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愛しいあなたとの距離 4
昼間の時間を過ぎて、客がまばらになった駅の裏通りのコンビニで、俺はぼけ〜っとしながらレジに立っていた。どの時間帯も客で賑わう駅前のコンビニと違って、俺のバイト先は楽だなと思う。レジに立っているのに、こうやってどうでもいいことを考える時間があるのがいい証拠だよな。


俺はそのまま首を動かして窓の外を見た。夏特有の照り返しの中をスーツを着たサラリーマンが、額の汗を拭いながら歩いていた。考えてみればコンビニの中って快適だよなぁ。エアコンだってばっちり効いてるから、すげ〜涼しいし。俺の部屋には今だに扇風機しかないから、バイトしてる方が却って涼めていいんじゃないかとすら思う。





フリーターになって、こんな風にバイトを転々としながら生活するのにも今ではもうすっかり慣れてしまった。本当は、土方みたいにきちんとした会社に就職して、1つの仕事に真面目に取り組む方がいいに決まってんだけどさ、何か性に合わないんだよね。俺はこんな風に生きるのが自分に合ってるって思ってるから、今さら変える気はない。そりゃあ、将来のこととか考えない訳じゃないけど、何とかなるんじゃねぇのって思ってたりする。うん、真面目な土方が聞いたら怒りそうだけど。


…土方か。俺は客が途絶えてしまったのをいいことに、そのまま考え事を続けた。この前偶然ベランダで会って、色々話し込んじまったんだよな。自分でも不思議だった。アパートの隣人とベランダ越しに会ったとしても、良くて挨拶する程度で、あそこまで話し込まないよね、普通は。でも初めて会った時にも感じたんだけど、俺、土方とは仲良くなりたいなって思ってる。年が近いからってのも勿論だけど、話してて何か楽しいんだよ。今までずっと一人暮らしだったから、寂しいだけなのかもしれない。隣の部屋だからって、土方を利用しているのかもしれない。けど、それは違う気がするんだよな。土方と出会って本当に俺は変わってきている気がする。こんなに誰かのことを考えたのだって、多分初めてだし。


不意に店の入り口のドアが開き、俺の思考を遮るように子供連れの主婦達が入って来た。いけねぇ、今は仕事に集中だな。俺は、レジに走って来てチョコレートを嬉しそうに差し出す子供に営業スマイルを向けた。



*****
今日のシフトも終わり、俺はコンビニの制服を脱ぐとTシャツとジーンズに着替えた。あ、さすがに着流し姿ではバイトには行かねぇよ。あれは、あくまで夏専用の部屋着だからね。土方の奴なんて、最初の頃は俺がバイトも着流し1枚で行くと思ってたらしくて、色々心配だとか何とか、訳分かんないこと言って焦ってたっけ。その時の土方の顔を思い出したら、おかしくて更衣室で1人笑いそうになってしまった。


夕方を過ぎて夜になっても外はまだ暑いままで、通りを歩いて帰るだけなのに額にうっすらと汗が浮かんでいた。あ〜、本当暑い。よし、帰ったらすぐにいちご牛乳飲もうっと。冷蔵庫の中でキンキンに冷えた状態で、俺のことを待ってくれているいちご牛乳のパックを思い浮かべながら、俺は急いでアパートへと足を向けた。



*****
「うっそぉ、いちご牛乳が…ないんですけどぉ!」


帰って真っ先に冷蔵庫を開けた俺は、そのままへなへなと座り込んだ。バイトが終わって部屋で飲むいちご牛乳は、俺の癒やしなのに。座り込んだ俺の目に台所のゴミ箱からピンク色のパックが覗いているのが見えた。そうじゃん、朝起きた時に最後のストックを飲んでしまったことをすっかり忘れてた。


「…しょうがない、今から買いに行くしかないか。」


だけど汗かいたし、その前にとりあえず着替えたいかも。俺は薄い浅黄色の着流しを引っ張り出すと、軽く汗を拭いて袖を通した。まぁ、すぐ近くだし偶には着流しでコンビニもいっか。ストックも入れて4本は買おうと考えながら、俺は再び部屋を出た。


駅前のコンビニは会社帰りのサラリーマンやOLなんかで混み合っていた。俺のバイト先で買えばいいんだろうけど、あの店、1リットルのパック売ってないんだよな。俺はお目当てのいちご牛乳を買い物カゴに入れると、お弁当を抱えている客の列に並んだ。





いちご牛乳がたくさん買えて満足な気持ちでコンビニを出て歩いていると、少し先の道に見慣れた黒髪を見付けた。俺は足早に近付くと、そのまま目の前の体にタックルするように自分の体をぶつけた。


「ひっじかた〜、仕事帰り?」

「…いってぇ、誰だよ…って、銀時!?」

「偶然だね〜。俺はね、これ買いに行ってた帰り。」


手にしていたコンビニの袋の中身を見せると、土方は甘そうだな、と苦笑いをした。土方は暑いからだろうか、カッターシャツの袖を捲り上げて、スーツの上着を脱いで肩に掛けていた。その男っぽい感じが何ともサマになっていて、何故か俺はドキリとしてしまった。


「4本も買ったんなら、重くねぇか?…持ってやるよ。」


土方の言葉にハッと我に返る。俺、もしかして土方のことずっと見つめてたんじゃねぇの?そう思ったら急に恥ずかしくなった。


「…平気だし、これくらい。」

「いいから。ほら。」


土方が小さく笑って俺を促す。ここは素直に渡さないと、後で拗ねそうだよな。俺がビニール袋を手渡すと、土方は満足そうな顔をして俺の隣を歩き出した。俺だって一応男なんだから、あれくらい重くないんだけど。だけど、俺の隣で嬉しそうにしている土方を見たら、まぁいいのかなと思えてしまった。


2人並んでゆっくりとアパートへの道を歩いていたけど、俺は何を話していいのか分からなくなっていた。土方もそんなにベラベラと喋る方じゃないから、黙って歩いている。カラコロと俺の下駄の音だけが小さく響いた。何となく気になってそっと土方の方を見る。土方は真っすぐ前を向いていたけど、さっきと同じようにどこか嬉しそうな顔をしていた。



*****
コンビニはアパートの近くだから、あっという間に部屋の前に着いてしまった。


「これ、すぐ冷やせよ。」

「うん。ありがとね。」

「あ、それから、最後に1ついいか…」

「うん、何?」

「あのよ、もうこれから…そんな姿で、出掛けんなよな。」

「え?…あぁ、うん。」


思った以上に真剣な土方の瞳に圧倒されるように、俺は頷いていた。そんな俺を見て、土方はほっと胸を撫で下ろしたような顔をした。土方はそのまま俺に片手を挙げると、じゃあなと言って部屋に戻って行った。


部屋に入って扇風機を回し、いちご牛乳を冷蔵庫に入れると、俺は着流しの裾が乱れるのも気にせずソファーにごろりと寝転んだ。そっと目を閉じると、今日見た土方の色んな表情が浮かんだ。俺に微笑んだ時の顔が瞼の裏側に蘇って、なかなか消えてはくれなかった。

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