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星駆ける夜に
夏の夜のお話です

何となくお互いが気になる距離感です




「お、今日もやってんな。」


銀時は満足げに呟くと、陽が落ちて少し薄暗くなり始めた道を進んだ。今日の一杯を味わう場所はすぐ先に見える屋台だった。その屋台は夏になると店主が気に入っているからなのだろう、江戸を流れる大きな川を臨む土手沿いの道に店を構えるのだ。偶然通り掛かって初めてその屋台で飲んだ際に中年の店主と意気投合して以来、銀時は夏の間はよくそこに飲みに行く。すぐ側を流れる川のせせらぎを聴きながら飲む酒はまた格別に美味いのだ。小さな屋台で客と肩を突き合わせながら飲むのだって悪くないと思っている。1人で静かに飲むのも勿論好きではあるけれど、誰かと騒いで飲むのは楽しい。だから今日も面白い店主と隣に座るであろう客と皆で楽しい時間を過ごそうと、銀時は店の屋号が染め上げられている暖簾を潜ったのだが。


「へっ?土方…!?」

「万事屋…」


小さな屋台であろうとも酒を飲む場所には大抵先客が居るものだ。だが、そこに座っていたのは銀時にとっては予想外の人物だった。


「あれ?おふたりは知り合いで?」


禿げ上がった額にはちまきを巻いている店主がおやという顔で銀時と土方を交互に見やる。


「知り合いっつーか、妙な腐れ縁っつーか…」


銀時はその場に突っ立ったまま、土方にちらりと視線を向けた。土方は銀時の視線を受け止めた後、飲みかけの焼酎入りのカップに手を伸ばした。


「それはこっちの台詞なんだが…ま、座れや。」


土方に隣に座るように言われて銀時は戸惑った。初めて酒の席で会ったことに対する驚きよりも、一緒に飲むことになった方が何倍もの驚きだ。てっきり帰れと言われるのではないかと身構えたのだが、余計な労力だったらしい。真選組とは結構な腐れ縁でどうにかならないだろうかと思ってはいるが、何も土方のことを毛嫌いしている訳ではない。真っすぐで不器用な優しさを持っていることは知っている。だから、土方と飲んでみたいかもと思った。そうそうこんな機会はないのだから。


「じゃあ、お邪魔しまーす。」


銀時は軽快な調子で土方に声を掛けると、すぐ隣に置かれていた木製の丸椅子に座った。客との距離が近い方がいいという店主の考えで、この屋台の席数は少ない。あと2人くらいしか座れないだろう。もしかしたらまだ後から客が来るかもしれないが、今日は土方と2人だけでゆっくり飲みたい気分だな。銀時は貰ったおしぼりで手を拭きながら、そんなことを考えてしまった自分に軽く目を瞠った。


「銀さん、まずはジョッキにするかい?」

「…あ、うん。分かってんね、親父。よろしくー。」


朗らかな声に我に返った銀時は、やっぱまずは生中だよなー早く飲みてーと店主を促した。それからすぐに中ジョッキのビールを呷った後、銀時はビールと一緒に注文した単品メニューに箸を伸ばした。刺身の盛り合わせやいかのお造り、ほやの塩辛、さらには揚げ出し豆腐やさつま揚げ、それらはあまりに質素すぎる坂田家の食卓ではなかなか並ばないものばかりだった。それが安くて美味しいのだから本当に幸せだった。頬を緩める銀時の横で土方も注文を再開し、里芋のから揚げと筑前煮を受け取っていた。


「居酒屋に来るとさ、あー生きてるって実感するわ、俺。安くて美味いもんいっぱい食えるって幸せ以外の何物でもないよね。」

「万事屋、お前普段何食ってんだよ…」

「昨日まで3日連続朝昼晩豆パンだよ、豆パン。ほんとつらかった、あれは。」


お前なぁ…と土方は形の良い眉を呆れたように顰めると、ガキ共のことも少しは考えてやれよと忠告した。


「分かってる。だからここ最近はちゃんと仕事してるし。俺だってあいつらのこと…」

「分かってるよ。家族なんだろ?」

「土方…」

「だったらちゃんとやってやれ。」


ふっと目を細めた土方の表情に銀時は訳もなくどぎまぎした。なんかこれはおかしいどうしようと土方から視線を外した銀時の目に食べかけのままの一品が映り込んだ。


「えーと…あ、そうだ。そうそう、知らない奴多いんだけど、ここの揚げ出し豆腐美味いんだぜ〜。親父のお手製の。1個やるよ。食ってみ。」


銀時は誤魔化すように慌てて箸を持つと、小鉢の中に残っていた豆腐を挟んで土方の目の前にあった空の皿に乗せた。


「万事屋…」


土方が少し面食らった表情で銀時を見る。驚いていても悔しいほどに整った顔だった。副長さんでもそんな顔するんだと銀時は珍しい物を見た気分だった。


「ああ、じゃあ食わせてもらうが…」


銀時に断りを入れてから土方が揚げ出し豆腐を口に含む。深い青い色の瞳が銀時の言葉を肯定するように輝き、土方は確かに美味いなと満足そうに頷いた。


「だろー?ほんと美味いんだって。な、親父?」

「おふたりにそう言ってもらえると作る甲斐があるってもんで。」


つるりと光る頭に手を当てて、店主が嬉しそうに口にした。





それから銀時は酒を飲みながら土方と話を続けた。話したのはお互いの仕事や生活のことだった。土方は沖田に毎回手を焼かせられると愚痴を零し、さらに仕事が忙しすぎてろくに有給休暇も消化できないと話してくれた。真選組の副長という立場は銀時の想像以上に大変なのだろう。だからこうして飲んで日頃の疲れを癒しているのかもしれないと銀時は思った。


「公務員ってのも案外大変なのかもなぁ。」

「てめーよりは大変に決まってる。」

「ま、その通りだろうけど。俺はその辺は自由だからね。休みだって社長である俺の自由裁量だし。そうは言っても依頼がなくて休んでばっかじゃ、こんな風に酒も飲めねーんだけど。……俺が言うことでもないけど、あんま無理すんなよ。お前がぶっ倒れちまったら真選組はもっと大変なことになりそうだしな。こんな風に息抜きしろよ?」

「そうだな。こういう時間は大事だと俺も思ってる。」


土方は静かに呟いた後、日本酒の入ったグラスを傾けた。他愛のない世間話ではあったが、土方とこんな風に気兼ねなく言葉を交わすことは初めてであり、銀時はこそばゆいような何とも言えない気持ちを覚えた。そして銀時にとってそれは決して不快ではなく、楽しい時間だった。


「なぁなぁ土方。」

「何だ?」

「今さらになるけど、お前もこの店知ってたんだな。」

「ああ、夏になると親父が川沿いに店開くだろ?川の流れに耳を傾けながら飲むってのはちょっと風流じゃねーか。」


それは銀時も思っていたことだった。聞こえてくる川のせせらぎに耳を傾けて酒を飲むといつもより美味いと感じるのだ。桜の花や空に懸かる月を眺めて飲む時と同じような気持ちだ。今まではそうだった。けれど、今日土方と初めて酒を酌み交わして、この男と飲む方がずっと美味く感じられたのだ。多分今まで味わった中で一番だった。果たしてそれは何を意味するのだろう。


「川の音もいいですが、昔は星も綺麗だったんですぜ。」


皿を拭いていた店主が会話に混ざってきたので、銀時は答えの見えない問いを頭の隅に追いやり、彼の話を聞くことを優先した。若い頃からずっと屋台で飲み屋を営んでいるという店主は在りし日を懐かしむように夜の空を見上げた。


「今じゃあさすがに無理ですけどね、昔は綺麗な天の川も見えたんですよ。」

「天の川か…」

「江戸も天人が来てすっかり都会になっちまって、人工の星ばかりが光って何だか味気ないですがね。それも時代の流れってもんなんでしょう。輝く星が前より見えなくなっちまったって、それでも変わらないもんもちゃーんとありやす。お客さん達と楽しく過ごせることは前も昔も変わらない。銀さん、土方さん、あんたらが楽しそうに飲んでいるのを見ると、あっしも楽しい気分になるんですよ。」

「親父…」


2人して思わず目を合わせた。そうなのだ。店主の言葉の通りに楽しかった。土方と飲むことが。彼と言葉を交わして一緒に過ごすこの時間が。


「そうだな、楽しいぜ。」

「ああ、悪くねーよ。」


店主が顔を綻ばせるのを銀時は温かい気持ちで見つめた。こういうのっていいよな。そんな風に思いながら、ビールの次に飲んでいた焼酎を口に含んで舌の上で味わった。そっと隣の席を見やれば、銀時と同じように土方も穏やかな表情を浮かべていた。





あれから新しい客も来なかったので、2人はお互い思うままに飲んだ。そして満足してお代を払った後、暖簾をかき分けるようにして屋台を出た銀時と土方はその場で別れることなく、そのまま眼下にある河原へと向かった。時折吹く夜風が白と黒の着物の裾をいたずらに揺らしていく。河原へ足を踏み入れると、土とは違う砂利の硬さがブーツを履いていてもしっかりと伝わってきた。何とはなしに砂利の音に耳を傾けながら、銀時は土方の隣を歩いた。まだ夜更けではないので土手沿いの道にはちらほらと人の影が見えたが、河原へと下りてくる者の姿はなく、2人を包む空気は静かだった。真っすぐに河原を歩いていたが、銀時はゆっくりと歩みを止めた。つられて土方もその場に立ち止まる。土方が何か言いたそうにこちらに視線を向けたが、先ほどの店主の言葉を思い出した銀時は黒い着流し姿の男ではなく、夜の空を見上げた。


「ガキの頃は綺麗に見えたんだけどな、天の川。」

「ああ、俺も見上げたことあるな。確かにあれは綺麗だった。」


幼い頃を過ごした場所で空を流れる光の川を何度も目にしたことがあった。だが、江戸の街は今では随分と開発が進み、空に輝く小さな星すら満足に探せず、当然天の川が見えるようなこともなかった。


「だよなぁ。夏祭りの帰りかなんかだったっけ?…先生と一緒に見たんだ。綺麗だった。」

「先生…?」


訝しむような土方の声に銀時は少し慌てた。今でも大切に想う恩師と自分の関係性はどのような言葉で表すのが妥当なのだろう。銀時は考えを巡らせた後、目の前に広がる黒っぽい空を見つめたまま言葉を発した。


「あ、えーっと、なんつーか…俺の親代わりみてーな人で、優しくてさ、俺に色々教えてくれたんだ。」

「そうか。お前にもガキの頃ってのがあったんだよなぁ。」


星を探すように夜空を見ていた土方がぽつりと呟いた。


「当たり前だっつーの!失礼な奴だな。俺にも可愛い頃があったんだからね。」

「へぇ、可愛いねぇ…ませた憎ったらしいガキの間違いじゃねーのか?」


からかい混じりの声が耳に届く。むっとした銀時は土方に向き直ると負けじと言い返した。


「あ?おめーだって何でもかんでも壊して暴れ回ってた恥ずかしい時期とかあったんだろ、土方くんよォ?白状してみろよ。」


銀時は土方に詰め寄った。土方は言いにくそうに少しだけ視線を泳がせたが、観念したように銀時を見た。


「……そこまでじゃねーけど、まぁ、俺にもな。」

「ほーら、やっぱそうだよな。お前もやんちゃして……あ…」


気が付けば思った以上にお互いの顔が近い所にあった。それこそ口付けでもできそうなくらいに。


「あ、えっと…」


そのことに気付いた銀時は慌てて土方から離れた。後ずさって離れはしたのだが、何故か急に鼓動が速くなって心臓の辺りがきゅっとした。は?何意識してんだ、動揺するとかないないないわと自分に言い聞かせて、一旦ちょっと落ち着こうと銀時は心を鎮める為にもう一度夜空を仰いだ。その時、黒い絵の具を塗った空に綺麗な光の筋が走った。


「…っ、え?今のって、流れ星!?」


少し高くなった自分の声に反応して土方が上を向いたのが銀時の視界の隅に映り込んだ。


「見間違いなんじゃねーのか?江戸の空じゃ流れ星なんざ、そうそう…」


いやあれは確かにそうだったってと言い返そうとして、再び細長い光が黒い空を駆けるのが見えた。


「…すげー、まただ。」


流れ星が消えてしまう前に、何か願い事を。銀時は咄嗟にそう思った。幼い頃、松陽先生が優しく教えてくれたのだ。空を見上げて流れ星が見えた時にはお願い事をするんです。きっと銀時の願いを叶えてくれますよと。色褪せてしまったけれど、忘れられない小さな夏の思い出だ。今の自分は何をお願いしようかと思いを巡らせて、隣に立つ男の気配を強く感じた。ああ、また今日みたいに土方と一緒に飲みてーな。こいつと飲むの、楽しかったし。消えていく白い光を瞳に映しながら、銀時はそう思った。


「俺、願い事しちまったー。なぁ、土方も何かお願いした?」


どうせ馬鹿にされるだろうとは思ったが、自分と同じように流れ星を見つめていた男に問い掛けてみた。


「ああ、俺も願ったな。」

「まじで!?」


ああそうだと穏やかな声がした。おい、何言ってんだてめーは、と返されると思っていた銀時は予想外の返答に面食らった。この男にも少しはロマンチックな部分があるのかと思ったら、何だかおかしかった。


「…万事屋、てめーは何を願ったんだ?」

「え?」


暗がりの中で土方の声が静かに響く。肌を撫でる風も今は止んでいて、銀時は土方の息遣いをはっきりと感じた。


「…それは、秘密に決まってんだろ。こういうのは秘密にしておくもんですー。口に出しちまったら叶わなくなるからね。そういう土方くんはどうなんだよ?」

「俺だって秘密だ。」


さも当然とばかりに土方が頷いた。土方の叶えたい願いとは何なのだろうか。目の前に立つ土方を見ていたら何となく気になってしまった。でもどうせ真選組の将来のこととかマヨネーズのことだろうと結論付けていると、万事屋と名前を呼ばれた。


「ん?何だよ?」

「なぁ、万事屋。今度また、こんな風に一緒に飲まねーか?」

「ひじ、かた…」

「お前が良ければ、だが…」


まさか先ほど流れ星に祈った願い事がこうも簡単に叶ってしまうとは。願いが現実になった嬉しさよりも笑いの方が込み上げてきてしまい、銀時は我慢できずに肩を震わせた。


「ははっ、こんなすぐに叶っちまうとか、流れ星ってすげーな…先生の言った通りだったわ…」

「万事屋…?」


土方が困惑したような表情になったのが薄闇の中でもはっきりと分かった。先ほどまで普通に話していた相手が突然笑い出したのだから驚いて当然だろう。銀時は一頻り笑うと、こっちの話だから気にすんなと言葉を返した。そして呼吸を整えると、真っすぐに見つめた。髪も身に纏う着流しも夜と同じ色をしている彼のその瞳を。


「俺でいいなら、そのお誘いありがたく頂戴しよっかなー。俺も…また土方と一緒に飲みたいって思ってるし。」

「万事屋…」


月明かりの下で土方の纏う空気が柔らかく優しいものになったように感じられて、銀時は心の中で嬉しさを覚えた。けれども何故自分は今嬉しいなんて思ってしまったのだろうか。その理由はよく分からなかったが、また土方と楽しく過ごしたいという気持ちは確かに本物だった。


「一緒に飲むならさ、勿論お前の奢りでいいよな、土方くん?」

「チッ、仕方ねーなぁ。」


土方は小さく舌打ちをしたが、別に怒ってなどおらず、その声色は優しさを伴っていた。


「あの屋台でまた飲むってのでもいいし、お前のおすすめの店があんなら、そこでもいいし。土方に任せっけど…いいよな?」

「分かった、楽しみにしてろよ。」


おう、楽しみにしとく。そう答えようとして、頭に何かが触れる感触がした。土方が軽く撫でるように頭に手を置いたのだと理解した瞬間、銀時は馬鹿みたいに固まってしまった。


「なっ…」


土方は特に何も思うことなく軽い気持ちでぽんと手を置いたのかもしれないが、こっちは先ほどからずっと何かおかしい状態なのだ。これ以上変なことはするなと言いたかったが、銀時は混乱して何も口にすることができなかった。月の光に淡く照らされる銀色の髪からすぐに手をどけると、土方は踵を返して河原を歩き始めた。銀時はといえば、頬に熱が集中し始めているような気がして動けないままでいた。そんな銀時に気付いたのか、土方が立ち止まって振り返った。


「どうした、置いてくぞ。」

「うっ…置いてくんじゃねーよ。」


銀時はかろうじてそれだけを口にすると、土方の隣へと急いだ。2人で川沿いの道へと戻ってから、銀時は自分とほとんど変わらない背格好の男を横目で見た。何だかいつもと違って調子が狂う。けれども土方の隣は案外居心地がいいのだ。ならば、それでいいのだ、きっと。


「…忘れずに、連絡しろよ。」


そっと囁いてみたら、すぐ近くでふはっと笑う気配がして。悔しいけれど、やっぱり悪くないのだ。こりゃ流れ星にお願いして良かったのかもしれないと思いながら、銀時も土方に笑い返した。






END






あとがき
2人で一緒にお酒を飲む土銀が好きです!そして、くっつく前の2人の関係性も好きです!


土方さんを意識し出す銀ちゃんを妄想すると可愛くて仕方ない!意識したらやっぱり土方さんの方が手が早いかなと思いまして、こんなお話になりました^^


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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