[携帯モード] [URL送信]
理屈じゃない
恋は理屈じゃないよ、というお話です




【理屈】
・道理。理論。
・ある分野や状況を左右する根拠である原則。
・信念または行動の合理的な動機。




思えば今日の土方は、最初から最後まで銀時の知る普段の彼とは違っていた。


馴染みの飲み屋で偶然顔を合わせても、お互い声を掛けることすらなく、肩が触れないように離れたカウンター席に座る。そして一度も言葉を交わすことなく、それぞれが好きなように飲んで食べ、それでいい具合に酔えた頃合いでバラバラに店を出る。今日もそのはずだったのに。


「なぁ、ここ、座らねーか。」


今日も偶然会ってしまったことに自分と同様に僅かに目を見開いて驚いた表情を見せた土方が銀時の姿を捉えると手に持っていた飲みかけのビールのグラスを置いて、自分のすぐ隣の椅子を軽く叩いてみせた。


「は?え…?」


隣に座れ、なんて。おいおい、もう盛大に酔っているのかと思ったが、こちらを見つめる顔は赤くはないし、口調もはっきりとしているから全くそうは見えない。ならば、一体どういう意図があるのだろう。銀時が黙りこくって突っ立ったままでいると、目の前の黒い着流しの男は早く座れよと淡々と呟いた。


「えーと、」


そう仲が良くもないのに隣に座れと言われて簡単に座れるはずがない。それは至極当然のことだ。だから、銀時は土方が指定した隣の席から1つ飛ばした右側の席に座った。土方は明らかに何か言いたそうな表情を見せたが、店内も混んではいなかったので銀時は気にせず、その席を移動することはしなかった。それでも普段よりもずっと距離が近い。初めてこんな近くに座るのだから。端正な横顔がよく見えて無駄に男前な奴なんだよなと、少しだけ腹が立った。


「銀さん、何にするかい?」

「あ、ああ…そうだな…」


愛想の良い小柄な店主の声で、土方の横顔を眺め続けていたことに気付き、銀時は勢い良く首を動かして店主に視線を向ける。今日はちょっと寒いから、あったまるのちょうだいと答えると、笑顔で熱燗を渡された。


「あー…あったまるぅ。」


そのままちびちび飲んでいると、カウンターの中から手が伸びてきて、これなんか合うよ、と刺身の盛り合わせと牛すじの煮込みも手渡された。いい肴を見繕ってもらったので店主に礼を言うと、まずは刺身からだと銀時は箸を伸ばしてまぐろの切れ身を口に含んだ。


「うまっ!やっぱ刺身はまぐろだよね〜。」


万事屋で口にする質素な料理とは違って、ここの居酒屋は素材が良くて美味い料理と酒を安価で楽しめるのだ。普段なかなかできない小さな贅沢に自然と顔が綻ぶ。よっしゃ、次は軟らかく煮こまれた牛すじだ、と陶器の小鉢に目を向けようとして、銀時は左肩に強い視線を感じた。


「……なんだよ。」

「いや、本当美味そうに食うなと思ってな。」

「……」

「てめー、今日は熱燗にしたんだな。」


土方が銀時の手の中の御猪口に視線を移す。銀時も土方につられて視線を手元に落とした。温められた日本酒が室内の灯りを受けて光って見える。小さな水面には変な顔した自分が映っていた。先ほどのことといい、やはり今日の土方はどう考えてもいつもと違う。いきなり話し掛けられた驚きにどう答えるべきかと迷ったが、別に変に緊張したり身構える必要などない、普段通りにすればいいのだと判断した。


「だって、今日は冷えてんだろ?ここに来るまですげー寒かったし、だから…」

「万事屋、お前、寒いの苦手そうだよな。どうせ朝も起きれねーんだろ?」

「なっ、そりゃ…確かに最近寒くて午前中まで起きらんねーけど、寝る子は育つ、だから別にいいんだよ!銀さんの心はいつまでも少年だからね!だからたくさん寝てもいいんですぅ。」

「何だそりゃ。やっぱ小さなガキみてーだな、てめーは。」


土方がくつくつと喉を鳴らして楽しそうに笑った。いつもはそんな風に饒舌ではないくせに。それになんでそんなに楽しそうなんだ。一見そうは見えないだけで、やはり本当は酔っているのではないだろうか。銀時は一瞬そう思ったが、その考えをすぐに打ち消した。ビールを何杯か呷った程度でこの男がすぐに酔うはずもない。何度も見てきたのだから、それくらいは分かるのだ。だから土方は酒に酔ってそのせいで気分が良くなって話し掛けた訳ではないのだろう。ならば何故こんなにも柔らかな雰囲気で見つめてくるのだろうか。いくら考えてもすぐに答えが出ることはなかったが、くだらない話をして言葉を交わすのはそう悪い気分ではなかった。初めて見る土方のどこか優しげな表情も。


「はいはい、ガキで結構ですー。」

「てめー、毎日が楽しそうでいいよな。」

「あ、ああ…楽しいよ。銀さんは毎日楽しくやってっからね。」


悪くはない。そんな風に思ってしまったからなのか、銀時は先に店を出ることなく、結局最後まで土方の側から離れることはなかった。頭の中は勿論疑問符だらけだったが、土方と過ごすこの時間が何やら少しだけ心地がいいと思えたのだ。ちゃんと話してみると、案外いい奴なんだよなと思わずにはいられなかった。






「まさかお前が払ってくれるなんて、思ってもみなかったわ。そりゃすげーありがたいんだけど、一体どういう風の吹き回し?」

「……」

「なぁなぁ、ひじかたー。」


小さな居酒屋でお互いに満足するまで酒を酌み交わして。月が随分と高く昇った頃になって銀時と土方は店主に声を掛けて店を出たのだった。


「なぁ無視すんなよ。俺の話聞いてんの?」

「……」


銀時の問いに答えることなく黙って先を歩いていた土方が不意に歩みを止めた。つられるように銀時も立ち止まる。


「土方?」


振り返った土方が銀時の右手首を掴んだ。一瞬何が起きたのか分からなくなりそうだった。それらいの衝撃があった。


「お前、なに…」


掴まれた部分がじわじわと熱を帯びていく感覚に戸惑いが生まれ 、今すぐ土方の手を振り解くべきだと思ったが、月明かりの下で光る瞳は真剣そのもので、どうしても目を離すことができなかった。掴まれた腕も自分からは解けなかった。


「万事屋。」


いつも呼ばれているのに、今まで耳にしたことのない声色に小さく肩が跳ねた。万事屋と紡がれた音の中に土方の身の内にある様々な感情が込められているように感じられて、銀時は瞬きもできずに土方を見つめた。今日は月の光が足元までよく届いて土方の顔がはっきりと目に映った。夜の帳の中でそっと輝く瞳が綺麗だなと思ったのは、果たしてどちらだったのだろう。


「俺は、お前が好きだ。お前に惚れてんだ。」



*****
大切なものを拾っては喪うことを繰り返しながら生きてきて。気が付けば、大切なものをまたたくさん両手に抱えていた。その大切な存在を護る為に今の自分は時として剣を振るい、自分の信念を貫き続けている。だが、その護るべき者の中に土方は入ってはいなかった。それは土方のことが嫌いだから、ということでもなく、彼は護る必要のない存在だと思っていたからだ。土方も自分と同じように誰かを護る側の人間だ。そんな風に考えれば、自分と土方は似た者同士、対等な関係なのかもしれない。その土方から数日前に好きだと言われてしまい、普段からあまり物事に動じない銀時でも、さすがに困惑していた。


「だってさ…」


今までそんな素振りなど一度も見せなかったではないか。喧嘩、とまでは言わないにしても憎まれ口を叩き合ったり、からかい合ってばかりだった。それなのにいきなり好きだなんて言われても困る。あんな顔をされても困る。


「あー、駄目だ…」


手首を掴まれた時に見た、必死な顔とその時に感じた手のひらの熱を思い出してしまったら、頬が熱くなった。好きだと、そういう意味を込めて求められたことなど今まで一度もなかったから、どうしていいのか分からない。ただ言えることは、それは決して嫌悪を感じるものではなかったということだ。土方に好きだと言われて戸惑いこそすれ、気持ち悪いとか絶対に嫌だとは思わなかった。それが、意味するのは。


「ただいまヨー!」

「ただいま、銀さん。今日は色々安く買えましたよ。今日の晩ご飯は期待しててくださいね。」


銀時が思考の海に沈みかけていたところへ買い物袋を提げた新八と神楽が帰って来た。外は晩秋の風が冷たかったのだろう、2人共きちんとマフラーを巻いて上着を着ていたが、頬が赤くなっていた。それでも彼らが楽しそうに笑っているのは若くて元気な証拠だ。新八と神楽、それに定春は銀時にとって最も近しい家族のようであり、この手で護りたいと思う大切な存在だ。それはこれからもずっと変わることはない。


「そうそう、銀さん、僕ら、お仕事中の土方さんに会いましたよ。」

「ひじかた、に…!?」


情けなくも声が上擦る。意識しすぎだと動揺する自分自身が情けなかった。


「銀ちゃんによろしく伝えてくれって言ってたネ。」

「あー…そう。」

「でも土方さんが銀さんのことを気にするなんて珍しいですね。まさか…僕達の知らないところで、また真選組に何かお世話になったんじゃないですよね?」

「そうなの?銀ちゃん、また何かやらかしたアルか?」

「は?ちげーよ、何かしたのは俺じゃなくて、寧ろ…あっちで…」

「銀ちゃん?」

「銀さん?」


土方の端正な顔が再び脳裏に浮かぶ。またもや体温が上昇したような気がして、銀時はなかなか消えてくれない脳内の残像を追い払うように強く頭を振った。


「あーもういいから!別に俺何もしてないからね。だから、この話はこれで終わり!はーい、おしまい。よし、じゃあおやつにしようぜ、おやつ。ぱっつぁん、お茶の準備だ。」


銀時は子供達の肩に腕を回して大切な家族を自分の方に引き寄せた。おやつという単語に2人は冷蔵庫に残っている依頼先からのケーキを思い出して目を輝かせたが、まだ少しだけ訝しむ表情をしていた。そんな2人に銀時は早く食おうぜと精一杯の笑顔を浮かべると、何とか無理矢理土方の話を終わらせたのだった。






それから1週間後の昼下がり、かぶき町の大通りをのんびり歩いていた銀時は、巡回帰りの土方に偶然出会った。こんな風にばったり会うのは何もこれが初めてではない。だからそこまで驚きはしなかったのだが、あの夜のことを考えるとどんな顔をすればよいのか分からなくなって言葉に詰まってしまった。


「よう。」

「…あー、うん。」


好きだと言われてから会うのはこれが初めてだった。特に会話が続くこともなかったが、黙ってこちらを見つめてくる土方の瞳が前よりずっと優しさを湛えているように感じて、銀時は何ともこそばゆい気分になった。


「えーと、副長さんは、その…毎日お仕事大変そうじゃん。」

「まぁな、それなりに忙しい。」

「俺もここ何日かは依頼が続いてさ、ちゃんと頑張ってんだぜ。」

「ガキ共にいいもん食わせてやれよ。」

「分かってらァ。俺、社長だからね、心配しなくても大丈夫。」


いつも通りの調子でそう答えてみたら、土方はまた柔らかな雰囲気で、そうか、と頷いてくれた。銀時は以前とは明らかに違う男をじっと見つめる。あの日の飲み屋での出来事以降、自分達の関係はきっと大きく変わってしまった。変えたのは、土方だ。けれどもそのことで彼に文句を言おうとは思えなかった。目の前のこの男から発せられる熱い眼差しを心地良いかもしれないと感じてしまったから。


「お、俺、じゃあ…そろそろ行くわ。」


先に背を向けたのは銀時の方だった。このまま土方と言葉を交わし続けていたら、マフラーで隠しきれずに変な顔を晒してしまいそうだったからだ。背中越しに見つめられているような気がしたが、今は振り返ることはできなかった。やはり土方のことをちゃんと考えなけらばならないなと思いながら、銀時は秋の風に揺れるマフラーの先を見つめた。



****
丸い月が煌々と輝いている。銀時は真選組の屯所を囲む背の高い塀を1人で見上げていた。今日、夜になって自分からこの場所に足を運んだ。数日間、自分の心と向き合ってみて土方と話をしようと思ったのだ。けれども話がしたいと面と向かって本人に言えるはずもなく、何の約束も取り付けてはいなかったので、こうして今から忍び込む訳だ。土方にしか用はないし、他の隊士達と顔を合わせるのは何だか気まずかった。だからこれでいい。土方の部屋は屯所の一番奥まった所にあるのは知っていたので、銀時は道に沿ってぐるりと回って大体の場所に当たりを付けると、そのまま勢い良く塀を登った。


「よっ、こんな時間までお勤めごくろーさんだね〜!」


よじ登った格好のまま片手を挙げて大きな声で呼び掛けてみると、開けっ放しになっている障子の向こう、机に向かって書類仕事をしていたらしい土方が顔を出して酷く驚いた様子で銀時を見上げた。


「なっ、万事屋…!?」

「そうだよ。お邪魔しまーす。」


銀時は身を乗り出して音もなく屯所内に降り立つと、そのまま庭を横切って土方の部屋に上がり込んだ。


「えーと、やっぱ驚いた?」

「驚くだろ、普通。門から入れ、門から。」


これじゃ不法侵入じゃねーか。隊服の上着を脱いだベスト姿のままの土方は腕を組んで困ったように溜め息を吐いた。だが、銀時が自分から会いに来てくれたことに嬉しさを隠せない表情も見せた。そんな顔も初めてだ。もしかしたら土方はずっとそういう表情を見せたかったのかなと思ってしまい、自分も大概だなと銀時はこっそり笑った。


「土方、おめーともう一度ちゃんと話がしたくて。」

「そうか。」


こうして土方と2人で向き合う時間は悪くない。今ではそう思う。何だかほっと安心できるような気分になる。だから自分もこの男と同じ気持ちなのだろう。けれどもそれだけを抱えることはできなかった。銀時には土方に対するものとはまた違った想いを向ける、護るべき者達が居る。だから。土方から貰った熱を思い出して心が震えたとしても。


「俺には護るもんがたくさんある。だから、土方、お前を優先するとか、そういう器用なことは、どうしても俺にゃ…」

「俺にだって護らなきゃならねーもんがある。それは、万事屋、確かにお前が一番じゃねーな。だが、」


土方は言葉を切った。そして射抜くように銀時を見つめた。次いで和らいだその瞳に不覚にも見惚れてしまった。


「ただ、お前の側に居たい。それは、駄目か?」

「土方…」

「お前の傍らで生きていきたい。駄目か、銀時。」


気付いたら、伸ばされた腕を受け入れていた。少し乱暴な口付けも一緒に。


「…おめー馬鹿だね。つーか、物好き?こんなふらふらしたおっさんがいいとかさ。…あと、そういう言い方は、やっぱ…ずりぃよ。」

「ずっと我慢してきた。だけどな、もう限界だった。一緒に酒が飲みたかったし、目が合えば嬉しいんだって伝えたかった。ずっとそうしてェなって思ってた。だから、そうした。」

「土方…」

「好きになっちまったんだから、そんなのしょうがねーだろうが。理屈じゃねーだろ?」

「理屈じゃない、ね。」


そうなのかもしれない。ぶっきらぼうに見えて真っすぐな性格の優しい彼のことを離したくないと思うようになってしまったのは、理屈などではないのかもしれない。


「側に居ても、別に…いいよ。そんくらいなら許してやる。」

「銀時…」

「まー、俺はてめーの手の中のもん護るので精一杯で、お前の面倒までは見れねェからさ、そこんとこだけ分かっててくれてりゃいいよ。うん、でもね、」

「銀時?」


銀時も言葉を切ると、にっと土方に笑ってみせた。


「俺にもお前にも譲れねェ護るもんがたくさんあるけど、お前の隣でさ、安心してそういうもん護っていきたいって思っちまったりした訳よ。」


俺も理屈じゃないんだよ、土方。理屈じゃなく、お前ならいいと思っちまった。そう言って微笑んでやったら、土方は酷く満足そうに頷いて銀時を強く腕に抱いた。


理屈じゃない、心の求めるままにその傍らに。






END





あとがき
お互いに護るものは別にあっても、お互いの心はしっかり預けてるぜ、みたいな大人な雰囲気の土銀が書きたかったのですが、伝わりにくくてすみません。あ、あとは自分から土方さんに会いに行く銀ちゃんが書きたかったので、屯所に忍び込んじゃう銀ちゃんと土方さんのやり取りが書けて満足です^^


読んで頂きましてありがとうございましたv

[*前へ][次へ#]

100/111ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!