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愛しいあなたとの距離 5
今日は会社も休みの日だったから、俺は買ってそのままにしてあった本を読むことにした。午後になってリビングのソファーに座り、読書に集中していた俺の耳に、力なく玄関のドアを叩く音が聞こえた。



「ひじかたぁ〜、俺…夏風邪引いちゃった〜。」


ドアを開けて、俺は目を丸くした。目の前には若草色の甚平を着た銀時が立っていた。だがその額には前髪に隠れるように冷却シートが貼られ、体も若干ふらついていた。


「夏風邪って…部屋で大人しくしてた方がいいんじゃねぇのか?」

「うん…お前の部屋のドア叩いた辺りで…もう限界かも。」

「だったら…」

「…あのさ、俺の部屋、薬とか…そういうの全然置いてなくて。かろうじて冷却シートだけはさ、あったんだけど。土方だったらそういうの…ちゃんと、してるかなって…」


喋るのも辛かったんだろう。銀時が俺にもたれ掛かるように体を寄せてきた。熱のせいで赤く上気した頬と潤んだ瞳がすぐ目の前にあって、俺は内心慌てふためいた。落ち着け、銀時は病人だろ。…銀時は病人なんだ。手なんて出す訳にはいかねぇ。俺は理性を総動員して心を落ち着かせると、銀時に肩を貸すようにして、その熱っぽい体を支えた。


「銀時、とりあえず部屋に戻るぞ。それから必要なもん取って来るから。」


俺が耳元で囁くと、銀時はコクリと小さく頷いた。動いたせいで熱が上がったのか、銀時は俺に支えられながら浅い呼吸を繰り返していた。いつもよりもずっと弱々しいその姿が、俺は心配で堪らなかった。



*****
俺の部屋と違って、銀時の部屋の中は何もない。生活に必要な最低限の物しか置かれていないんだ。以前一緒にカレーを食べた日に始めて部屋に入った時も、確かそんな風に思ったんだよな。良く言えばシンプルで、でも殺風景な部屋。掴めそうで掴めない銀時らしいのかもしれない。


俺の部屋と造りは同じな訳だから、リビングの隣に寝室がある。銀時に肩を貸したまま寝室のドアを開けると、畳が敷かれていて、その上にはさっきまで寝ていたんだろうな、掛け布団が捲れた状態の布団があった。


「銀時、大丈夫か?」


俺は銀時に声を掛けて布団の上に寝かせると、薄い掛け布団を優しく肩まで掛けてやった。少しだけ掠れた声で、ありがとな、と銀時が辛そうに笑う。


「ちょっと待ってろ。今、薬と氷持ってくるから。」


俺は銀時の頭をそっと撫でると、急いで寝室を出た。夏風邪で弱っている銀時を見たら、どうしても頭を撫でたくなっちまった。少しだけ驚いた顔の銀時と目が合って、恥ずかしくて仕方なかった。さっき、手ぇ出さないとか言ってた癖にな。寝室のドア越しに辛そうに銀時が咳き込む音がして、俺は我に返るように銀時の部屋を出た。


*****
俺は自分の部屋に戻ると、救急箱から必要な薬を取り出し、氷枕を作って再び銀時の寝室のドアを開けた。銀時が俺を見て、布団の中からすまなさそうに眉を下げる。


「…土方、迷惑掛けて…本当にごめん。」

「そんなこと気にしなくていい。ほら、薬飲めよ。」


薬と一緒に銀時の部屋の台所にあったコップを差し出すと、銀時は子供のように大人しく薬を飲んだ。俺は氷枕を布団の上に置き、薬を飲み終えた銀時に横になるように促した。…そうだ、お粥でも作ってやろうかな。何か腹に入れた方がいいだろうし。もう一度部屋に戻るか。俺は寝室を出ようと、その場から立ち上がろうとした。



「どこ、行くんだよ…」


不安げな瞳をした銀時が、俺に視線を向けて小さく呟いた。綺麗な赤い色が揺らめいているのが見て取れて、俺の胸は締め付けられた。


「あ、ああ…お粥でも作った方がいいかと思って…」

「別に腹減ってねぇし……ここに、居て欲しいって言ったら…怒る?」


銀時はそう言うと、そのまま布団の中に顔を半分隠してしまった。照れてるよな、これは。


「怒る訳ねぇだろ。…いいぜ、銀時が寂しくないようにここに居るから、心配すんな。」


俺は銀時に微笑むと、畳の上に座り直した。別に寂しくないからね、と銀時は何度も言っていたが、俺が隣に居ることを許してくれてるみたいで幸せな気持ちだった。





それからしばらくすると、薬が効いてきたのか、銀時は小さな寝息を立て始めた。さっきよりも随分顔色が良くなっていて、俺も安心して小さく息を吐いた。


「…そういや、寝顔なんて初めて見たな。」


銀時を起こしてしまわないように、そっと近付いてその寝顔を見る。睫毛、長いよな。髪と同じ色の睫毛が小さく震えていて、純粋に綺麗だなと思った。銀時が俺を頼ってくれるのが、こんなに嬉しいなんてな。静かに眠っている銀時が愛しく、俺はもっと近くに居たくて銀時の布団のすぐ横で腕枕を作って寝転んだ。俺は銀時と同じくらいの身長だから、寝転ぶとすぐ目の前にすやすやと眠る顔がある。愛しい銀時の寝顔を俺は静かに眺めていた。俺にとって今この瞬間、銀時と一緒に居られるこの穏やかな時間が、幸せで幸せで。



銀時が起きるまで、俺もここで眠っちまおうかな。夏の終わりの爽やかな風が寝室の窓からそっと入って来て、そのせいで段々俺も眠くなっていた。とりあえず銀時が起きたら、軽い夕食でも作るかと考えながら、銀時が眠るその横で、俺も静かに眠りに就いた。

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