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甘い恋を召し上がれ 1
駆け出し舞台役者×カフェ店員

2人のキャラ崩壊が酷いのでご注意下さいませ




「……あ、」


うっわー、ちょっとどころか、すっげー驚くくらいに整った顔してるな。髪だってさ、緑の黒髪ってやつ?その言葉がぴったりだし。こんなカッコいい子って、本当に居んだな。


柔らかな午後の陽射しと共に店内へと入って来た1人の青年。銀時はその青年に一瞬で目を奪われてしまっていた。同性の自分から見ても、目の前の彼は悔しいほどに魅力的に映る。背格好もあまり変わらず、年齢もそう離れているようには見えないが、艶やかな黒髪と切れ長の瞳が狭い店内で明らかに彼の存在を際立たせているのだ。スラッとした立ち姿も印象的だった。まさに自分とは何もかもが正反対で。銀時はそのふわふわの銀髪と赤い瞳のせいで、小さい頃はよく女の子に間違われていた。成人してもう随分と経ったが、今だって悲しいことにモテるという訳でもない。だからなのかもしれない。誰が見ても男らしくて格好良いイマドキの彼から目が離せなかったのだ。一目惚れ。まさしく一目惚れだった。まさか自分に限ってそんなことがあるなんて思ってもみなかった。


「あの…」

「うわっ、は、はいっ!」


木製のドアの前に立っていた黒髪の彼が困惑した表情で銀時を見つめる。銀時は彼の声に我に返って慌てて返事をすると、いらっしゃいませと急いで笑顔を浮かべた。自分の店に来てくれた客――しかも彼は今日初めてここに来たのだ――をまじまじと見つめてしまうなんて失礼にも程がある。下手をするとただの不審者ではないか。けれどももうどうにもできそうにない。どうしようもなかった。馬鹿みたいに一瞬で惹かれてしまったことは変えようのない事実であり。銀時は彼に変な奴だと思われたくない一心から、精一杯の笑顔を向けることしかできなかった。





駅前の通りから少しだけ奥まった静かな場所に銀時が営んでいるカフェがある。こぢんまりとしたカフエとして店を開いているが、実際は飲み物よりも手作りのスイーツの方が種類が豊富だったりする。甘党の銀時は昔から密かにケーキ作りが趣味であり、その趣味が高じてこうして小さいながらもカフェを開き、店長をしている訳だ。今ではケーキ以外にも様々なスイーツを作るようになり、女性客にもなかなか受けが良かった。店はそこそこ繁盛しており、自分が作ったスイーツを美味しそうに食べてくれる客も居て、銀時はこの仕事が楽しくて仕方がなかった。


カフェには店長である銀時の他に、部活の剣道部で真面目に頑張っているという新八と、女の子なのに大食いを自慢してくる留学生の神楽の2人の高校生がアルバイトとして働いている。新八も神楽も銀時に良く懐いており、お揃いのギャルソン姿で3人仲良く、まるで家族のように楽しく和気あいあいとやっている。アルバイトを2人雇っている訳であるが、休日はやはりそれなりに忙しく、銀時は店長ではあるけれども2人に混じって自ら接客やレジも担当していたのだった。





俺、店長やってるけど、奥に引っ込んでないで接客もやっててほんと良かった。ほんとにね。今日ほどそんな風に思える日はなかった。新八や神楽が彼を出迎えなくて良かったなと、思わず心の中で呟いてしまったくらいだ。彼を1人掛けのテーブル席まで案内して、それから注文を聞いて内容を確認をして。いつもの簡単な流れであるはずなのに、今からそれをするのだと思うと、嬉しい反面やはりどうしても酷く緊張してしまいそうだった。だがそれは最早仕方がないことだといえる。出会ったばかりであろうと気になる人を前に緊張しない方が寧ろおかしいからだ。後ろをついて来る彼の気配が背中越しにはっきりと感じられて、銀時は鼓動が速くなるのを止めることができなかった。


日当たりが良く、窓の外に目を向ければ店の脇にある小さな花壇が見える特等席に彼を座らせると、銀時は手にしていたメニュー表をテーブルの上に広げた。勿論お絞りと水を出すことも忘れずにだ。いつも通りの自分を装ってはいたが、メニューを渡す時もコースターと共にグラスを置く時も、彼との距離が否応無しに近く、嬉しいのに恥ずかしくて堪らなかった。手が震えなかっただろうか。顔が赤くなっていないだろうか。銀時の頭の中はそればかりで、焦る心から彼の顔をまともに見ることもできなかった。


「…こちらが、メニューになります。お決まりになりましたら…お呼び下さい。」


ここはいつもの決まり文句を言って、ひとまず彼から離れよう。そして今すぐ自分の心を落ち着かせなければ。銀時はすぐさまそう判断した。これ以上彼の近くに居続けたら、絶対に挙動不審になってしまう。顔だけではなく耳まで赤くなるであろうし、声も裏返ってしまうかもしれない。銀時はそんな自分を想像して、あまりの恥ずかしさに死にそうな気分だった。とにかく一旦戻ろう。それがいい。銀時は彼に会釈をすると、そっと俯いてテーブル席に背を向けようとした。


「あの、俺…」

「えっ!?あ、はい…」


間髪入れずに呼び止められてしまった。小さなキッチンへと向かっていた足がその場に縫い留められたように動かなくなる。銀時は戻ろうとしていた体をゆっくり反転させると、観念したようにそのまま彼へと向き直った。まさかもう注文する物を決めてしまったのだろうか。できればあともう少しだけ悩んでくれて良かったのに。そのようなことなど口に出せるはずもなく、目の前の端正な顔を見つめると、青年はどこか恥ずかしそうな表情になった。


「えっと…俺、ここに入ったくせに、実は…あまり甘い物とか、苦手で…」


切れ長の瞳が少し離れたテーブル席をちらりと見やる。彼の視線の先には女子大生らしき2人組が嬉しそうな顔で銀時お手製のケーキを食べていた。彼女達だけではない。彼の周りの席の客達は全員がコーヒーや紅茶などと共に何かしらのスイーツを味わっている。彼の斜め前の席では、ちょうど神楽がフルーツたっぷりの甘いタルトとダージリンティーを運んでいる所だった。彼の視線に促されて周囲を見渡していた銀時は、再び彼に向き直った。なるほど、彼は甘い物が苦手なのか。だが別に気にすることはないのではないだろうか。ここはカフェなのだ。飲み物だけを注文する客だって何ら珍しくはない。あくまでも店長である銀時の趣味で、このカフェは飲み物よりもスイーツが充実しているだけなのだ。銀時は大丈夫ですよと、彼に優しく笑い掛けた。


「コーヒーやラテだけをご注文になるお客様もいらっしゃいますし、それほど甘くないスイーツもご用意できますから。」

「そうなんですか?あの…オススメとかって、何かありますか?」

「…そうですね、甘い物が得意でないようでしたら、コーヒーゼリーなどはいかがですか?ホイップクリームが乗ってありますが、甘さは控えめですし、今の季節にもぴったりですよね。お召し上がりになった後にはストレートティーなどもいいですよ。」

「あ、じゃあ…それでお願いします。」


彼は照れくさそうな表情を浮かべ、はにかみながら頷いた。銀時はそんな彼からますます目を離すことができなくなっていた。胸がきゅっと締め付けられて、これ以上心臓が保ちそうにないような気がした。反則だと思う。格好良いのに可愛いだなんて、卑怯ではないか。あんな顔を見せられてしまったら、もっと好きになってしまう。もっともっと。自分の気持ちがどんどん彼の方に傾いていく。止められない。それが嫌でも分かってしまって、銀時は途端に切なくなった。自分と彼は今日初めて会っただけの関係で。彼の名前も、普段何をしているのかも、どこに住んでいるのかも、恋人が居るのかも、全然何も知らない。彼は自分の店に偶々やって来た単なる客の1人でしかないのだから。銀時は不意に感じた胸の苦しさを得意の営業スマイルで何とか誤魔化した。そして急いで注文を確認すると、少々お待ち下さいと無理矢理明るい声を出して、今度こそ彼に背を向けた。



*****
それから銀時はキッチンの奥に引っ込んだまま首だけを動かして、テーブル席でコーヒーゼリーを食べる彼の横顔を窺っていた。柔らかな木漏れ日のような陽射しに黒髪がキラキラと輝いて見える。彼の周りだけが眩しく見えるのは、彼のことを好きになってしまったからなのだろう。銀時はガトーショコラにチョコレートソースを掛けながら、彼をちらちらと見つめた。


「銀さ〜ん、14番テーブルのお客様にアイスストレートティー持ってって下さいよ。僕、用意できたんで。」


銀時の肩が小さく跳ねる。少し離れた所で紅茶を淹れていた新八が銀時に声を掛けて来た。銀時は新八からは銀さん、神楽からは銀ちゃんと愛称で呼ばれている。店長と呼ばれるよりも2人との距離を近くに感じられるし、銀時自身も愛称で呼ばれることを気に入っていた。銀さん、今忙しいんですから早くして下さいよと新八が急かしたが、銀時は答える代わりに、目の前のガトーショコラの皿をスッと差し出した。


「…俺の代わりに行って来てよ、新八君。あ、ついでにこれも5番テーブルによろしく。」


彼の近くに行きたいのに今は行きたくなかった。彼の側に行けば、変な顔になりそうだったからだ。眉根を寄せて痛みに耐える、そんな顔をしてしまいそうで。新八は仕方ないですねと困ったように呟くと、大人しく歩いて行った。新八を見送った銀時はもう一度だけテーブル席へと視線を移した。コーヒーゼリーを食べ終わってアイスティーを待っているらしい彼は頬杖をついて窓の外を見ており、お互いの視線が絡むことはなかった。それでも彼を見ているだけで嬉しくて、だが切なくて。銀時はたった数十分でこんなにも変わってしまった自分に笑うしかなかった。





「銀ちゃん!私、お腹空いたから、ちょっとだけ休みたいアル。だから銀ちゃんが代わりにレジやってヨ。」

「はあ?…ったく、しょうがねぇな。冷蔵庫に入ってるケーキ、少しだけなら食っていいから。」


お腹が減ったからレジを交代して欲しいと、神楽が突然キッチンの奥に駆け込んできた。本当にこの子は女子高生だろうかと思いながらも、銀時はケーキが食べられるネと嬉しそうにはしゃぐ神楽の頭を撫でて、一旦キッチンから出ることにした。彼を見ないようにと、あれからずっとスイーツの盛り付けに集中していたのだが、神楽の真剣な瞳にお願いされてしまえば断る訳にもいかなかった。キッチンを出てすぐのレジに向かっていた銀時は、テーブル席の通路からこちら側に歩いてくる人物に気付いて視線が釘付けになった。


「あ…」


神楽のバカヤロー。タイミング悪過ぎじゃねーか。レジのスペースに入った銀時は逃げ出すこともできないままにその場に突っ立っていた。銀時に気付いて僅かに目を見開いた彼の口元がほんの少しだけ緩んだように見えて、まるで心臓を掴まれたように感じた。けれども彼が微笑んだのは、多分目の錯覚でしかないと思う。銀時は心を落ち着けようとしたが、彼の瞳の奥に困惑したような表情の自分が映り込むだけで、どうすることもできやしなかった。困惑する銀時に気付いていないのだろう、青年は伝票をそっと差し出した。そして会計を済ませてお釣りを貰ったのだが、何故か彼は出入り口へと足を向けずに銀時をじっと見つめた。真剣な瞳に真っすぐに射抜かれて、銀時の心は小さく震えた。


「…俺、土方っていいます。土方十四郎。…また、ここに来ますから。」


コーヒーゼリー、美味しかったです。今日初めてだったんですけど、ここに来て良かったです。彼は早口で銀時に告げると、同じように早足で店を後にした。彼の行動はあまりにも予想外で。まさかそんなことを言われるなど思ってもみなくて。銀時は馬鹿みたいに目を丸くして一言も言葉を発することができないまま、彼の背中を見送った。彼が完全に見えなくなってしまっても、名残惜しさを感じた銀時はしばらくドアを見つめたままだった。


「あれ?銀さん、どうしたんですか?顔、赤いですよ。」

「えっ…あ…べ、別に何でもないからね、これ。っていうか、顔なんて赤くねーって。」


客が食べ終わった皿やカップを運んでいた新八が大丈夫ですか?と銀時に近付いて来た。新八の言葉を意識したせいか、途端に頬がぶわっと熱くなった気がして銀時は狼狽えた。

「…いや、ほんとにね、全然別に何でもないから!」

「あいつのせいネ。」

「うわっ、神楽っ…!?」


何でもなくないアルと、神楽がすぐ後ろのキッチンからひょいと顔を覗かせた。彼女は大食いであると同時に早食いでもあり、早々にケーキを食べ終わっていたようだった。


「銀ちゃん、あいつとレジに居た時、恋する乙女みたいな顔してたネ。私、ケーキ食べながらここでずっと見てたから嘘じゃないアル。」

「ちょっと、神楽ちゃん!何言ってんの!別に俺は…」


2人の興味津々な瞳から逃れることができず、銀時は観念したように小さく息を吐いた。ちょうど店内も客が落ち着いた時間になり、少しくらいは大丈夫かと銀時は観念して新八と神楽をキッチンの奥へと招いた。


「銀ちゃん、黙ってても無駄ネ。早くほんとのこと言うアル。」

「あぁ、もう!分かったよ!お前らには隠し事なんてできねーしな。……彼、土方くんっていうらしいんだけどね、俺…どうやら土方くんに一目惚れしちゃったみたいでさ。」


子供達に自分の気持ちを白状するのはやはり恥ずかしく、2人に囲まれた銀時は居たたまれない気持ちで一杯だった。だが2人は嬉しそうに頷いた。


「確かにあいつ、格好良かったネ。銀ちゃんはああいうのが好みアルか。」

「僕がさっきアイスティーを持って行った人ですよね?神楽ちゃんの言う通り、男の僕でも羨ましいくらいに格好良かったです。…銀さんが本気なら、僕は応援しますよ。」

「銀ちゃん、私も新八と同じアル!」

「おめーら……あ、そういや、レジでさ、土方くんにまたここに来るからって言われちゃったんだよね。」


ほんとですか?やったじゃないですか、銀さん。銀ちゃん、頑張るネ。銀時の言葉を聞いた2人はまるで自分のことのように喜んでくれた。2人を見ていた銀時もただ嬉しかった。いつまでも3人で嬉しがっている訳にもいかず、それぞれの仕事を再開したのだが、銀時は土方の優しい表情を思い出さずにはいられなかった。けれどもちゃんと分かっている。分かっているのだ。彼は別に自分に会いに来る訳ではなく、あくまでもこのカフェが気に入っただけであることなど。彼にとってはお気に入りの店が1つ増えただけなのだ。


「…それでも、いい。」


俺はいつでも土方くんを待ってる。待ってるから。神楽が指摘した通りに今の自分は恋する乙女みたいで酷く滑稽だったが、それでも銀時は土方への想いを大切にしたかった。

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