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還る場所 2
今日も俺は相変わらず土方の尾行…おっと、違ったわ、調査中だ。



土方は今日も真剣な顔をして街を歩いている。俺は、その姿を毎回同じように遠くから見つめていた。この土方の恋人探しの調査も気が付けば10日を過ぎていた。俺は万一、夜に土方の様子を見に行くかもしれないと考えて、新八や神楽に言い訳を用意してたんだけど、沖田君から特に連絡が来ることもなかった。…沖田君には悪いとは思うけど、やっぱりその部下の見間違いかなんかじゃねぇの、と俺には思えて仕方がなかった。





「う〜ん、今日の巡回はもう終わりっぽいな。」


沖田君から予め渡されていた可愛い手書きの地図と、俺の今居る場所を見比べる。地図のルートの終点に居ることを確認してホッと息を吐く。良かった。今日も土方は、休憩中も特に変な様子はなかった。いつもの土方だった。


「よし、俺もそろそろ帰ろっかなぁ。」


土方達もあとは屯所に帰るだけだろうから、俺は途中までついて行って頃合いを見計らって帰ろうと、緊張を解いた。



「…銀時じゃねぇか!偶然だな。」


突然声がしたかと思うと、片手を挙げて土方が俺の前まで走ってきた。俺を見て喜ぶその顔は、まるで飼い主に尻尾を振る犬みたいに見えて、思わず頬が緩みそうになった。


「よう、偶然だな、土方。…あ、俺さ、買い物しようかなって、この辺ぶらぶらしてて…本当に偶然だよね!」


何かと忙しい土方と話せるのは久しぶりだったので、俺は嬉しかった。だけど今、沖田君の依頼がばれてしまってはいけないので、俺は慌ててとっさに頭に浮かんだ言い訳を口にした。そうか、と土方は訝しむこともなく俺の話を聞いていたが、ちょっといいかと真っすぐ俺を見た。


「今度の週末、久しぶりに非番なんだよ。だからさ、お前の行きたがってた甘味屋に行かないか?…好きなのたくさん食っていいぜ。」

「それって…デート?」

「当たり前だろ。…ちゃんと予定空けとけよ。」


土方は照れたような表情で、俺の頭をくしゃりと撫でた。


「うん、空けとく。…楽しみにしてるから。」


俺の言葉に満足そうに頷くと、土方は隊士達の所に戻っていった。


やっぱり土方は浮気なんてしてない。こんなにも俺のこと考えてくれてるじゃん。俺は土方の背中を眩しい思いで見つめた。



*****
沖田君の依頼も遂に今日、最終日を迎えた。前日に渡された時間とルートが記されたお手製の地図には、『今日こそ何か掴んで下せェよ。』と書かれていて、必死な沖田君の顔が浮かんでしまい、俺は小さく笑ってしまった。



最終日の今日も、土方は真面目に仕事に取り組んでいるといった風だった。本当に偉いよなと思う。あいつはマメで真面目で、俺とは正反対だ。だからこそ俺は、土方が気になっちゃったんだろうな。付き合ってる今でも土方のそんな所が好きなんだけど。


「よしよし、今日も土方君はお仕事に真剣で、銀さん嬉しいな〜。」


思わず弾んだ声が出る。土方が聞いている訳ないのに、慌てて口を噤んだ。まだ一応調査は終わってないんだから、にやけてる場合じゃないよね。




午後も調査は続くから、俺は土方が遠ざかる前に、途中のコンビニで急いでいちご牛乳とクリームパンを買って後を追った。いつも思うけど、何かこれって刑事っぽいよな。ちょっと楽しいかもしれない。…だけど土方の奴、働きっぱなしでお腹空かないのかなぁ。俺は糖分摂らないと死んじゃうから、食べ歩きしてるけど。


クリームパンをもぐもぐ食べながら、土方の背中に問い掛ける。今度家に来た時は、豪華な手料理でもご馳走してやろうかなと、俺は密かに決めた。



*****
俺が予想していた通り、端から見れば拍子抜けしてしまうくらいに何もなく、調査は終わりを迎えようとしていた。土方は今日の巡回を終えたようで、少しだけ疲れた顔をしているように見えた。


「ごくろ〜さん、土方。」


俺は、土方から少し離れた店の壁に体を隠して様子を窺っていた。あとは屯所の近くまで行って、また改めて沖田君に報告すればいいだけ。土方に女が居ないって分かったし、沖田君からは一応謝礼があるしで、いいこと尽くめじゃん。俺は有頂天なまま、土方を見続けていた。すると土方は何やら部下の1人に話し掛け始めた。俺は別段気にすることなくその様子を見ていたが、土方がその場を後にして、1人歩き出したことに目を疑った。


「え?…どこ行くんだよ、土方。」


土方は、大通りから1本入った中道を進み始めた。それは明らかに屯所に続く道ではなくて。何となく嫌な感じがして、俺は気配を殺したまま土方を追った。





俺の少し先を少しだけ早足で土方が歩いていく。俺達が歩いている道は、江戸の市民の家が建ち並ぶ、所謂住宅街の道だった。通り過ぎる家の多くが和風な佇まいをしていて、静かな雰囲気が漂っていた。


土方はどうしてこんな道を通っているのか。一体何の用があるのか。土方のことは信じてる。この先どうなるのか、知りたいけど知りたくない。色々な考えが頭の中を駆け巡る。走っている訳でもないのに、胸が苦しかった。


不意にある家の前で土方の足が止まった。俺も気配を殺して近くの電柱に身を隠す。土方は1度だけ辺りを窺うような仕草をすると、小さな門柱を開けて中に入った。


土方から少し遅れて、俺はその家の前に立った。緑に囲まれた土方が好きそうな平屋の小さな日本家屋だった。綺麗に剪定された垣根からそっと中を覗いた俺は、思わず後ずさっていた。



笑っていた。嬉しそうに、そして少しだけ照れた顔で土方が笑っていた。その隣には微笑みを浮かべる黒い髪の綺麗な女性。


「…土、方。…何でだよ。何なんだよ。」


垣根の枝を掴む手は、真っ白になっていた。これ以上見ていたら、心が壊れてしまいそうで、俺は俯くと垣根越しに土方に背を向けた。そしてそのまま全速力で走った。


信じてたのに。あんなの信じたくない。俺、お前が浮気なんてしないって信じてたのに。俺以外の誰かに笑うなんて信じたくない。土方のこと、信じてたのに。今のは全部夢だ、信じたくない。


信じたくないのに、あれがお前の答えなのかよ、土方。ひたすら真っすぐ走り続けて、気が付けば大通りの外れに出ていた。すぐ目の前には河原が広がっていて、何となく俺はそこまで歩いた。夕暮れの風が数日前に土方がしてくれたのと同じように、残酷なほどに優しく俺の髪を撫でていった。


「土方…何で?…俺が1番じゃなかったのかよ。」



水面に映ったもう1人の俺は、今にも泣き出しそうなほど悲しい表情をしていた。

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あきゅろす。
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