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優しい手の温もり 3
「じゃあ仕事行ってくるな。いい子で留守番してろよ。」


土方が目を細めて手を振る姿を入り口の門で見送る。


土方と星空を見てから3日、猫になってから6日が過ぎていた。不安で焦る気持ちがなくなった訳ではなかったが、諦めたくはなかった。何とかなるという思いは捨てたくない。それに土方が側に居てくれることが、何よりも銀時の支えになっていた。あの優しい手の温もりがいつの間にか、銀時の心を包んでくれていた。



*****
仕事から帰って来た土方は、着流しに着替えても真剣な顔のままだった。どうしたのだろうと銀時は、土方の足元に歩いていった。土方はしゃがみ込んで銀時に目線を合わせると、お前にも聞いてもらわないとなと、話し始めた。


「今から銀時を飲みに誘おうと思ってさ。今まで自分からなんて、そんな勇気なかったんだがな。…お前のおかげだよ。お前に1歩踏み出す力を貰ったんだ。」


銀時は真剣に話す土方の顔をただ見ることしかできなかった。土方!俺はここだよ。ここにいる。ねぇ、土方!銀時は必死に叫んだ。だが口からは、にゃーにゃーとしか出てこなかった。


わりぃな、ちょっと行ってくるからと、土方は部屋から出ていった。


銀時はその場から動けなかった。土方の言葉がいつまでも耳にこだまする。今、万事屋に行ったとしても誰もいないのだ。新八と神楽はまだ旅行中であるし、自分は猫の姿でここにいる。万事屋を出る時は窓から飛び降りたので、玄関の鍵も掛かったままだ。



自分にはどうすることもできないことが、ただ悔しかった。



*****
あれから1時間もしない内に土方は帰って来た。残念そうな顔をしているのが見て取れるほどだった。部屋に戻った土方を銀時は出迎え、気遣うように自分の尾を彼の足に絡めた。


「頑張ってみようかって思ったんだけどな。あいつ居なかった。偶然下のばあさんに会ってメガネとチャイナは旅行って聞いたけど、銀時は最近見掛けないから、多分仕事だろうってさ。俺もタイミングわりぃよな。」


困ったように笑う土方を見て銀時は苦しかった。土方が会いたい自分はすぐ側に居るのに、彼が自分に気付くことはない。それがこんなにも苦しくて仕方ない。



そっか、俺、土方のこと…好きなんだ。



好きな相手に気付いてもらえないから、こんなにも苦しいのだ。銀時は自分の気持ちがようやく分かった気がした。俺は土方の優しい温もりに絆されたんだな。


自分の気持ちに気付いたのに。彼に自分の気持ちを伝えたいのに。彼の気持ちに応えたいのに。


今の自分は何もできない。


どうして俺、猫になったんだろう。


誰でもいいから。俺、何でもするから。だから元の姿に戻してくれよ。



銀時は心の中で泣き叫ぶことしかできなかった。



*****
銀時の心中を知る由もない土方は、明日も仕事があるから、そろそろ寝るかと、書類整理を終えて布団を敷き始めた。タオルケットを羽織って土方は横になる。そのすぐ隣りに敷かれたタオルの上に銀時も丸まった。暗くなった部屋の中で起き上がると、銀時は土方の寝顔を見つめる。端正な横顔が銀時のすぐ側にあった。


銀時は土方の部屋に来てから、彼がタオルで作ってくれた即席の寝床で寝ていた。だが今日は、土方の近くに居たかった。彼の側で彼の温もりを感じながら眠りたかった。銀時は土方の布団に乗ると、彼の体にぴたりとくっついた。あったかい。土方…


気が付けば、自分の目の前にある土方の唇にそっと口付けていた。彼は起きる気配もなく、恥ずかしさを感じながらも、ほっとして銀時は眠りに就いた。



*****
目を覚ますと明け方のようで、まだ辺りは薄暗かった。銀時は覚醒しきっていない頭で、もう少し寝ようとタオルケットに腕を伸ばして、自分の体の変化に声を上げそうになった。


嘘、戻ってる!俺、ちゃんと人間だ!銀時は元に戻った喜びに浸っていたが、目の前に土方の顔が飛び込んできて、再び声を上げそうになった。気付いたら自分は土方を抱き締めて眠っていたようだ。それも一糸纏わぬ姿でだ。やべぇ、考えてみたら猫から戻ったんだもんな…何も着てなくて当たり前だよな。何とかしねぇと。


土方を起こさないようにそっとタオルケットに身を包むと、申し訳ないとは思いつつ、彼の着流しを1枚借りることにした。さすがに靴までは無理なので、裸足のまま縁側に出た所で、何かがひらりと舞って落ちた。


それは土方が首に巻いてくれた赤いリボンだった。そのままにしておけずに銀時はリボンをすくい上げると、大切そうに胸に抱いた。そして屯所の塀を飛び越え、万事屋へと走ったのだった。



*****
「ただいま、銀さん。」

「ただいまヨ〜。銀ちゃん、生きてたアルか?」


それから数時間して新八と神楽が帰って来た。2人は旅行を満喫したらしく、あれこれ思い出を話している。しかし銀時には新八達の話など耳に入らず、布団の中で丸くなっていた。すると襖を開けて新八が銀時の様子を見に来た。


「銀さん、どうしたんですか?具合でも悪いんじゃ…」

「あ〜、おかえり。わりぃけど、もうちょっと寝てていい?」

「いいですけど。起きたらケーキ食べません?お土産買ってきたんですよ。」


新八の言葉に銀時は大きく首を振った。当分もうケーキなんてこりごりだった。

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あきゅろす。
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