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優しい手の温もり 2
銀時は土方の自室で1人ぽつんと座っていた。土方は銀時を屯所に連れて来たのはいいが、自分をこの部屋に入れると、そのままどこかに行ってしまっていた。彼が帰って来るまですることもないので、部屋の中をゆっくりと見回す。


机の上には綺麗に整理された書類が置かれ、隅には灰皿もあった。箪笥の前にはきちんと布団が折り畳まれていて、自分の部屋とは大違いなほど整っている。考えてみれば、土方の部屋に入ることなど初めてだった。お互い腐れ縁のような関係で、街で会えば申し訳程度に挨拶をしたり、飲み屋で偶然会えば酒を酌み交わすこともあるというくらいの関係だったからだ。


猫にならなければこの部屋を訪れることはなかったのだろうと、銀時がぼんやり考えていると、廊下を歩いてくる足音が聞こえ、障子が開けられた。


「わりぃな、遅くなっちまった。」


土方は手にミルクの入った皿や紙袋を持っていた。それらを畳に置くと、こっち来いよ、と銀時に手招きをした。銀時が大人しく側に行くと、そっと頭を撫でられた。細くて綺麗な、でも男らしい指が触れる。触れられた所から土方の優しさが伝わってくるようで、心臓がトクンと跳ねた。いや…これは、俺が今、猫だから嬉しいだけで、別に土方にときめいてる訳じゃ…って、ときめくって何?しっかりしろ、俺!


銀時の混乱など知りもせず、土方は優しく撫で続けている。だからやめろよ、そんな風に大切だって思わせるような目で見るなよ…銀時は耐えられなくなって、土方の手から離れようとすると、彼はポケットから赤いリボンを取り出して、それを銀時の首に巻いた。


「これ、首輪の代わりな。つーか、こんな所に連れて来られてびっくりだよな。その、総悟の言葉じゃねぇけど…」


土方は何やら口ごもってしまった。銀時はその先が気になって、再び土方の近くに寄った。


「お前さ、あいつに似てんだよ。…銀時にさ。その銀色の毛並みとか綺麗な赤い瞳とか。お前を見てたら、側に置きたくなっちまった。本当はあいつに側にいて欲しいんだけどな。…けど、好きだって言って嫌われたくねぇし。」


お前に代わりをさせちまってわりぃな、少しの間だけでいいから、と土方は銀時を撫でた。



土方が、俺のことを好き…?全然そんなの知らなかった。



銀時は思いがけない形で土方の自分に対する気持ちを知り、驚いて声も出なかった。だが不思議と嫌だとか不快には思わなかった。土方に触れられることも心地良いと感じてしまっている。


「腹減ってないか?ミルクならあるぜ。」


土方の言葉で思考が中断した。まぁ、今は猫だし、人間に戻った時に考えても遅くないかと、銀時は喉も渇いていたのでミルクを飲むことにした。


やっぱりイチゴ牛乳の方がいいなぁと心の中で思いながら。



*****
銀時が猫になって3日が経った。屯所での生活にもすっかり慣れ、廊下を歩くと隊士達から撫でられるようにもなった。だが、触られてもドキドキしたり、心が温かくなるまではいかない。やはり土方だけに感じるようだ。


土方にこれ以上触れられると、自分は変になりそうだ。だがあの優しい手の温もりを1度知ってしまったら、忘れられないのもまた事実だった。それに今自分が万事屋に戻ったら、きっと土方は悲しむだろう。そんな彼の顔は見たくはなかった。





土方の部屋に戻ると、彼は黒い着流しに着替えて座っていた。巡察を終えて帰って来ていたようだ。


「お、ただいま。白銀。」

銀時もにゃあと鳴いてそれに応えた。白銀ーーしろがね。土方がつけた名前だ。名前がないと不便だよなと、彼なりに考えたものだった。


「銀時、じゃあさすがにまずいし、銀も総悟辺りに何か言われそうだしな。…しろがね、なんてどうだ?白い銀色。凛としてて、あいつにもお前にもぴったりだよな!」


今日からお前は、白銀だなと言った彼の嬉しそうな顔を思い出し、銀時は胸がキュッと締め付けられるのを感じた。





「今日は星が綺麗だからさ、たまには空でも見ないか?猫のお前でも分かるだろ。」


土方は銀時を抱えて縁側に座る。夜になっていくらか気温も下がっており、爽やかな風が土方の髪を揺らしていた。土方の体温を近くに感じて、抱きかかえられていることに羞恥心が込み上げてきた。それを振り払うように夜空を見上げたが、銀時は満天の星に目を奪われていた。


「こんなに綺麗だと感動して声も出ねぇな。あ、あれ天の川だな。白銀、お前も綺麗だって思うだろ?」


土方は銀時を覗き込むようにして笑いかけたので、彼の問いに心の中で頷いた。本当に綺麗だ。あぁ、猫の姿なんかじゃなくて、酒を肴に土方と話しながら、こんな綺麗な夜空を見られればいいのに。そう考えて銀時は、急に自分の置かれた状況を思い出した。土方に可愛がられて、彼の手の温もりに癒やされて、すっかり忘れていたのだ。


猫の姿になって、もう3日が過ぎようとしていた。銀時は2、3日で元の姿に戻ることができると、どこか楽天的に考えていた。だが一向にその気配はない。もしかして俺、ずっとこのまま…な訳ないよな。大丈夫だよな。大丈夫だと、無理矢理自分に言い聞かせる。だが1度考え出すと不安で堪らなくなりそうになった。


「どうした?変な顔してるぞ。総悟に変なもんでも食わされたのか?」


土方がそっと銀時の頭を撫でる。心配そうな瞳が自分を見ていた。何で分かるんだよ。俺が不安になってること。土方…


銀時は前脚を伸ばして、思わず土方に縋り付いた。今は何も考えたくない。ただ土方の温もりに浸っていたい。



背中を撫でる優しい手に身を委ねて、銀時はそっと目を閉じた。

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あきゅろす。
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