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colors 2
黒色


その色は俺の好きな奴のことを思い出させる色




ほんとに面倒臭いんだけどなぁ。銀時は大江戸マートへと続く道をゆっくりと歩いていた。いつものことであるが依頼の電話が鳴るようなこともなく、銀時は今日も部屋の中で特に何もせずにごろごろしていたのだ。だがそれを子供達が見逃すはずもなく。暇ならたまには買い物にでも行って来て下さいと、新八から強引にメモを渡されてしまい、銀時は仕方がなく万事屋の玄関を出たのだった。部屋でいちご牛乳でも飲みながらテレビでも観ようと思っていたのに。自分の考えていた午後の予定が狂ってしまい、銀時は心の中で愚痴を零しながらそのまま歩を進めた。そんな銀時の瞳に通りの向こうからこちらに近付いて来る黒が映り込み、思わず声を漏らしていた。


「うわぁ、可愛いな…」


真っ黒な柴犬が小さな男の子とその父親の隣を誇らしげに歩いている。どうやら散歩中のようで、その黒い犬の足取りは楽しそうに弾んでいた。そのまま立ち止まっていた銀時の横を親子が通り過ぎようとした瞬間、黒の柴犬はつぶらな瞳で銀時を見上げ、それから小さく尻尾を振った。何だかその姿が自分に会えて嬉しいと幸せそうな顔で抱き締めてくる恋人と重なって見えてしまって、銀時は小さく笑った。色も黒くて同じだし、ますます土方みたいじゃん。銀時はくるりと振り返ると、遠ざかっていく黒に再び視線を向けた。その色を見ていたら、何だか今すぐにでも会いたくなってしまって。嬉しそうに笑う顔が見たくなってしまって。そのまま優しく抱き締めてもらいたくなって。


「新八…わりぃな。」


銀時は小さく呟くと、体を方向転換させて大江戸マートへと向かう道とは反対の通りを歩き始めた。会いたい気持ちが心の中に溢れ出してきて、早足になる自分に少しの恥ずかしさを感じながら。



*****
何度となく訪れたことのある真選組の屯所は銀時にとっては勝手知ったる場所であったので、門番をしている若い平隊士に適当に声を掛けて屯所の中に入った。約束もなしに突然会いに来た訳であるから、土方は多分驚くはずだ。けれどもすぐに照れたような表情になるに違いない。そしてこっち来いよと手招きして、そっと腕を回してくれるだろう。銀時と違って土方はいつも仕事で忙しく、なかなか2人でゆっくりと長い時間を過ごすことは難しい。だからこそこんな風に会いたいと思ったら、少しの時間だけでいいから触れ合いたくなってしまうのだ。


屯所に似つかわしく、控え目に咲いている花々が植えられた庭に沿って歩いていると、廊下から暇そうな顔の青年が現れた。彼はおや、と銀時を見ると、爽やかな笑顔を向けた。


「旦那、お久しぶりですねィ。もしかしなくても土方さんに?」

「まぁ、うん。ぶっちゃけるとそうなんだけど。…土方居る?」

「それが残念なことに、土方の野郎、ちょうど今巡回に出てるんでさァ。俺も土方さんで遊べなくて暇でして。…これから山崎辺りにちょっかいでも掛けに行こうと思いやしてね。」

「そっか、土方居ないんだ…」


土方さんが使えない奴で申し訳ないでさァと謝る沖田に、タイミングが悪いのは俺の方だからと笑顔で応えて銀時は屯所を出た。そのまま屯所の前の通りを抜けて再び大通りへと向かったが、行きとはまるで正反対に心は落胆の気持ちで一杯だった。


「…会えると思ったんだけどなぁ。」


髪も、着ている隊服も、靴も、何もかも。圧倒的な存在感を放つその黒を纏う愛しい人は、今目の前のどこにも居やしなくて。通りを見渡せば、その色は色々な所に溢れてはいる。だが自分が求める彼にしか、その色は似合わない。銀時にはそう思えて仕方なかった。



*****
会いたい気持ちは募るのばかりなのに、結局巡回中の土方に会うこともできず、銀時は新八の言いつけ通りに買い物を済ませて万事屋へと帰って来た。はあ、と無意識に溜め息が零れ落ちたが、玄関の扉を開ける前にいつもの表情を作った。その後は自分の帰りを待っていた新八や神楽と買ってきたおやつを食べたり、他愛のない話をしたりしていたのだが、夜になって銀時はふらりと万事屋を抜け出した。会いたい人に会えなくて、気を紛らす為にも居酒屋で一杯やりたかったのだ。ゆっくりと階段を降り、今日はどこの店に行こうかとぼんやりと考えていると、夜の漆黒よりもさらに深い黒が視界の隅に映った。予想外のことに口を開けたまま目を見開いていると、銀時と名前を呼ばれた。


「良かった。ちょうど今迎えに行こうって思ってたからな。」

「土方…」


土方は昼間に良く見る隊服姿ではなく、黒い着流しを着ていた。闇夜に溶けてしまいそうで、それでいて自分を惹き付けてやまないその色に胸が切なく疼いた。こうして会えただけで、こんなにも嬉しくて幸せで堪らない。本当に土方のことが好きなのだ。銀時は土方を眩しい思いで見つめた。


「今日の午後、屯所に来たんだろ?総悟から聞いた。…俺、ちょうど巡回中だったからな。悪かった、無駄足になっちまって。だからよ、書類整理早めに終わらせてお前に会いに来た。…今から飲みに行かねぇか?」


優しい眼差しが銀時を真っすぐに見つめる。その瞳に応えるように土方に近付くと、スルリと腰に腕が回された。


「…それにしても俺に会いに来てくれるなんてな。銀時も随分と嬉しいことしてくれるじゃねぇか。」

「買い物の途中で真っ黒い犬を見てさ、何かお前に似てるなぁって思ったら、会いたくなって…」

「おい、犬って何だよ。…俺、そんなに犬に似てるか?」

「別にいいじゃん。犬って可愛いし〜。」


不満げな土方の腕を引き、銀時は早く飲みに行こうぜと先を歩き出した。慌ててついて来る土方に一緒に飲めて嬉しいと笑い掛けると、照れたような微笑みが返って来た。そうだ、飲んだ帰りは酔ったフリして手でも繋いでみようかな。今日は少しでもたくさん触れていたいから。土方の幸せそうな顔が目に浮かんで、銀時も幸せで心がふわりと温かくなったのだった。

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