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Eternal Oath
夢に魘される銀ちゃんと慰める土方さんです




黒。黒。黒。その場所はただそれ以外に色はなくて。前も見ても。後ろを振り返っても。上を見上げても。足元を見ても。本当にただ黒一色しかない。今、自分がどこに立っているのかさえ分からなくなりそうだった。見渡す限りの黒い闇の中では自分の姿もその暗闇に飲まれて消えてしまいそうで。恐怖がじわじわと銀時の全身を襲う。いつまでもこんな所に1人で居たくない。銀時は後ろを振り返ることもなく、一心不乱に足を動かした。


「なっ、何なんだよ、これ…ここ、どこなんだよ。」


夢なら早く醒めて欲しい。早く早く。お願いだ。一体どこを走っているのかも分からないまま、銀時は必死に祈った。幽かな光も届かない空間を己の感覚を頼りにひたすら前に進む。音のない世界では自分の息遣いがやけに大きく響いて、銀時の足は止まってしまいそうだった。


「…新八、神楽。…定春。」


いつも近くに居てくれる、最早家族と違わない2人と1匹。銀時は彼らの名前を無意識に呟いていた。だが助けを求めるように紡がれたその音は、虚しく黒い世界に吸い込まれていくだけだった。今ここには本当に自分しか居ないのだと改めて思い知らされ、こんな場所は一刻も早く抜け出したいと銀時は再び地面を蹴った。その瞬間、自分以外には何も分からない暗闇の中で銀時の足が何かに引っ掛かった。


「うわぁっ、」


突然のことに体が上手く対処できず、銀時はバランスを崩してそのまま前のめりに地面に倒れ込んだ。ったく何なんだよ、痛ぇなぁと顔を上げた瞬間、酷く噎せ返るような血と硝煙の匂いが銀時の鼻を掠めた。


「これって…」


見覚えのある光景が銀時の周りに広がっていた。敵や味方の傷だらけの死体が幾つも折り重なり、あちこちで山のようになっている。どんよりとした曇天の空を見上げてみると、鈍い光が雲の隙間から所々射し込んでいた。先ほどまで確かに自分は真っ暗な闇の中に居たはずだったのに。一体どういうことだろうか。訳が分からない。思わず俯いた銀時の足元に刀の鞘が転がっていた。あぁこれに引っ掛かって転んだ訳か。鞘を掴む為に手を伸ばそうとして、視界の隅に見えた銀と赤の2つの色に銀時の肩が大きく揺れた。


「…っ、」


いつの間にか少し離れた場所に銀時に背を向けるようにして、1人の青年が立っていた。くすんだ銀色の髪と身に纏っている白い着物が鉄錆の色に染まり、右手には抜き身の刀が握り締められている。その刀の先からは静かに血が滴り落ちて、地面に赤い染みを作っていた。目の前に立つ青年が誰なのかなんて、銀時には分かり過ぎるくらいに分かっていた。あれは在りし日の自分だ。白夜叉と呼ばれて、大切な人を取り戻す為にがむしゃらに戦場を駆けていた頃の。


「俺は…結局、護れなかった。…大切な、先生を。俺は…」


背を向けたまま、過去の自分が呻くような声を上げた。それは何度も何度も繰り返し呟いた自責の言葉であり。月日が流れた今でも、銀時の心の奥から消えることはない悲しい思いであり。大切だった人を永遠に失ってしまったのだと分かったあの日の記憶が銀時の中に蘇る。決して忘れることのできない刺すような心の痛みと共に。


「俺は、護れなかった。」


真っすぐ前を向いたまま佇む過去の自分に声を掛けようと口を開いたが、ヒュッと小さく喉が鳴っただけだった。銀時はグッと唇を噛むと、まるで何もかもを寄せ付けようとしない背中を見つめた。一体何と声を掛けるつもりだったのだろうか。拒絶するような背中に。どうすればいいのだろうと、銀時はその場に力なく立ち尽くしていたが、不意に目の前の景色が大きく歪んだ。たくさんの名もなき死体も過去の自分も陽炎のようにゆらゆらと消えていき、代わりに真っ白な世界に変わった。だが銀時の視線の先には、見たくもない赤が広がっていた。


「…っ、新八!神楽!定春!」


銀時の目の前には新八と神楽が血だらけでぐったりと倒れており、傷を負った定春が目を閉じて2人に寄り添っていた。銀時は目を見開いて呆然と彼らを見下ろす。体が震えてどうしようもなかった。


「やめろよ…何なんだよ…」

「これが、お前の未来だ。お前は絶対に大切なものを護れない。失うだけなんだよ。分かるか?なぁ、銀時?」


すぐ後ろで嘲笑うような自分の声が響いた。銀時は勢い良く後ろを振り返る。その先には、自分が居た。着流しの中に気だるげに片手を突っ込んで、昏い目をしているもう1人の自分だ。だが銀時の瞳は自分自身に向けられることはなく、その足元に釘付けになっていた。もう1人の銀時の足元には血溜まりが広がり、その中に赤に染まる土方が横たわっていた。


「なっ、土、方…!?」

「ほらな?お前は周りの奴らだけじゃない…こんな風に一番大切で愛しい奴も護れねぇんだよ。これがお前に待つ未来なんだよ。」


下卑た笑い声を上げなら、もう1人の自分が土方の体を足蹴にする。黒いブーツが愉しそうに土方の体を踏み付ける様に耐えられず、銀時は自分自身を殴り付けようとした。だがそれより一瞬早くもう1人の自分は土方から離れると、ニヤリと笑ってそのまま銀時の目の前から跡形もなく消えた。


「お前は何も護れない。ずっと1人なんだ…独りなんだよ。」


真っ白な空間に歪んだ声が響いたが、すぐに元のように静かになった。いつの間にか新八達の体はなくなっており、目の前には静かに横たわる土方だけが残されていた。銀時は慌てて土方に近付くと、着物が血に染まることも構わずに土方の体を揺さぶった。


「なぁ、おい、土方ってば!…目、開けろよ。」

名前を呼び続けたが、血の気を失って青白くなった土方は瞼を開けることはない。銀時は土方の背中に腕を回すと、冷たい体を掻き抱いた。これがこの先の自分の未来だというのか?一番大切で愛しい奴を護れないのが自分の運命だというのか?そんなことはあり得ない。あの日と同じことは繰り返さない。銀時は絶対に違うと首を振った。だが腕の中の土方は、一向に目を開けてはくれなかった。


「…お願いだから。なぁ、土方……土方!」



*****
「土方…!」


気が付くと目の前には見慣れない天井が広がっていた。土方はどこだ?自分は今どこに居る?分からない。怖い。頭は酷く混乱して、呼吸が速くなる。先ほどまで居た場所が夢の中であったということも考えられず、銀時の心は激しい不安に揺れた。


「銀時、大丈夫か?」


不意に耳元で心配そうな囁きがしたかと思うと、優しい温もりが銀時の全身を包んだ。人肌の、それも大好きな人の温もりに銀時の心はゆっくりと落ち着いていった。それと同時に自分の置かれていた状況も思い出した。夜になって土方に会いに行き、少しだけ酒を飲んで、その後そのままホテルに入ったのだ。一緒の羽布団に入り、土方に抱き締められたままの格好で数時間前のことをはっきりと思い出すと、不意に情事の後の独特の疲労感が蘇って来た。土方の腕の中で身じろぐと、すぐ側に土方の端正な横顔が見えた。


「魘されてたみてぇだけど、大丈夫か?」

「あ〜、最悪だったけど…もう、大丈夫だから。」


銀時はキングサイズのベッドからそっと上半身を起こした。土方と一緒に居たというのに何という夢を見てしまったのだろうかと、ただただ落ち込みそうになる。ベッドサイドのデジタル時計を見ると、時計の針はまだ深夜を指していた。だが再びすぐには眠れそうにもなく、銀時は体を起こしたままだった。


「銀時…」

「うん、何?」


土方も掛け布団を剥がして銀時と同じように起き上がっていた。お前は寝てていいよと笑い掛けると、寝ていられるかよと真剣な声が返って来た。

「そんな顔してんのに…ほっとける訳ねぇだろうが。…怖い夢だったんだろ?」

「ひじ…かた…」


大切な物を扱うように両手を握られ、気が付けば銀時は静かに口を開いていた。


「…皆を……お前を護れないで、何もかも失っちまう夢を見て…これが俺の未来だって言われてさ…お前、全然目、開けてくれなくて…」

「そうか…大丈夫だ、銀時。心配しなくていい。」


土方は銀時の手を掴むと、そっと自分の左胸に当てた。お互い薄物の着物を羽織っているだけであるので、土方の肌の感覚が良く分かる。


「な?俺はちゃんと生きてんだろ?」


銀時の手のひらにトクントクンと土方の心音が伝わる。その優しい小さな音は、これ以上ないというくらいに銀時の心を満たしてくれた。あぁ、絶対に護らなければならない。なくしたくない、これからもずっと永遠に。そうであるから。先生、俺は今度こそ絶対に護り抜いてみせる。絶対に。銀時は強く強く心に誓った。


「それによ、銀時。」

「うん?」


自分を包む心地良い音色と共に、土方は銀時に笑い掛けながらゆっくりと言葉を紡いだ。


「お前は大切な物を護れるくらい、もう十分強いじゃねぇか。…それに、心配しなくてもお前のことは俺がちゃんと護ってやるから。俺はお前の…彼氏なんだからよ。」


自分の言葉にそのまま赤くなる土方が愛しくて泣きそうになり、銀時は土方にギュッと抱き付いた。俺のこと護るって言ってくれたけど、やっぱり俺は大切な奴はこの手で護りたいんだよ。銀時は土方の耳元で嬉しそうにそう囁いた。


「でもね、さっきのお前…格好良かった。惚れ直しちゃうくらいにはな。」


抱き締める腕が一層強まり、銀時は目を細めると、すぐ目の前にある幸せそうな土方の顔に口付けた。大切で愛しい存在に護られながらも、自分も必ず護り抜くことを胸に誓って。






END






あとがき
一国傾城篇の銀ちゃんの過去に涙腺崩壊しそうになりまして、少し意識したお話を書いてみました。銀ちゃんにも不安な心の部分が少なからずあって、それを土方さんという大切で愛しい存在がいつも明るく照らしてくれればいいなぁと思います。


土方さんがいつも銀ちゃんを護っていればいいです。ですがそんな土方さんは、知らない間にもっと大きく色々と銀ちゃんに護られている訳で、それが堪りませんね^^


読んで下さってありがとうございました!

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