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the happiness will be with you
クリスマスイブのお話です




クリスマスのような世間がお祝いムードで浮き足立つ日というのは、江戸はいつも以上に人の出入りが激しくなる。街を歩く人々は楽しそうな雰囲気に包まれており、この日は江戸全体が華やかになるのだろう。誰か大切な人に渡す為のプレゼントや家族で食べるケーキの入った可愛らしい紙袋を手にしている者も多く、その足取りは皆一様に軽い。だが、その楽しそうな雰囲気に紛れて裏で良からぬことを企てる輩達が居ないとも限らないのが現実だ。羽目を外して楽しく騒ぐ人々を隠れ蓑にするようにテログループや過激派の攘夷浪士達が暗躍する可能性は決して低くはない。そういった可能性が0ではない以上、武装警察真選組は江戸の平和を維持する必要がある。その為にクリスマスイブの日であろうが、真選組の副長である土方は仕事を何よりも優先しなければならなかった。


「なーにが年末の特別警戒でさァ。あーあ、あちこち楽しそうな顔ばっかりで胸くそわりぃや。こっちは寒い中、つまんない仕事頑張ってるってのに。そうじゃねーですかい、土方さん?」

「おい、総悟。つまんねーとか言うんじゃねぇよ。これも大事な俺達の仕事だろうが。」


確か今日は格別に冷え込むと朝の天気予報で言っていた通り、隊服の上にコートを羽織っていても寒かった。白い息を吐き出しながら、土方は隣に立つ生意気な年下の青年を見つめた。先ほどから不満を口にしている青年、総悟は少しでも寒さを凌ぐ為か、コートのフードを目深に被って両手を擦り合わせていた。


「あの仕事帰りの男、多分ホールのケーキ持ってますぜ。職質するふりしてケーキが入った袋奪っちまって、そのままそいつの顔面にぶち当てて……おっと、今のは冗談でさァ。そんな顔で睨まねぇで下さいよ、土方さん。」

「お前が言うと冗談に聞こえねーからやめろ、総悟。一般人を巻き込むな。」


だって暇なんですよ。流れていく人の波を見つめながら、総悟は心底退屈そうにぽつりと呟いた。


「どうせ何も起こりやせんって。テロリストの野郎共もクリスマスと正月くらいは休むに決まってまさァ。」


まぁそれもそうだろうな、と土方は心の中で呟いた。繁華街に出て注意喚起と周囲の監視の為に隊士達をそれぞれの担当地区に配置し、自分も列を成して立っている訳であるが、何か凶悪な事件が起きる気配など微塵もない。それどころかイブの日に遅くまで仕事だなんて…という憐れみの目を周囲から向けられている気がしてならなかった。だがそれでも仕方がない。江戸の平和を護るのが自分達の仕事なのだ。


「そういや、総悟。お前、ここ持ち場じゃねーよな?」


土方は先ほどから気になっていたことを口にしてみた。土方は数名の隊士を引き連れていたが、その中に総悟は入っていない。寧ろ彼は一番隊隊長であるので土方と同じように部下を連れて先頭に立っていなければならない立場だ。少し前にひょっこりと自分の前に現れたことが不思議だった。


「イラついてる土方さん見てるの面白かったんで、ここに来た目的をすっかり忘れてやした。そうそう、土方さん、休憩時間ですぜ。俺と交代なんで。休憩終わって帰って来るまで俺がここでしっかり仕事しててやりまさァ。」

「お前に任せるのは不安しかねーんだがな。…って、おい、じゃあ、お前の持ち場は誰が?」

「近藤さんです。」

「近藤さんが!?」


トシは今日朝からずっと働き詰めだから、ちょっと長めの休憩取ってこい、って伝えるように言われたんです。つまり俺は近藤さんのお使いで来やした。近藤さんの素晴らしい計らいに感謝するようにと総悟は最後に念を押した。


「近藤さんが…そうか、分かった。」


土方は近藤に感謝した。土方が今日の警備を担当している場所は偶然にもかぶき町の外れだった。だからずっと黙ってはいたが、仕事中は嫌でも脳裏に銀色がちらついていたのだ。


「総悟、俺が戻って来るまで頼むぞ。」

「はいはい。お気を付けて〜。」


休憩時間は仮眠を取ったり夜食を食べたり雑談をしたりと皆思い思いに好きなことをするのが常だ。だが土方は総悟に背を向けると、真っすぐに夜の繁華街を走り出した。土方にはどうしても行かなければならない場所があったからだった。



*****
俺だ、と玄関の前で来訪を告げると、愛しい恋人はほんの少しだけ驚いた顔を見せたが、すぐに普段通りの表情で土方を出迎えた。多分自分の方が今日はずっと会いたくて堪らなかったに違いないだろうなと苦笑しながら、土方は眩しい想いで銀時を見つめた。


「こんな日まで仕事とかほんとごくろーさんなこった。」

「そうだよな。考えてみりゃ何でイブの日に遅くまで俺は仕事なんだろうな。」

「いや、そんなこと俺に言われても…お前が好きでやってる仕事だろーが。」

「んなこたァ分かってる。だが、お前と過ごせねーのはやっぱりきついなと思ってな。少し邪魔するぜ。」


土方は玄関先で銀時と話していたが、さすがにずっとここに立っている訳にもいかないので、着ていたコートを脱いで居間に向かうことにした。先を歩いていると後を追って来た銀時が土方の腕からさりげなくコートを取った。


「うわー、コートつめてーな。外、そんなに冷えてんの?」

「ああ、今日は特に寒い。」


コートを持ったまま、ま、そうだよな、と銀時は相槌を打った。万事屋を訪れると銀時は決まっていつも土方の手から上着を取って、きちんとハンガーに掛けてくれるのだ。まるで良くできた嫁のような銀時の気遣いが土方は堪らなく好きだった。


「俺なんかずっとこたつ入ってて、あったかくて天国だよ〜。」

「そりゃそうだろうな。」


俺としちゃあ、銀時、本当はお前に暖めてもらいたいんだがな。土方はどうしようもない自分の本音を胸の内に隠すように押し込んだ。そして勝手知ったる通い慣れた居間へと足を踏み入れたのだが、え、と声を上げてその場に立ち止まってしまった。


「あ、土方さん、こんばんは。」

「仕事サボって何しに来たアルか?」

「眼鏡に、チャイナ娘…!?」


居間のさらに向こうの開け放たれた和室の中央にこたつが置かれ、新八と神楽がその中でまったりと寛いでいた。2人のすぐ後ろでは定春がこたつに入りそびれたのか、丸くなって眠っている。万事屋の冬の風物詩ともいえるその光景を困惑しつつ眺めていると、コートをハンガーに掛けて居間へと戻って来た銀時が、何突っ立ってんの、お前、と土方に声を掛けた。土方はバッと勢い良く銀時の方を振り返ると、そのまま目だけを動かしてこたつに視線を戻した。


「銀時、お前……1人じゃ…なかったのか?」

「あー、だってお前、今日仕事だって言ってたじゃん。無理だって…だから、そうなら、新八達追い出す訳にも行かねーだろ?せっかくだから俺とケーキ食いたいとか言ってきたし…で、ちょっと前に食ったんだけど…」


銀時はどこか複雑そうな表情で土方にだけ聞こえるように小声で呟いた。


「土方さんは今日もお仕事なんですよね?ご苦労様です。」

「…ああ、現場がここから…まあ近くてな。ちょっと寄らせてもらった。」

「銀さんに用事があったんですよね。…僕達お邪魔じゃないですか?」

「あ?…それは、別に…気にすんな。俺が勝手に寄っただけだ。」


先ほどまで楽しい時間を過ごしていたであろう彼らの中に居るのが何だか場違いのように思えてしまい、土方は心配そうな顔をしている新八に大丈夫だと返して、こたつに向かうのではなくソファーに座った。向こうで何やら楽しそうに話し出した子供達の声に何とはなしに耳を傾けていると、銀時が目の前に来た。


「ほらよ、お茶。」


ゆらりと湯気が立ち昇る湯飲みを受けとると、両の手のひらにじわりと温かさが広がった。ここまで走りながら来た訳であるが、外の気温のせいでやはり体は冷えていたのだ。土方がお茶を飲んで落ち着いたのを確認すると、銀時はそのまま土方の向かいに腰を下ろした。


「今日はやっぱ忙しかったワケ?」

「いや、そこまでじゃねーが、特別警戒の日は色々と面倒が多いな。」

「警察って大変だよねー。俺、絶対無理だわ。あ、でも公務員だから給料はいいんだよな。お前、高給取りだし。いやでもこんな日まで仕事だしなー。やっぱないわ。」

「ま、そりゃお前には向いてねーだろ。」

「うわ、うざっ、土方。」

「お前は組織なんかに縛られねぇで、人を助けて護る仕事が性に合ってるだろ。俺は万事屋いいと思うけどな。」

「…えっと……お前、そういうのはさ…」


そんな風に2人で話をしていると、隊服の上着のポケットに入れていた携帯電話が狭い部屋の中で突然鳴り響いた。何かあったのかと、土方は急いで携帯を手に取ったが、画面上に表示された相手の名前を見て面倒そうに眉を寄せた。通話ボタンを押すのを渋ってなかなか電話に出ようとしない土方に銀時が訝しみの視線を向けた。


「別に出ていいけど。」

「…あ、ああ。そうだな。」


本当はどうしても出たくはなかったのだが、気にしないでいいんだけどと言ってくれる銀時の手前、電話に出ないという訳にもいかず、土方は重い溜め息を吐いてからボタンを押した。


「…もしもし。俺だ。」

『お疲れ様ですねィ、土方さん。今休憩中と思いやすが、休憩っても、どうぜどこぞの旦那の所に居るんでしょうけど。」

「……」

「今日はイブですからねィ、2人きり、の時間をどうぞゆっくり楽しんできて下せェ。」


意地の悪い声を最後に短い通話は終わった。2人きりの部分を強調していた辺り、多分総悟は全部見抜いていて、その上で土方をからかう為にこんな電話をしたのだろう。本当にどこまでも性質の悪い困った相手だった。


「チッ、総悟の奴…」

「戻った方がよくね?お前、仕事抜け出してきたんだろ?」

「いや、今は休憩中だ。」

「そうなの?そっか。」


土方の返事に銀時はどこか安堵した表情を見せた。そんな顔をされるとまるで理性を試されているように思えてしまう。本当は今すぐにでも銀時に触れたい。触れたくて仕方がなかった。だが子供達は目と鼻の先だ。手を伸ばして腕の中に閉じ込めようとしたら銀時は嫌がるだろう。嫌われてしまうかもしれない。それだけは絶対にあってはならないことなのだ。土方は自分の欲に無理矢理蓋をすると、耐えるように小さく息を吐いた。今この瞬間、一緒の時間を過ごせるだけで十分だ。銀時を感じられるだけで満たされた気持ちになれる。だから今日はこれだけでいいんだと自分に言い聞かせた。その気持ちも確かに嘘ではなかった。目の前に愛おしい人が居るだけで土方の心は安らいでいたからだった。





「家族水入らずのところ、邪魔しちまったみてーになって、悪かったな。」


まだ休憩の時間は残されていたが、土方は早めに万事屋を出ることにした。触れたいと思う気持ちは結局最後まで消えることはなかったが、顔を見ることができただけでもう十分なのだ。幸せな気持ちになれたのだから。


「じゃあ仕事に戻る。」


玄関先で銀時に見送ってもらいながら土方は革靴を履いてそのまま玄関を出ようとした。その瞬間、背中越しにふわりと温もりを感じて思わず目を見開いた。


「お前、結局こたつに入ってあったまってねーし。…だから……」


背後から銀時にぎゅうっと抱き締められたのだと分かって、みっともないくらいに頬が緩んだ。嬉しくてどうにかなりそうだった。


「銀…」


隊服の背中に頭を押し付けているので恋人の顔は見えないのだが、見えなくても分かる、きっと耳まで赤くなっているのだろう。土方は自分の腰に回された銀時の腕をそっと撫でた。先ほど顔を見ることができただけで十分幸せだと思ったはずだが、こうして銀時の体温を感じている今は馬鹿みたいにもっともっと幸せだった。自分はつくづく現金な奴なんだろう。それでもどうしようもなく銀時に対する愛しさを感じた。


「あったけぇな。」

「………くっついてんだから、当たり前だろ。」

「なぁ、もっとくっつけよ。」

「な、土方っ…これでも、銀さん、精一杯…」

「何かあそこで温め合ってるアル。」


2人だけの甘く優しい雰囲気に浸っていた土方と銀時は背後から突然聞こえた冷静な少女の声に大きく肩を震わせた。


「ぎゃーっ!え、あっ、か、神楽ちゃん!?あの…これはアレだ。そう、えーと、アレなんだって…」


子供達に見られたのだと知って明らかに動揺した銀時は跳び跳ねるように土方の背中から離れた。急速に失われてしまった温もりを残念に思いながら後ろを振り返ってみると、廊下に半分ほど体を出している神楽の横で、困り顔の新八がやっぱり覗きはよくないよと彼女をたしなめていた。


「2人共楽しそうだったアル。」

「定春で我慢しなよ、神楽ちゃん。銀さんは土方さん専用なんだから。やっぱりどう考えてもお邪魔ですよね、僕ら。すみません、気が利かなくて。」


ほら、神楽ちゃん、僕らは大人しくこたつでみかん食べようよ。新八は神楽の背中を押すと、土方に小さく会釈をしてから足早に部屋の中に戻っていった。土方は新八の後ろ姿を見送りながら、総悟も少しはこの気遣いのできる少年を見習うべきではないだろうかと思ってしまった。子供達が居なくなったことで再び静かな雰囲気が2人を包み込んだ。土方は神楽に見られてからずっと玄関先で黙ったままでいた銀時に向き直ると、仕切り直すか、とそっと声を掛けた。


「外、出るか?」

「あー、うん。」


土方が玄関から外へ出ると銀時も大人しく付いて来た。夜空には小さな星達がキラキラと輝いていたが、やはり今日は随分と冷え込みが厳しかった。部屋着の上にどてらを羽織っただけの銀時に大丈夫かと問えば、ちょっとくらいなら寒くても平気平気と返事が返って来た。それならもう少しだけと、土方は目の前の柵に体を預けると、すぐ隣に立つ銀時を見た。


「なぁ、銀時…」

「何?」

「いつも思うんだが、とっくの昔にばれちまってるみてーだから、別に堂々としてりゃいいだろうが。別にあそこまで動揺なんざしなくても…まぁ、あれはあれで可愛いが…」

「あのね、俺はお前と違ってそーいうの、デリケートなんだよ!新八も神楽も年頃だから一応気にしてんの!」


しかしながら思いきりばれてしまっているのは明白であるのだが。多分銀時は恥ずかしいだけなのだろう。三十路に片足を突っ込んだいい歳した大人が愛だの恋だのでジタバタしている姿を見られたくないのではないだろうか。それでも、銀時は土方から決して離れることはない。こうして傍らで寄り添うことを当たり前のことのように許してくれるのだ。それは土方にとってのかけがえのない幸せな場所だった。


「俺は、お前とこんなことできて幸せ過ぎるんだけどな。」


土方は銀時の頭を優しく引き寄せると、目の前にある柔らかな唇を塞いだ。少しだけ冷たい唇に熱を与えるようにそっと啄んでみると、銀時は土方から視線を外して恥ずかしそうに目を伏せた。


「ん、ひじ、かた…」

「銀時…」


土方は恋人との口付けを満足するまで味わってからゆっくりと唇を離した。そして銀時に突然何すんだよと文句を言われる前に地上へと続く階段を降り始めた。


「じゃあな、行ってくる。」


階段の途中で歩みを止めて肩越しに振り返ってみると、土方の馬鹿、と呟く声が耳に届いた。暗くてよく見えなかったが、銀時は絶対に赤くなっているだろう。耳だけではなく首筋まで赤くなっているかもしれない。本当に可愛くて仕方ない奴だよな。土方は小さく笑みを零した。


「ああもう、クソッ……気を付けて、行って…こいよ、土方。」

「ああ、もう一頑張りしてくる。」


そういえば、今日は早く会いたい気持ちが急いていたから何も買って来てやれなかった。だから明日またここに寄る時には何か甘い物でも手土産にしよう。そうすればきっともっと可愛い顔を見せてくれるに違いない。そんなことを思いながら、土方は柵にもたれ掛かってこちらを見つめてくる愛しい銀色にフッと笑んだ。






END






あとがき
3年目の土銀クリスマスイブのお話は、何番煎じな感じで申し訳ないですが、一度は書いてみたい仕事中に銀ちゃんに会いに行く土方さん、な設定です。土方さんのお仕事のせいでまともにいちゃらぶできないけれど、お互いに会えてすごく嬉しいと思っている雰囲気が少しでも伝わっているといいなと思います。銀ちゃんからのぎゅう、はそういう訳です(*´ω`*)


どてら着てる銀ちゃん可愛いと思います。私の実家ではたんぜんと呼びますが、関東はどてら呼びなんですよね。次の日、自分のことを待っていてこたつでうとうとしちゃった銀ちゃんを見て、何だこの可愛い生き物は!って土方さんは悶々とするんだと思います^^


読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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