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今日は特別に
バレンタインデーのお話です




「土方!」

「銀時、偶然だな。こんな所で会うなんてよ。」


巡回中の土方を見つけた銀時は、大通りの少し先を歩いていた黒い背中に駆け寄った。春が近付いて来ていると言っても2月の半ばはまだまだ寒く、少し走っただけでも頬に風の冷たさを感じた。だが銀時はいつもの着物の上にスカジャンを羽織り、首元にはマフラーという、隊服姿の土方が酷く寒そうに見えるくらいにきっちりと防寒対策をしていたので、多少の寒さは平気だった。立ち止まって待ってくれていた土方に追い付いた銀時が小さく息を整えていると、あったかそうだなと伸びてきた手に頭を撫でられた。銀時が恥ずかしさを感じながら、お疲れさんと声を掛けると、今の言葉で元気になったと、土方は嬉しそうに目を細めた。依頼が来れば働くという自由な万事屋稼業の銀時とは違って、土方は真選組の副長としてやるべき仕事を毎日きちんとこなしている。こんな風に寒空の下でも真面目に巡回をしている土方には感心せざるを得なかった。だからこそ、偶然であろうと仕事に頑張っている恋人の姿を目にしたら、お疲れさんと素直に労いの言葉を掛けてやりたくなったのだ。明らかに嬉しそうな表情を見せる土方につられるように銀時の心の中にもじわじわと嬉しさが広がった。だが銀時が自分から土方に声を掛けたのは、実はそれが理由ではなかった。


「ここで会えてちょうど良かった。今からお前んとこに行こうかな−と思ってたから。」

「銀時、俺の所って、つまりそれは…」


土方の群青色の瞳にはっきりと期待の色が浮かぶのが見て取れて、ほんと分かりやすい奴だよなと、銀時は声に出さずに小さく笑った。今日、2月14日は自分達も含めた世間の恋人達にとっては大切なイベントといえる日だったからだ。


「…付き合ってる以上、お前に何かやらねーと文句言われそうだからね。で、ビターチョコのトリュフとウイスキーボンボンの奴で迷ったんだけど、今年は酒入りの方にした。…そっちのがお前に似合うんじゃねーかなと思って。ほら、これやるよ。」


銀時は買っておいたチョコレートが入っている紙袋を土方に手渡した。江戸で有名な洋菓子店のチョコレートなのだから、甘い物は苦手で普段から食べない恋人でもきっと気に入ってくれるに違いないだろう。土方は可愛らしいデザインの袋を受け取ると、どこか照れくさそうに銀時を見つめた。銀時は土方と付き合い始めてから毎年チョコレートを渡しているが、その度に土方は照れた顔で悪ぃなと口にしながらチョコレートを受け取ってくれる。その時の、愛しさの込められた眼差しが銀時は堪らなく好きだった。お前が大好きだという想いがひしひしと伝わってくる、その瞳が。


「ありがとな。」

「別に、気にすんなよ。」

「いや、すげー嬉しい。」


土方は銀時からバレンタインチョコを受け取って実に幸せそうであった。喜ぶ恋人の姿に今年もあげて良かったなと銀時は満足した。だが喜んでいたはずの土方は不意に何かに気付いたような仕草を見せ、その表情が険しい物になった。急にそんな顔してどうしたんだろうと、銀時が心の中で不思議に思っていると、いつもよりずっと低い声で名前を呼ばれた。


「銀時…」

「…何?」

「手に持ってるその紙袋は何だよ。」

「えっ?」


銀時は鋭い視線に促されながら、土方に渡すことなく右手に持っていた紙袋をそっと見つめた。


「まさかお前、それ、誰かに…貰ったのか?」


土方は銀時が手にしていた残りの紙袋に視線を落としたかと思うと、銀時に詰め寄った。落ち着けって、人が見てるだろと銀時は通りの脇に移動して土方を宥めようとしたが、土方の剣幕に気圧されて言葉が見つからなかった。言うまでもないことだが、土方は勘違いをして怒っている。それも酷い勘違いだ。けれどもそれは裏を返せば、土方はそれだけ銀時のことが好きなのだということと同じであり。銀時は、まぁこれって喜んでいいんだよねと心の中で呟いた。


「土方、ちょっと俺の話を聞けよ。」

「銀時、俺は…お前が…」

「土方。」

「……分かった。」


土方は我に返ったような顔になると、銀時に名前を呼ばれて気持ちが落ち着いたのか、話を聞くと頷いて、真っすぐに銀時を見つめた。やっと大人しくなったかと安堵すると、銀時はゆっくりと口を開いた。


「土方のチョコ選んでたら、何だか俺もたまには美味いチョコが食いたくなっちまったんだよ。だから、これは俺が自分用に買ったの。で、お前はそれを勝手に勘違いしたって訳よ。分かった?」

「銀、時…」


悲しいことに誰かさんと違って俺は全然モテねーし。貰いたくても貰えません。だから、まぁ、そんな心配すんなって。銀時がニッと笑ってみせると、土方はバツが悪そうに小さな声で悪かったと謝った。


「…でもよ、俺に渡す分よりたくさん買ってねーか、それ。」

「俺、糖分大好きなんだから、そんなの当たり前だろ。それに昨日パチンコで久々に大勝ちしちまったから懐もあったかくてさ。そりゃたくさん買うって。」


いや、そこは普通恋人優先だろ?バレンタインデーじゃねーか。ちゃんと俺のことを考えてくれよ。なぁ、銀時。土方は銀時の言葉を受けて、少しだけ不満げな顔になった。俺の彼氏は時々こういう所が面倒なんだよなー。銀時はどうしたものかと思案した。困った奴だなと思ってはみても、銀時は土方の子供っぽい部分だって結局の所は好きなのだ。だから。


「…ったく、しょーがねーな。じゃあこれやるよ。」


銀時は持っていた紙袋に手を突っ込んで中身を探ると、綺麗にラッピングされた箱を取り出した。銀時はそのまま土方に手渡そうとした手を引っ込めると、チョコレートの箱をじっと見つめた。


「……いや、やっぱやめた。」

「銀時!?」


銀時は土方に手渡そうとしたチョコレートの箱を袋の中に戻すと、代わりのように土方の腕を掴んだ。そして突然のことに驚く土方に構わず、目についた路地裏に入った。そのまま薄暗い道を適当に進んで立ち止まると、この辺りでいいやと土方の腕を離した。


「銀時、どうしたんだ?いきなりこんなこと…」

「……いいから、お前は黙ってろ。」


付き合う前に土方に無理矢理路地裏に連れ込まれたことはあったが、銀時自身がそれをするのは初めてだった。恥ずかしくて今にもどうにかなりそうな気持ちだったが、それ以上に土方に喜んでもらいたい気持ちの方が大きかった。何せ今日はバレンタインデーなのだから。銀時は驚いたままでいる土方に笑い掛けると、土方の隊服の襟元を掴んで自分から土方にキスをした。


「銀、時…」

「ん、ひじ…かた。」


幸せで堪らないと目を細める土方の顔が銀時の目の前に広がって。だから銀時も同じように幸せな気持ちで。胸がキュッと甘く締め付けられて、それが心地良くて仕方がなかった。土方だけを感じようと銀時はゆっくりと瞼を閉じかけたが、腰に腕が回され引き寄せられて、さらにキスが深くなった。


「土…方…」

「…ありがとな、銀時。今まで一番最高のバレンタインだ。お前から、とか嬉しくてどうにかなっちまいそうだ。


「……俺は、すっげー恥ずかしかったけど、お前が嬉しいなら、それでいいっていうか…」

「銀時!」


土方に強く抱き締められて、銀時も応えるように腕を回して隊服をきゅっと掴んだ。よっしゃ、これでホワイトデーは3倍返しが期待できそうだなと少しだけ現金なことを思いながら、それでも与えられる優しい温もりをただひたすらに感じて。銀時は土方との甘いキスに酔いしれたのだった。





END





あとがき
バレンタインデーでも心に余裕のない土方さんと、そんな土方さんよりちょっぴり上な銀ちゃんが書きたくて書いてみました。バレンタインくらいは銀ちゃんも土方さんにデレてくれるんじゃないかなぁと思いまして、銀ちゃんに頑張ってもらいました( ´∀`)銀ちゃんの考え通り、ホワイトデーは3倍返しになって、さらにいつもより3倍可愛がってもらえばいいと思います^^


読んで下さいましてありがとうございました♪

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