[携帯モード] [URL送信]
再会メモリーズ 1
大学生土銀で同窓会ネタです




バイトが終わり、アパートに帰って来て目に入ったのは、ポストからはみ出ていた一通の白い封筒。銀時は無造作に突っ込まれていたチラシと一緒にその封筒を手にすると、少しだけ疲れた足取りで自分の部屋へと続く廊下を進んだ。


「同窓会か…」


部屋の電気を点け、炬燵に入って冷えた体を暖める。封筒の表に書かれた同窓会案内の文字に銀時の中で苦いものが広がっていた。封筒を開けて中身を確認する。綺麗に折り畳まれた紙には、高校3年生の時のクラスの仲間で飲んで楽しく話そう、という趣旨が記されていた。日付はちょうど1ヶ月後の3月。3月ならばちょうど春休み中であるし、大学3年生である自分達にとって、就職活動が本格的になる前に最後に弾けることができる。場所も自分が良く使う地元の駅前の居酒屋だった。バイトも一応休みは取れるし地元の大学に通っていたので、銀時が同窓会に参加することはできた。地元を離れたクラスメイトも多いので、久々に会ってみたい気持ちもある。だが、1つだけ銀時を躊躇わせることがあった。


「来るのかな。…あいつも。」


炬燵のテーブルにうつ伏せになった銀時の脳裏に、ぼんやりと1人の顔が浮かぶ。少し子供っぽさの残る整った顔。高校3年生の時の僅かな間すぐ近くで見ていた顔しか知らないから、その笑った表情しか思い出せなかった。


「土、方。」


自分から別れた。好きだったのに別れを告げた。ずっと思い出さないようにしていた相手の名前を口にした途端、銀時の胸はつきんと痛んだ。そのままギュッと目を閉じても土方の顔は瞼の裏から消えてはくれなかった。


「本当にどうしよっかな、同窓会…」


銀時はそっと目を開けて同窓会の案内を見つめると、小さく溜め息を零した。



*****
それは高校3年生の春だった。放課後になって、その日もいつものように少しだけ眠ってから帰ろうと机の上でうとうとしていると、土方が机の前までやって来た。土方とは3年生になって初めて同じクラスになっていたので、今までほとんどまともに話したこともなかった。土方は自分と違って顔も頭も良く、剣道部の練習中に見せる落ち着いた雰囲気やそのストイックさから、非常に女子生徒に人気があった。授業中に教師の話を聞かずに眠っているような自分とは、はっきり言ってウマが合わないだろうなぁと銀時は思っていた。


「んぁ、土方…?俺に何か、用?」

「あぁ。坂田、少し話があるんだが…放課後途中まで一緒に帰らないか?」

「ん〜、別にいいけど。」

土方は風紀委員でもあったから、もしかして日頃の自分の生活態度を注意されるのだろうかと銀時は一瞬だけ考えた。だがそれならば今ここで伝えればいいはずだ。俺に話って何だろ?まぁいっか、と銀時は土方の後をついて学校を出た。





「お〜い、土方。さっきからずっと黙ったままだけど、俺に話あるって言ってなかったっけ?」


先ほどから黙って隣を歩いていた土方の顔をひょいっと覗き込む。土方は驚いた顔をして銀時を見たが、そのまま勢い良く顔を逸らした。土方の奴、どうしたんだろう。再び声を掛けようとして、銀時は土方が足を止めたことに気付いて同じように立ち止まった。


「坂田…俺、ずっとお前のことが好きなんだ。1年の時からずっと。一目惚れだった。」

「土方、何言って…」


あまりに突然のことに、まるで時間が止まったみたいに思えた。静かな住宅街の中にある通学路に居ることも一瞬忘れそうになるほど銀時は驚いていた。何の冗談だよ。そう言って茶化すことができれば良かった。だが土方の瞳は今まで見たことのないくらいに真剣な色を宿していた。


「坂田の…銀時のこと、本気なんだ。俺と付き合って欲しい。」

「ひじ、かた。」


銀時は小さく息を飲んで土方を見た。自分にこんなにも真っすぐに想いを向けてくれる人間は土方が初めてだった。小さい頃から施設で育ち、十分な愛情に恵まれなかった銀時にとって、誰かから強く求められることは戸惑いの方が大きかった。それでも土方の気持ちを嫌だとか不快だとは思わなかった。こんな自分のことを好きだと言ってくれる嬉しさが、段々銀時の心を満たしていた。


「俺なんかで、いいのかよ?土方には俺よりもっと…」

「何言ってんだよ。銀時、お前がいいんだ。」


ありがとう。嬉しくて堪らないとでもいう顔で土方が笑った。そのどこか照れくさそうな表情は銀時の目に焼き付いて、それからずっと瞼の裏に残り続けることになった。


*****
土方と付き合い始めて、銀時は土方の色々な表情を知り、また自分の中にも土方に対する愛情のような温かくて幸せな気持ちが生まれていることを感じていた。


この頃は季節も爽やかで陽射しもちょうど良く、銀時と土方は毎日のように校舎の屋上で一緒に昼食を食べるようになっていた。


「弁当にいちご牛乳って…銀時は本当に甘党だな。」

「だって俺は、将来糖分王になる男だからね〜。」

「何だそりゃ。本当にお前は可愛いな。」


土方は小さく喉を鳴らして笑うと、突然銀時の腕を掴み、手に持っていたいちご牛乳を自分の口に含んだ。銀時が呆気に取られていると、ストローだけど間接キスだな、と土方は子供っぽい表情を見せた。普段はクールで通っている彼が自分だけに見せてくれるもの全てが、銀時にとってはまるで宝物のようだった。





それから放課後には、良く寄り道して2人でパフェやクレープを食べて帰ったりした。土方は甘い物が苦手だったのだが、銀時は土方の分も無理矢理注文して2人分を食べ、思い切り笑われることもあった。ゲームセンターで対戦もののゲームで時間を忘れて白熱したことも。今思えば本当にお子様な付き合いだったのだと分かる。それでも銀時にとっては、土方と過ごす日々は確かに輝いて見えたのだ。

そして季節はゆっくりと過ぎ行き、夏休みに入った。3年生にとっては最後の大会となるので、土方は真剣に部活に取り組んでいた。銀時は夏休みといっても特にすることもなかったので、学校の道場で練習に励む土方を毎日見に行った。夏休みはさすがに恒例の女子生徒の見学もなかったので、銀時は心置きなく1日中土方の姿を眺めることができた。土方は近藤や沖田といった部活の仲間に銀時のことを冷やかされながらも、視線が合うと嬉しそうにはにかんでくれた。毎日一生懸命練習していた努力が報われ、土方は最後の夏の大会で上位の成績を修めた。大会を見に行った銀時は試合が終わった後土方に会いに行き、頑張ったご褒美やるよ、何がいい?と冗談半分で訊いてみた。


「何でもいいんなら…銀時からキスして欲しい。」


あの時は本当に恥ずかしくて、確実に自分の顔は真っ赤になっていたと思う。初めての土方とのキスだった。誰も居ない控え室のロッカールームというムードも何もない場所でのキスだったが、自分達らしいかもな、なんて思ってしまい、あの時の銀時は土方とのキスがただただ嬉しくて仕方なかった。




夏休みも明けると、クラス内は本格的に受験一色になった。銀時は地元の大学に進めばいいかと漠然と考えていた。だが土方はそうはいかないことは何となく分かっていた。頭も良いし剣道の成績も良かったので、都会の大学から推薦が来ていると担任が誇らしげに話しているのを職員室の前を通った時に偶然聞いてしまった。そっか、土方と離れ離れになっちゃうのか。こればかりはどうにもなんないもんな。授業中寝てばかりの自分の頭では、どう考えても土方と同じ大学に行けるはずもないし、土方には妥協してまで地元には残って欲しくはない気持ちもある。だがそれ以上に、もうこれから一緒に居られなくなってしまうことへの焦燥感のような悲しい気持ちがいつしか銀時の中に渦巻くようになっていた。


今日は風紀委員の会議があるから、わりぃけど先に帰ってもらえるか?土方にそう言われて、銀時は1人で帰ることにした。最近一緒に帰っていても、お互いに進路のことは禁句だとでもいうように全く話題にしていなかった。土方も俺と離れるのが寂しいのだろうか。ぼんやり考えながら校門を出ようとした銀時の耳に、土方先輩ってさ〜、と女子生徒の甲高い声が届いた。視線を向けると銀時の前を2人組みの女子生徒が歩いている。


「土方先輩って、今年でもう卒業でしょ?あんな格好良い人ってなかなか居ないよね。…やっぱり諦めないで告白だけでもしてみようかな。」

「私のクラスでも人気あるよ〜。先輩に告るって考えてる子も多いかもね。」

「だよね〜。ライバル多そう。」


彼女達は銀時から見てもとても可愛い子だと思えた。こんな子が大勢土方に告白なんかしたら…急に心臓の辺りが痛くなって、息を吐くのが辛くなった。土方は自分のことを好きだと言って大切にしてくれている。彼女達の告白は全て断ってくれると思う。だが離れてしまったら、果たしてその想いはずっと続くのだろうか。新しい場所での新しい出会いは、確実に土方を変えてしまうだろう。不意に自分ではない誰かに優しく微笑んでいる土方を想像してしまい、怖くなって足が竦んだ。最悪な想像が現実になるのだと言わんばかりに急に冷たい風が強く吹き、寒さに体が震えた。銀時はマフラーに顔を埋めたが、心に感じた寒さはいつまでも消えることはなかった。





少しでもそう思ってしまったのならば、きっともう駄目なのだ。銀時の中で生まれた不安は、大好きな土方と居ても払拭されることはなかった。むしろ土方を見る度に小さな棘となって自分の心を苦しめていた。あぁもう駄目だ。土方が好きだけど、一緒に居て辛いだけならば。こんなこと終わらせなきゃならないんだ。いつものように土方と帰っていた銀時は、そう決心して別れ際に土方を呼び止めた。


「なぁ、土方…俺達、もう終わりにしない?」


みっともなく声が震えると思った。泣きそうになるのだと思った。なのに銀時は、いつもの会話の延長のようにのんびりとした口調で告げていた。別れ話というものは、案外簡単にできてしまうのだろうか。いや、やはりそれは違うのだ。多分悲しみが大きすぎて、心が麻痺してしまったのだろう。


「何だよそれ…俺は別れたくなんかねぇよ。」


土方が見たこともないような顔で銀時を見た。銀時は胸が締め付けられて苦しいだけだった。けれどこうすることが正解なのだ。土方が離れる前に自分が離れることが。そうすれば見たくない土方を見なくて済む。銀時は自分に必死に言い聞かせた。


「俺さ、もう飽きちゃったんだよ…お前のこと。お前と居てもつまんないだけ。」


何かの小説で使われていそうなありきたりの別れの文句をへらりと笑って口にすると、土方の目に静かな怒りのようなものが見えた。そうかよ、だったら勝手にしろ。吐き捨てられた言葉は自分の心を抉るには十分だった。土方は背を向けると、そのまま銀時に振り返ることはなかった。


「これで、いいんだよね。土方の…為なんだから。」


本当は自分を守る為だった。自分以外の誰かと居る未来の土方を見ないようにする為の。いつか訪れるだろう別れを自分から切り出すことで、これ以上自分の心が傷付かない為の。誰ともなしに呟いた言葉は自分でも笑ってしまうほど震えていて、銀時は制服の袖口で溢れる涙を拭った。


土方に別れを告げた次の日から銀時は学校を休み続けた。土方の顔を見ることが怖かった。違うクラスならまだしも同じクラスならば、四六時中顔を合わせることになる。どんな顔をして土方と接すればいいのか分からなかった。ずるずると1週間ほど休んだが、さすがにこのままという訳にはいかないか、と銀時は遂に学校に行くことにした。大丈夫、普通にすればいいだけだ。土方に会ったら以前のように挨拶すればいい。そう考えて久しぶりに教室に入ってみれば、銀時と入れ替わったかのように土方が居なかった。居なくなっていた。親の急な転勤で、挨拶もそこそこに引っ越してしまったのだと級友達から聞かされた。坂田は土方と仲良かったから、休んでたせいで会えなくて残念だったな。そんな風に慰められた。その時の言い表せない後悔は、今でもずっと覚えている。本当に後悔した。後悔だけだった。何であんなこと言ってしまったのだろうと。本心でもないことを簡単に口走って、土方を傷付けて。今でも好きなのに。もう会えないかもしれないのに最低なことをしてしまった。後悔ばかりが溢れて溢れて止まらなかった。その日の放課後、銀時は誰も居なくなった暗い教室で机に突っ伏したまま声を殺して静かに泣いた。断ち切れない土方への想いを忘れようとするかのように。


*****
大学の帰り道の途中にあるコンビニの側にポストを見付けた銀時は、持っていた封筒をそっと中に入れた。細かい日程や地図などと一緒に入っていた返信用はがきには結局出席に丸をした。土方が同窓会に来るかどうかは分からない。だがこのままではいけないと強く思った。今の土方に自分ではない新しい恋人が居ようが、それはもう仕方がないことなのだ。ならば自分はあの日傷付けてしまったことをちゃんと謝って、また土方と笑い合いたい。今でもずっと土方のことは好きだけれど、自分の気持ちはもういい。土方と関係を修復して、友人のように接することができればそれで十分ではないだろうか。それすらも高望みかもしれないが。


「だけどさ…土方、やっぱり今でもまだ俺、お前が好きなんだ。…これからも勝手に好きでいさせてもらっても…いいかな。」


アパートへの道を歩きながらそっと呟いた銀時の言葉に頷くように、瞼の裏に居る土方が笑ってくれたような気がした。

[*前へ][次へ#]

37/111ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!