[携帯モード] [URL送信]
愛しいあなたとの距離 6
暦の上ではもうすっかり秋なのに、ここ最近ずっと気温が高くて、本当に困ったもんだと思う。去年の今頃は着流しもたんすにしまい込んで、衣替えも済ませていたのに。まだまだ暑い日が続くせいで、俺は今だに着流し姿で過ごしていた。…ったく、いつ衣替えすればいいか分かんなくて、困るんだけどな。困るといえば…土方のことについても困っていた。う〜ん、正確には困るっていうか、悩んでるって方が正しいと思う。少し前、土方に夏風邪を看病してもらったあの日から、俺は何だかおかしいんだ。


そう、あの日。土方に薬を貰って随分体が楽になったら、そのまま寝てしまったんだ。夕方近くになって目が覚めたら、俺のすぐ目の前に土方の顔があった。端正で男らしい顔が、瞬きの音さえ聴こえそうなほどの近さにあり、俺は叫びそうになるのを必死で抑えていた。


「びっくりした…土方、近過ぎるだろ、お前。」


小さな声で呟くと、俺は土方の顔をそっと覗き込んでいた。あの時、何となくもっと近くで見てみたいって思ったんだよな。今もそれが何故だか良く分からなかったりする。隣同士だけど、土方の寝顔を見るなんて考えてみれば初めてのことで。普段よりも随分と穏やかそうな寝顔に、俺は無意識に見とれていた。その後しばらくして土方が目を覚ましたから、俺は慌てて布団の中に潜った。俺が土方の寝顔を見ていたことに気付いたようには見えなかったから、とりあえず俺は安心したんだった。


それからすぐに夏風邪は治ったんだけど、土方に会うとあの日のことを思い出して、何となく気恥ずかしさを感じてしまうようになった。俺、どうしたんだよ。風邪はすっかり治ったのに、土方を見ると胸の辺りが苦しいって、何か新しい病気にでも罹っちまったのかな。そんな風に現在進行形で、最近の俺はどこか変だった。



*****
缶ビールや缶酎ハイ、おつまみなんかがたくさん入った買い物袋を片手に、俺は土方の部屋のドアを叩いた。少ししてチェーンの外される音がして、土方が顔を出した。いまだに着流し1枚の俺とは違って、土方は七分袖の黒いシャツにベージュのパンツと秋らしい服装だった。


「よっ、土方。会社から帰って来たばかりなのに、今日は俺の都合に合わせてもらってわりぃね。」

「銀時の方から誘ってくれて本当に嬉しいんだ。ありがとな。…上がってくれ。」


俺は土方の後についてリビングへと向かった。初めて入る土方の部屋は何もない俺の部屋と違って、黒のシンプルな家具で統一されていて、土方らしい部屋だなって思った。遅くなってしまったけれど夏風邪の看病のお礼がしたいと思っていた俺は、一緒に部屋で飲まないかと少し前に土方を誘っていた。土方は俺の誘いにすごく喜んでくれて、だったら俺の部屋で飲みたいんだがいいか、と言ってきた。俺としては土方に酒をご馳走できるならどっちの部屋でも構わなかったから、バイト帰りにそのまま酒とおつまみをたくさん買い込んで土方の部屋を訪れた訳だった。





「本当に、この前は世話になったよ。1人だったら、絶対悪化して寝込んでたと思うもん。」

「まぁ、気にするな。銀時を看病するのも…存外悪くなかったし。」

「え…?今…」

「いや、何でもねぇよ。…それより、あれからちゃんと薬買ったか?」

「うん、一応大体のものは揃えたよ〜。」


俺だって、毎回毎回看病できる訳じゃねぇしな。俺が勧めた缶ビールをあおりながら、土方がぽつりと漏らした。そうだよな、具合が悪くなったからって、そうそう土方を呼ぶ訳には行かないんだ。俺、心のどこかで土方なら、これからも俺のことずっと看病してくれるって思ってたのかも。…でもそんなの土方にしてみれば、いい迷惑じゃん。あ〜、俺、何考えてんだろ。


「だけどな、銀時。薬買ったからって、遠慮すんなよ。俺が居る時は、できる限り看病してやりたいって思ってるから、これからも何かあったら、ちゃんと言えよ。」


土方が優しく微笑んで、俺の頭に手を置いた。何だよ、土方…どうしてお前はこんなに俺に優しくするんだよ。どうして俺のこと、こんなにもおかしくさせるんだよ。美味そうにビールを飲み干す土方を見ながら、俺は自分の心の中が全然分からなくなっていた。



*****
それから俺と土方は、どんどんビールやら酎ハイの缶を空けていった。バイトしてる俺もそうだけど、仕事終わりに飲む酒はやっぱ美味いんだよね。土方もご機嫌な様子で缶ビールを片手に、俺がおつまみで買っておいたピーナッツを食べている。


「土方、そういやお前、結構飲んでるみたいだけど、大丈夫?」

「大丈夫だ、まだまだいけるぜ。」

「そう?…ならいいんだけど。じゃあ、これ飲む?」


土方が酒に強いのか聞いてはいなかったから、ハイペースに飲んでいる姿にちょっと心配になった。だけど、顔もそこまで赤くなってなかったし、本人も大丈夫って言ってるからいっかな、と俺は、土方に袋から出した日本酒のカップを手渡した。


「銀時…」

「何?どしたの、土方…」


不意に土方に名前を呼ばれ、視線を向けた瞬間、俺の視界にリビングの白い天井が映っていた。何?…俺、もしかして土方に押し倒されたの?床に仰向けにされたまま土方を見上げると、真っすぐな瞳が俺を見つめていた。土方の奴、こんなことするなんて確実に酔ってるだろ。顔が赤くなってないから大丈夫だと思ったのが間違いだった。俺の馬鹿。


「ひ、土方。ちょっと待てって。」

「…銀時、銀時。」


土方は俺の声が聴こえていないのか、そのまま俺の首筋に顔を埋めた。土方の息遣いを耳元に感じて、俺はどうにかなりそうだった。心臓はバクバクするし、頭もクラクラして、何も考えられない。なのに土方が触れている部分は熱くて、熱が集中するように感じられた。


「土方、落ち着けって…あっ。」


思わず小さな声が出た。土方が強く俺を抱き締めたからだ。その腕の温もりに、俺はどうしていいか分からなくて固まっていた。でも土方の腕の中は、すごくすごく心地良くて。


「土方…俺、」


俺の声に反応したように、土方が腕の力を緩めた。俺は恥ずかしくてどうにかなってしまいそうで、土方の体から抜け出そうとした。だけど、土方は俺の足に自分の足を絡めていて、そう簡単に抜け出せそうにもなかった。どうしよう、このままじゃ俺…


「え?…土方、ちょっ…」


土方が俺の着流しの襟元からそっと手を差し入れきて、俺は困惑してしまった。土方の長い指の感覚をリアルに感じてしまい、俺の頬に再び熱が集まっていく。俺、絶対に変だ。いつもと違う土方に動揺してるはずなのに、土方とだったらこのまま続けてもいいかも…って思ってしまった。


「ひじ、かた…」


土方となら。俺は覚悟を決めてそっと目を閉じた。だけどいつまでも経っても、土方の手はその先に進もうとしなかった。俺がそっと首を動かすと、俺の着流しに手を突っ込んだまま、スースーと寝息を立てている土方が見えた。


「土方?…もしかして、寝ちゃった、とか?」


俺は土方の体からそろりと抜け出すと、乱れた着流しを整えた。まだ心臓はドキドキとうるさくて、土方の方をまともに見ることができなかった。このままここに居たら、俺、恥ずかしくて死ぬ。俺はテーブルに転がっている空き缶を急いで片付けると、悪いと思いながらもリビングの床で寝ている土方をそのままに、部屋を出た。



*****
自分の部屋に戻って来ても、俺の頭の中はさっきの出来事で一杯だった。楽しそうに缶ビールを飲む土方の顔。俺の話に優しく相槌を打つ顔。俺を押し倒した時の酔っているのに真剣な顔。土方の顔を思い出すだけで、胸が甘く締め付けられる。俺、土方にときめいちゃったりなんかしてるんじゃ…何やってんの。しっかりしろよ、俺。本当にどうしちゃったんだよ。


『…銀時、銀時。』


不意に土方の声が蘇って、俺はソファーにうつ伏せになった。土方の声を思い出しただけなのに、土方に触れられた時みたいに全身が熱くなった。


「そっか、俺…」


土方の顔を、その声を思い出すだけで、土方のことを考えるだけで、胸がギュッとなるのは。体が熱くなって土方に側に居て欲しいなんて思うのは。押し倒された時、このまま土方となら…って思ったのは。


「土方が、好きなんだ。」


言葉に出して、あぁそうなんだと納得していた。最近感じていたモヤモヤとしたものが晴れた気分だった。俺は土方が好きなんだ。だから、土方が近くに居てドキドキしたり、押し倒されても、嫌じゃなかったんだ。…そうじゃん、初めからだよ。土方と一緒に居るのが楽しかった。誰かと一緒に居てこんなに楽しいって思ったことなんて、今までなかった。


「土方、俺…お前が好きみたい。」


土方が好きだ。だけど今はまだ俺の中には、そう伝える勇気はなかった。心のどこかに土方との関係を壊したくない気持ちもあったし、アパートの隣人でしかないのに、親しい友人以上のような今のこの距離感が心地良いのも確かだった。だけど、いつか。俺の想いをちゃんと形にしたいと思う。俺は自分の中に生まれたばかりの小さな想いを包み込むように、そっと自分の手を握り締めた。

[*前へ][次へ#]

29/111ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!