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漆黒の月 1
銀ちゃんが義賊的なお仕事をしています




今日こそは絶対に捕まえて、正体を暴いてやる。土方は自分から遠ざかっていく人物を月明かりを頼りに追っていた。時折雲間から覗く月の光が、逃げていく男を仄かに照らす。目の前を走る男は、頭に黒い布を巻いている為、顔はおろか髪の色さえ分からない。白か水色のような色に見える着物の袖が、男の動きに合わせてひらひらはためいていた。


あいつが「椿」の1人ってことは確かだ。俺達が警備してたお偉いさんの屋敷から出てきたんだ。近藤さんと総悟は、多分残りの2人を追ってる所だろう。


「椿…本当に厄介な奴らだ。」


土方はチッと舌打ちすると、走るスピードを上げた。


*****
「椿」は、今江戸を賑わせている3人組だ。人々は彼らを義賊ともてはやしているが、真選組にとっては捕縛の対象であった。


椿は、江戸の人々の生活を苦しめる悪徳業者や幕府の官僚、役人などをターゲットとし、その名前の通り、椿の咲く枝をターゲットの屋敷の玄関先に置く。そしてその椿が置かれた日の夜、3人がターゲットの屋敷に潜入し、無理矢理巻き上げたお金を奪い返して持ち主に戻したり、不正の証拠が書かれた書類を江戸の街にばらまいたりするのだ。だが彼らは、決してターゲットを殺すことはなかった。大人しくしてもらう為に多少攻撃は加えるが、皆峰打ちなど軽傷で済んでいた。


椿が現れるようになってから、少なからず自分の悪事に身に覚えのある官僚や役人達は、金に糸目をつけず屋敷の警備を強化した。そんな彼らの様子を見て江戸の人々は、痛快だと笑い合った。


椿が活躍する度に、彼らを支持する声も次第に高まり、真選組よりよほど江戸の市民を守っていると囁かれるようになっていた。さすがにこの状況を警察庁も重く見たのか、真選組に椿を捕縛するようにという命令が下された。


土方は実は、椿のことは厄介な相手とは思いつつも、何故か攘夷志士やテロリスト達ほど嫌いにはなれなかった。勿論捕まえて、世間にその正体を見せてやりたいという気持ちはある。だが形は違えど、自分達と同じように江戸を守りたいという彼らの気持ちは否定できる物ではないと思えたのだ。椿の3人も譲れない信念を持っているのだろう。土方はそんな風に考えていた。



*****
前を走っていた男との距離が縮まり、土方は思わず叫んだ。


「おい、待て!大人しく捕まりやがれ。」


だが土方の叫びも虚しく、男はそのまま走り続ける。瞬間、突然男が振り向き様に土方に刀を向けた。反射的に腰の剣を抜き、土方は男の刀を受け止める。耳元で刀がぶつかる音が響いた。


「ん?刀じゃねぇ…木刀だと?舐めやがって!」


土方は力任せに男の刀を弾いた。男は土方より幾分細身だったせいか、若干ふらりとした。土方はその隙を見逃さず、男の肩に斬りつけた。捕まえる為なので浅く斬ろうとしたのに、舐められたと感じたせいで手加減ができなかった。男は斬られた衝撃で大きく後ろにバランスを崩した。男の背後には土手が広がっており、その下には川が流れていた。土方が手を伸ばすより早く、男は土手を転がっていき、そのまま川に落ちた。


土方の耳に大きな水音が響く。慌てて土手を駆け下り、川を覗き込んだ。ここ最近の雨のせいか、川は茶色く濁り、ごうごうと音を立てて流れていた。これじゃあ、多分…男の姿はどこにも見えなかった。土方が立ちつくしていると、不意に携帯が鳴った。それは監察の山崎で、どうやら残る2人も取り逃がしてしまったらしい。


「あぁ、こっちも駄目だ。川に落ちたから…どうなったか分からねぇ。」


ふと足元を見ると、男が顔に巻いていた黒い布が落ちていた。月明かりに翳してみると、その布には銀色の糸で月の刺繍が施されていた。何となくそのままにしておけなくて、土方は綺麗に畳むと隊服のポケットにしまい込んだ。



空を見上げると、先ほどまで雲に隠れていた月が綺麗に顔を出していて、土方は、またあの男とはどこかで出会うだろうと確信した。今度こそ捕まえてやらねぇとな。土方は煙草に火を着けると、月明かりの道をゆっくりと歩いた。

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あきゅろす。
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