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黒白ワルツ 2
毎日の巡回に書類仕事、鍛錬の為の剣術稽古。日々は慌ただしくも穏やかに過ぎて行き。真選組の中で副長が2人という新体制も、自分達の中ではもうすっかり当たり前になっていた。銀時はといえば相変わらずの仕事ぶりで、それとなく注意してものらりくらりとかわしてしまい、今まで通りマイペースを崩すことはなかった。だが自分はといえば、銀時がここに来てから変わってしまったように思う。銀時に対する態度が、だ。気が付けば何となく目で追うようになっていた。何もせずにぼんやりとしていると、銀色が瞼の裏にちらつくようになっていた。だが何故そんな風になってしまったのか、自分でも良く分からない状態が今もずっと続いていている。どうして銀時のことを気にしてしまうのだろうか。頭の片隅に一度生まれたそれは、自分の中からなかなか消えてくれることはなかった。





「チッ、煙草のストックが切れてやがる。」


溜まっていた書類仕事を片付け終えた解放感から煙草を吸おうと机の端に置いてあった小さな箱に手を伸ばしたら、中身はちょうど空っぽだった。そういえば巡回の休憩中に吸ったのが最後の1本だったことを今さらながらに思い出して、部屋の中に置いてあるはずのストックを確認した。だがしかしこういう時に限って運悪くストックの方も切れており。今すぐ煙草が吸えない苛立ちに思わず舌打ちをしてしまった。ここは山崎でも呼んで買いに行かせるかと思ったのだが、ここ最近とある攘夷浪士のグループが目立った動きを見せるようになってきた為、監察は目下調査で忙しいのだ。今はもう夜になっていたが、多分山崎は仕事に出ているに違いないだろう。仕方がないが、ここは自分でコンビニにでも買いに行くしかない。面倒だがそうするしかないなと決めて部屋の障子を開け、夜の闇に浮かぶ廊下を進んだ。


屯所の出入り口に続く道をゆっくりと歩いていると、不意に視界の端に月明かりに照らされる銀色が見えた。その後ろ姿に思わず足が止まる。銀時はこちらの気配に気が付いたのか、そっと後ろを振り返った。自分は黒の着流しを好んで着ているが銀時は白の着流しが好きなようで、今日も白い絣の着流し姿だった。銀時はそのままゆったりとした足取りで近付いて来たので、自分も同じように銀時の方へと歩いた。


「土方、どうしたの?何?今から出掛けんの?」

「ちょうど煙草が切れちまってな。買いに行こうかと…お前こそどっか行くのか?」

「コンビニにお菓子でも買いに行こうと思ってたんだけどさ……なぁ、良かったら、今から一緒に飲まない?考えてみたら俺、お前と飲んだことってないし、ちょうど俺もお前も出掛けるんだしさ。ね、行かない?」


何だよ、その可愛い笑顔。えっ、可愛い…!?にこっと綺麗に笑い掛けてきたその微笑みに、知らず頭に浮かんだ言葉だった。一体何を考えているのだ、自分は。目の前に居るのはれっきとした男だろうが。銀時の笑った顔を可愛いなどと思ってしまったことが俄かには信じられず、振り払うように頭を振った。


「な、土方、飲みに行こうよ。」

「おい、銀…時。お前、何やって…」


隣に居た銀時がするりと腕を絡ませて、早く行こうぜと引っ張った。月の光に白く輝く銀の髪が偶然頬に触れ、その柔らかさに訳もなく胸がドキリとした。


「…分かった。飲みに行ってやるから離せって。」


うん、分かった。銀時の白い腕がゆっくりと解かれていった。先ほどまで感じていたほんのりとした温もりが消えていく感覚に、自分で離せと言っておきながらほんの少しの名残惜しさを感じたのだった。



*****
何だこの可愛い生き物。本当に男なのかよ。あぁ、マズい。これで二度目だ。まだ少ししか飲んでないのに自分は酷く酔ってしまったのだろうか。こぢんまりとした居酒屋の中で、らしくないだろと自分に強く言い聞かせた。そんな風に自分をおかしくさせる張本人は、カウンター席の隣に座り、ほろ酔い加減でちびちびと焼酎を飲んでいる。酔いが回っているのか、頬はうっすらと色付き、瞳もいつもよりトロンとしているように見える。そして時折甘えたように自分に近付いて来るのだ。普段の気だるげな姿と酒に酔ってふわふわとしている今の姿が違い過ぎて、どうしても戸惑いが隠せなかった。可愛いなと思ってしまったのも、もう仕方がなかったのかもしれない。楽しそうな銀時を見ていたら、そんな風に納得してしまっていた。


「銀時、真選組にはもう慣れたか?」


何か話したいと思って口を開いたら、そんな言葉しか出て来なかった。銀時は持っていた御猪口をカウンターに置くと、そうだねぇと肘をついて考えるような仕草をした。


「う〜ん、ゴリはストーカーな所もあるけど、ここぞって時は頼りになるし。沖田君は歳の離れた弟みたいで可愛いし。ジミーはからかいがいあるし。お前は…内緒かな。」

「内緒って、何だよそれ。気になるじゃねぇか。」

「俺、真選組に来てから楽しいよ。うん、楽しい。色んな奴に会えたから。江戸の街を護るってやっぱりすごい仕事だと思うし。それをお前らとやれてて、誇りなんだ。…あ、今だって楽しいかも。お前とこんな風に飲むってのも楽しいよ。」


同じ、気持ちだった。自分だって楽しかった。一緒に真選組の副長として過ごすことが。時々仕事に不真面目になることに対して仕方ないなと注意することが。近藤や総悟達と馬鹿やっている姿を隣で眺めることが。今、こうして一緒に飲んでいることが。銀時が隣に居るだけで、それだけで自分は楽しかった。楽しくなっていた。あぁそうか、自分は。何故目が離せなくなってしまったのか。こんなにも気にするようになってしまったのか。その理由が今漸く分かって、小さく笑ってしまった。初めはあれほど気に食わない奴だと思っていたのに。


「ちょっと何笑ってんだよ。俺、変なこと言った?」

「何でもねぇよ。こっちの話だ。」


俺だってお前と飲むの、楽しいんだよ。好きなのだと意識したら、隣で笑う銀時が急に眩しく見えてしまって、視線を逸らすようにぶっきらぼうに告げることしかできなかった。


「そっか、良かった。ありがとな、トシ。」


酔っていて機嫌が良かったからだろうか、久しぶりにトシと名前を呼んでくれたことに嬉しさを感じた。もう駄目だ。自分は、銀時が好きなのだ。こんなことくらいで、滅多に呼ばない名前を紡いでくれただけで、こんなにも目の前の存在が愛しく思える。へにゃりと笑う銀時に触れたくて堪らなくなり、手を伸ばそうとしたすんでの所で自分の中の衝動を抑えると、ビールの入ったグラスの方を掴んだ。そんな自分の心の中の葛藤など知りもしないで、カウンターに置いた両腕の上に頭を乗せた銀時が上目遣いでそっとこちらを見つめてきた。そういうことはやめて欲しい。無意識に自分を煽るようなことは。


「土方、あのさ…ここはお前持ちってことでよろしく。俺、最近全然お金なくてさ。副長さんならたくさんお金持ってるよね。」

「おい、お前だって俺と同じ副長だろうが。あれだろ?どうせお前のことだから、甘味ばっかに使って金ねぇんだろ。…けど、別にいいぜ。奢ってやるくらい。」


ほんとに!?さすができのいい副長は違うね。だったらこの後行くコンビニでも奢ってもらおうかな。目を輝かせる銀時はすっかりいつもの調子になっていて。好きだと分かった今では、隣で嬉しそうにはしゃぐ銀時のペースに付き合うことも楽しくて、酷く幸せに思えた。

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あきゅろす。
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