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可愛いひと
バレンタインデーのお話です




「つーことで、今からここ入るから。」

「銀時…!?」

「何ちょっと躊躇ってんだよ。大丈夫大丈夫、鬼の副長がこんなとこ入っても、ちょーっと噂になるだけで済むって。お前、俺の彼氏だろ?彼氏は恋人と一緒の時は別行動なんかしないもんだよ。お付き合いの基本だからね、それは。…という訳で、今からデートだよ、土方くーん。」


土方は銀時に手首を掴まれ、全体的にピンク色の外観をした、とにかく女の子っぽくて可愛らしいとしか言いようのない店の入り口へと引っ張られた。かぶき町の大通りにある、スイーツ80分食べ放題の、内装まで実にメルヘンチックなその店に2人が足を向けることになったのは、バレンタインデーという恋人達の時間をそこで過ごす為だった。


「仕方ねーだろうが。金がなかったんだよ、チョコ買う金が。生活費がピンチなの。つーかそもそもそんなにチョコ好きでもないお前の為に俺が俺の金でチョコ買うとかなくね?だったらこっちの方がいいじゃん。お前もチョコ食べれるし、俺も糖分摂取し放題で一石二鳥だからね。あ、お前の奢りだから一石三鳥じゃねーか!」

「銀時、お前…」


土方の向かい側で銀時は白い皿の上に積まれた様々な種類のケーキを次々に頬張りながら、食べかすを零すこともなく器用に喋っていた。土方はそんな銀時を一瞥した後、コーヒーの横の皿の上に置かれた生チョコや丸く可愛らしいデザインのトリュフに視線を落とした。今日はバレンタインデーということで、ケーキやプディング、フルーツのムースなどの通常の食べ放題メニューに加えて、パティシエが丁寧に作ったチョコレートも用意されているらしかった。だからこれお前の分な、と少し前に銀時が自分が食べるケーキの山と共に数種類のチョコレートを持って来たのだった。


「あーやっぱうめーな、この店のケーキ!一度入ってみたかったんだよね。」


銀時は頬を緩ませ、嬉しそうにいちごの乗ったショートケーキを味わっている。もう何皿目なのかは分からないが、先ほど銀時がショーケースに並べられているケーキを物色しに席を立った間に土方は普段通りの表情を作って周囲の様子を窺ってみたのだ。言わなくても分かる通り、自分達はこの店で明らかに浮いた存在だった。平日の午後ということで、それほど混雑しているという訳ではなかったが、客の殆どは若い女性達だった。カップルも数組見掛けたが、男同士で席に座っているのは自分達だけだった。銀時は糖分に意識が集中しているので特に気にした様子ではなかったが、土方は真選組の隊服を着て今この場所に居るのだ。午前中の巡回が終わってから銀時と会っているので別に職務怠慢ではないのだが、もし総悟辺りに見つかりでもしたら、1週間は頭を抱えて過ごすことになるのではないだろうかと気が気ではなかった。


「何?食わねーの?」

「あ?…ああ、」


銀時の訝しむ声で土方は我に返った。チョコだよ、チョコと銀時は土方の皿を持っていたフォークでちょんちょんとつついた。銀時に促されて土方は目の前の皿を再び覗き込んだ。白い皿の上には洋菓子店でしか見ないような繊細なデコレーションが施されたチョコレートが並んでいる。欲を言えば、本当は銀時が恋人である自分の為に一生懸命選んで、そして恥ずかしそうに手渡してくれるチョコレートが食べたかった。それが叶わないのならば何とも悲しいバレンタインデーだと言えよう。けれども目の前で美味しそうにケーキを食べる恋人が可愛くて仕方がないのも確かで、結局は銀時の行動全てを受け入れてしまうのだ。午後からの大量の書類仕事を後回しにして少しでも長く一緒に居たいと思うほどに。


「お前がチョコ食わねーとさ、ここに来た意味ないじゃん。」

「…そうだな。」


土方は皿に手を伸ばすと、とりあえず目についたトリュフを口に入れてみた。


「思った以上に…甘ったりぃ味だな。」

「チョコだからね。」


土方にとっては甘過ぎる味が舌の上に広がる。どれもこんな風に甘いのだろうか。甘い物は苦手なのでどうしようかと2個目のハート型のチョコレートを指で挟んだまま逡巡していると、銀時が腕を伸ばして土方の手首を掴んだ。


「食わねーなら、もーらい!」

「ぎ、銀…!」


土方が上擦った声を出したのも無理はない。土方の手首を掴んだまま、銀時が自分から顔を近付けてをチョコレートを食べたのだ。ふわふわの髪としっとりとした柔らかな唇が指先に触れて、土方は馬鹿みたいに鼓動が速くなるのを感じた。


「あー甘い!幸せ!糖分無理とか絶対に人生損してるからね、土方。」


甘くて美味しいと、蕩けるようなその表情がどうしようもなく可愛らしくて、土方は銀時から目が離せなくなってしまった。無意識に小さく喉が鳴ったのはもう仕方がなかった。


「…こういうこと、あんま人前ですんじゃねーぞ。」

「そんなこと言ってっけど、本当は嬉しかったくせに。」

「銀、時…」


いたずらっぽく笑った銀時はあまりに艶やかだった。土方は自分の心を誤魔化すようにコーヒーを一気に飲んだが、銀時には全てお見通しのようだった。それから食べ放題の終わりの時間がやって来るまで、土方は結局銀時に翻弄されっぱなしであった自分に苦笑するしかなかった。





「うぅ、さっむいなー。ほんとどうにかなんないの?」


ごちそうさまです、と期待の込められた瞳で見つめられてしまえば当然こちらが払うに決まっており――というよりも、そもそも土方は銀時に払わせるつもりなど全くないのであるが――土方が支払いを済ませて店を出ると、先に外に出ていた銀時は冬用の羽織りの前を合わせて、寒い寒いと小さく震えていた。春が近付いて来ているとはいっても、まだまだ風が冷たく吹きつけてくる。日頃から心身共に鍛えている土方は寒さくらいは耐えることができたのだが、銀時は土方よりもずっと寒がりだった。


「仕方ねーよ、まだ2月だからな。」

「あーもう寒いっ!」

「おい!銀時…!」

「体温高いよね、土方くんって。」


銀時は距離を詰めると、土方にぴたっとくっついて歩き始めた。突然その身を寄せてきた恋人に土方は酷く慌てた。銀時がすぐ側に居るこの状況に動揺を隠せなかったのだが、彼の体温がはっきりと右肩に感じられることにどうしようもないくらい嬉しさが込み上げた。


「銀時…」


銀時はしばらくそのまま土方に寄り添って歩いていたが、へへっと小さく笑うと、あったかくなったからもういいぜと土方からゆっくりと離れた。先ほどこの手からチョコレートを食べた時もそうであったが、こんな風に恋人がいつもよりずっと甘いスキンシップをしてくれるおかげで、土方は今年はもう手渡しのチョコレートは貰えなくてもいいとすら思えた。あの食べ放題のチョコレートで良しとしよう。そう思えるほどに銀時からの触れ合いは破壊力があった。


「あ、もうここか。」


大切な温もりが離れてしまったことに名残惜しさを感じている間に、それぞれの家路へと続く別れ道に差し掛かった。銀時が歩みを止めるのを横目で見やって、土方も静かに立ち止まった。これから土方は真選組の屯所、銀時は万事屋へと帰らなければならない。常に仕事を抱えて忙しい土方にとっては、いつものことではあるが、少しの間しか銀時と恋人らしい時間を過ごせないのだ。こうして2月14日にちゃんと会えるだけでも幸せなことだった。


「じゃあなー、土方。」


銀時はくるりと背を向けると、仕事頑張れよとひらひら手を振りながら、土方と反対の道を歩き出した。遠ざかっていくその背中を見送った後、土方は隊服の上着のポケットに両手を突っ込んで歩こうとして、右手が何か硬い物に触れたことに気付いた。


「何だ?」


ポケットの中を探るようにして取り出してみると、それは小さな箱だった。手のひらの中にすっぽりと収まるその小さな箱には赤いリボンが丁寧に巻かれていた。土方には覚えのない物であったので、銀時がこっそり隊服のポケットに入れたのだろう。


「…あの時か。」


寒い寒いと言っていきなり銀時からくっついてきた時だ。土方が動揺した隙にポケットの中に忍ばせたに違いない。土方はリボンを解いてそっと箱を開けた。箱の中には1粒のチョコレートが入っていた。


「呆れちまうほど可愛い奴。」


今ここに銀時が居なくて良かった。いや、銀時だけではない、自分の他に誰も居なくて本当に良かった。自分は泣く子も黙る鬼の副長なのだ。赤くなった顔を見られる訳にはいかないではないか。土方は顔に熱が集中するのが自分自身でもはっきりと分かった。恋人のサプライズはこんなにも自分を喜ばせてくれるのだ。とにかく銀時が愛おしくて堪らなかった。ただそれだけだった。


「銀時…」


土方は恋人を想いながらチョコレートを口に含んだ。ゆっくりと溶けていくそれは、甘さ控えめのビターチョコだった。ほんの少しの甘さが銀時の隠れた想いのようで、土方は心をくすぐられる心地良さに微笑した。






END







あとがき
バレンタインデーは銀ちゃんもいつもより土方さんにサービスしてあげるんじゃないかなぁと思いまして、こんな感じのお話になりました。


土方さんを振り回しても、最後には自分の想いをちゃんと忍ばせておく銀ちゃんって可愛いと思うのです(*^^*)土方さんはそんな銀ちゃんがますます大好きになっちゃいますね!土方さんは仕事を早く終わらせて夜になったら銀ちゃんを誘いにいけばいいと思います♪


読んで下さいましてありがとうございました!

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