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ひとつきりの甘やかな
ANZU様から110000HITリクエストで頂いた『銀ちゃんが可愛くて可愛くて甘やかしている所を近藤さんと山崎に見られてあたふたする土方さんと恥ずかしがる銀ちゃん』のお話です




土方十四郎という男は惚れた相手に対してそれはもうとことん甘くなる。真選組の副長として刀を振るっている時に見せる怜悧な空気とは正反対の、まるでそう、砂糖を蜂蜜で煮詰めたみたいな甘さ。銀時はその男のそれを実によく知っていた。自分が何故そんなことを知っているのかと言えば、土方のそれがこの身にただ一心に向けられていることを理解しているからだった。


土方との関係について、会えば喧嘩ばかりしていたはずなのにどうしてこうなったのだろうと今でも時々不思議に思うことがある。けれども土方の真っすぐな恋情はどうしようもないくらいに心がくすぐったくなって。例えば、切れ長の瞳が銀時を映して幸せそうに細められたりだとか。癖っ毛であまり好きではないこの銀色の髪をくしゃりとかき撫でて綺麗だと囁いてくれたりだとか。肌を辿る指先の熱から溢れる愛おしさを伝えてくれたりだとか。彼のそういう全部がこの心を柔く震わせるから幸せで息が詰まりそうになってしまう。疲れて立ち止まりたくなったら肩を貸してやるからと、そっと銀時の心に寄り添って土方はいつも優しく微笑んでくれる。そんな時にいつも思うのだ。この男は惚れた相手にはこんなにも甘くなるのだなぁと。こんなにも愛情を与えてくれるのだなぁと。まるでそれは砂糖を蜂蜜で煮詰めたみたいな甘さ。他人からすれば胸焼けがするくらい甘すぎるのかもしれない。けれどもいつしかそれは銀時の中で酷く甘美な味になっていた。それはそうだろう、何せ自分は大の甘党であるのだから。


ふわりふわりと意識が浮上していく。淡い朝の光に目覚めを誘われるようにゆっくりと瞼を開いたら、悔しいほどに整った顔が口元に優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。まだ頭はぼうっとしていたが、距離の近さに驚いて布団の中で肩を揺らすと、おはようと楽しげな声が返って来た。


「……おはよう。」


唇と唇が今すぐにでも触れ合いそうな、この距離で見つめられるのにはいつまで経っても慣れそうにはない。羞恥心がじわじわと内側を侵していく。何か話すべきだろうかと思いつつも黙って土方の端正な顔を見ていたら、腕を引かれて剥き出しの肩に軽く歯を立てられた。


「や、ひじかた。」


甘噛みのそれはこの男が自分に甘えているようにも感じられて頬が自然と緩んでしまう。好きだという気持ちは正直だ。片方の手で真っすぐな黒髪をかき混ぜてやると抱き付いてくる腕の力が増した。


「銀時、可愛い。」


耳朶を食むように甘い言葉が注ぎ込まれる。この男は寝起きの銀時を可愛いと言うのだ。起きたばかりの自分にはあどけなさがあって、土方は銀時のその表情が大層お気に入りらしい。そういう表情を自分だけが独占している。それが嬉しいのだと言う。


「可愛い言っても別に何も出ねェからな。それと今日は出掛けるって約束覚えてんだろうな?」


今日は土方が非番の日だった。そういう日は新八と神楽が変に気を回して2人きりにしてくれる。いい歳した大人でしかも同性同士で、それ以上に土方と付き合ってますと口にするのがものすごく恥ずかしくて子供達には何も言わないでいた。けれどもこの男が非番の日や夜勤上がりの朝に万事屋の戸を叩くようになったから自然と関係がばれてしまった。


「銀時。」


後ろから抱き込むように腕を回して土方がぴたりとくっついてくる。午前中から予定を入れた訳だからこのまま昨夜の行為に繋げようとはお互い思っていない。だがこうやって触れ合っていると甘えたくなってしまう。甘えていいのだと許されてしまう。それがどうにも心地が良くて。


「やっぱあと5分だけ。」


このままがいい。そっと囁いて引き寄せた土方の手のひらに頬を擦り寄せた。






坂田銀時という男は自分から欲しいものに手を伸ばしはしない。そのくせ自分自身よりも他人を優先することを少しも厭わないのだ。土方はその男のそれを実によく知っていた。すぐ近くで何度もそんな場面を見てきたし、土方自身も銀時に心を救われたからだ。彼はその身が傷付くことも怖れず、自分の世界を護ろうと藻掻いている。もしかしたらたくさんの大切なものを喪ったつらさが今もまだ彼の心の奥底にあるのかもしれない。それならば、と土方は思う。自分が彼をこの愛情で包んでやりたい。お前に惚れている、お前をこんなにも愛していると教えてやりたい。それが土方の小さな、けれども絶対的な願いだった。


銀時との関係について、会えば憎まれ口ばかり叩き合っていたはずなのにどうしてこうなったのだろうと今でも時々不思議に思うことがある。けれども銀時からの不器用な愛情はどうしようもないくらいに胸を熱くさせた。仕事が忙しくても別に心配なんてしてないからと言いつつ、番号を間違えたと誤魔化して電話をくれたり。ただの依頼の帰り道だからとくどいくらいに繰り返して屯所に顔を見せに来てくれたり。彼が自分にだけくれる温かなそれが酷く愛おしいから。お返しのように恋人である銀時を甘やかしている自覚があった。可愛くて可愛くてどうしようもないから。それが一番の理由だ。銀時は自分から欲しいものを言うことはない。それなのに土方を想って優しい愛を与えてくれる。だからうんと甘やかしてやりたくなるのだ。


かぶき町の大通りにできた洋菓子店。その店が本日銀時を甘やかしてやる場所だった。店内のイートインのコーナーが充実しており、選んだスイーツにデコレーションが加えられた物をその場で食べることができるので開店してまだ間もないが既に人気の店になっていた。非番だからどこかに連れてってやるぞと言ったら、その店がいいときらきらした瞳でおねだりされたのだ。


「あーもう幸せ!生きてて良かった!」

「そうか。そりゃ良かった。」


美味い美味いと感想を口にしてふんわりと笑う恋人はいつにもましてこの目に可愛らしく映る。


「お前が幸せだと俺も気分がいい。」


伸ばした指の腹で銀時の左手の甲を優しく撫でてやる。銀時は何か言いたそうに口を開きかけたが、すぐに噤んで目の前に置かれたシフォンケーキを堪能しようと必死になった。下を向いて俯き加減になっているが、じわりと色付いた耳朶がこちらからは丸見えだ。どうしたらいいのだろうか、愛おしさが今にもこの身体から溢れ出してしまいそうだ。


「あれ?トシに万事屋じゃないか!」


突然背後で響いた朗らかな声に土方は大きく目を見開いた。甘やかな思考が一気に現実の世界に引き戻されていく。今のは聞き間違いであって欲しいと思ったが、食べかけの皿を前にしてぴしりと固まっている恋人を目にしたら、そんなものは無理な話だよなと静かに笑うしかなかった。


「こんな所で非番のお前に会うなんて偶然だなぁ。」

「……近藤さん、何であんたが…」

「俺か?俺はお妙さんにケーキをと思ってな。この店人気があるらしいからなぁ。ちなみにザキも一緒だ。1人じゃさすがに入りづらくてな。」


着物姿の近藤の後ろから隊服をかっちり着込んだ部下が気まずそうに姿を現す。どうやら非番の局長に無理矢理付き合わされて困っているのだろう。だが困っているのはこちらも同じだ。土方は近藤に銀時との関係を告げていない。というより真選組の仲間達に誰1人として公言していない。目の前の山崎や総悟のように敏い者は気付いているようだが、基本的には秘密の恋なのだ。だからこそこんな風に見つかってしまった時の対処法や言い訳は以前からある程度考えてはいた。考えてはいたのだ。だが頭の中での想定と実際の現実は大きく違う。冷静になれと自分自身に言い聞かせれば言い聞かせるほどに動揺と焦燥が酷くなった。


「総悟から聞いてるぞ。お前らはデートだよな。いいなぁ。」


でーと。その単語に土方と銀時の2人は同時にびくりと身体を震わせた。


「ち、ちち違うからねこれは断じてそうじゃなくて違うから違うよあれだよ、あれ。」

「そ、そうだこいつの言う通りだ、近藤さん。断じて違う。」


混乱してしどろもどろになる銀時につられて土方もおろおろ視線を彷徨わす。あたふたする自分達の姿は何とも哀れに見えたのだろう、複雑な表情の山崎と目が合った。


「あの…副長、隠してるつもりなのかもしれませんが…」

「な、何のことだ。」


山崎の言葉に被せるように声を出してその先を言わせまいとした。それからそのまま深呼吸をひとつ。一旦落ち着く為にとりあえず煙草を吸おう。土方は店のテーブルの上に置いていた愛用の煙草に手を伸ばすと箱から1本取り出し先端に火を点けた。


「副長、煙草逆さまです。」

「……っ!」


それじゃあ吸えないでしょ。どんだけ動揺してんですか。若干の呆れが混じった監察の声に図星を指された土方は下を向いて黙り込むしかなかった。


「旦那も耳真っ赤ですよ。ちょっと落ち着きましょうよ。」


山崎の指摘に土方は下げていた顔を勢い良く上げる。彼の言葉通りに銀時の白い耳が綺麗なまでに赤く色付いていた。それだけではない。口元を手で隠しているせいで羞恥に潤んだ瞳が濡れたように光って見える。堪らなく可愛らしく、蠱惑的だった。


「真っ赤になりやがって可愛くて仕方ねェからやめろ!」


銀時に向かって何だか酷くずれたことを言ったような気もしたが、とにかく一刻も早くこの店から立ち去らねばなるまい。土方の頭は大捕物で指揮を執る時のように一瞬でこの後の自分達のなすべき行動を弾き出した。銀時の手首を掴んで無言で席を立つと、その手を引いたまま素早く会計を済ませて店の外に出た。銀時を早くこの場から連れ出すことだけに意識を集中させていたので、土方は残された近藤のぽかんとした表情と山崎の苦笑に気が付くことはなかった。






人気の洋菓子店で美味しい思いをした後にも色々と午後の予定を考えていたのだが、銀時は土方のされるがままに手を引かれて万事屋へと帰って来た。近藤と山崎の悪意のない、だからこそ容赦のない言葉に耐えられなかったのは土方だけではないので仕方がない。居間に上がり込んで2人して嵐が去った後のようにぐったりしていたが、お茶を飲んで気分を落ち着かせ、ようやく人心地ついた。銀時は頃合いかなと小さく笑った。本当はずっと言いたかったことがあった。ずっと訊きたいことがあった。砂糖を蜂蜜で煮詰めたみたいな甘さで甘やかしてくれる土方。密やかな恋で銀時を甘く包んで甘やかして。許されているのだと思っても、それでも自分はいつまでもそれを受け容れていてもいいのかと、土方の手を取って甘え続けてもいいのかと、心の奥のどこかで考えていた。


「お前はもう恋なんてしないって思ってた。」

「銀時?」

「お前の初恋のこととか考えたらよォ。」


だから本当に俺なんかでいいの。俺なんかをこのまま甘やかし続けてたら後できっと大変なことになるよ。口には出さずに瞳だけで彼に問い掛ける。土方の凪いだ海のような瞳が銀時の視線を受け止めた。


「お前は恋なんて…」

「もう恋なんざしねェよ。銀時、お前との恋が俺の最後の恋だ。」

「土方…」


あぁ、この男は惚れた相手にはこんなにも甘くなるのだなぁ。こんなにも愛情を与えてくれるのだなぁ。いつか頭を過ったことが思い出された。土方は迷いない瞳で静かに頷く。それから銀時を引き寄せて耳元で言葉を紡いだ。お前がどうしようもなく可愛くて好きで堪らないから俺に甘えてくれと。


「土方、お前も大概な奴だよな。こんなおっさんを甘やかしたいとか。」


だけど。そこまで言われて突き放すことなどできる訳がない。この身を預けない訳がない。ならば自分は彼に少しだけ寄り掛かって、これからもその腕の中で甘えさせてもらおう。


「結局、近藤さんにばれちまったな。」


銀時の右肩に顎を乗せて土方が呟く。僅かに諦めが滲む声色に銀時は喉の奥で笑った。


「お前が俺に甘々だから、ま、いつかばれちまったと思うし、別にそれはもういいけど。つーか土方くん慌てすぎだったから。」

「お前だって真っ赤になりやがって恥ずかしがりすぎだろ、あれは。」


お互い様だと土方は銀時に言う。それはそうかもしれないが、この男の愛情から来る行動は本当に甘くてどうしようもないのだ。


「だってそんなの…お前が俺のこと可愛い可愛いっつって甘やかしてくれっから、そういうの見られたらそりゃ真っ赤にもなるわ!2人きりの時ならまだしもよォ…」


一気にまくし立てたら土方はぱちりと瞬きをした。


「もう大抵の奴らにゃばれちまったんだし、今度からは見せ付けてやるか。いや、でも俺に甘える可愛いお前は誰にも見せたくねェな。俺だけに、だからな。」


そんなことを言い出すものだから勘弁して欲しいと思うのに。目を細めてこちらを見つめてくる土方がとても幸せそうだから。結局は甘やかされてやるかと、そう思ってしまうのだ。






END





あとがき
素敵なリクエストを頂いたのにあまり2人があわあわしていなくて申し訳ないです。あたふたする前後の甘い雰囲気まで書きたくなってしまいまして^^ゞ

土方さんは銀ちゃん馬鹿な所が絶対にあると思うので、きっと優しく甘やかしてあげるんだろうなぁと思うと、本当に素晴らしい旦那様ですね。銀ちゃんも目一杯甘えていればいいよ!と思います

ANZU様、この度は素敵なリクエストを本当にありがとうございました!

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あきゅろす。
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