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愛しいあなたとの距離 9
この頃銀時はバイトを掛け持ちしているらしく、なかなか会う機会がなかった。俺の方も年末が近付いてるからなのか、仕事に追われる日々が続いていた。今日も残業か…俺は机の上のカレンダーを見た。気が付けばクリスマスも近い。クリスマスを銀時と一緒に過ごすことができれば、本当に最高なんだけどな。それとなく予定聞いて、何もないって言ったら銀時を誘ってみようか。高級店のクリスマスケーキに目を輝かせる銀時が浮かんで、俺は会社の昼休みの時間、終始にやついていた。





次の日、いつものように会社に行く為に玄関のドアを開けたら、同じく銀時がドアを開けて出てきた。ゴミ出し以外でこんな風に早朝に会うのは珍しかった。銀時は少し大きめのスポーツバッグを肩から掛けていて、どこかに出掛けるといった感じだった。


「おはよう、銀時。今日はやけに早いな。…どっか出掛けるのか?」


俺が声を掛けると、銀時は少しだけ肩を揺らして、それから俺に笑い掛けた。


「おっはよ〜、土方。実はさ、バイトでまとまったお金が入ったから、ちょっと長めの旅行にでも行こうかなぁって。」

「そうか…旅行か。ぶらっと1人旅もいいよな。」

「……うん、そうだね。あ、言っとくけど、お土産は期待するなよ。」

「分かってる、気を付けて行ってこいよ。」


俺がそう言うと、銀時は小さく頷いた。そして俺に片手を挙げる。


「じゃあね。」


銀時は俺に背を向けると、そのままアパートから遠ざかっていった。ただの挨拶のはずなのに、じゃあねと告げた時の銀時が、俺には何故か泣くのを我慢して笑っているように見えた。



*****
俺は、銀時の旅行は長くても2週間くらいだろうと思っていた。だが、2週間を過ぎても銀時が帰って来たような気配はなかった。俺は最近仕事が忙しいし、銀時はバイトを掛け持ちしてるなんて言っていたから、もしかしたら既に銀時は帰って来ていて、すれ違ってるだけなのかもしれないなと思っていた。





残業で疲れてアパートに帰って来た俺は、溜まった郵便物を確認しようと、アパートの住人用の簡易ポストに足を向けた。携帯の料金の明細やらダイレクトメールの封筒を取り出していると、ふと銀時のポストが目に入った。銀時のポストも色々溜まってんな。やっぱまだ帰って来てねぇのか。俺はそのまま部屋に戻ろうとしたが、足を止めてもう一度銀時のポストを見た。

「…銀時のポスト、表札がなくなってんじゃねぇか。」


俺と同じように銀時のポストには、部屋番号の下に「坂田」と手書きのラベルが表札よろしく貼られていたはずだった。だがそのラベルは、今は綺麗に剥ぎ取られていた。何だかすごく嫌な予感がして、俺はコートの襟元を押さえたまま、その場に立ち尽くしていた。



*****
銀時が引っ越した。俺がその事実を受け入れるのに数日はかかった。銀時のポストから名前のラベルが剥がされていることに気付いた次の日、俺は大家のじいさんに電話をした。じいさんから聞かされた内容に、俺は思わず携帯を落としそうになっていた。あまりにも突然で衝撃的で、俺は銀時がこのアパートから引っ越してしまったことが信じられなかった。じいさんに銀時の引っ越し先を尋ねてみたが、新しく住む場所は知らされていないようだった。電話を切った後、目の前が真っ暗になり、俺は力なく床に座り込むしかなかった。


銀時が何も言わず引っ越してしまったことに動揺を隠せず、ここ何日かは仕事も手に付かなかった。今日も帰り際に上司の近藤さんに心配されて、俺は心苦しさを感じながら会社を出た。部屋に帰って来ても夕食を作る気にならず、俺はじっとソファーに座っていた。足元に置いていた鞄から携帯を取り出そうとしたが、結局やめた。何回試したんだよ、繋がらなかっただろ。銀時と知り合って間もない頃、何かあった時の為にと、番号とメールアドレスを交換していた。銀時が引っ越したと聞かされた後、俺は僅かな望みを託して電話を掛けたり、メールを送ってみたが、銀時に繋がることはなかった。


「銀時…何で何も言わずに出て行っちまうんだよ。何でだよ、銀時…」


俺の悲痛な声が静かな部屋の中に響いた。やり切れなさに目を閉じると、銀時と最後に会った日のことを思い出した。


『じゃあね。』


あれが俺が聞いた銀時の最後の言葉だった。その時の泣き笑いのような銀時の顔を思い出して、俺は胸が締め付けられた。あの時、何か変だなって思ったのに。どうして俺は銀時を引き止めなかったんだよ。


「銀時、銀時…」


俺は悲しみを堪えるように両手で顔を覆うと、銀時の名前を何度も呟いた。



*****
銀時と一緒に過ごせるかもしれないと淡い期待を抱いていたクリスマスもあっという間に過ぎ去り、俺は淡々と仕事をこなしながら、銀時の居ないアパートで無味乾燥な日々を過ごしていた。





「今日も遅くなったからコンビニ弁当だな。」


馴染みのない隣街の駅前で、俺は小さく独りごちた。今日は隣街に営業に出ていて、そのまま外回りをしていた。仕事が終わる頃には外はもうすっかり暗くなっていて、会社に戻る前に何か買って行くかと、俺は小さな駅にポツンと建っているコンビニに入った。


「銀、時…」


俺の足は入り口で止まり、レジに立っていた1人の店員から目を離すことができなかった。銀色のふわふわの髪。綺麗な赤い瞳。夢じゃねぇ、銀時だ。銀時が俺の目の前に居る。


「土方、何で…」


俺に気付いた銀時が上擦った声を出した。今すぐ銀時の腕を引いて、ここから連れ去ってしまいたかったが、勿論銀時は仕事中で、店内にも客が居ることを思い出し、俺はギュッと拳を作ると銀時の前まで歩いた。


「銀時、仕事が終わるまで待ってる。」

「やめろよ、そんなこと…」

「待ってるから。」


俺の真剣さに困惑したのだろう。銀時は俺に何も答えず、そのまま俯いてしまった。俺はこれ以上銀時を困らせたくなかったから、銀時に触れたくなる心を押し込めてコンビニを出た。





煙草を吸って時間を潰しながら、俺はコンビニの外で銀時を待ち続けた。今日の仕事の報告は電話で済ませることにして、明日以降書類に纏めることで了承してもらえた。時折強く吹く風に体を震わせながら、俺は銀時がコンビニから出て来るのをひたすら待っていた。


あれから何時間待っただろうか。俺の好きな銀色の髪が店から出て来るのが見えて、俺は銀時に駆け寄った。銀時は暖かそうな紺色のハーフコートを着て、首元にしっかりとチェックのマフラーを巻いていた。


「…何で、帰らなかったんだよ!…俺のことなんて、ほっとけばいいじゃん。」


俺を見て銀時が辛そうに叫んだ。銀時、俺はお前にそんな顔させたい訳じゃねぇんだよ。


「ほっとける訳ねぇだろうが。いきなり何も言わないまま引っ越して…もう二度と会えないって思った。だが、こうしてまた会えたんだ。…好きな奴はもう離したくないって思うに決まってるだろ。」


俺の言葉に目を見開く銀時を強く強く抱き締めた。ずっと、こうしたかった。俺の腕の中で銀時を感じたかった。


「お前、こんなに冷たくなるまで待ってるなんて…本当に馬鹿だよ。」

「馬鹿で構わねぇよ。銀時、お前の側に居られるなら馬鹿でいい。」


ほんと馬鹿だよ。震える声で呟く銀時を俺はずっとずっと抱き締めていた。触れ合った所から、銀時の温もりを強く感じる為に。

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あきゅろす。
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