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愛しいあなたとの距離 2
俺はアパートの2階の角部屋に住んでいる。このアパートは駅に近いし、家賃も安くて1人暮らしの俺にはもってこいだ。最新のマンションには敵わないけど、住めば都とは言ったもので、このアパートに住んでいて別に不便だと感じることもなかった。俺はフリーターをしながら、ここでのんびりと暮らしていた。


だけど最近になって、今までずっと空いていた隣の部屋から生活音が聴こえてくるようになった。朝早く、まだ俺が布団の中で眠っているとドアが開く音がしたり。夜には遠慮がちに掃除機をかける音がしたり。気になる奴は、うるさいなって気になるんだと思う。だけど俺には、隣から時々聴こえてくるそれらの音が、不思議と耳に心地良かった。



*****
ちょっと驚くほど整った顔をしてるな。それが土方に対する、俺の第一印象だった。しかも顔だけじゃないんだよね、髪も俺の天パと違って艶やかな緑の黒髪だし。服装だってさ、これまた黒のスポーティなポロシャツに白のパンツといういかにも爽やかな感じで、こりゃあ悔しいけど、女にモテモテだろうなって思った。


隣同士で年も近いし、敬語はなしにして仲良くやろうぜ、という俺の提案に乗ってくれて、土方は隣だからと遠慮せずに普通に喋ってくれる。少しだけぶっきらぼうな口調だけど、土方は礼儀正しい奴だった。朝、ゴミ出しで会えば挨拶してくれるのは勿論だし、俺が夜のシフトで部屋を出ようとして、会社から帰って来た土方に偶然会った時でも、必ず向こうから声を掛けてくれる。今時は、隣に住んでいる奴の顔すら知らないのが当たり前になりつつある。俺はそんなのは淋しいなって思うんだ。だから土方が俺に笑って話し掛けてくれるのが、すごく心地良く感じられるようになっていた。



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いつものようにバイトから帰って来て、今日はカレーにでもしようと作り始めたら、張り切り過ぎて思ったよりたくさん作ってしまった。3日間くらいは平気だけど、さすがに4日以上連続でカレーはきつい。どうすっかな、そう考えた俺の脳裏に土方の顔が浮かんだ。少し前にドアが閉まる音がしたから、もう会社から帰って来てるだろうし。俺は急いで台所を片付けると、玄関に向かった。





「土方〜、俺だけど、今大丈夫?」


隣の部屋のドアを叩くと、すぐに土方が出てくれた。そして俺を見るなり、銀時、そのピンクのエプロン…と上擦った声を出す。そういえば、エプロン脱ぐこと忘れてた。っていうか今はそっちじゃなくて。


「土方、夕食ってもう食べた?」

「いや、まだだ。何か今日は作るのが面倒になっちまって、今からコンビニでも行こうかって思ってたんだ。」

「それならちょうど良かった。…あのさ、良かったらさ、俺の部屋で一緒に食べない?カレー作り過ぎちゃって。」


俺の言葉に土方が目を丸くする。やっぱ馴れ馴れしかったかな。本当はタッパーに入れて、もし良かったら…って渡した方がまだいいんだろうけど、俺はせっかくなら一緒に食べた方がいいって思ったんだ。絶対1人より2人で食べる方が楽しいし、ご飯も美味しく感じられるじゃん。


「別に…無理にとは言わな…「本当にいいのか?」

俺の言葉を遮るように、土方が真剣な瞳で尋ねてくる。勿論いいに決まってるから、こっちだって誘ってる訳だし。


「いいに決まってるじゃん。1人より2人の方が何でも美味しいだろ?…よし、そうと決まれば俺、お皿とか準備するから、また呼びに来るわ。」


土方が嬉しそうな顔で何度も頷く。カレーくらいで大袈裟だな、そんなにカレーが好きなのって考えちゃったけど、ありがとう、銀時、と微笑む土方を見たら俺も満更ではなくなってしまった。



*****
土方は、美味い美味いと俺のカレーを絶賛してくれた。さすがに真面目な顔で面と向かって褒められると、俺も照れてしまった。2人で食べてもカレーはまだまだ残っていたから、俺はさっき考えたように保存用のタッパーにカレーを入れて土方にお裾分けをした。





「本当に美味かった。ごちそうさま。」

「いやいやこっちこそ、ありがとな。」


玄関のドアを開けて帰ろうとした土方が、不意に俺の方に振り返る。


「なぁ、銀時…もし良かったら、またこんな風に一緒に食べねぇか?…酒を飲むのでも構わねぇし。」

「…そうだな、いいんじゃない?…お前と一緒に食べるの楽しかったし。」


俺が頷くと、何故か土方は急に俯いて、早口でじゃあなとだけ言って帰ってしまった。変な奴〜と思っていると、俺の耳に隣の部屋のドアが閉まる音が響く。最近すっかり日常になったその音に、俺はそっと微笑んだ。


その後、台所でいつもより枚数の多いお皿を洗いながら、俺は改めて自分の生活に変化が起きていることを実感していた。それは紛れもなく、土方が隣に引っ越して来てからで。だけどその変化を悪くはない、むしろ変わっていくことを楽しみに思ってしまった自分に、俺は少しだけ驚いていた。

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あきゅろす。
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