彼にはナイショ
土方×パー子
少しの間さぁ、夜家に来んのやめてもらえる?
万事屋の応接室のソファーで俺の横に座る土方にそう言ったら、土方は怒ったような顔になったかと思うと、まるで捨てられた子犬のような目をして俺を見た。
「…んだよ、それ…俺何かしたか?」
「心配すんなよ。そういうことじゃないから。…ちょっとしばらくの間、夜バイトすることになって。」
実は今月の家賃の支払いがピンチで…そう言うと、だったら俺が払ってやるから心配すんな、と土方が俺の手を取った。
そういう訳にはいかないんだよ。今月はもうお前に、食費とか食費とか食費とかを支払ってもらってる。その上家賃まで支払ってもらったら、年上の威厳とかなくなるじゃん。…まぁ年下で優秀な仕事人間と付き合ってる時点で、威厳も何もないけど。
「とにかく、これ以上お前に迷惑掛けらんないし、時給のいい所だからそんなに続けないし…」
「深夜に働くんだろ?大丈夫なのかよ。」
土方が心配そうに尋ねた。俺はそんな土方に、大丈夫、ただの工事現場の深夜アルバイトだからさ、と曖昧に笑った。
*****
「パー子、このフルーツの盛り合わせ、あちらのお客様のテーブルにお運びして。」
「分かりましたぁ。」
俺は色とりどりのフルーツが盛られたガラスの器を手に持って、指定されたテーブル席に座った。
「お待たせしました。フルーツの盛り合わせですぅ。」
「ありがとう、パー子ちゃん。良かったらさ、俺の愚痴聞いてくれる?…ウチのカミさんがさぁ…」
「いいですよ。私で良ければ、どんどん愚痴って下さいね♪」
ここはかまっ娘倶楽部。家賃がピンチの時や、まとまったお金が必要になると、俺は密かにこの場所でバイトをする。ここの西郷のおっさ…やべ、ママって言わねぇと殺される。ママは俺の事情を知ってて、時給を弾んでくれたりと何かと俺に良くしてくれる。だから俺もこの臨時のバイトはやめられなかった。…だけどそのせいで、悲しいかな、今じゃ1人で化粧もばっちりなんだよな。
今回もママは俺の話を聞いて、時給を弾んでくれる約束をしてくれた。ヅラが居なけりゃ、一応この店で俺がトップになる。だから自然と時給も良くなる訳だ。
俺は、隣で奥さんの愚痴をこぼしながら、ウイスキーを煽るサラリーマンのおっさんに笑顔を向けた。ここに来るのは大体その多くが中年のサラリーマンばかりで、俺はそんな疲れた彼らに笑顔を向けて、うんうんと話を聞いて、酒を注ぐだけ。それだけであっという間に家賃が稼げるから、本当に不思議だった。
こんな風に俺は少しの間、同僚達と夜の世界で、日常に疲れた人々を癒やしていた。
*****
俺がかまっ娘倶楽部でバイトを始めて2週間が過ぎた。俺は今日も控え室でいつものようにピンク色の着物に着替え、流行りの化粧をするとホールに向かった。
…何だ?入り口がやけに騒がしいみたいだけど。店の入り口を見ると、店のほとんどの男…いや女達が集まって黄色い声を上げていた。
「ちょっと、皆、道を開けなさいよ。…土方様が通れないでしょ。」
俺は同僚の1人、アゴ美の言葉に耳を疑った。今あいつ、土方って言わなかった? 俺が驚いていると、女達に囲まれるようにして隊服姿の土方がゆっくりと店内に入って来た。…ちょっ、土方。お前何でここに居んの!?ここがどこだか分かってんのかよ。…ここには蝶々じゃなくて、蛾しか集まってないんだぜ。あ、俺は蛾じゃないけど。
俺は近くに居た奴に、何で土方がここに居るのか尋ねてみた。話によると、どうやら夜の巡回の帰りに、この辺りを歩いていた土方をアゴ美が強引に店に連れ込んだらしい。…アゴ美の野郎、何余計なことやってんだよ。ふざけるのはアゴだけにしろよ。俺はどうしたもんかと頭を抱えた。どうしよう、俺がここで働いてることがばれたら…絶対やばい。
そんな俺に追い討ちをかけるように、パー子、土方様を案内して差し上げて、と悪魔の宣告が聞こえた。
*****
俺は土方を見ないように下を向いて、ご案内しますぅと早口で言うと、素早く背を向けてテーブル席へと案内した。
俺の後ろをついて来る土方は店内を見渡しながら、ここの店の女、皆、背が高けぇな、とのんびり呟いた。…もしかしてこいつ、この店の看板見ないで入ったんじゃ…土方ってどこか抜けた所があるし、あり得ない話じゃねぇ。だったらしらを切り通せば、何とかなるかも。俺は土方をソファーに座らせると、その横に座り込んだ。そして意を決すると土方に挨拶をした。
「はじめまして、パー子ですぅ。今日はどうぞ楽しんでいって下さいねっ。」
土方が俺をじっと見た。…うん。やっぱり駄目だろ、ばれるに決まってる。
「パー子さん、だっけ?…あんた、綺麗だな。」
うそっ…ばれて、ない?俺は良かったと安心した。だけどその一方でチクリと胸が痛んだ気がした。
俺は土方にどんどん酒を勧めた。俺がぼろを出して、ばれちまわない内にこいつを酔わせた方がいいと思ったからだ。だけどこんな日に限って土方の意識ははっきりしていて、俺に色々と話し掛けてきた。
「パー子さん、あんたその着物良く似合ってるな。」
「あ、ありがとうございますぅ。そういえば土方様、隊服着ていらっしゃいますし、そろそろ屯所にお戻りになった方が…」
「それは大丈夫だ。どうせ巡回も終わって帰るだけだったし、後の事は山崎にでも任せとけばいいんだよ。…せっかくこんなに綺麗なあんたと飲んでるんだ。…まだいいだろ?」
土方が艶めいた瞳で俺の近くに来た。そのまま俺の耳元に唇を寄せると、このまま2人で抜けないか?と低く囁いた。な、何言っちゃてんの…こいつ!…やっぱ酔ってる。まずいよな、コレ。
「あの、それは…ちょっと…」
俺は土方の誘いを断ろうとした。だけど土方はそれを遮るように俺の腕を掴むと、強引にソファーから立たせた。そして俺の隣のテーブル席に居たアゴ美に声を掛ける。
「わりぃけど…これから2人で抜けてもいいか?」
「…えぇ。アフターは大丈夫ですから。パー子、私からママに言っておくから、土方様と楽しんで来なさいよ。」
アゴ美は俺にウインクをすると、ひらひらと手を振った。おい、アゴ…テメェ覚えとけよ。俺は土方に腕を掴まれたまま、なすすべもなく店を出るしかなかった。
*****
土方は俺の腕を掴んだまま、人通りの少ない店の裏通りをどんどん進んで行く。俺は普段と違う着物姿だったから、歩きにくいのなんのって。がに股にならないように必死について行った。
路地裏を進んだ所で土方の足が止まった。そのまま俺の方を振り向くと、ぐいっと俺の腕を引っ張った。俺はバランスを崩すと、そのまま前のめりになって目の前の壁にぶつかった。
「いっつ…あ、土方…様。」
俺のすぐ目の前に壁に両手をついた土方が居た。あまりの顔の近さに、俺はばれないように下を向いて、誤魔化すように名前を呼んだ。
「…あいつが女だったら…こんな風だったのかな。」
小さく呟かれたその言葉は、俺の中で大きく響いた。女だったら。土方…お前やっぱり女の方がいいんだ。…そうなんだろ?
俺はギュッと唇を噛むと、土方の頬を思い切り叩いていた。
「いってぇ…何すんだよ、銀時…」
え?今、俺のこと銀時って言ったよな。パー子が俺だって分かってたのか?
「土方、お前…パー子が俺って気付いてたの?」
痛そうに右頬をさする土方にそっと尋ねる。土方は当たり前だろとぶっきらぼうに言った。
「ちょっとからかっただけだ。…4、5日前に夜の巡回してたら、たまたま呼び込みやってるお前を見付けて…お前、バイトは工事現場って言ってたのに…嘘吐かれたと思ったら、つい苛ついちまって…」
土方は横を向くと、隊服から煙草の箱を取り出した。
「嘘吐いて土方のことを傷付けたのは悪かった…だけどお前だって……男より女の方がいいんだろ!さっき女だったらって…」
俺の言葉に弾かれたように目を見開いて、土方は俺が叩いた頬に手を当てた。そしてそのまま煙草をポケットにしまい込むと、俺に近付いた。
「銀時、すまない。口が過ぎた。……俺は女とか男とか関係なく『お前』がいいんだ。お前だから好きなんだ。…そりゃあ、女の格好したお前は新鮮だったが…だけど違う、こんな化粧なんかしてなくても、お前は十分綺麗だ。」
土方は流れるような仕草で隊服のスカーフを抜き取ると、汚れるのも構わずに俺の口紅を拭き取った。
「土方…」
「だからもうこの仕事は辞めろ。家賃はやっぱり俺が支払う。つ〜か払わせてくれ。…お前があの店で、他の男に触られたらって思うと我慢できねぇ。きっと俺は、そいつを斬っちまう。」
土方は何とも物騒な言葉を吐いた。不謹慎かもしれないけど、俺は嬉しかった。土方の俺に対する想い、いや、独占欲かな、それが伝わったから。
「分かりましたぁ。家賃のお支払いは旦那様にお任せしますね。パー子、嬉しい!」
俺は照れくささを隠すようにわざとパー子の口調で話すと、土方の腕に自分の腕を絡ませた。
「旦那…」
土方は俺の言葉を聞いて赤い顔になると、空いた方の手で口元を隠した。
「こうしてると俺達夫婦みたいだよな〜。」
「銀時、だから俺は、別にそのままのお前が1番だって…」
分かってるよ。答える代わりに俺は絡めた腕で土方を引っ張ると、その頬に口付けた。土方は驚いた顔をしたけど、すぐに俺の好きな優しい顔になって、そっと俺の唇に口付けを1つ落としたのだった。
END
あとがき
土銀クラスタとしては、1度書いてみたかった土パーが書けて楽しかったですv
パー子はツインテールにピンクの着物で、気だるげな口調と本当に可愛い過ぎると思います^^
そんなパー子にお酒の相手をしてもらうなんて、羨ましいです、土方さん!
読んで下さってありがとうございました♪
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