甘やかな想いに包まれて
土方さんが風邪を引いたお話です
額に何かが触れたような、そんな微かな感覚に意識が呼び起こされた土方はそれに誘われるがままにそっと目を開けた。起きたばかりで薄ぼんやりとする視界。何度か瞬きをして焦点を合わせようとした瞬間、淡い紅の瞳が自分を覗き込んでいるのが見えた。
「おっ、目ェ覚めたみてーだな。」
「銀、時……?」
「そうだよ、銀さんですよ〜。」
こちらをじっと見下ろしていた男がそう言って土方の額から手のひらを退けた。だが離れたと思ったのは一瞬で、乱れた前髪を整えてくれたことが再び触れる指先の動きで分かった。
「こういうのって、えーと、確か…鬼の撹乱、だったっけ?」
鬼の副長さんが赤い顔して参ってらァ。こういう姿見てると何だか調子狂っちまうんですけど。緩く目を細めた相手にけらけら楽しそうに笑われてしまった。土方はすぐ側に腰を下ろしている銀時を見据えたまま布団の中から右手を持ち上げると、目覚めてから鈍い痛みを発するこめかみ辺りに指を当てた。頭だけではない。喉も痛い。全身がだるい。首を動かして銀時を見上げるだけで精一杯だった。
「で、こうなっちまったのは、何が原因よ?やっぱ仕事のし過ぎ?無理すっからだろ〜、仕事馬鹿も大概にした方がいいぜ。」
ひとしきり笑った後、いつか過労死すんじゃねと銀時は呆れたような顔になった。
「ちげーよ。仕事は、関係ねェ。」
「あれ?そうなの?ふ〜ん、じゃあ何よ?」
「……昨日、朝稽古の後、総悟に大量の水…ぶっかけられたんだよ。」
「うっわ〜ご愁傷様。この時期それはきっついわ。なるほどね、ドS王子のいたずらもここに極まれり、って訳ね。」
銀時が心底可哀想なものを見る目で土方を見た。些か以上に度を超した総悟の悪ふざけのせいで風邪を引き、こんなに苦しい思いをすることになろうとは昨日道場に足を運んだ時点で微塵も思ってなどいなかった。久しぶりに引いた風邪だからこんなにつらいのだろうか。横たわっているのに頭が重く、思考が上手くまとまっていないように感じた。
「…んなことより、お前、何でここに…?」
問い掛けた声は酷く掠れていて覇気がなく、何だか情けない気持ちになった。
「え?今頃その質問する?」
「…いいから、答えろ。」
「ん〜、何でって…土方くんの看病だけど?色々お世話してやって、後でお前んとこの勘定方にまるっと看病代請求したら、結構いい感じになりそうかなーって。」
人を食った笑みをその唇に刷いて銀時はあからさまな表情をしてみせた。
「金で…看病なんざ、そんなのは…」
思いきり不機嫌な顔になってしまったのだろう。んな顔すんなよ、と小さく笑われた。
「今のはうそうそ。そんなみみっちいことしねェって。」
言葉と共に伸ばされた手がくしゃりと髪をかき混ぜた。心地良さに土方が小さな吐息を洩らすと、黒髪を指先で梳いていた銀時が応えるようにふわっと笑んだ。
「俺がしたくて来たの。銀さん直々の看病なんて、結構特別だよ、土方くん?」
特別、と言われて悪い気などするはずがなかった。頬が熱くなったのはどう考えても風邪のせいだけではない。
「照れてる?」
「照れて…ねェよ。」
「なーんか、風邪で弱ってるお前って、思った以上に可愛いのな。」
「あ…?」
何を言っている。可愛い訳があるものか。どこをどう見りゃそう思うんだ、お前の方がずっと可愛いだろと言ってやりたかったが、今は不満を表情に乗せるだけでも億劫でつらい。
「強気で男前の土方くんもいいけど、銀さん、こっちのお前も好きだよ。」
だからさ、風邪を理由にして素直に甘えていいんだよ?愛しい人の顔が静かに近付いて来たと思ったら、耳元で甘く囁かれた。
「…ぎん、」
「うん?」
銀時が愛おしげな瞳を向けてくる。甘い言葉に穏やかな視線。敵わないと思い知らされた。自分の方が好きで好きで仕方がないのだ。どうしようもないくらいに惚れている。この男の全てに。
「お前が、俺にこんなに優しいなんざ、珍しいな。」
「風邪引いたら甘えたな気分になんだろ?俺だってね、土方くんを甘やかしたい時くらいあるんですぅ。」
だからさ、と白い腕が伸びてきて優しい手つきで頬を撫でてくる。普段2人きりの時に彼にしているのと同じことをされるのはやはり新鮮な気持ちだった。くすぐったいのに心がじわりと温まる。愛しさが溢れ出す。いつもこんな風に感じてくれているのだろうかと思えば、頬が緩んだ。身体は怠いが気分はいい。
「じゃあ、甘えさせてくれ。」
うん、どうぞ甘えてちょうだいと柔らかく頷く銀時は本当に愛らしかった。この可愛い恋人がどんな時でも傍らに居て笑ってくれる、それだけでもう十分甘やかされているなと土方は思った。
「食堂のおばちゃんの味の方が慣れてっかもしんねーけどォ。」
一度土方の自室から出て行き、それから暫くして再び戻って来た銀時の手には小さな土鍋が乗った漆塗りのお盆が握られていた。
「食堂借りちまったけど良かったんだよな?」
「ああ、悪ぃな。お前が作った粥が食いたいとか言って…わざわざ作らせちまって…」
「んなの、いいっていいって。こんなの簡単に作れるし。でも、屯所で料理するとか、ちょっと変な感じだったけどね。」
「…作ってるところ、見たかったな。」
「いやいやいや、土方くんは大人しく寝てなさい。」
付き合うようになってから手料理を振る舞われことは何度かあるのだが、弱っている時に作ってもらったことは一度もない。だから、どうしても食べたくなってしまったのだ。銀時はそんな土方の申し出を二つ返事で了承し、病人食として定番のそれを作ってくれた訳だった。
「ほい、どーぞ。」
銀時はお盆を畳の上に置くと、食べやすいようにお粥を小皿に取り分けてくれた。ほんのり湯気が立ち上る白粥は薄味ではあったが出汁がよくきいており、梅干しの酸味との相性も良かった。はっきり言ってこれも好みの味だった。
「あ、」
「どうした?」
「土方お前、猫舌じゃなかったよな…熱いのそのままで平気だよね。」
「ああ、そうだが…」
「いやぁ残念だな〜、お前が猫舌だったらさ、銀さん、ふーふーしてやったのにね。」
「……」
土方は思わず目の前の相手をまじまじと見つめてしまった。熱でぼんやりとした頭であろうが、銀時が口にした情景は嫌でも目に浮かぶ。そんなことをされようものなら色々と我慢の限界を超えてしまうに決まっているから、仮に猫舌だったとしてもお断りだ。
「あれー?急に黙ったりしてどったの、土方くん?」
「……」
自分で食うからいいと嗄れた声で慌てて返せば、銀時は面白そうな顔をした。にやにやという効果音がぴったりだった。甘やかしてくれるけれども、同時にからかうことも忘れないのが何とも彼らしい部分だった。こんな風に土方を振り回すのだが、そのくせ湯飲みを手渡すことを忘れなかったりと、こまめに世話をしてくれるから堪らないのだ。結局彼は甘いのだと思う。土方はそう思えてならなかった。
「とにかく、薬も飲んでる訳だし?腹が膨れりゃ少しは気分もよくなるだろ。」
「ああ、美味かった。ごちそうさま。」
土方が食べ終わってほっと一息ついたそのタイミングを見計らい、銀時が枕の位置を調整してくれた。着流しの上に1枚羽織っていた防寒用の薄墨色の上掛けも脱がしてもらい、土方は再び布団に横たわった。
「…こういうのってさ、」
「ん?」
再び土方の傍らに腰を落ち着けた銀時がぱちりと瞬きをした。
「なんか昔を思い出さねェ?今は俺が看病してやってるけど、今のお前みたいに布団の中で丸まって、先生に看病されたなぁって。」
静かな部屋に響き渡る銀時の声。脳裏に兄や義姉の顔が浮かんだ。そして今はもうほとんど覚えていない母の顔も。
「そうだな。確かに懐かしい気持ちになるかもな。」
「だろ?」
「なぁ、銀時。」
顔を寄せてくれないかとねだった。目の前にある温もりが無性に恋しくなったのだ。布団の中から右腕を伸ばして近付いて来る銀髪をそっと撫で、そのまま後頭部に手を回して引き寄せるように口付ける。小さく震える銀色の睫毛が可愛くて、土方は唇を重ねたまま笑みを洩らした。
「お前なぁ、こんなことして、もしうつっちまったらどうすんだよ。」
俺、風邪引いてつらいのとかやだよ。長いようで短い戯れの後、恋人はそう言ってむっと唇を尖らせた。だが、怒った声ではなかったし、何よりうっすら両耳が赤くなっていた。
「こんくらいじゃ、うつんねーよ。」
「ま、それもそっか。…今日は甘やかすって決めたからね。とことん付き合ってやるよ。」
密やかに微笑む銀時を離したくないと強く思った。愛しい人が紡ぐその言葉を合図にして、土方はもう一度銀色の髪に手を伸ばした。
END
あとがき
そうだ、銀時。お前何で俺が風邪だって知ってたんだ?
総一郎君が連絡寄越してくれたからだけど?
……そうか。
うん。お宅の一番隊隊長さんの扱いはやっぱ大変だね〜。ま、結果的に俺は良かったけど。弱った甘えたな土方くん可愛かったしね。
……だから、可愛い言うな。
総悟のせいで風邪を引いたけれど総悟のおかげで銀ちゃんに看病してもらって甘えることができたので、何とも複雑な気分を味わう副長さん。後日からかうことまで計算してる総悟^^
なんの捻りもない甘々な流れですけど、風邪ネタはそのベタな感じが美味しいと思います!
読んで下さいましてありがとうございました!
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