花盗人
桜を見に行く2人です
待ち合わせの時間は夕方より少し前。場所は万事屋から少し歩いた裏通りの道。今からちょっと出掛けてくるわ。子供達にはそんな風に誤魔化して、俺は今日も同じようにのんびりと部屋を出る。行き先は大抵いつもあいつ任せで。だけどそれが一番いい方法だったりする。土方は絶対に俺のことを楽しませてくれるから。俺を幸せな気持ちにさせてくれるから。改まって口に出すことはないんだけれど、あぁ今日も土方に会うのが楽しみだ。
最近はすっかり春めいてきて、陽が沈む時間も随分と遅くなっている。夕方近くに外を歩いていても、まだまだ周りは十分明るい。暖かな風が俺の髪を揺らして、そのまま優しく頬を撫でていく。そのふわりとした心地良さにやっぱり春はいいもんだなぁと思わずにはいられない。そんな風に考えながら万事屋の裏通りの道を少し歩いた所で、ごちゃごちゃと店が建ち並ぶ中に見慣れた黒が目に入った。
「あっ、ごめん…土方。待たせちゃったみたいだな。」
「気にすんなよ。そんなに待ってねぇから。」
控え目に微笑む土方はいつもの着流し姿だった。昼間に見掛ける隊服も、今着ている着流しも。土方は相変わらずどんな時でも黒を着ている。俺とは違って、土方にはその色が本当に良く似合う。凛とした男らしさを漂わせている土方に思わず見とれてしまいそうになり。何やってんだかと、俺はブンブンと首を振って恥ずかしさを追い払った。
「銀時、今日はありがとな。一緒に桜見に行っていいって言ってくれて。」
「別に、そんなのは…せっかく…土方が誘ってくれたんだし…それにさ、今って桜満開じゃん?俺、まだじっくり見てなかったから、ちょうどいいかなって。」
「俺も同じだ。仕事で忙しいとな。…だから、銀時とは桜見てぇなと思っちまって。」
2人で見た方が絶対綺麗だろ?少しだけ照れくさそうな顔をする土方に俺まで照れてしまいそうになる。そんな顔されたら、やっぱりお前から離れられないじゃん。思わず口に出してしまいそうになる自分に苦笑いをするしかなかった。それでも。いつもいつも思う。少しの時間でもこうして会えるだけで嬉しい。一緒に同じ時間を過ごせるだけで幸せだ。毎日一緒に居られる訳ではないから、こんな些細な時間がかけがえのないものなんだ、俺にとっては。じゃあそろそろ行くかと声を掛けてきた土方に頷いて、俺も土方と同じ歩幅で歩き出した。
*****
巡回の途中で偶然通りかかった場所なんだ。本当に小さな公園だけど、万事屋からもまあまあ近いし、あまり人も居ねぇみたいだから、きっと気に入ってくれると思う。土方は俺の隣を歩きながら楽しそうな声を出した。万事屋の近くで桜を見に行こうと言っていたから、てっきり俺は神楽が良く遊んでいるかぶき町で一番大きい公園に行くのかなと思っていた。あの公園には桜の木がたくさん生えているし、今の時期はお花見シーズン真っ只中だから、確か「さくらまつり」と書かれた可愛らしい提灯が桜の木と木の間に何個も吊されていた気がする。去年新八達と見た時の記憶だから、ちょっと曖昧な所もあるけれど。確かにたくさんの桜を見たいのならば、あの公園はまさにお花見にぴったりの場所だ。知り合いの奴に会って、一緒に飲んだり食べたりもできる。だけど実際は見物客が多く、あちこちでガヤガヤ騒いでてうるさいから、静かにゆっくりと桜を楽しもうと思うと、なかなか難しい部分もある。もしかしたら土方も同じように考えて、誰にも邪魔されないで2人だけで桜を見ることができる場所を選んでくれたのではないだろうか。その土方の優しさは、俺の頬を熱くさせるには十分で。嬉しかったり、恥ずかしかったり、こそばゆかったり。俺の心の中はそれらの感情がぐるぐると忙しなく駆け巡っていて。さらに土方が肩と肩が触れそうなほどすぐ隣を歩いていることも相まって、とにかく落ち着いていられなかった。土方は計算でやっている訳じゃなくて、ただ俺のことが好きで、俺に喜んで欲しいだけな訳で。これって相当質悪いじゃんね、そんな風に思っていると、土方にそっと名前を呼ばれた。
「もう少しで着くぞ。」
「えっ、ほんと!?」
かぶき町の大通りではなく、細い裏道をいくつか横切って歩いていたからか、ほとんど誰ともすれ違うことはなかった。目的の公園は多分本当に穴場なのだろう。俺の中でじわじわと期待が膨らんでいき、自然と足が速くなった。土方も心なしか足早になっていて。俺達はこんな所まで似てんのかと、こっそり笑ってしまった。そのまま土方と歩いていると、不意に俺の目の前に儚く淡い色が広がった。
「…うっわぁ、すっごい綺麗じゃん。」
「ああ、綺麗だな。満開に咲いてやがる。」
嬉しそうな土方に促されるようにして、桜が咲き誇る小さな公園に足を踏み入れた。土方の言う通り、夕暮れ時の公園には俺と土方以外に人影はなく、辺り一面の桜の花が優しい風に揺れていた。
「土方、ここってほんとに穴場じゃね?俺達以外に誰も居ないし、桜の木も結構あるし…うん、今日ここに連れて来てもらって…良かった。」
「本当か?気に入ってもらえて、そりゃ良かった。」
目を細める土方に、ほんとだよと素直に笑って頷いてみせた。俺の笑った顔にやられたのか、土方はうっすら赤くなるとサッと口元に手を当てる。そして俺から目を逸らすようにそのまま桜の木を見上げた。俺達を包む甘い空気に気恥ずかしさを感じてしまって、俺も土方に背を向けると慌てて桜の花を見つめた。顔を上げると俺の目の前には桜の枝が幾重にも広がっていて、小さな花が良く見えた。
「銀時…」
「ん?何だよ、土方…」
甘い声で呼ばれて振り返ると、土方の手が俺の髪に静かに触れた。男らしい細くて長い指がそのまま流れるように俺の右耳の上辺りで止まる。土方は俺の髪から手を離したけれど、髪の隙間から右耳に何かが触れて。それが桜の花であると気付いた俺は、思わず土方を見ていた。
「…こうすると、桜の精みたいだな。すごく綺麗だ、銀時。」
「ちょっ、おま…何恥ずかしいことしてくれちゃってんの!?」
何だよ、桜の精って。俺が綺麗だとか、馬鹿じゃないの、土方。俺はあまりの恥ずかしさに死にそうになった。俺が声を荒げる一方で、土方は俺の髪に桜を飾ってそれは幸せそうだった。
「お前ってほんと恥ずかしい奴だよな。良くこんなことできるっていうか…」
俺はお前にはいつでも真剣だから、別に恥ずかしくねぇよ。土方の真剣な瞳に捕らえられてしまい、鼓動がどんどん速くなる。俺は少しだけ俯くと、手を伸ばして髪に飾られていた桜の花を取った。女ではないのだから、さすがにいつまでもこのままという訳にもいかないし、土方に見つめられ続けるのは心臓が保たなかったから。土方が残念そうな顔をするのが分かったけれど、俺は桜の花をそっと手の平に乗せた。俺の手の中の桜は、不意にどこからか吹いた風にふわっと舞い上がる。俺は隣に立つ土方と共に風に流されていく桜の花を目で追った。
「もう少しあのままで良かったんだけどな…」
「何言ってんだよ。俺は男です〜。あれは…本当に恥ずかしいわっ。」
「まぁ、仕方ねぇか。」
前を向いていた土方は俺の髪を触った時と同じように静かに手を伸ばすと、目の前にあった桜の枝を手折った。突然の行動に驚いている俺にくるりと向き直ると、お前にやるよと俺の手にその枝を握らせた。土方が折った枝にはたくさんの花が咲いていて、吸い込まれそうになるほど綺麗だった。
「土方、お前…一応警察なのに。市民の見本じゃなくなってんぞ。」
「ちゃんと折る前に心の中で謝っておいたから大丈夫だろ。今日の思い出に持って帰ってくれ。」
「土方…」
本当にしょうがねぇな、持って帰ってやるよと頷いたら、土方は幸せそうに笑った。その笑顔が俺にはあまりにもキラキラして見えて、桜の花にも負けないくらいじゃんかと思ってしまった。
あれから土方と別れて万事屋に帰り、ただいま〜と居間に入ると、ちょうど新八が帰る準備をしていた。
「銀さん、お帰りなさい…って、ちょっと、それ、桜の枝じゃないですか。アンタ何勝手に折って持って帰って来てるんですか、全く。まぁ、確かに綺麗ですけど。」
「あ、いや…これは…」
「銀ちゃんは相変わらず子供ネ。」
これは俺じゃなくてさ、土方の奴が勝手に折って俺にくれたんだって。そう言っても土方は真面目に見えるから、俺じゃないってと言っても多分信じてもらえそうになくて、俺は黙っておくことにした。それでも新八も神楽も春の風物詩ともいえる桜に目を輝かせていた。
「じゃあ、銀さん、ちゃんとこのコップに挿しておいて下さいよ。」
「おぅ、分かった。」
帰り際に気を利かせた新八がコップに水を入れてくれて、そこに桜を飾るようにと言った。俺は新八を見送った後、桜の枝とコップを持ち、桜に飽きてテレビにかじりつく神楽の脇を通って椅子に腰掛けた。そのまま目の前の机に桜を飾る。たったそれだけのことで部屋の中が随分と華やいで見えた。やっぱり桜はいいな。頬杖をついて桜を見つめていた俺の頭の中に、別れ際の土方の言葉が蘇った。
『来年もまたこんな風に一緒に見に来ような。』
何の捻りもないストレートな言葉だったけれど。
「…んなの、当たり前じゃん。」
飾らない土方の言葉がただ嬉しくて。俺は口元を緩めて小さく笑うと、土方のことを思い出しながら、愛おしむように淡い桜の花びらを指で撫でた。
END
あとがき
土銀といいますか、銀ちゃんは桜がとても似合うと思います!アニメでも銀ちゃんと桜の組み合わせが多くてきゅんきゅんしていましたから(*´`*)このお話では土方さんに、銀時は桜の精みたいに綺麗だなという台詞を言って欲しくて書きました。仲良く桜を見る2人はすごく良いです。萌えます!
読んで下さいましてありがとうございました。
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