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黒白ワルツ 4(完結)
仕事が忙しくなると、数日寝ないことなどそう珍しいことではなく。ここ最近はずっと取り逃がしてしまった例のテログループの検挙の為の作戦の練り直しに追われていた。江戸の平和の為に絶対に捕まえてやる。その一心でこの頃はずっと根詰めて仕事を続けている。そんな自分のことを少なからず心配してくれているようで、銀時は街や廊下で会う度に無理すんなよと声を掛けてくれた。その小さな優しさが嬉しくて。誰でもそうだと思うが、好きな相手から心配されて嬉しくないはずがない。巡回から帰ってもすぐに部屋に籠もってしまう自分の様子を見に来て、そのまま息抜きになるようにと話し掛けてくれる銀時がただ愛しくて仕方なかった。


真選組では、基本的にほとんどの突入作戦は参謀的役割を担う副長が作ることになっている。副長が2人になった訳であるから、以前銀時にこれからどうするかと尋ねたことがあった。銀時は俺、頭悪いからこういうの絶対無理、と泣きそうな顔をしたので、作戦立案を任せるのは可哀想だなと思ってしまい、今まで通り自分1人で考えていた。


「…この図面を見てもらえばまぁ分かると思うが、変更後の突入経路はこんな感じだ。」

「トシに任せるとやっぱり安心だな。良くここまで調べ直したもんだ。」

「さすがは土方さんですねィ。こういう時だけは役に立ちまさァ。だけど俺は目の前に出て来た奴ぶった斬るだけなんで、作戦はあまり関係ないですがねィ。」

「ふ〜ん、土方ってやっぱりすごいよな。俺、絶対こんなのとか作れないもん。」


立案された作戦というのは局長、副長、そして一番隊隊長に予め先に教えられることになっている。誰もが簡単に入ることができない局長部屋の中で、いつもの4人が図面を囲むようにして集まっていた。自分が作戦を作った後は、必ずこんな風に集まって意見交換をするようにしている。説明をしながら隣に座る銀時をそっと見てみると、真剣な顔をして図面を覗き込んでいた。いつもならば自分が参加しないからか、ぼけっとしていることが多いのに。心変わりの理由は結局分からないままだったが、自分達と一緒にテログループと戦ってくれると約束してくれた以上、銀時も本気のようだった。


「一応作戦は立てたんだが、それこそ今日明日に実行するって訳じゃねぇ。もう少し山崎に調べ直してもらいてぇこともあるから、最低でも1週間は先だな。」

「…そう、なんだ。」


銀時が紡いだ言葉にあぁそうだと頷いた。とりあえず自分の考えた作戦で決行することに決まり、密談めいた会合は無事に終わったのだった。



*****
それから3日ほどが経ち、自分も銀時も毎日の仕事に追われながらも他愛のない話で笑い合ったり、お菓子を買いに行くという銀時と一緒にコンビニに行ったりと、いつもと変わらない日々を過ごしていた。だがその裏で浪士達が大量の武器を例の廃工場に運んでいるようだと山崎から報告を受け、テログループを泳がせておくのもそろそろ終わりが近かった。


今日も夕方になってから山崎に監察の仕事を命じ、自分は机の上に積まれた書類に目を通していた。しばらくして不意に障子の向こうの廊下に人の気配がし、副長と名前を呼ばれた。


「山崎か?お前、仕事はどうした。今日も例の廃工場を見張ってろって言ったはずだが。」


廃工場で浪士達を張っていたはずの山崎が何故か屯所に戻って来ていた。早く持ち場に戻れと続けようとして、それより先に口を開いた山崎の言葉に自分の耳を疑った。

「えっ!?副長が俺を呼んだんですよね?だって副長が俺に帰って来いって言ったって、旦那が…」


「銀時が…?」

「そうですよ。俺が1人で張り込んで奴らの様子を見てたら、いつの間にか旦那が居て、副長が俺のこと呼んでるから今日はもう帰れって。代わりに俺が残るって…」


銀時が何を考えているのか全く分からなかった。だが何だか嫌な予感しかしなかった。読みかけの書類もそのままに勢い良く立ち上がると、廊下に控えたまま困惑していた山崎にとりあえず今日はもう上がれと言い残して、足早に部屋を出た。目指す場所はただ一つ。銀時が居るであろう江戸の街の外れにある廃工場だった。





パトカーから降りて工場の周囲を探ってみたが、銀時の姿はどこにもなかった。それならばもう考えられる場所は工場の中しかない。所々ペンキが剥げかけている扉に手をかけ、ゆっくりと左右に開いた瞬間、鉄錆の匂いが鼻を掠めた。むせ返るような血の、匂い。嫌というほど嗅ぎ馴れた赤の、匂い。


「何だよ、これ…」


工場のトタン屋根の隙間から射し込む月の光を浴びながら、刀を手にした銀時が静かに立っていた。月光に照らされるその姿は息を飲むほど美しいはずなのに、決してそうだとは言えなかった。銀時は、延々と広がる赤黒い血の海の中に立っていたのだから。周りにはかろうじて息をしていると思われる男達が意識もなく横たわっている。その数はざっと数えただけでも30人は居て、たった1人でこの人数をやったのかと驚きに声も出なかった。あの時ちゃんと作戦を聞いていたのではないのか。殺していないにしても、どうしてこんなことをしたのか。副長であろうと、法度により勝手な行動を取ってはいけないことを忘れてしまったのか。色々と思うことはあったが、静かに立ち尽くしている銀時の側に走り寄ろうとした。だが気配に気付いた銀時がゆっくりと振り返ったと思った次の瞬間、感情の見えない暗く濁った瞳がすぐ目の前にあった。視線を逸らせずにいた自分の喉元に刀が突き付けられるのが見え、ぎりぎりの所で後ろに飛んでかわした。あれだけの人数を相手にしたというのに、刀の切っ先を向けてくる銀時はほとんど返り血を浴びていなかった。無表情で自分に対峙する銀時が信じられなくて、唇が小さく震えた。


「銀、時…」

「……ひじ…かた…?」


銀時の赤い瞳に突然フッと輝きが戻り、その手から刀が零れ落ちた。膝から崩れ落ちそうになった銀時を抱き留めようと近付くと、大丈夫だからと制止された。伸ばそうとした手を下ろした途端、銀時に対する想いが分からなくなりそうになっていた。1人で勝手な行動を取り、さらには自分に刀を向けようとした。好きな人の心の内が全く見えなくて、どうにもならないもどかしさから声を上げてしまった。


「銀時…こんなことするなんて…信用してねぇのかよ、俺達を。…俺を。」


自分達と一緒に戦ってはくれないのか。仲間と一緒にこの先も歩んではくれないのか。自分の隣に居てはくれないのか。言葉にならない悲しみが溢れそうになった自分の耳に、違うよ…と震える声が響いた。


「…こんなことしても、意味なんかねぇって…分かってるよ。確かに俺、後先考えてなかったし。」

「銀時…」

「でも、俺はただ、土方の役に立ちたかったんだ。ただそれだけなんだよ。最近のお前、必死に仕事してたから。俺ができることで…お偉いさんに剣の腕を買われて真選組に来て、しかも副長なんて立場になって…俺には剣しかないからさ、その剣の腕をお前の為に使いたくて…でもさ、俺…一旦刀を持つと、自分が自分じゃなくなるんだ。昔からそうだった。怖いくらいに何も分からなくなって、敵だろうと味方だろうと関係なくただ目の前の奴を斬っちまう。刀を振るった後は気が付いたらいつも俺の周りは血の海だった。…もし俺の名前を呼んでくれなかったら、土方のこと…多分斬ってた。」

「銀時…お前、総悟みたいになっちまうってのか?」

「違うよ、俺とは全然違う。沖田君はああ見えてもちゃんと理性を保って自分の信念でもって斬ってる。けど、俺は何もかも全部ぶっ飛んで、ただ人を斬るだけの機械みたいになっちまうんだよ。…そんな姿、絶対にお前にだけは見られたくなくて。だけどどうしてもお前の役に立ちたくて。土方のことが、好きだから。だから俺、1人でこんな…」


涙で滲む赤い瞳が宝石のように綺麗だと思った。堪らず腕の中に閉じ込めると、銀時が隊服に顔を埋めるようにしてその身を寄せた。いつも笑っているから気が付かなかった。苦しんでいたことに。銀時がこれまで斬り合いについて来なかったのは、忌むべき姿を自分達に見せたくなかったからで。制御できない力で仲間を傷付けてしまいたくなかったからで。刀を握れば大切な物を傷付けるかもしれず、かといって握らなければ真選組に居る意味がなくなってしまう。辛かっただろう。そんな思いを抱えていた銀時が自分の役に立ちたいと刀を握った。もうそれが答えだった。腕の中に収まっていた銀色の髪に指を絡めると、銀時と優しく呼び掛けた。ゆっくりと顔を上げる銀時にそっと頷くと、心に浮かんだ言葉を真剣に告げた。


「お前がまたおかしくなっちまいそうになったら、ちゃんと俺が止めてやるから安心しろ。…お前の刀は、江戸を護る為にあるんだろ?だったら、これからも堂々とそれを使えばいいんだ。お前は真選組の副長なんだからな。それに俺の…大切な人だからよ。」

「うん。ありがとう…ありがとう、土方。」


泣き笑いの表情を浮かべ、嬉しそうに何度もありがとうと呟く銀時をもう一度強く抱き締めて、柔らかな唇に掬い取るように口付けた。



*****
午後から始まる巡回の交替時間になっても、銀時は一向に屯所に帰って来る気配はなかった。どうせいつものようにどこかで寄り道でもしているのだろう。本当に仕方がない奴だなぁと微笑まずにはいられない。時間も迫っていたので、隊服の上着を羽織って部屋を後にした。


今日は天気も良く、歩き慣れた大通りは道行く人で溢れていた。楽しそうな顔で通り過ぎる人の波を見ていると、本当に穏やかな日々は良いものだと実感できる。あの出来事から気が付けば数ヶ月が経ち、銀時は少しずつではあるが、攘夷浪士の捕縛に参加するようになっていた。そして今の所、銀時が心配していたような目立った暴走は起きてはいなかった。どうやら自分と背中合わせで斬り合っていると、心が落ち着いて凪いでいくらしいのだ。好きな奴の温もりを感じてると自分をなくさないでいられるんだよね。俺ってそんだけ土方のことが好きなんだよ。恋人のその言葉は自分を舞い上がらせるには十分過ぎる物だった。


先ほどまでずっと頭の中で考えていたからか、ふと視線を向けた先に茶席に座ってみたらし団子を頬張っている銀時が見えた。今日はどうやら団子屋で寄り道をしていたようだ。すぐ目の前まで歩いて行くと、自分に気付いた銀時は団子を頬張ったままで、座りなよと長椅子を叩いた。今から巡回なんだがなと思いつつ恋人の横に座ると、銀時が隊服の内ポケットから缶コーヒーを差し出してきた。


「はい、どーぞ。」

「お、おう。わりぃ。」


手渡された缶コーヒーを口に含むと、銀時は嬉しそうにまた団子を食べ始めた。黙々と団子を頬張る銀時の横で、一息つきながらゆっくりと缶の中身を飲んだ。それから少しの間、銀時の隣に座って空を見上げたり、話をした。考えてみれば少しだけれども一緒に仕事をサボるのはこれが初めてで。何だかくすぐったいような気分だった。そろそろ本当に行かないとマズいなと思って椅子から立ち上がろうとしたら、銀時がちょっと待ってと腕を掴んだ。


「スカーフ曲がってるよ、トシ。直してやる。」

「何度もわりぃな。」

「いいのいいの。あっ、俺、団子食べたらこのまま帰るから。じゃあお仕事頑張ってきてね、もう1人の副長さん。」


応えるように愛しい人の髪をくしゃりと撫でて、そのまま席を立った。そっと後ろを振り返ってみると、眩しいまでに綺麗な笑顔がいつまでも自分を見送ってくれていた。






END






あとがき
真選組のお仕事が十分に分かりきれていないので甚だしく妄想ばかりですが、W副長は楽しいですね!楽しいです!


銀ちゃんが隊服着ているだけで萌えるのに、土方さんと同じ職場だなんて…(//▽//)W副長万歳!


色々捏造ばかりですが、楽しく書けました。読んで下さってどうもありがとうございましたv

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あきゅろす。
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