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還る場所 1
俺は今、自動販売機の陰に隠れるように身を潜めていた。そしてそっと頭を出して、少し先の通りを歩いている仕事中の土方の背中を見つめる。



何でこんなこそこそとしたことをやっているのかと言われれば、それは勿論立派な依頼だからなんだけれど。だけど俺の心はすごく複雑だった。


「土方、俺はお前のこと、信じてるから…」



誰にも聞こえないように、俺は小さく小さく呟いていた。



*****
始まりは3日前に遡る。その日も俺は特にすることもなく、ソファーに寝転んでだらだらとしていた。神楽は外に遊びに行ってしまったし、新八も安売りだからと少し遠くのスーパーに買い物に出掛けていた。2人は当分帰って来そうになかったから、俺はパチンコでも行くかな〜、と玄関の扉を開けた。すると、俺の目の前に栗色の髪の青年が爽やかな笑顔で立っていた。


「あれ?…沖田君じゃん。うちに来るなんて珍しいね。」

「こんにちは、旦那。今から少しいいですかィ?」

「…うん、俺は大丈夫だけど、沖田君こそいいの?今の時間って仕事中じゃ…」


俺が沖田君に尋ねると、彼は特に気にした様子もなく、堂々とサボるって言って来たんで大丈夫でさァといたずらっぽく笑った。





「それで、話っていうのは…もしかして何かの依頼?」


沖田君が俺を訪ねて来るくらいだから、真選組で何か問題でも抱えているのかなと少しだけ心配になる。沖田君は俺が出したお茶を飲むと、実は土方さんのことで旦那にやってもらいたいことがありまして、と話を切り出した。


土方。その単語に俺の心臓がわずかに跳ね上がった。実は皆には内緒にしてるけど、俺と土方は付き合っている。最初は俺もあいつも会う度、喧嘩ばっかしてたんだけど、いつの間にかあいつのことを考える時間が増えてて。それは土方も同じだったみたいで。ある日居酒屋で偶然一緒になった時、土方の方から付き合ってくれねぇかって言われた。今まで事あるごとに散々喧嘩し合ってたはずなのに、俺はその言葉がすごく嬉しかった。考える間もなく俺は、土方に頷いていた。その時の土方の顔を俺は一生忘れないと思う。幸せで堪らないという笑顔。…俺だって、幸せだよ。お前と一緒に居るだけで、俺も幸せなんだ。その日を境に俺と土方は付き合うことになって、現在進行形でこの関係が続いている。


「土方、何かあったの?」


俺の言葉に沖田君が大きく頷く。


「隊士の奴から聞いたんですがねィ、土方さん、どうやら恋人ができたみたいなんでさァ。」


嘘、もしかして俺達のことばれてる?…土方の奴、ばれないように上手くやってなかったのかよ。俺は内心すごく動揺してたけど、ここで慌てるのはまずいと必死に顔に出ないように心を落ち着かせようとした。だけど沖田君が続けた言葉に、俺は一瞬息が止まりそうになった。


「そいつが、黒髪の綺麗な女性と土方のヤローが一緒に歩いている所を見たらしいんです。何だか楽しそうな雰囲気だったんで、声掛けづらかったらしいでさァ。」


何だよ、それ。土方、お前は俺と付き合ってるんじゃないのかよ。黒髪の女って誰なんだよ。目の前には沖田君が居るのに、俺の肩は小さく震えていた。口の中に苦い味が広がる。悲しみ、疑問、色々な感情が心から溢れ出しそうになるのを俺は何とか抑えた。


「そこで旦那にお願いなんですが、土方さんの恋人調査をして欲しいんでさァ。奴はまだ周りにばれてないと思ってるみたいなんで、色々と情報を掴んで、強請るネタにしたいんです。…俺もこれでも忙しい身なんで、旦那、ここは1つお願いしまさァ。」


期間は2週間くらいで、ちゃんと出すものは出すんで。また詳しいことは俺から連絡しますからねィ。沖田君はそう言うと、俺の返事も待たず、ひらりと手を振って帰って行った。



「…結局、依頼受けることになっちまったな。…どうしよう、俺。」


沖田君の言葉の通り、本当に土方とその女性に関係があるのなら…考えただけで、涙が出そうになる。



『銀時、俺ァ…お前が好きだ。冗談でも何でもねぇ。…本気だ。』



土方の告白の言葉を思い出す。俺を捕らえて離さなかった切れ長の瞳。少しだけ掠れた熱っぽい声。今思い出しても土方が俺に真剣なんだって思える。…だから俺は、土方のことを信じてる。


「そうだよ、俺は土方を信じてるもん。絶対何かの間違いだって。…調査でそれを証明すればいいんだよ。そうだよな。」


俺は沖田君の依頼を受けることに決めた。自分の目で土方に浮気心がないか確かめる。絶対に大丈夫。土方は浮気なんてしない。きっと何か事情があったんだよ。そうに決まってる。



今は土方を信じよう。俺にはそれしかできないから。



*****
『今日の巡回ルートでさァ』と書かれた沖田君お手製の地図を片手に、俺は江戸の街中を歩いていた。その先には、僅かな隊士を引き連れて歩く見慣れた黒髪が見える。



「今日も特に異常なしっと。…本当に頑張ってるよな、土方。」


俺は気配を殺し、一定の距離を保って土方の後をついて行く。人混みに紛れ、時には隠れたりしながら。完全に自分の気配を殺して相手を追うことは俺にとっちゃ、朝飯前だ。戦争に行ってた時なんて、毎日見付からないように息を潜めて敵を追っていた。それが当たり前だったから。まぁ、土方は敵じゃないけど、見付かると色々面倒だし。



調査という名の尾行を続けて4、5日が経った。最近は俺は主に昼間、特に仕事中の土方を追っていた。当然夜も尾行するんだろうと思っていたけど、沖田君から最近の土方は部屋で書類仕事をしたり、酒を飲んだり、刀の手入れをしたりと外出する素振りが全くないのだと聞かされた。俺はすごく嬉しかった。別に土方を疑ってる訳じゃないけどさ、夜遊びしてないって知ったら、やっぱり安心するもんなんだよな。


それで沖田君は、土方が外出する時には俺に連絡することにしたらしい。そして夜に例の女性に会いに行かないのならば、巡回の休憩中に会いに行く可能性が高いのではと俺に話した。確かに隠れてこそこそ会うより、堂々としてた方が浮気はばれないとかって言うしな。…土方はやってないって信じてるけど。


そんな感じで俺は、沖田君から土方の巡回ルートの地図を用意してもらって、仕事中は勿論、休憩中のあいつの様子を調べている訳だ。でも今の所、土方は普段通りで特に変わった様子も見られなかった。まだ尾行を始めたばかりだけど、俺はこの調査は空振りに終わるだろうと感じた。


いけねぇ、集中集中。俺は意識を戻して遠くから土方の横顔を見つめる。土方は道の端で煙草を吸って少し休憩していたようだが、吸い殻を銀色の携帯灰皿に入れると、そのまま真剣な表情で隊士達と歩き出した。


「やっぱり、かっこいいんだよなぁ…」


思わずそう口に出してしまうほど、俺は土方に見とれていた。考えてみれば、仕事中の土方に街で偶然会うことはこれまでに何度もあったけど、こんな風に仕事中の姿をじっくり見るのは初めてだった。


江戸の市民の安全を第一に考えて、不審者や攘夷浪士に目を光らせている土方は男らしさに溢れていて、俺の自慢だった。本当に俺には勿体ないくらいのいい男だと思わずにはいられない。


「…俺、お前のこと信じてるから、だから、ちゃんとそれを俺に見せてよね。」



遠ざかっていく土方の背中を強く見つめると、俺は離れないように駆け出した。

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