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漆黒の月 2
土方達が椿を取り逃がしてから、半月ほどが経っていた。


土方は黒い着流し姿で、夜のかぶき町を歩いていた。今日は非番だったので、酒でも飲むかと屯所を出たが、たまにはと、いつも足を向けることのないかぶき町の飲み屋に向かった。どこにしようかとぶらぶら歩いていた土方の目が、ある1点に釘付けになった。


「すげぇ綺麗な銀髪だ…」


その銀髪の持ち主は、ある店の前でちょうど客を送り出している所だった。丁寧に頭を下げ、客に笑顔で手を振る。着物の襟元から覗く透けるような肌の白さに、土方は目が離せなかった。


「そこの格好いいお兄さん。良かったら一杯いかがです?」


土方の視線に気付いて、銀髪の男が笑顔を向けた。それがあまりにも綺麗で。土方は彼に落ちてしまった自分を自覚したのだった。



*****
土方が銀髪の彼と店内に入ると、仕事帰りのサラリーマンを中心にそこそこ賑わっていた。


「おや。あんた真選組の副長さんじゃないかい?こんな所に来るなんて、珍しいというか、初めてだね?」


この店、スナックお登勢の店主であるお登勢が、土方を見て驚いた顔をした。勿論土方だってこの店に来る予定はなかった。でも…土方はお登勢の隣に立っていた銀髪の彼を見た。そんな土方の視線を理解して、お登勢は銀、ちょっと来な、と彼を手招きした。


「こいつ、銀っていうんだ。私が付けたんだけどね。どうも記憶喪失らしくて、仕事を探してたから私が拾ったのさ。銀、私ちょっと奥でやることあるから後は頼んだよ。今日は客も少ないし、皆酔いつぶれてるからほっといても平気だよ。」


お登勢はそう言うと、銀を残して奥の部屋へと入っていった。


「あんた、記憶喪失なのか…」

「はい。俺、自分の名前すら覚えてなくて…お登勢さんに拾ってもらわなければ、どうなっていたか。」


悲しそうに瞬く瞳に土方は胸が締め付けられた。きっと今も辛くても、無理して笑っているに違いない。


「大丈夫だ。きっといつか思い出せる。だから今は無理すんなよ。」

「はい。ありがとうございます。えぇと…」

「土方だ。土方十四郎。それから、俺に敬語使わなくていいから。俺とあんた、歳も近そうだからな。」


土方は腕を伸ばして銀の手をそっと取ると、彼をじっと見つめた。


「俺、あんたのことが気に入った。だから…銀って呼んでもいいか?」


手を握られたまま甘く囁かれ、銀の顔が朱に染まる。彼は耐えきれずに俯くと、土方さんの好きにして下さい、と蚊の鳴くような声で呟いた。


「銀、敬語はよせって言ったろ。それに土方でいい。…何ならトシでもいいぜ。」


からかい半分で土方が告げると、銀は顔を上げてキッと土方を見た。


「お、俺のことは、銀…で構わないよ、土方。」


上出来だ。そう言って嬉しそうに土方は、銀の髪を撫でた。銀は恥ずかしそうに土方のされるがままだった。彼の髪は見た目以上にふわふわしており、土方の指に優しく絡んだ。





銀が目の前に居たせいで、土方はいつも以上にたくさん酒を煽った。気が付けば、店内には土方1人だけだった。銀とも話せたし、明日は仕事だったので、土方はそろそろ店を出ることにした。


「土方、大丈夫?明日仕事って言ってたけど。」


銀が心配そうに尋ねたが、大丈夫だと土方は答えた。酒の量の割には、意識ははっきりしていた。土方は自分の前を歩いて、店の戸を開けようとしていた銀を背後から抱き締めた。


「ひじ…かた。酔ってない?酔ってるよね!」


土方の腕の中で銀は慌てていた。そりゃあ、男にいきなり抱き付かれたらな。


「銀、俺は酔ってない。…聞いてくれ。俺はお前に惚れたみたいだ。真剣だ。だから俺と付き合ってくれないか?」


土方の腕の中で慌てていた銀が、急に静かになった。


「…俺、記憶がないんだよ。どこの誰かも分からない。それでも土方は…俺なんかでいいの?」

「俺はお前がどこの誰でも構わない。銀、お前がいいんだ。」


俺も初めて会ったばかりなのに、土方のことが気になった。だから俺でいいなら付き合うよ。真っ赤な顔で瞳を潤ませながら、銀が小さく頷いた。


「銀、ありがとう。俺、今すげぇ嬉しい。」


俺もだよ。銀も笑って土方の背に腕を回した。



*****
土方は、総悟と共に数名の隊士を率いて江戸の街を巡回していた。



「あ〜あ、何で土方ばっかりモテるんでさァ。俺も美人と付き合いたいですぜィ。」


不意に漏れた総悟の言葉に、土方の肩が大きく跳ねる。


「総悟、テメェ…何で銀のこと知ってやがる?」

「銀っていうんですかい?確かに綺麗な銀髪だったでさァ。」


にやりと笑う総悟を見て、土方は自分が墓穴を掘ったことに気付いた。


「この前街で、あんたがその銀の旦那と仲良く団子屋でデートしてるのを見かけたんです。旦那が美味しそうに食べてる横で、土方さんはみっともなく鼻の下伸ばしてましたぜィ。あんまり酷いんで、写メを隊士に流してやろうと思ったほどですぜ。」

「俺は鼻の下なんざ伸ばしてねぇ。」

「何嘘言ってんですかい。ちゃんと証拠はありまさァ。」


意地悪い笑みと共に総悟が携帯を取り出した。土方と総悟がまさに一触即発という時、土方〜と遠くから声がした。


「銀?」

「やっぱり土方だ。もしかして今、お仕事中だった?俺はね、ばあさんに頼まれて店の買い物の帰りなんだ。」


えへへと銀は両手のスーパーの袋を持ち上げた。銀と付き合うようになって、土方は彼が甘味が好きだということを知り、総悟にも目撃されたように、銀を甘味屋に連れて行くことが増えた。銀の方も店の仕事にすっかり慣れ、今ではお登勢のことを「ばあさん」と呼ぶようになっていた。それに初めて会った時よりも良く笑うようになっていたのだった。


「あぁ、今巡回中…「土方さんなんかやめて、俺なんてどうです?銀の旦那!」


人懐っこい笑顔を浮かべて、総悟が2人の間に割り込んだ。


「土方?えぇとこちらは…」

「沖田総悟でさァ。よろしくお願いしやす。」

「こちらこそよろしく、沖田君。…それから悪いんだけど…俺、土方が大好きだから。ごめんね、せっかく声掛けてもらったのに。」


その言葉にあり得ないほど土方の顔が赤くなり、そのまま固まってしまった。そんな土方をよそに2人は会話を続ける。


「旦那は美人なんですし、土方には勿体ないですぜィ。」

「ありがと、沖田君。」



じゃあ、お仕事頑張ってね。土方に手を振ると、銀は嬉しそうに帰っていった。土方は真っ赤な顔のままでブンブンと首を振っているだけだった。



「本当に鬼の副長の名が泣くぜィ。」


総悟が大きな溜め息を吐いたが、土方の耳には全くと言っていいほど届いてはいなかった。



*****
店の開店時間までまだ少しあったので、銀はお登勢から借りている2階の部屋で休んでいた。今日は偶然とはいえ、仕事中の土方に会えた。少ししか話せなかったが、銀は嬉しさで一杯だった。


今でも記憶が戻らない自分に不安がないと言えば嘘になる。だけど自分には土方が居る。彼が隣に居てくれるだけで、すごくすごく幸せなのだ。


あぁ、今日も土方は店に来るかな。会えると嬉しいなぁ。そう考えていた銀は、不意に障子窓の外に人の気配を感じた。


「…誰だ?」


問い掛けてみたが、障子窓の向こう側からは返事は聞こえなかった。銀はゆっくりと窓に近付くと、勢い良く左右に開いた。障子窓の向こう、夕暮れ時の屋根の上に、長髪の男が立っていた。銀は全くと言っていいほど、その男に見覚えがなかった。


「銀時、やっと見付けた。俺も高杉も貴様のことを探していたのだぞ。一体今まで何をやっていたのだ。」

「お前、誰だ?俺…お前なんて知らない。」


銀時の思いもよらない言葉に、男は目を見開いた。


「何を言っている、銀時。俺は桂小太郎ではないか。……まさか貴様、記憶をなくしているのか?」


桂の問いに銀は小さく頷いた。それを見て桂の表情が歪む。


「記憶喪失とは困ったことになった。だが、銀時、俺達には貴様が必要なのだ。銀時が居らぬと椿の活動ができん。江戸の民の為にも…多少強引かもしれぬが、3日後にまた迎えに来る。その時は…俺と来てもらうぞ。」


桂は銀をじっと見ると、踵を返して屋根から飛び降り、姿を消した。銀は何が何だか分からず、部屋の中で呆然としていた。椿…銀もお登勢の店で仕事中に、何度か耳にしたことがあった。江戸の市民の味方の義賊であると。あの桂という男は、椿の1人なのだろう。それに桂の口ぶりからして、俺も椿に関わりがある?駄目だ。何も思い出せない。銀は両手で顔を覆った。言いようのない不安感が胸に広がっていた。





銀が予想した通り、それから数時間後、土方が店を訪れた。彼の顔を見ただけで、銀は酷く心が温かくなるのを感じた。土方に酒を注いでやっていると、彼は着流しの懐を探って、恥ずかしそうに銀にある紙を見せた。


「…ちょうど映画のチケットが手に入ったんだ。良かったら、一緒に行かねぇか?俺の休みに合わせて欲しいから、3日後になるんだが、銀は大丈夫か?」


3日後にまた迎えに来る。不意に桂の言葉が蘇った。銀はそれを頭の隅に追いやると、土方に笑顔を向けた。


「勿論大丈夫!やったぁ、久しぶりに土方とデートができる。」


銀がそう言うと、土方は照れたように笑っていた。



大丈夫、大丈夫だよ。俺は土方の側に居る。そうすれば、きっと土方が俺のこと守ってくれる。銀は土方を見つめながら、何度も何度もそう自分に言い聞かせ続けたのだった。

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あきゅろす。
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