったのか分からなかった。訝しむ山崎を見た後に銀時は首だけを動かして縁側に視線を向けた。


「あー、そこの塀乗り越えて入ったんだよ。ちょっと会いに行く時は便利な玄関だよ。」


赤い瞳がいたずらっぽく輝いた。ああなるほど、これもまた旦那らしいやと思いながら、山崎は足音を立てずに移動すると、報告書を書類が山積みになっている文机に置いた。用事は済んだことだし、これはこのまま帰った方がいいと判断した山崎の背中に銀時が声を掛けた。


「ジミーに見られちまったの、この前のも含めたらこれで3回目だよなぁ。」

「…っ、あ、あれは…その…」


大袈裟なくらいに肩が跳ねてしまった。気配を殺したつもりでいたが、やはりというか当たり前というか、銀時には通用しなかったようだ。覗き見まがいのことをした理由についてどう説明しようかしどろもどろになる山崎に対して、彼は少しも怒っているようには見えなかった。


「いいよいいよ、別に気にしてないからね。」

「すいません、旦那…」

「ま、こいつは気付いてなかったみてーだけど。」


ジミーがいい仕事できてるってことだけど、お前はそんなんで大丈夫かよ、副長さん、と問い掛ける声は木洩れ陽のように柔らかい。2人の関係性に気付いたから分かる。そこには確かに土方への想いが含まれていた。


「旦那、ちょっといいですか。」


眠っている自分の上司を膝枕している男の前に膝をつき、山崎はここ数週間で導き出した2人の関係性の答え合わせをしようと決めた。


「ん?何?」

「旦那、あの、もしかしなくても…旦那と副長は――」


この2人の間に漂う空気からもう確信のようなものはあるのだ。だから。


「それを訊くのは野暮ってもんじゃねーの?」


銀時が密やかに笑う。その艶やかな微笑に頬が熱くなった。羞恥心だ。何を馬鹿なことを訊こうとしたのだろう。確かに彼の言う通りで2人の恋に誰も口を挟むべきではないのだ。会う度に喧嘩ばかりするくせに、本当はお互いを酷く大切に思っている、そんな不器用で温かい恋には。


「…そ、そうですよね!いや、すみません、旦那!あ、気の利かない俺はお邪魔ですから失礼します!」


早口で何とかそれだけ告げると、山崎は慌てて部屋から出た。そのまま障子を閉めようとした際、僅かな隙間から白い指が黒髪を撫でているのが見えて、自分のことでもないのに高揚感のようなものが込み上げた。鬼の副長なんて物騒な通り名のある土方が山崎の気配に気付かず安心した顔で眠っていたのだ。彼に心休まる場所をくれる人が在るのだと思うと嬉しくなってしまったのだ。そうだ、あともう少ししたら、上司の為に彼の好きな熱いお茶と上司の大切な人が好きなお茶菓子でも持って行こう。


「うん、それがいいや。」


寝顔が可愛かったですよ、と旦那と一緒になって寝起きの副長をからかってみたら怒られそうだなぁ。確実にそうなるに違いないと思いながら、山崎は廊下から見える爽やかな青空に目を細めた。






END






あとがき
山崎目線で土銀を書いてみました。こういう第三者が見た土銀を書くのも楽しいですね^^


銀ちゃんに対しての新八のように山崎も土方さんの恋を応援してくれると思っています。でも最終的には2人でいちゃこらしすぎですって呆れちゃいそうですが(^^)


今回の銀ちゃんは割と余裕のある感じにしてみましたが、ジミーにばれて狼狽える場合でも可愛くていいと思います。色々妄想できますね、土銀最高!


読んで下さいましてありがとうございました!

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