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好きの言の葉
ユキハナ様から110000HITリクエストで頂いた『土方さんにうっかり好きって言っちゃう銀ちゃん』のお話です




あぁ、あと何回こうして肩を寄せ合いながら酒を飲んだりできるのだろうか。他愛のない話を肴にして馬鹿だなぁとからかい合えるのだろうか。隣の席に腰掛けてほろ酔い加減で笑う男の顔を見ながら銀時はぼんやりと思う。手元に引き寄せたぐい呑みの中の酒には、まるで母親とはぐれた幼子のような心許ない顔をした自分が映り込んでいる。駄目だ、今は余計なことは考えるな。自分自身に言い聞かせて、銀時は嫌な思考を振り切るように飲みかけの酒を一気に口に含んだ。


『お前に惚れちまったんだ。』

『万事屋、お前が好きだ。』

『俺と恋仲になってくれ。』


半ば押し切られる形でその手を取った。こんな関係は長く続くはずがない。だから、まぁ少しくらいは付き合ってみてもいいか。始まりはその程度だった。それなのに今はもう離れたくないと思っている。隣に座っているこの男の手を離せずにいる。分かってはいるのだ。本当は自分なんかが土方の傍らに立っていていい訳がないと。その手はもっと違う輝くものを掴んでいなければならないと。ちゃんと分かっているのだ。それなのに。想いを告げられたあの日から結局自分は土方の手を離せないでいる。


「どうした?」


古伊万里の徳利を掴もうとしていた手を下ろした土方が銀時に問うてきた。どうやら長く見つめ続けてしまったようだ。銀時は誤魔化すように緩く頭を振った。真っすぐに注がれる深い色の瞳から僅かに視線を逸らす。店内の明るいざわつきがどこか遠くに感じられた。


「…ん、別に、ただこういうのを幸せっつうのかなぁとか、そんなこと思ってただけ。お前と並んで酒飲めるのってさぁ、俺の中で結構大事な時間だったりするから。」


土方が神妙な顔をした。幸せか、と確かめるように舌に音を乗せていく。しあわせ。そうだよと銀時は黙って笑い返した。あぁ、でもきっと今の自分は嘘くさい笑みを貼り付けているんだろうなと思う。この幸せはいつか終わりを迎えることを知っているから。それなのにお前と居ると幸せだよと嘯く自分は何ともまぁ滑稽だ。その4文字の言葉をもう一度言葉にしてから、柔くふにゃりと笑ってみせる。土方に気付かれていなければいい。ただそれだけだ。いつかやって来るその日をちゃんと受け容れるから。だからそれまではこの男の手を離したくない。自分にとって大切な、この男の手を。それくらいは許されるだろうと思うから。


「お前が俺と居て、そんな風に思ってくれんのはやっぱ嬉しいな。」


こちらを見遣って穏やかに言葉を発する土方は、けれども何だか複雑そうな顔をしていた。


「…土方?」

「ん、何でもねェよ。」


お前滅多にそういうこと言わねェから、少し驚いただけだ。まさかもう酔っちまったんじゃねェよな?土方がくつくつと喉を鳴らす。


「それは、」

「いまだに好きとも言ってくれねェしな。」

「……」


照れ屋なのも大概にしろよなと目を細める男に曖昧な笑みを以って頷くことしかできない。2人で一緒にどこかに出掛けたり馴染みの居酒屋で酒を飲んだり気持ちを確かめ合うように身体を繋げたり。そういうことを何度となく重ねてきても、土方に好きだと伝えたことはなかった。勿論これから先もその言葉を告げるつもりはない。土方に好きだと言ってしまったが最後、馬鹿みたいにその手に縋り付きそうになってしまうのが分かるから。好きだと言わないのは、好きだからこその線引き。


「ま、いいから飲めや。」

「おう。お前の奢りだもんな。ありがたく頂戴いたします〜。」


それから2人で何事もなかったかのように酒を飲み続けた。笑い合って、仕事の愚痴に付き合って、それから少しの睦言を絡めて。いつものささやかな逢瀬。けれども、自分と一緒に居て幸せだと感じてくれるのが嬉しいのだと、そう言った時の土方の顔がちらついた。銀時は何だか小さな違和感のようなものを覚えた。だが、些細なそれは飲み干した上等な酒の味と共にいつの間にか忘れてしまった。



*****
土方とかぶき町の通りで偶然会うのはそこまで珍しいことではなかった。脛に傷を持つ者が多いこの街は真選組の巡回対象の中でも重要な位置付けになっているようで、黒い隊服を見掛けることが多かったからだ。だからその日、土方に声を掛けられても銀時は特に表情を緩めるようなことはしなかった。1人きりで出歩いていなかったことも理由の1つだったかもしれない。


「よう、久しぶりだな。」

「うん。」

「土方さん、こんにちは。お仕事お疲れ様です。」

「銀ちゃんに会えて良かったアルな。この私に感謝するヨロシ。」


たまには3人で買い物にでも行きたいと神楽が言い出したので定春に留守番をさせて万事屋を出たのが少し前のこと。それからほどなくして土方に出くわしたのだ。神楽がえへんと胸を張ると土方は僅かに相好を崩してお団子頭をひと撫でした。銀時だけではない。銀時が護りたいと思うものまでこの男は愛おしもうとする。銀時も銀時の過去も銀時が大切に思うものも全て。


「お前ら、これで何か食って来い。ちょうどいい時間だろ。」


新八と神楽は土方にお礼を言ってお札を受け取ると3時のおやつだと足取りも軽く駆けて行った。買い物は自分達がやっておくから2人でゆっくりすればいいと言われてしまえば子供達の背中を見送るしかなく。銀時は土方に向き直った。


「わざわざ悪いな、何か気ィ遣わせて…」

「お前と2人で話したいからな。気にするな。」


土方が少し照れくさそうな声で答えた。


「最近浪士共が活発に動き回りやがって忙しかったんだ。連絡できなくて悪かったな。」


今も監察の仕事中である山崎を訪ね、張り込みの報告を聞いてきたところだったらしい。時間が作れなかったことを謝る土方に対して銀時は何も言えなかった。


「……」


このまま会わなくなったとしてもそれはそれでいいと思っていた。本当はそうなってしまうのが怖いくせに強がって自分の心を偽ることは得意だった。


「お前に会えねェのは寂しかった。」


そんなことを言われてしまえば距離を取らなければと思う心が切なさを訴える。土方が愛おしくて苦しくなる。あぁ好きだなと、この男に会う度にそう思ってしまうのだ。だから。


「無理だけは、するなよ。一応気には、してるから。」


土方が目を見開いてまじまじと銀時を凝視する。その青に近い夜色の瞳が嬉しさに撓んでいく。その様に惹き付けられて唇が震えた。


「お前に心配されるのって悪くねェな。」


男らしい手が伸びてきてくしゃくしゃっと頭を撫でられた。突然のことに反応ができず動くことができなかった。我に返った銀時は土方から後退るように離れた。


「おまっ…ここ往来…!」


別にいいじゃないかと土方が笑う。そういうのは本当にずるい。ずるくて卑怯だ。


「おい、よくねェよ気にするに決まってるわ!ほんとお前馬鹿なの?」

「そんなに怒るなよ。可愛いな。」


土方が柔らかく笑んだ。ただ切なくて胸が苦しかった。これ以上踏み込むなと警告する自分とこのまま傍らに居たいと願う自分がせめぎ合う。この男がこんな風に笑い掛けてくれる日が続けばいいのにと思う。自分を忘れて早く別の誰かに笑った方がいいのにと思う。自分に伸ばされた手を握り続けていたいと思う。早くその手を振り解いてしまいたいと思う。好きなのに彼を想えばこそ好きと言えない。自分はどこまでも矛盾している。けれど。けれども。近付けば近付くほど土方の熱を知って、そうなってからはもう離れられなくなってしまった。結局どうしたって自分はこの男が好きなのだ。それだけは変えようのない事実だった。



*****
2人の逢瀬の場所は万事屋であったり馴染みの居酒屋であったり密やかな雰囲気の連れ込み宿だったりする。土方の方から訪ってくれるのでかぶき町界隈で過ごすことが普通だった。そして決して頻度は多くなかったけれど、土方の自室に招かれることもあった。


今から会いたいと昼間に突然連絡があり、その日は珍しく真選組屯所へと行くことになった。隊士達は銀時に好意的であり、すれ違う度に誰もが挨拶をしてくれた。勝手知ったる風に廊下を進んで見えてきた部屋の前で立ち止まり、土方の名前を呼ぶ。応えを確認してから障子戸を開けて足を踏み入れた瞬間、僅かな息苦しさと共に視界が黒になった。銀時補給がしたかった。次いでどこか切羽詰まった声が耳朶のすぐ側で響いた。


「あぁ、銀時だ。」


銀時の腰に両腕を回して噛み締めるように、存在を確かめるように土方が呟く。内勤の書類仕事に追われていたのだろう。自由になる首をそっと動かしてみたら文机の上に積まれた書類の山が目に入った。後ろ手に障子を閉めている間にも土方がぎゅうぎゅうと抱き付いてくる。この男のこういうところが可愛くて、愛おしさが溢れて堪らない気持ちになってしまうのだ。


「はいはい、俺が恋しかったのね、副長さん。」


わざとおどけた調子で言ってやる。会いたいと言われて会いに行って。これからもこんなことを続けていいのだろうか。続けていけるのだろうかと思わない訳ではなかった。銀時の思考を遮るように土方が安心しきった吐息を洩らす。それに小さく苦笑しつつ、銀時は腕の中からそっと逃れた。


「まだあんなに残ってんだろ、はい、仕事の続き。」


土方の背中をぐいぐい押して文机まで移動して座るように促した銀時は、土方の背にもたれるように身体を預けて一緒に座り込む。いわゆる背中合わせの体勢のまま、後ろから土方の顔を覗き込んだ。


「ま、これなら寂しくねェだろ。」

「銀時、お前…」


土方が自分を求めるのと同じように今は間近にある温もりに触れていたいと思った。この心を誤魔化すことはできそうになかった。土方がふっと笑む気配が背中越しでも十分に伝わってくる。筆を持つ手を動かし始めた彼に体重を預けたまま銀時はゆるりと目を閉じた。昨日は久しぶりに大きな仕事が入って遅くまで働いたのだ。障子を閉めていても柔らかな午後の陽光がこの身に静かに降り注ぐ。土方の背中に自身の背中をぴたりとくっつけてその体温を感じているせいか、段々眠くなってきた。緩やかなまどろみが銀時を夢の世界に誘おうとするが、頭を振って眠気を追い払った。今は夢の中へと旅立つよりも土方の傍らに居る心地良さを感じていたい。そう、自分はいつもいつも土方のことばかり考えてしまう。愛おしい。特別。可愛い。格好良い。護りたい。大切。土方を想うと優しい温もりが溢れ出してくる。だから自分は。


「俺、お前が好きだからなぁ。」

「え?」


土方が勢い良く振り返る。体勢を崩した銀時は右手を突いて傾いだ上半身を支えた。そろりと向き直った先にある濃い青の瞳が自分を見つめて大きく見開かれている。


「……っ、今…俺…」

「口に、出てた。お前、好きって…」


あぁ、しまった。こちらが後悔と焦りを感じるより早くぶっきらぼうに言い放った土方の頬が色付いていく。あぁ、やってしまった。絶対に言うつもりなんてなかったのだ。これから先、いつか離れる時がやって来る。それが分かっているから言わないでおいたのに。唇を強く噛んだところで零れ落ちた言葉を取り戻すことなどできやしない。銀時は土方の視線から逃れるように顔を背けた。


「き、聞き間違いだよ、俺何も喋ってねェよ。うん、空耳じゃないかなぁ。」

「銀時。こっち向け。」

「…っ、」


土方の指が頬を撫でる。お前が愛おしいとはっきり分かってしまう触れ方だった。好きだと言ってしまえば。それが彼の足枷になるのではないか。彼の未来を狭めてしまうのではないか。 そう思えて怖かった。その二文字の言葉が言霊になって彼だけではなく自分までも縛り付けて身動きが取れなくなってしまうのでないか。そう思えて言葉は音にならなかった。でもそれは臆病な自分の身勝手な思い込みで。本当は違ったのだ。土方の表情が答えをくれた。その穏やかな表情が銀時の心をゆっくりと温めていった。だからこそずっと心にかかえていたことを言わなければならないと思った。


「……本当はさ、お前の為にいつかは離れようって…ずっと思ってた。」

「何だそれ。」

「それがお前の為だと思ってた。」


土方がその端正な顔を歪めて眉を寄せる。


「お前って奴ァとんだ大馬鹿野郎だな。俺の為に、じゃねェよ。お前はどうしたいんだ、銀時。」


諭すような声が鼓膜を震わす。お前に好きだと言われてどれだけ嬉しいか分かるか。俺の為だから離れようと思ってたって言われてどれだけ悲しいか分かるか。俺がどれだけお前が好きか分かるか。土方が銀時の手を取って強く握り込む。嬉しかったともう一度喜びの言葉を銀時に伝えた。好き。たった二文字の言葉。どうして今まで言わずにいたのだろう。どうしてその言葉を伝えることなく傍らで過ごすことができていたのだろう。馬鹿なことをしていたのだと思った。いつかを恐れて自分が傷付かない為に言わなかったことを今さらながらに酷く後悔した。


「お前に好きって言っていいのかな。」


今さら何言ってやがると耳元で囁かれた声は震えて掠れていた。


「俺、土方が好きなんだ。」

「言うのが遅せェよ。」


強い力でぎゅうと抱き締められる。俺もお前が好きだからと全身で訴えるように背中に腕を回された。何度でもこうして抱き締めて欲しい。そんな銀時の願いなど簡単に伝わってしまうらしい。背中に回された腕に力が篭った。どうしようもなく嬉しくて、少しだけ泣きそうになった。この男の側から離れなくてもいいのだ。それがどれほど心を満たすのか。この口を開いて言葉にしてもきっと全てを伝えることはできないだろう。


「今までずっとお前の本心が見えなかった。」


銀時を両腕に閉じ込めたまま土方がぽつりと呟いた。


「やっと言ってくれたな。」

「……遅くなっちまって、悪ィ。」

「一緒に飲んだあの夜、お前は幸せだっつったが、俺にゃ全然そうは見えなかった。」

「……」


あの夜のことを思い出すと苦いものが込み上げる。いつか土方から離れることを考えて、だからこそ好きだと言うまいとしていた自分。数週間前の自分が今の自分を見たら泣き笑いの表情になりそうだと思った。


「ごめんな。俺、やっぱお前の側から離れたくねェよ、土方。お前が好きだから。」

「離す訳ねェだろうが。お前は俺が本気で惚れて幸せにしてェと思った奴なんだ。」

「ありがとな、土方。」


そう言ってくれて嬉しいよ。この男に好きだと言われるだけで、きっとそれだけでもう十分なのだ。これからも一緒に歩いて行けるのならば、それだけでもう幸せなのだ。それが銀時の中の確かな想いだった。


「俺さ、今幸せだから。」


土方の瞳を真っすぐに見つめて、もう一度だけ、お前が好きだと愛の言の葉を紡いだ。





END






あとがき
銀ちゃんは相手のことを想うからこそ、自分の気持ちをあまり表に出すようなことはしない人なんじゃないかなぁと思うので、土方さんもそれが分かっているからこそ、うっかり言ってしまった銀ちゃんの気持ちが嬉しいはずですよね。お前の心をちゃんと貰えたんだと。


ちょっぴり切ない感じにしたいなぁと思うと銀ちゃんが乙女になるのが通常運転になってしまって申し訳ないですが、少しでも気に入って頂ければ嬉しいです(*´ω`*)

ユキハナ様、この度は素敵なリクエストをどうもありがとうございました!

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