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愛しいあなたとの距離 3
疲れて会社から帰って来ても、一人暮らしをしているとやらなきゃならねぇことは案外多い。


部屋に入ると昼間の暑さのせいか、閉め切っていた部屋の中は熱気が立ち込めていた。スーツを脱ぎ、ネクタイを緩めながら、俺は急いでリビングの窓を開ける。そしてそのままベランダに出ると、すっかり乾いていた洗濯物を取り込んだ。


それから夕食の準備を始める。確か、昨日の残り物が冷蔵庫に入ってたよな。俺は冷蔵庫を確認し、簡単な炒め物を作るといつものように少し遅めの夕食を食べ始めた。



*****
食欲も満たされ、このまま風呂にでも入るかと思ったが、煙草が吸いたくなった俺は、再びベランダに出た。


「あ〜、うめぇ。」


吐き出された紫煙が、夜の黒の中にゆっくりと溶けていく。まだ少し風は、生温さを含んでいて俺の髪を揺らして流れて行った。


「よぉ、土方。」


不意に俺の耳にのんびりとした声が響き、ベランダを仕切る壁の向こうから銀色の髪が覗いた。


「ぎ、銀時…ベランダに居たのかよ。びっくりしちまったじゃねぇか。」

「さっきからずっと居たよ。…お前が洗濯物取り込んでた辺りから。」

「まじかよ。だったら、その時に声掛けてくれりゃあ良かったのに。」


銀時はこちらに身を乗り出しながら、わりぃわりぃと謝った。夜風に着流しの裾がはためいて、白い綺麗な足首が俺の所からでも眩しくらいにはっきりと見えた。俺は銀時の足元から視線を外すと、誤魔化すように今までずっと何してたんだよ、と尋ねた。


「…星を見てたんだよ。綺麗じゃん。」


ベランダの柵に頬杖をつくようにして、ぽつりと銀時が呟いた。月明かりに照らされるその横顔の方が、よっぽど綺麗だけどな、と俺には思えて仕方なかった。


「ねぇ、土方。」

「ん?…何だ?」

「せっかくこんな綺麗な夜なんだしさ、ちょっと話でもしない?」


銀時は柵にもたれ掛かってはいたが、こちらに身を乗り出していなかったので、楽しそうな声だけが聴こえてくる。俺も同じようにベランダの柵に身を預けると、銀時も見上げているだろう夜空を仰いだ。





「…土方さぁ〜、今日は夜、何作ったの?」

「昨日の残り物と、急いで食いたかったから野菜炒め作った。あとビールな。」

「おぉ、男の料理って感じでいいじゃん。…俺はね〜、冷やし中華。まだまだ暑いから、冷たい物しか食べらんない。」


「どうせ暑いからって風呂上がりにもアイスばっか食ってんだろ?」


俺が少し意地悪く返すと、そんなことないしっ、とムキになった声が届く。すぐ隣で頬を膨らませている銀時の顔が浮かんで、俺は小さく笑った。怒った顔も絶対可愛いんだろうな。


「…土方ってさ、モテるだろ?」

「なっ?」


銀時の言葉に俺の肩が跳ねた。どうしたんだよ、いきなりそんなこと聞いてくるなんて…俺達の間にはベランダを仕切る壁があるから、俺の動揺は運良く銀時に見られることはなかった。だがその壁のせいで、銀時がどんな表情でこんなことを尋ねたのかは分からなかった。


「いきなり、何だよ。」

「別に特に深い意味はないけど…土方と初めて会った時、お前がすげ〜イケメンだったから、女にモテそうだなぁって思ったのを思い出しただけ。実際仕事もできるし、料理もだし。何か男として羨ましいよな〜。」

「銀時だって、料理上手いじゃねぇか。」

「俺は一人暮らしが長いから、まぁいつの間にかこなせるようになっただけだし。」

「それなら俺だって…」

「あのね、男前の奴が料理すると、それだけでもうモテんの。いいよな〜土方。考えたら悔しいくらい完璧だよな。…髪も天パじゃなくてサラサラだし。」

「…銀時、お前、天パ気にしてんのか。」


悪いかよ!ど〜せ天パだからモテないんだよ。必死な銀時の声に、今度こそ俺は笑ってしまった。俺の好きな人は本当に年上と思えないくらい可愛い。まぁ、1歳差なんてあまり変わんねぇのかもしれないけど。


「…俺は、銀時の髪…ふわふわしてて、…その、悪くねぇと思うけど。」


俺の気持ちを少しだけ言葉に乗せて、勇気を出して銀時に伝えた。


「…お前に言われても、嫌みにしか聞こえないです〜。」


銀時はそう返してきたが、その声はどこか照れているように俺には感じられて。銀時が愛しくて堪らなくなり、今すぐベランダを飛び越えてでもその顔が見たかった。


「何かさ、こうしてお前と喋れて…やっぱ楽しかった。こんなこと言うのも変な感じだけど、お前が隣に越して来てくれて良かったなって思う。」

「銀時…」

「今日は話し相手になってくれてありがとな。…俺、そろそろお風呂入りたいから…じゃあね。」


明日も仕事頑張れよ〜、と壁越しに銀時の腕が見えて、ひらひらと俺に手を振った。銀時の気配が消えても、俺の胸は銀時のことで一杯だった。


「俺も風呂入ろうかな。」


こんな風にベランダ越しに銀時と他愛もないことをのんびり話すのも悪くない。いや、むしろ大歓迎だった。銀時の可愛さに癒やされて、仕事疲れもすっかりどこかに吹き飛んでいた。また星の綺麗な夜には、ベランダに出てみよう。今度は俺の方から銀時のことを色々聞いてみたいんだ。俺はそんな風に思いながら、キラキラ光る夜空の星を再び見上げた。

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