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愛しいあなたとの距離 8
土方のことを好きなんだと気付いて意識してしまうようになってから、俺は土方と上手く話せなくなっていた。土方の顔を見ただけで、よく分からない熱が全身を駆け巡るし、話し掛けられると緊張しちゃって、あいつの目をまともに見ることができなかった。


だけど、このままじゃいけないって気持ちが俺の中にあった。このままずっと土方のことを避けるみたいにしていたら、きっと土方に嫌われてしまう。せっかく親しくなれていたのに、愛想尽かされちゃうんじゃね〜の、俺。そんな風に考えて、俺は怖くなった。土方が好きだからこそ、この関係が壊れてしまうのが怖かった。想いを伝える前に土方が俺を嫌いになってしまったら、悲しくてやり切れないに決まってる。


だから俺は、すげ〜頑張った。土方を見掛けたら、笑顔笑顔と自分に言い聞かせて、バクバクする胸を押さえながら、ぎこちなくてもまた笑い掛けるようにした。土方と偶然アパート前で会って話す時も、話す前にそっと深呼吸をして自分の心を落ち着かせるようにした。やっぱり俺、土方の隣に居たいからさ。次第に俺の頑張りも報われていって、少しずつだけど以前のように土方のことをちゃんと見て話せるようになっていた。俺と話す土方の方も、何だかホッとしたような表情をしていたから、俺って本当に土方に迷惑掛けまくりだなぁ、と思わずにいられなかった。



*****
バイトで駅前を通ると、キラキラ輝くイルミネーションが目に入るようになってきた。冷たい秋風が身にしみるようになって、最近はマフラーは手放せないんだよなぁ。普段着だった着流しもすっかりしまい込んじまって、今は専らあったかいニットばっかり着ている。そういや土方なんかは、もう着流し着ないのかって、ちょっぴり残念がってたっけ?


そうそう、近頃の俺はコンビニのバイトの他にピザ屋のバイトも始めたんだ。バイトの掛け持ちを始めたのには、ちゃんと理由がある。最近すっげ〜寒いからさ、そろそろ部屋にエアコンが欲しい訳よ。ついつい糖分に金かけちまうから、実は俺の生活はカツカツだったりする。だからバイト増やして、金稼いで生活を潤わせなきゃならないんだよね。…それに俺の欲しい物は、実はそれだけじゃなかった。土方に何かプレゼントしたいって思ってるんだ。もうすぐクリスマスも来るから、土方にネクタイピン辺りでも贈って驚かせたかった。何か仕事で使えるような物をあげたくて、格好良い土方に似合うようなお洒落なタイピンなんかいいよなと、俺は密かに考えていた。ただただ好きな人の喜ぶ顔が見たくて、その一心で俺は日々バイトに勤しんでいた。



*****
昼間のコンビニのバイトを終えた俺は一旦部屋に戻ると、夕方になって再びアパートを出た。今日も北風が強くて、俺はマフラーに顔を埋めながらバイト先のピザ屋へと急いだ。


このピザ屋の配達のバイトは俺にとっては案外楽しかったりする。金がないから持ってないんだけど、俺はスクーターで風を切って走るのが好きなんだよね。だからこのピザ屋の配達は、まさにスクーターに乗り放題なバイトだった。




今日最後の配達を終えた俺は、大通りの交差点で信号待ちをしていた。夜になって随分と気温が下がっていて、横断歩道を歩く人々からは白い息が吐き出されていた。体を寄せ合うように歩く恋人同士が目に入って、俺は少しだけ彼らが羨ましかった。交差点を渡っていく人の波をぼんやりと眺めていた俺は、不意に目に入った信じられない光景に、体が冷たくなるのを感じた。


「な、に…あれ…」


スクーターに乗っている俺の目の前を会社帰りの土方がゆっくりと通り過ぎていく。だけど土方の横には、栗色の髪の綺麗な女性が居た。2人は楽しそうに何かを話していて、誰の目からも美男美女の恋人に見えた。寒さをしのぐようにコートのポケットに手を突っ込んで歩く土方は話に夢中なのか、俺がバイトの制服を着て帽子を被っていたからなのか、俺に全く気付くことなく、そのまま通りを渡っていった。


「土方、やっぱ彼女居たんだ。…そうだよな、あいつモテるもん。」


自分で言っておきながら、その言葉は俺の胸にグサリと突き刺さった。俺、何やってんだろう。こんなことしても、もう全然意味ないんだ。土方の隣には俺なんかが太刀打ちできないくらい綺麗な人が居るんだから。


クラクションの音が耳をつんざくように響いて、俺はハッと我に返った。信号はいつの間にか青に変わっていて、いつまで経っても進もうとしない俺に抗議の音が鳴り響いていた。俺は慌ててスクーターを発進させると、重たく沈んでいく心を抱えたまま、星1つ見えない真っ暗な空を見上げた。



*****
ぐったりとした心と体を引きずるように、俺は深夜になってアパートへと帰って来た。そのまま碌に着替えもせずに、敷きっぱなしの布団の上にうつ伏せになる。目を閉じると、数時間前の光景が浮かんで来て、俺はそれを振り払うように首を振った。何も考えたくないのに意識は隣の部屋に向き、瞼の裏から土方の顔が消えることはなかった。


「土方、俺…辛いよ。苦しいよ。」


アパートの隣同士。壁1枚隔てただけのこの距離が、土方を間近に感じられるこの距離が、俺には居心地が良くて幸せだった。だけど今はただ、この距離が辛い。辛くて悲しくなるだけだ。


今まで考えたことなんてなかった。だけどこれから先、土方の彼女が土方の部屋を訪れるのを見てしまったとしたら。俺は、平常心で過ごせるのだろうか?土方と普通に話せるのだろうか? …そんなの無理に決まってる。笑える訳ないじゃん。俺の心はきっと、悲しみに泣き叫んでそのまま死んでしまうんじゃないかと思う。……だから、もうここに居たくない。この部屋に居たら、いつか絶対に見たくもないものを見てしまう。そんなの俺には耐えられない。


俺は布団から体を起こすと、ふらりとリビングに向かった。入り口に立って、ぐるりと部屋の中を見渡す。必要最低限の物しか置かれていない笑えるほど何もない部屋。確か初めて土方が俺の部屋に来た時も、何もねぇ部屋だなって驚いてたよな。


俺はあることを決めると、もう一度部屋を見渡した。そしてそのままリビングの中を歩いて壁際まで行った。この壁の向こうには土方の部屋があって、そこには土方が居る。俺は壁の向こうに居るだろう土方に向けて、小さく呟いた。



「さよなら。大好きだよ、土方。」

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