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lost voice 1
銀ちゃんの声が出なくなってしまう何番煎じ…なお話です




売り買い言葉に買い言葉。いつもの口喧嘩のはずだった。もう別れよう。果たしてそれは自分が言い出したことだったのか、それとも土方が告げた言葉だったのか。


「土方、俺は…まだ、お前と別れたくなんてね〜んだよ。」


自分以外に誰も居なくなった薄暗い部屋の中に、銀時の悲しみに満ちた声がいつまでも響いていた。



*****
土方と喧嘩別れをしてしまってから、銀時は良く眠れない日々を過ごしていた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。頭に浮かぶのはそればかり。鏡に映る自分の顔が後悔から日に日に酷くなっていくことをどうすることもできず、心配する子供達には夜更かししてジャンプ読んでるだけだからね、と笑って嘘を吐いた。あれから暇潰しや仕事の依頼で街に出ても、銀時の好きな黒髪を見つけることはできなかった。





その日も銀時はなかなか寝付くことができず、朝方になって漸く訪れた束の間の眠りに就いていた。どのくらい眠っていたのか分からなかったが、不意に自分を呼ぶ声が聴こえたような気がして、銀時はゆっくりと瞼を開いた。


「銀さ〜ん、起きてますか?もうお昼なんですけど。」


居間に居ない銀時を起こしに来たのだろう、障子の向こうから新八の声がした。時計を見ると正午近くを指している。銀時は慌てて布団から起き上がると、いつもの着慣れた普段着に着替えて居間に向かった。


「銀ちゃん、今日は良く眠れたアルか?」

「銀さん、僕が昼食作ったんで、皆で食べましょうよ。」


新八と神楽がソファーに座って早く早く、と銀時に笑い掛ける。テーブルには慎ましいが美味しそうな料理が並んでいた。ご飯作ってもらっちゃってわりぃな、新八。新八に確かにお礼を言ったはずだった。だが銀時の口からは何も音が生まれて来なかった。え…?ちょっと待って。どうなってんの?銀時は声を出そうと必死に喉を動かした。大きく口を開けて叫んでみても、出したはずの自分の叫び声が耳に届くことはなかった。


「…銀さん?」

「銀ちゃん、何やってるアル?私先に食べるヨ。」


青ざめてその場に立ち尽くしていた銀時は、そのまま奥にある机の引き出しを開けると、中からメモ帳を取り出し、サラサラとボールペンを走らせた。そしてソファーに座ると、先に食べ始めていた2人にメモを見せた。


『何か、俺喋れなくなってるみたいで。出そうとしてるのに声が出ないんだよね。』

「銀ちゃん!」

「本当ですか!?銀さん、ご飯食べたらすぐに病院に行った方が良いですよ。買い物とかは僕達がするんで、ちゃんと診てもらって下さい。」


心配そうな顔になった2人に銀時は大きく頷くと、今は考えても仕方ないと冷めない内に昼食を食べることにした。湯気が立ち上る目の前のお碗を手に取る。そっと中身を口に含むと味噌汁の温かさがじわりと心に染みて、少しだけ不安な心を落ち着かせてくれたのだった。



*****
病院からの帰り道、銀時の足取りは重く沈んでいた。先ほど聞かされた医者の言葉が嫌でも頭の中に蘇る。声が出なくなってしまった原因が分かってしまって、銀時はやるせない気持ちを抱えて万事屋へと戻った。


「心身性のものなんですか…」

『うん、そうらしいよ。』

「しんしんせいって?」

「銀さんの声が出なくなったのは悪い病気とかが原因じゃなくて、心に何か傷を負ってしまったからってことなんだと思うよ、神楽ちゃん。」


新八の言葉が医師の言葉と重なる。銀時は無意識に着物の袖口を掴んでいた。坂田さん、あなたの声が出なくなってしまったのは、心身性によるものでしょう。喉の状態を見ても正常ですから。最近何か心に大きなショックを受けるようなことはありませんでしたか?大切な人を失ったり、離れるようなことになったり。そういったことが心の傷になって、突然声が出なくなってしまうこともあるんです。医者の言葉に土方の顔が浮かんだ。土方と別れることになったからだ。絶対これが声が出なくなってしまった原因だ。本当は別れたいなんてこれっぽっちも思ってなかったのに、喧嘩してたら引っ込みがつかなくなって、つい意地を張って別れていいと言ってしまった。土方が出て行ってから泣きたくなるほど後悔した。何て馬鹿なことをしたのだろうと。胸が軋むように痛くて苦しくて。きっとあの時、自分の心は酷く傷付いてしまったのだ。銀時にはそう思えてならなかった。


「でも銀さん、心の傷って…最近何かあったんですよね?銀さん、この頃はあまり眠れてないみたいだし。…あの、言いにくいんですけど、土方さんと何か…」

「銀ちゃんはマヨと付き合ってるネ。だから銀ちゃんを困らせるのはあのヤローしか居ないアル。」


子供達は自分にとって大切な家族と同じだと銀時は考えていたので、土方と付き合うようになったことをきちんと話していた。こういうことは家族に隠しておいちゃマズいしな。そう思って恥ずかしさをこらえて報告した。新八も神楽もまるで自分のことのように喜んでくれて、銀時は幸せだった。あの時の2人の笑顔を不意に思い出し、銀時はメモ帳に向かった。


『土方は関係ないから。』


彼らに迷惑を掛けたくなかった。心配させたくなかった。きっとその内ちゃんと元に戻って声だって出るはずだ。だからこれ以上自分のことで2人を煩わせたくなかったのだ。


「でも銀さん、僕にはそれくらいしか…」

「そうアル!あのニコチンが…」

『違うから!』


感情のままに書き殴ってしまった字を見れば、それが答えだと言っているようなものだったが、2人はそれ以上食い下がることはなかった。銀時は無性に1人になりたい気分になり、ちょっと外出て来るわ、とペンを走らせるとそのままゆっくりと玄関に向かった。



*****
街に出てもパチンコに行く気にもパフェを食べる気にもなれず、銀時はあてもなくふらふらと歩いていた。これからどうしようか、そう考えていると、大通りの端に数台のパトカーが停車しているのが目に入った。パトカーに寄り掛かって煙草をくわえている土方を数人の隊士達が囲んでいる。どうやら巡回の休憩中のようで、満足そうに煙を吐く土方を銀時は懐かしい思いで見つめた。土方とは2週間近く会っていなかったが、もう随分と長い間会っていないように感じられた。


『土方。』


小さく呟いた。想いを込めて紡いだ言葉は土方どころか、自分の耳にすら届くことなく消えた。視界がじわりと滲み、銀時は自分が泣きそうになっているのが分かって土方に背を向けた。そのまま近くの人気のない路地裏に駆け込むと、着物の袖で涙を拭った。だが涙は止まることなく流れ続け、銀時は壁に体を預けて泣いた。声を上げて思い切り泣いてしまいたかったのに、喉は悲しく引きつるばかりで苦しいだけで、さらに涙が溢れた。暗く寂しい場所で1人、銀時は声にならない悲しみの嗚咽に耐え続けることしかできなかった。

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