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漆黒の月 3
土方と映画を見に行く日の朝、銀はお登勢に呼ばれ、彼女の部屋を訪れていた。


「朝っぱらから何だよ、ばあさん。俺、今日忙しいんだけど…」


眠い目を擦りながら文句を言う銀に、お登勢は綺麗に折り畳まれた1枚の着物を差し出した。


「これ、あんたがびしょ濡れで、ウチの店の裏口にぶっ倒れてた時に着ていた着物さね。銀に良く似合ってたから捨てるのも忍びなくて、私が綺麗にしといてやったんだよ。今日は大事な日なんだってね。良かったらこれ、着てくれないかい?」


銀はお登勢の好意が胸に染みたが、恥ずかしくてお礼もそこそこに、ぶっきらぼうに着物を受け取ると部屋に戻った。


部屋の中で着物を広げてみる。それは白地の着物で、袖や裾に流水紋の模様があり、自分の髪に良く似合っていた。銀はやはりこの着物に覚えはなかったが、腕を通すと、それは酷く自分に馴染んだ。土方もこの着物気に入ってくれるといいなと考えながら、出掛ける準備を続けた。



******
待ち合わせの映画館に向かうと、既に土方は先に来ていた。まだ銀に気付かないようで、入り口の壁にもたれ掛かって煙草を吸っていた。いつもの黒い着流しで煙草を吸うその横顔は、まさに絵になり、通りを歩く女性達が土方を見つめては名残惜しそうに通り過ぎていった。本当に俺には勿体ないような恋人なんだよな。銀は土方を見た。銀の視線に気付いたようで、土方が嬉しそうに片手を挙げた。


「待たせちゃってごめんね。」

「いや、大丈…」


大丈夫だ、そう言いかけて土方の視線が、銀の着物に向けられた。


「銀、その着物…」

「どう?どう?似合ってるかな…」

「あ、ああ…似合ってるぜ。」


褒めている割には、土方の返事は歯切れが悪いように感じられたが、まぁいいかと銀は、深く気にすることはなかった。


一方で土方は、銀の来ている着物に何となく既視感を感じていた。俺はどこかであの着物を見たことがある?だが、どこで見たのか思い出すことはできなかった。自分の勘違いかもしれない。そう結論付けて、土方は嬉しそうに先を歩く銀の後をついて映画館へと入った。



*****
映画を見終わった後、2人は最近できたばかりのスイーツ食べ放題の店を訪れた。銀がいつか行ってみたいと言っていたので、土方は今日連れて来ようと考えていたのだ。


「銀、お前本当に甘い物が好きだよな。それ何皿目だ?」


色々な種類のケーキが山盛りになった皿を土方は指差した。


「まだ5皿目だよ。まだまだこれからじゃん。土方の方こそコーヒーゼリーだけで大丈夫?」

「あぁ、俺は甘い物は苦手だから大丈夫だ。それにお前が幸せそうに食ってるの見るだけで、腹一杯だしな。」


土方はそう言うと、銀の顔に手を伸ばし、彼の口元に付いていた生クリームを指先で拭った。そしてそのまま生クリームを舌で舐めとると、やっぱ甘ぇと呟いた。銀は土方のその一連の行動に頬が熱くなった。決して自分の口元を舐められた訳でもないのに、土方の舌にドキドキした。


土方の顔が見られなくて、下を向いてケーキを頬張る。がっつき過ぎだと小さく笑う土方の声に、つられて銀も小さく笑った。



*****
店を出ると、辺りは既に薄暗くなっていた。銀と土方はゆっくりとした足取りで通りを抜け、土手沿いの道を歩いた。時折優しく風が吹いて、肌に心地良かった。


かぶき町に着き、スナックお登勢の前に来た。いつもなら土方とはここで別れる。だが今日の土方はいつまで経っても帰ろうとはしなかった。


「…土方?」

「あのさ、銀。…その、今日お前の部屋、寄ってもいいか?」


土方が照れたように、だが真剣な瞳で銀を見た。銀だって子供ではない。彼を部屋に入れるということは…。銀も土方を見つめ返す。確かに土方の瞳は、自分を欲していた。


「…いいよ。土方なら、いい。」


銀は土方の手を握ると、自分の部屋へと続く階段を上った。繋いだ土方の手が熱くて、繋いだ所から彼の熱が全身を支配するような錯覚にとらわれた。





土方は寝室まで我慢できなかったのか、銀をソファーに押し倒した。いつもより濃厚な口付けに銀の頭はクラクラした。


「銀…銀。」

「…ん。土、方。」


土方が着物に手をかける。肩が露わになり、恥ずかしさから銀はぎゅっと目を瞑った。しかし何故か土方の手が止まり、銀はそっと目を開けた。


「銀…お前、その肩の傷…」


土方は信じられない物を見るかのように目を見開き、微かに唇も震えていた。ソファーから起き上がると、銀は肩の傷に目を向ける。傷は塞がっていたが、傷口はまだ少し盛り上がっており、最近できた傷なのだと分かる。勿論銀には、この傷がどうして自分にあるのか覚えはなかったが。


「それは……俺がつけた。…あの日の椿は、お前だったのか、銀…その着物の柄も、やっぱり見間違えじゃなかった。」


土方が呆然と呟いた。


「…何言ってんの、土方。お前が俺のこと斬るなんて…っつ。」


その時、銀の頭が割れるように痛み出した。あまりの痛みにそのままソファーに倒れ込む。大丈夫か?銀!自分を心配する土方の声が聞こえたが、銀は返事をすることができなかった。痛みに震えていると、カメラのフィルムのように、頭の中に次々と映像や声が流れ込んできた。




『俺達は先生の遺志を継いで、俺達のやり方で江戸の人々を悪から救う。』

『なぁ、銀時。先生、椿が好きだったろう。だから俺達は、椿と名乗ろうじゃねぇか。』

『最近の俺達、江戸で有名になってきてるんだとよ。お前も嬉しいだろ?』

『今回のターゲットの屋敷は、幕府の狗…真選組が警備を任されているらしいのだ。いつものように俺達はバラバラで逃げるが、気を付けるのだぞ。』

『おい、待て!大人しく捕まりやがれ。』



自分を追い掛けてくる足音。夜の闇に煌めく白刃。月明かりの中、刀を振り上げる男の顔が土方と、重なった。



「うわぁぁぁあ。」

「銀?…おい、大丈夫か?どうした?」

「…坂田…銀時だ。俺は銀じゃ、ない。」


銀ー―銀時は、思い出したとぽつりと呟いた。


「銀、思い出したって…」

「銀時、居るか?迎えに来たぞ。嫌がっても俺はお前を連れて行くからな。」


土方の声を遮るように障子窓が開けられ、声が響いた。銀時も土方も弾かれたように窓の向こうを見た。そこには3日前と同じように桂が立っていた。


「ヅラ…」

「ヅラではない桂だ。って銀時、貴様思い出したのか?」

「まぁ、おかげさまで…」


銀時は土方を振り返った。彼は何が何だか全く分からないといった表情で、酷く混乱していた。


「土方、ごめん。」


銀時は土方にそう告げると、窓の枠に足をかけた。


「銀、お前どこに行くつもりだよ。行くな、銀!」


土方は銀時に必死に手を伸ばした。彼の着物の袖に触れたと思った瞬間、それは土方の手をすり抜けた。窓の外に身を乗り出したが、銀時は桂と共に屋根の上を走り去っていた。


「くそっ、何でこうなるんだよ。」


土方の声ががらんとした部屋の中に響いた。



*****
銀時と桂は闇の中、屋根から屋根へと飛び移りながら移動していた。


「銀時、裸足で大丈夫か?少し休んでも…」

「平気だって。」

「そういえば木刀もないではないか。」

「う〜ん、俺探してないから分かんないけど、多分木刀も、この着物の中のインナーもブーツも全部あの部屋だと思うぜ。」


お登勢の顔が浮かんだが、銀時にはどうすることもできなかった。だってよ、俺とばあさんは住む世界が違う。これ以上迷惑は掛けられねぇよ。


「それと、先ほど貴様と一緒に居た男は、幕府の…」

「それ以上言うな。」


銀時の雰囲気を見て取って、桂は押し黙った。



何でこんなことになったんだよ。何で俺と土方が椿と真選組なんだ。どうして……俺は土方が好きで堪らないのに。銀時の胸は苦しさで破裂しそうだった。



なぁ、土方。俺、思い出さなかった方が幸せだったのかな。



思い出さなければ、お前ともっと長く一緒に居られたのかな。

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