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ただ一緒にいるだけで
夏のデートのお話です




今日も相変わらず夕方になっても外は日中の蒸し暑さが残っていた。昼間のように太陽がジリジリと照り付ける時間帯ではないけれども、変わらずに暑いと感じてしまう。本来ならば午後の蒸し暑さの残る外になど出ずに、調子が悪いが頑張ってくれている扇風機の前でソーダ味の冷たいアイスでも頬張っているはずなのだが。額にうっすらと汗をかきながら、銀時がこうしてわざわざ出掛けているのは、恋人である土方との約束の為だった。


「あ〜、ちょっとは涼しーな。」


のんびりと歩を進める銀時の手に握られているのは、土方との待ち合わせの場所に向かう途中、通り道で配られていたうちわだ。レンタルショップ店の広告が両面に印刷されていてあまり風情はないのだが、涼は取れるし何より持って帰って家でも使えるのは便利だった。万事屋では決まって3人で1台しかない扇風機の取り合いになるので、昔ながらの方法ではあるが、うちわは意外と重宝するのだ。100均とかで買わなくて済んでラッキーだったなと思いながら、銀時はパタパタとうちわを扇いだ。そして今日の待ち合わせの場所になっている小さな橋を目指して歩みを進めた。


町の中を流れている小さな川の上に架かる桟橋が見えてくると、そこには既に恋人の姿があった。土方はいつもの黒の着流し姿であり、紫煙を燻らせながら橋の前に立っていた。帰りを急ぐ人々に紛れてはいるが、遠くからでも分かる絵になる姿に少しだけ見とれそうになってしまって、銀時は小さく頭を振った。デートするかと約束をして待ち合わせる時は必ずといっていいほど向こうの方が早くに来ている。俺なんかよりずっと生真面目な性格だもんなぁと思いながら、銀時は片手を挙げて土方に近付いた。


「よっ、土方。」

「銀、時…お前…」


煙草を携帯灰皿へと忍ばせつつ、土方が珍しい物を見るような目付きで銀時を見た。銀時は黒のインナーの上に流水紋柄があしらわれた着物を着たいつもの格好ではなかったのだ。並んで向かい合う2人は白と黒の着物姿であり、銀時は正確には白いしじら織の浴衣姿だった。


「たまにはお前の格好に合わせてやろっかなと思って。これさー、依頼のお礼に貰ったんだよ。猫さがしでさ、呉服屋の子だったんだよね。」

「…へぇ、そうだったのか。」


銀時は両袖を振ってみせた。そして自身が着ている白の浴衣に視線を落とした後、高そうな浴衣だよなと土方に話し掛けた。だが土方は先ほど銀時に会った時には表情を変えたものの、特に何かを言う訳でもなく先を歩き出した。黒い着流しがそのまま遠くに行ってしまわないようにと、銀時は少し早足で土方を追い掛けた。


「せっかく貰ったし、着ないのはやっぱ勿体ないじゃん?…って、んな顔すんなよ、土方くん。銀さんが女の子にプレゼント貰ったからって拗ねない拗ねない。」

「別に俺はそれくらいで…それにあれだろ?ただの依頼の礼なんだろ?お前の方こそ勘違いすんじゃねぇぞ。」


だから拗ねんなよなと、ひょいと顔を覗き込んでみたが、隣を歩く土方の横顔はいつもと何ら変わらない物だった。


「…そうそう、ただのお礼だよな。土方が気にすることねーって。あ、今日これ着てきたのまずかった?」

「だから、気にしてねーよ。俺はそこまで小さくねぇしな。」

「へー、そうなんだ。」


それでも何となく土方が無理をしているように見えてしまって、銀時は土方にばれないように顔を逸らすと、心の中でにやにやと笑った。


「まぁ、…浴衣なんて滅多に貰わない物だからそれなりに嬉しいっちゃ嬉しいけど、やっぱさ、俺はお前が俺のこと想って色々糖分買ってくれる方がいいんだよ。」

「銀…」


土方が立ち止まって銀時を見た。その群青色の瞳は嬉しさと驚きに見開かれていて。ちょっとだけいつもより素直になってみると、恋人はよくこんな反応を見せるのだ。自分だけが知っている土方の表情。それは銀時にとって満更ではなかった。まだ突っ立ったままでいた土方に置いてくぞーと笑い掛けて、今度は銀時が先を歩き始めた。


「要は気持ちだよ、土方くん。まぁ、お前の不機嫌そうな顔見んのも悪くねーし。嫉妬してもらうってのも…考えてみりゃ、お前って俺への独占欲強いもんね。」

「悪ぃかよ。」


間髪いれずに土方が真面目な顔で返して来た。次いでじっと視線を注がれてしまい、どうにも気恥ずかしさを覚えた銀時は少しだけ俯き加減になると、あまり履き慣れていない下駄の先を見つめた。


「あー、えっと、所構わず触ってくんのは、ちょーっとどうかとは思うよ?」

「好きなんだから仕方ねぇだろうが。好きな奴の温もりはいつでも感じたいって思っちまうんだよ。」

「土、方。」


真剣な瞳。真っすぐな想いの込められた声。本当にずるい奴だ。剣の腕は勝つことができても、こういうことでは土方には一生勝てやしないと銀時には思えてならなかった。


「そーゆーことをさ、さらっと言えちまうのがお前っていうか…」


一生勝てない。だから、こいつのことが好きなんだよなぁと思っていると、土方に名前を呼ばれた。


「銀時。」

「ん、何?」

「俺も今度…お前に着物の1枚でも買ってやる。」

「は?」


一瞬何を言われたのか理解できず、銀時は間抜け顔で聞き返してしまった。歩みを止めぬまま土方を見やると、ちゃんと聞いとけよな、と呆れた溜め息が耳に届いた。


「今までお前に着物なんざ贈ったことねぇだろ?だから、俺が選んでやるよ、お前に最高に似合う物をな。」

「……」

「銀時…?」

「……」

「黙ってねぇで…」

「ちょっ、笑えるマジ笑えるほんと笑えるんですけど!土方、おめーどんだけ子供なんだよ。気にしないとか言ってて何なの、お前!やっぱ俺の思った通り、思いっきり気にしてんじゃん。…っと、面白すぎるわ、あー腹いてぇ!」

「おい、そんなに大爆笑すんじゃねぇよ!俺は本気で…」


土方はブハハと腹を抱えて笑う銀時を諌めようとしたが、みっともなく赤くなってしまった顔を隠す方が先だと思ったのか、フイと顔を逸らして口元に手を当てた。


「ふぅ、あ〜、あっちぃ。笑ったら余計熱くなっちまった。」


今日はこれが役に立つなと手元に視線を落として、銀時はうちわを持つ手を動かした。そして、落ち着きを取り戻して隣を歩く土方の横顔をちらりと見た。土方は何事にも動じないクールな見た目であり、その見た目を裏切らない仕事ぶりの人間であるが、銀時のことになると会う度に本気で愛を囁いたり、先ほどのように小さな嫉妬心を見せたりと、なりふり構わなくなってしまうのだ。そんなに必死にならなくてもちゃんと好きなんだけどな。銀時はうちわで半分ほど顔を隠して小さく呟いた。


「ひじかたー。」

「おう。」

「気持ちだけありがたく貰っといてやるよ。」


そんなこと言うなよ、ちゃんと買ってやるからな、と意気込む恋人が愛おしくて。銀時は、そこまで言うならじゃあ頼むわ、期待しといてやっからと目を細めた。



*****
「そういや、今日って会う約束はしてたけど、どこ行くか決めてなかったよな。」

「そうだな。決めてなかったな。」


まぁ、たまにはのんびり歩かねぇか。別にいいけど。そんなやり取りをした後、優しい色を湛えた瞳に誘われるがままに銀時は川へと続く道を歩くことになった。江戸を流れるいくつかの小さな川が途中で1つに連なって、今目の前を流れる大きな川になっている。銀時と土方の2人は一緒に並んでのんびりと川べりを歩いていた。夏の時期だからか、遠くには屋形船の影が見える。幾分涼しくなってきたからだろう、河原を歩く人もちらほらと目に入った。それでも銀時はまだまだ暑さを感じており、土方と歩いている途中で帯に挿していたうちわを再び手にした。


「やっぱまだあちぃわ。」

「お前は汗かきだからな。お前を抱いてる時、いつも思うんだが、お前の方が俺より汗かいてるよな。」

「なっ、お前…いきなり何…アレかよ、イケメンは汗かきません!とかそーいうアレですか。ああそうですか。確かにお前、俺より汗かかないし。今も汗かいてねーし。あ、何かイラついてきた。」

「いや、あのな、体質の問題だろ。つーか、そういうことじゃねぇよ。俺が言いてぇのはな、汗かいて赤くなってるお前はとにかくすげー可愛いってことだ。」


土方の言葉に不意打ちを食らって銀時は口をパクパクさせた。そういうのは本当にやめてくれないだろうか。特に夏場は困る。外の暑さに参っているというのに、さらに頬の熱さが上昇してしまうではないか。


「おまっ、か、可愛いとか言うんじゃねーよ!」


かろうじて言い返すと、ほら、やっぱり今も可愛いじゃねぇかと、土方が嬉しそうにふはっと笑った。その顔があまりにも幸せそうで、銀時は目を奪われて動揺を隠せなかった。そのまま何も言えずに黙っていると、土方が優しい瞳で銀時を見つめた。


「銀時、俺はな、お前がこんな風にただ隣を歩いてくれるだけで幸せなんだ。笑っちまうくらいにな、幸せなんだよ。」

「土方…俺…」


銀時も同じだった。別に会話を重ねなくとも、ただこうして土方の隣を歩くだけで心はこんなにも穏やかだった。こちらが恥ずかしくなることを真面目な顔で言ったり、着物を買ってやると張り合うくらいに独占欲が強いくせに、寄り添っていられるだけで幸せだと笑うのだ、この男は。銀時も幸せを感じないはずがなかった。


「なぁ、久しぶりに屋台で飲まないか?今日はそのつもりだったんだ。」


お前のことだからそろそろ腹も減ってきただろ?と土方がフッと笑った。のんびりと同じ歩幅で散歩をしていたら、気が付くと空は紺色に染まり始めていた。


「おっ、いいじゃん。キンキンに冷えたビール飲みてーな。」

「よし、決まりだな。」


じゃあ行くか。そう言って土方が銀時の手を取った。それがあまりにも自然で、反応が遅れた銀時は繋がれた手を離すことができなかった。


「…ちょ、何やってんだよ、土方!色々とマズいだろ!離せよ。」

「暗くなってきたから分かりゃしねーよ。」


土方は銀時の手を離す気など全くないようだった。こりゃもう好きにさせるしかないなと判断した銀時は、嬉しそうな横顔を見せる恋人の好きなようにさせることにした。


「なぁ、銀時。手、汗ばんでるぞ。緊張してんのか?」

「う、うっせー。誰が緊張なんかするかよ。これはアレだ、そう!俺、汗かきだからね。」


お前は本当に可愛くて堪らねぇな、とククッと笑う気配を耳元に感じて。あーもう本当にこいつには…と小さな溜め息と共に微苦笑を浮かべると、銀時は絡めた指先に少しだけ力を込めて、土方の手を握り返した。






END






あとがき
夏の土銀ほのぼのデートが書きたくて書いてみました^^銀ちゃんが浴衣を着て、土方さんとのんびり河原をお散歩する所を想像したら、ああいい夫婦だわvと萌えましたので。夏の暑さに負けない甘い雰囲気を出したつもりですので、土銀可愛いなと少しでも感じて頂ければ嬉しいです(*^^*)


読んでくださいましてありがとうございました!

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