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黒白ワルツ 3
自分達は真選組という江戸の治安の為に働く武装警察組織であり、警察である以上は命のやり取りの世界にその身を置かなければならない。真選組の副長になってから、もう幾度となくそのぎりぎりのやり取りを繰り返してきた。幕府の、そして自分達の掲げる正義に反する不逞浪士達を取り締まることが真選組に与えられた絶対の使命なのだ。だからこそ、自分もその使命を全うする為に仲間と共に血と喧騒の世界を進み続けねばならない。そしてその刹那の命のやり取りの時間が、もうすぐそこまで近付いていた。


「あー、皆も知っての通りだが、ここ最近山崎を中心にして調査していたテログループがな、今日動くかもしれんという情報を掴んだ。だから俺達は奴らが拠点にしていると見られる廃工場に乗り込むことにする。そういう訳で、今からトシに詳しい説明をしてもらう。」


近藤の真剣な声が静かな夜の闇の中に響き渡る。屯所の中の広場に集まる隊士達は、皆いつもより随分と緊張した面持ちで息を潜めるように列をなしていた。それもそうだろう。もしかしたらこれから斬り合いになるかもしれず、その中で大きな怪我を負ったり、運が悪ければ命を落とすことだってあるのだから。日々の小さな仕事に追われて忘れてしまいそうになるが、自分達は結局の所そういう世界に居る。ここ最近山崎に調べさせていた情報から纏め上げた作戦を説明する為に隊士達の前に出ようとした瞬間、あのさ〜と場違いなほどにのんびりとした声が響いた。


「悪いんだけどさ…俺、今日パスで。何か調子悪いんだよね。」


隣に立っていた銀時が申し訳なさそうな顔で、わりぃけど俺抜きで頼むと口にした。だが目の前の銀時はどこをどう見ても体調が悪くて辛そうには見えず、明らかに仮病なのだと分かった。


「おい、銀時!お前、何言って…」

「そうか、具合が悪いんなら無理せず部屋で寝てていいぞ。後のことは俺達に任せて、銀時はゆっくり休んでろ。」

「近藤さん!別にこいつは…」


ゴリは物分かりが良くてほんと助かるわ。じゃあ俺、布団敷いて休んどくから。できたら書類仕事もやっとくし。くるりと背を向けると、銀時はそのまま部屋へと続く道を歩き始めてしまった。そのまま銀時の後を追い掛けて、理由を尋ねなければと足を踏み出した所で思わずハッと我に返った。これから大捕物になるかもしれないという時に、私情を挟んで慌ててしまっては隊士達の士気に関わることになる。今は我慢しなければならない。銀時のことが気になって仕方がなかったが、耐えるように小さく息を吐き出して、今日の突入の説明をするしかなかった。



*****
不思議だった。不思議に思うことがあった。銀時が真選組の副長になってから、何度か攘夷浪士の大量検挙があった。だが銀時は、気分が悪いから、体調が良くないからと何かと理由を付けて、自分達と共に斬り合いに出向くことは実は一度もなかったのだ。はっきり言ってそのことが不思議でならなかった。剣術の稽古を見ていても銀時の剣の腕は確かな物で、下手すると自分でも歯が立たず、敵わないだろうと分かるほどの腕前だった。だから浪士達と刀を交えることに不安などないはずなのだ。ならば面倒臭い仕事だと思っているのだろうか。だがそれも違うような気がする。一緒に居酒屋で飲んだ時に話してくれたように、銀時は真選組の仕事に誇りを持ってくれている。時には退屈な仕事をサボることもあるが、それでも自分達と共に楽しく、そして真剣に仕事に取り組んでいる。だからこそどうして真選組の真価が問われるようなやりがいのある大規模な事件になると、まるで命のやり取りから逃げるように背を向けてしまうのか分からなかった。好きな相手だからこそ、極限の世界の中で一緒に支え合って戦いたかった。


自分達が近頃派手に動き過ぎていて、真選組に目を付けられていたことが分かっていたのだろう。結局張り込んでいた廃工場にテログループが現れることはなかった。こうなると新たに突入作戦を練り直さなければならず、また1つ余計な仕事が増えてしまった。だがそれは江戸の治安維持の為には必要な仕事だった。今夜浪士達を取り押さえることができなかった悔しさや、斬り合いになるかもしれないと高ぶっていた気持ちも屯所に帰って来た頃には随分と落ち着いたものになっていた。とりあえず今日のことはまたこれから考えることにして、まずは疲れた体を休めようと、自室へ続く廊下を歩いていた時だった。銀色が目に映ったのは。


「ぎん、とき…」


隊服から白い着流しに着替えていた銀時が部屋の前の縁側に座って、静かに月を眺めていた。煌々と輝く光に照らされるその姿がまるで今にも消えてしまいそうなほど儚く見えて、気が付けば後ろから目の前の白を抱き締めていた。


「ひじ、かたっ…!?」


驚いた声と共に腕の中で銀時が小さく震えたのが分かった。そのまま強く抱き締めようとして、腰に差していた刀がカチャリと音を立てた。静かな空間に一際大きく響いたその音に促されるままに慌てて銀時の側から離れた。


「あ…今のは、その…」

「…おかえり、土方。」


銀時は抱き締められたことに驚きこそすれ、咎める素振りは見せず、特に気にしていないような顔だった。切なげに見えたからといって、想いを伝える前に抱き締めてしまったことに居たたまれなさを感じない訳ではなかったが、銀時の側に居たくて同じように縁側に腰掛けた。


「お前らが出掛けてる間にさ、ちゃんと書類仕事終わらせたんだぜ、俺。偉いだろ?」


こんな時ばかりいつもサボりがちな仕事を真面目にやるのだ。そんな元気があるならば、どうして自分達と一緒に来てくれなかったのだろう。やはり躊躇わずに尋ねた方が良いのかもしれない。そう考えていると、赤い瞳がじっとこちらを見つめていた。


「でさ、どうだった…?」

「悔しいが取り逃がしちまった。だからまた作戦を考え直さなきゃならねぇ。…けどよ、奴らは絶対に捕まえる。」


取り逃がしたと聞いて、銀時の表情は夜の帳の中でもはっきりと分かるほど曇っていき、辛そうに見えて仕方がなかった。思わずその肩を抱き寄せてしまいたくなるほどに。辛そうに眉根を寄せていた銀時は一度小さく頷くと、お疲れ様だったねとそっと呟いた。


「銀時。分かってると思うが、次に新しく作戦を練る時は副長のお前も勿論参加だ。だから今度こそ俺達と一緒に…」

「…分かってるよ。…次はお前らと一緒に行くよ。絶対に。」


約束した以上はちゃんと守るからさ。今度こそ心配すんなって。銀時は小さく笑顔を見せたが、笑っているはずなのにその顔はどこか悲しみに満ちているようにも見えて、その表情にただ胸が痛かった。

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あきゅろす。
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