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そうしてまた、君と
こぞう様から120000HITリクエストで頂いた「トリップしたデコ方さん×白夜叉銀ちゃん」のお話です




真選組総出で立ち回った捕り物の事後処理がようやく片付いて仕事が一段落したこともあり、土方十四郎は久しぶりに昼間から恋人の家に行った。完全な非番や午後からの仕事の時には大抵いつもかぶき町へと足を運ぶのだ。勝手知ったる我が家のようなそこで手料理を振る舞われた土方は非常に気分が良かった。お互い三十路になって少しは落ち着く部分も増えてきたからか、銀時は土方を躊躇うことなく出迎えてくれるようになった。まぁ相変わらずお互い口は悪いが恋仲になって早数年、穏やかに流れる2人の時間に今が一番幸せかもしれないと思っている。そんな惚気にも似たことを口元を緩めながら考えて注意力が散漫になっていたからなのか、午後からの内勤に戻る為に万事屋を出た土方は玄関を歩いてすぐの階段を見事に踏み外した。


「は?え、うわっ…!」


世界が反転する。土方は咄嗟に後頭部に腕を回して受け身の体勢を取ったが、重力に従うままに身体は階段を転がり落ちていく。次いで鈍い衝撃が全身を襲った。頭を強打することなく身体は地面に辿り着けたようだ。思わずぎゅっと閉じていた瞼を開いて状況を確認しようとして。土方は目を疑った。


「何だ、これ…」


両手に柔らかな感触がする。さわさわと木の葉が揺れる音が落ちてくる。どこまで見渡しても同じ景色が土方の眼前に広がる。背の高い木々に囲まれたその場所は一面緑が広がっていた。一体どういうことだ。自分はついさっきまで万事屋の玄関を出た階段を降りていたはずだ。そこで足を踏み外して、それで。土方の周囲には銀時が住む万事屋はおろか、かぶき町の見慣れた町並みすら見当たらなかった。夢ならば早急に醒めて欲しいところであるが、立ち上がった際に背中に小さな痛みを感じたからきっとこれは紛れもない現実だ。


「あんた何者だ、おっさん。」


土方以外に誰も居ないはずの空間に突然声が響いた。土方は腰を落とすとほとんど無意識の動作で着流しに差している愛刀の柄へと手を伸ばした。


「聞いてんの、おっさん。」


声がした方に目を向ければ、所々薄汚れた戦装束に身を包んだ青年が立っていた。陽の光を受けて煌めく銀色の髪。透けるように白い肌。すらりと伸びた手足。彼を形作るそれらはとても綺麗なのに薄い臙脂色の瞳はぎらぎらと獰猛な輝きを放っている。まるで手負いの獣のような雰囲気を纏う青年に土方は確かに見覚えがあった。どう見ても銀時だった。いや、正確に言えばこちらの方が若い。土方が知る彼よりも10歳以上年齢に差がありそうだった。10代の坂田銀時。そこまで考えて合点が行った。まさかとは思うが。


「白夜叉…」


ぽつりと呟いた土方に反応した白銀の青年がますます警戒心を強くして睨み付けてくる。負けじと彼を見つめ返した土方は目を細めた。上手く隠しているようなのだが、僅かに右腕を庇っているように見えたのだ。


「お前、右の腕怪我してんじゃねェのか?」


土方の言葉に銀色の髪が揺れる。図星を指されて肩を震わせたからだ。それからまたすぐに表情を硬くしてしまう。まるで野良猫みてェだな、俺にはそんなに威嚇するなよな、と心の中で小さく笑ってから土方は銀時へと近付いた。


「あと、俺はおっさんじゃなくて土方だ。」

「ひじかた…」


耳に馴染んだ声よりも幾分高い音で名前を呼ばれるのはくすぐったい気分だった。口元に笑みが浮かんでしまうのは仕方がないだろう。こんな不思議な邂逅はきっともう二度とありはしないだろう。ならばこの銀時にも優しくしてやりたいと思った。この時の土方は自分の今後に対する懸念や不安よりも目の前のもう1人の愛おしい彼のことしか考えられなかった。


「手当てしてやるから、腕貸せ。」

「は?や、別にそんなの…」

「いいから貸せ。」


土方は黒の着流しの袷から未使用の手拭いを取り出した。デコ出して男前に磨きがかかったんだから身だしなみにも今以上に気ィ配りやがれと向こうの銀時に押し付けられるようにして貰ったものである。何だお前、俺の嫁か。あ、もう既に嫁も同然だったなと思ったのは内緒であるが。滅多に何かを贈ることをしない大切な恋仲の相手から貰ったものなので本音を言えば簡単に手離しくなかったのであるが、銀時本人の為に使うとなれば話は別だ。土方は綺麗に折り畳んでいたそれを広げた。その時、少し先の茂みが目に留まった。


「お、ちょうど向こうに炎症抑える薬草生えてんじゃねェか。」


これは僥倖だとばかりに茂みまで歩いて屈み込んだ土方は目当ての薬草の葉を数枚摘み取った。そして指先で揉むように擦り潰したそれを銀時の傷口にそっと塗り付けた。彼はその間黙ったままで土方の様子を窺っていた。


「薬草に詳しいのが意外か?江戸に出て来る前は武州に居たから、そういう知識は一通りはあんだよ。」


それだけではない。真選組に身を置いている自分は身近にあるものを利用した救命のやり方も学んでいる。だから山の中で腕の怪我を手当てするくらいは簡単だった。


「ほらもっとこっち来い。」


身体を密着させるように移動して、あとは手拭い巻くからと続ければ、銀時は白い腕を剥き出しにしたまま、ずりずり後退ろうとする。思った以上に距離を詰められて動揺しているのがありありと分かる動きだった。可愛らしいその姿にほんの少しのいたずら心が生まれる。土方は喉の奥で楽しげに笑うと、わざと白い耳朶に唇を寄せて甘く囁いた。それじゃあ上手く巻けねェだろと。銀時の肩が大きく跳ねる。ふっと目だけで笑い掛ければ逃れられないと分かって遂に降参する気になったのか、土方の傍らで借りてきた猫のように大人しくなった。包帯の要領でするすると手拭いを巻き付ける土方を銀時は目を逸らして見ようとはしないが、無造作に跳ねた銀髪から覗く首筋がうっすらと赤に染まっていた。向こうの銀時が勿論一番なのだが、こちらの銀時には青くさい初々しさというか、瑞々しい若さ故の可愛いげのない可愛らしさがある。それが愛おしかった。土方は銀時を誰よりも愛している。目の前の彼も確かに銀時であるから放っておけなかった。


「ほら、できたぞ。」

「……あんがと。」


銀時はふんとそっぽを向いて早口で告げた。10代の彼は恋人である彼よりもさらに猫っぽい。可愛かった。


「それよりお前、何でこんなとこに居たんだ。仲間と一緒じゃねェのか?」


聞けば銀時は行軍の途中で仲間とはぐれてしまったらしく、この山の中で食糧になりそうなものを探して彷徨っていたらしい。右腕の傷はその時にうっかりやってしまったものだという。話を聞いた土方は銀時を手伝うことにした。この世界に来る前に向こうで銀時手製の昼飯を食べたばかりだったので今は腹は減っていないが、そのまま何も食べないでいい訳がない。それに戻る為の手掛かりも見つけなければならないのだ。


「分かった。とりあえずは食えるもんを探した方がいい。」

「手伝ってくれんの?」


やったーと喜ぶ彼は年相応の顔で嬉しそうに笑っている。野生の動物のような、辺りを窺ってぴんと気を張り詰めていた時の雰囲気はない。きっとこれが彼の本来の表情なのだろう。だから可愛くて仕方なかった。


「任せておけ。」


言葉と共に銀髪を撫でれば、銀時はきゅっと目を細めた。とりあえずは手分けして食べられる実を探そうということになり、土方は銀時から離れて奥の方へと進んだ。


「あ、おい、土方。そっち気を付けろよ。さっき確認したんだけど結構な急斜面があって、俺も落ちそうになってさ。」

「え?」


足元をよく見ていなかった土方の身体がぐらりと左に揺らぐ。野草に覆われて見えなくなっていた斜面へと足を滑らせた身体が横に傾ぎ、倒れ込んだ全身がそのまま転がり始めた。20代の自分であればすぐさま反応して上体を起こし、事なきを得たはずである。30歳を過ぎるとやはり体力や反射神経に少なからず加齢の影響が出るのか。戻ったらもっと厳しい鍛練をしないといけないな。遠くなる空を見上げながら土方はぼんやりと思った。


「土方…!」

「…っ、銀時!」


白い指先へと必死に手を伸ばしたが、あと少しのところで土方の指は虚しく空を切った。こちらに向かって銀時が何か叫んでいるが、段々それが遠くなっていく。全身を襲う鈍い痛みと衝撃。そして、世界が再び反転した。


「土方おめー、人ん家の階段下で何やってんの。」

「……」

「どすんって、なんかすっげー音したから見に来たんだけど。まさかお前、いい大人のくせに階段から落ちたの?」


昼飯にゃ酒出してねェし酔ってないよね?まだ真っ昼間だよ?え?超笑える。にやにや笑う銀時はあからさまに馬鹿にした顔でこちらを見下ろしている。いつもならば笑うんじゃねェと返すところだが、今はそんな場合ではなかった。そんな余裕もなかった。呼吸を整え深呼吸をしてから土方はのそりと身を起こすと、話があると言って銀時をその場に引き留めた。


「信じられねェかもしれないが、俺ァついさっきまでお前と山ん中に居た。お前っつってもお前じゃなくて、昔の……白夜叉と呼ばれてたお前の方だけど…」

「……」


淡い赤の瞳が大きく見開かれていく。声を掛けようとした土方の手首を掴むと銀時は弾かれたように階段を駆け上り始めた。銀時の突然の行動について行けず、腕を引っ張られたままの土方は再び万事屋に足を踏み入れることとなった。


「不思議なことってあるもんなんだな。」


そう前置きしてから銀時が見せたのは嫌に見覚えのある手拭いだった。洗っても落ちなかったのか、全体的にうっすらと緋色が残っていた。


「やっぱあの土方ってお前だったんだ。ま、デコ出しの男前なんてそうそう居ねェよな。つか今のお前まんまだし。」

「銀時…」

「今まで黙ってたのは、うん…悪かった。心のどっかで引っ掛かっててってのはあって、だからまたお前に同じ手拭い見つけて渡しちまったんだけど…これ結局どういうことなんだろうなぁ。考え出したらよく分かんなくなってきたわ。」


つまりこれ壮大な時間旅行になる訳だよね。つかこういうの俺苦手なんだよ。SF小説とか映画とか設定が難しくていつも訳分かんねェもん。たいむぱらどっくすとかとりっぷとかそういうやつは。横文字を平仮名のようにぶつぶつ呟く銀時は俯いて頭を抱え始めた。誰かをその剣で救い取ろうとすぐに何でも面倒ごとに首を突っ込んでいるというのに、こういう非日常的なことには極力関わりたくないようだ。それは土方も同じではあるが。


「……しかもさ、てことは俺、土方に2回も恋しちまってんじゃねェか…あ、でも浮気になんなくてほんと良かった」

「ん?今何か言ったよな?」

「…べ、別に何にも言ってませーん!」


何故か銀時の頬がうっすらと朱に染まっている。理由はよく分からないが今日は可愛らしいものがたくさん見られて、土方は先ほど以上にいい気分だった。無事に戻って来られたのだから結果良ければ全てよしである。向こうのあの銀時が早く無事に仲間に合流することを願いながら、土方は着流しに忍ばせていた煙草を取り出した。






背高く生い茂る草木を掻き分けて高台へと出れば、眼下に自軍の臨時の野営の陣が見えた。突然現れて突然消えた不思議な男前と出会った山道を散々歩いてやっと辿り着けた。ほっと小さく息を吐き出して銀時は真っすぐに駆け出した。誰にも見つからないように気配を殺して野営地に戻ったつもりだったが、結局失敗だったようだ。


「銀時…!お前ふらふらどこを歩き回っていたのだ。また勝手に居なくなりおって。」


堅物の旧友が腰に手を当て、ふんぞり返った姿で銀時を待ち構えていた。これでは逃げようがない。


「だってよォ、腹が減ったからちょっと食いもんが欲しくなって、山なら取り放題じゃねって話で……」

「馬鹿者!本当にお前という奴は――」


長い小言と説教が始まる前に銀時はさっさと退散することにした。くどくど話を続ける長髪の友人の隙を突いて小走りで走り出した視界にひらりと揺れるものが映り込んだ。銀時は走るのをやめると、その場に立ち止まった。


「土方…」


右腕に巻かれた手拭いをそろりと撫でる。一回りも歳の離れた端正な男の顔を思い出す。惜しみなくくれた温かな優しさも共に。本当に不思議な出来事だったけれど、忘れずにいたいと思った。可愛いなと笑ってくれた彼を瞼の裏に思い描けば、心臓の辺りがじんわりと温かくなった。敵味方の血に染まり、硝煙が立ち込める暗い世界に身を置く終わりの見えない毎日だからこそ、あの男との僅かな時間が酷く眩しかった。


「この空みてェだったな。」


またいつかどこかで会えたりしないだろうか。もしもそんな日が来たら、この手拭いを返してやろう。だから、願わくばもう一度。見上げた空はどこまでも青く澄んでいた。






END






あとがき
銀ちゃんに振り回されている感のある土方さんの方が余裕がある土銀はとても美味しいなと再確認しました^^それが可能になるデコ方さんと白夜叉銀ちゃんの組み合わせは新鮮で書いておりましてとても楽しかったです!男前デコ方さんに内心で格好いい奴だなって思う白夜叉銀ちゃんは可愛くて堪らないですね(>ω<)どこか少しでも気に入って頂けた部分がありましたら嬉しいです^^


こぞう様、この度は素敵なリクエストを本当にありがとうございました!

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あきゅろす。
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