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桜色の涙 1
転生学パロのお話です




『待ってるから。お前のこと。だからちゃんと俺の所に帰って来いよ。』


土方十四郎にはいわゆる前世の記憶があった。前世の自分は今の自分のように自由な学生ではなく、真選組という規律の厳しい武装警察組織に属していた。上司である局長を支えながら、その組織を実質的に束ねる副長という立場であった。


前世の土方が生きた世界は日本史で習った江戸時代によく似ていたが、天人という異星人が共に住み、異星間の行き来も可能であり、現代の世界よりも発達した水準の文化を持っていた。そんな世界で自分は幕府を転覆させんとするテロリストや過激派の攘夷浪士達を取り締まる仕事に就き、頭を使って作戦を立て、江戸を護る為に抵抗する敵には容赦なく刀を振るう日々を過ごしていた。


周囲から鬼の副長と呼ばれて恐れられていた前世の自分には、心安らげる存在、坂田銀時という大切な恋人がいた。その恋人が同性であったことにさすがに最初は驚いたのだが、記憶の中の彼には性別など関係ないと思ってしまえるほどの不思議な魅力があった。真っすぐで穢れのない信念を心に持っていて、自分の大切な者達を救い取るそんな生き方にどうしようもなく惹かれてしまったのだろう。それは十分に理解できる気持ちだった。


『土方、なんか甘いもん食わせてー!』


それが恋人の口癖だった。俺、糖分摂取しねェと死んじまうの。そしたら土方くん、絶対に困っちまうだろ?だから、ね?そんな風に可愛くおねだりされてしまうものだから前世の自分が気前良く奢ってやると、淡い紅色の瞳をきらきらさせて花のように綺麗な笑みを見せてくれた。


『俺は、お前がいいの。お前でなけりゃ…』


俺、これでもちゃんとお前のこと、好きだからね。それがいつのことだったのかははっきりとは分からなかったが、2人で寄り添っていた時に、彼はそう言ってふわりと笑ってくれた。触れ合う部分から伝わって来る温もりを感じながら、前世の自分はどこまでも幸せで穏やかな心だった。だから、当然ではあるが、恋人である銀時との永遠の別れがすぐそこで待っていたことなど全く予想などしていなかった。


前世の自分は銀時と幸せな時間を過ごしていた。だがある日、上位機関の命令により、地球を離れて幕府の高官と共に異星に行き、その星で5年間の任務に就くこととなった。これは大事な仕事なんだ、たった5年間の辛抱じゃないかと何度も自分に言い聞かせたが、恋人と遠く離れることは身を切られるような思いだった。だから、桜の木の下で約束をした。俺が帰って来るまで待っててくれと。浮気なんかしたら承知しねェぞとどうしようもない寂しさを冗談で隠して口にしてみた。そうしたら、そっちこそ向こうで浮気すんなよ、俺、そういうのすぐ分かるからねと、面白そうに返されてしまった。本当はきっと彼もこの別れが寂しくてつらいものだったのだろう。桜の花びらがひらひらと舞い散る中で愛しい存在を両腕に抱き締め、しばしの別れを惜しむように口付けを贈った。そして、前世の土方は任務の為に遠い宇宙へ向かった。


そうして5年の月日が流れて。ようやく任務を終えて江戸に帰って来たら、この世界のどこにも銀時は居なくなっていた。銀時は土方が地球に戻る半年ほど前に病で亡くなっていたのだ。色素が抜け落ちて髪は白くなり、まるで墨で文字を書き付けたような痣が身体中にでき、それと並行するように段々と体力を奪われて動けなくなって確実に死に至る奇病だった。


『銀さんは、最後まで諦めていませんでした。土方さんが帰って来るのをずっとずっと待っていたんです。あいつの顔見るまでは死ねないって。銀さんは…』

『何で…もっと早くに帰って来なかったネ!銀ちゃんはずっとお前のこと想ってたんだヨ。俺が死んだら、あいつ、男のくせに泣いちまうだろうから、そん時はマヨでも買ってやって盛大に慰めてやってな、って…だから、私達がお前をちゃんと慰めてやるネ。それが、銀ちゃんの最後のお願いだったから…』


恋人が営んでいた万事屋の従業員として働き、彼を心から慕っていた少年と少女は泣くのを必死で我慢した顔でそんな風に教えてくれた。お前の所に帰ると約束したのに。これからもずっと一緒に笑っていられるはずだったのに。どんなに願ったとしても、それはもう二度と叶うことはなかった。


前世の自分のこの想い――銀時への切ないまでの恋心は、今を生きる土方の中にしっかりと受け継がれている。土方は今度こそ銀時を大切に護っていきたいのだ。今度こそずっと傍らに寄り添っていたい。強く強くそう思って生きてきた。


もしも、いつかどこかで彼の生まれ変わりに出会えたとしたら。夢のような話だけれど、そんな日が来るのだとしたら。






今年の桜は開花の期間が例年よりも長いので、いつも以上に楽しむことができるでしょう。天気予報で言っていた通りに、窓の向こうに見える桜の大樹はまだその身を淡い色に染めている。綺麗なその色を眺めていると、土方はどうしてもいつかのあの約束を思い出してしまって切なくなってしまう。どれだけ時間が流れても自分だけが覚えている、あの約束を。桜の木が立つグラウンドから教室に視線を戻すと、土方の瞳に愛しい銀色が映り込む。黒板に書いた内容を説明している銀色の彼は、土方が記憶の中で知る少し気だるそうな表情そのままだ。普段はやる気のない顔でふらふらしているのに、市中を見廻っていた土方を見つけると照れくさそうに声を掛けてきたことを思い出してしまって、胸がきゅっと締め付けられた。


『今日から俺がおめーらの先生の坂田銀時だ。高校1年生になったばっかで、期待やら緊張やらで色々慣れねェとは思うけど、まぁよろしくな。仲良くやろうぜ。』


不意に1週間前に聞いた言葉を思い出した。土方はあの時の衝撃を二度と忘れることはないだろう。銀時だった。好きで好きで仕方ない銀時だった。見た瞬間に全身の細胞が叫んだのだ。目の前に立つ担任の教師は自分が求めてやまないあの彼であることを。いつかどこかで出会うことができたら。そんな風に思って生きてきたが、まさか本当に生まれ変わって巡り逢うことができるとは思ってもいなかった。新生活への期待に溢れる教室の中で、土方の心はこれ以上ないほどの歓喜で震えたのだった。


「先生、か…」


土方は黒板の文字を書き写しながらも、恋い焦がれる銀時に視線を送り続けた。担任の教師と生徒という対等ではいられない立場。前世の時とは違って歳も随分と離れてしまった。だが土方には関係のないことだった。そんなことくらいで銀時への恋心が消えてしまう訳がないのだ。土方の熱い想いが届いたのか、右手に持っている教科書から顔を上げた銀時と視線が絡んだ。赤い瞳に見つめられれば、他意などないのに期待したくなる。期待してしまいそうになる。けれど。


「……覚えてるのは、俺だけなんだ。」


嬉しいのに切なくて。幸せなのに胸が痛くて。周囲に聞こえないように小さく小さく呟いて土方は淡い赤の瞳からゆっくりと視線を外すと、もう一度窓の外の桜を見つめた。

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あきゅろす。
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