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廻りめぐる 3
イタリアのとある街の市街地が一望できる丘の上に、寄り添うような2つの影があった。その丘には名もない花が一面に咲き乱れ、穏やかな空気が2人を包んでいた。


「空が青いね〜、骸クン♪」

「ええ、澄んだ青で綺麗ですね。」

「風も爽やかだね〜。」

「はい、とても気持ち良いです。」


白蘭は白いスーツが汚れるのも構わずにそのまま草の上に寝転ぶと、目の前に広がる空を見上げた。骸はそんな白蘭を見て伸ばしていた足を正座するように曲げると、白蘭の頭をそっと持ち上げて自身の膝の上に乗せた。


「この方が髪が汚れないですよ。」

「わぁ、ありがとう。骸君の膝枕はやっぱりいいよね。気持ち良くて幸せだよ♪」


子供のように喜ぶ白蘭に優しく微笑むと、骸も白蘭と共にもう一度青い空を見上げた。


「…最近、仕事を抜け出して、ここであなたと会っていることが、どうやら周りにばれてしまっているようなんですよ。…すみません。」

「駄目だよー、骸君。上手くやらなきゃ。僕の方はね、今の所ばれてないよ。お菓子買いに行くって言って誤魔化してるから♪」

「お菓子とは…もう少しましな言い訳がありそうですけど。あなたはマフィアのボスなのに。」

「骸君、集中したい時とか疲れた時には、お菓子っていいんだよ。」

「そういうことではないのですがね。まぁ、あなたらしいですが。」

「ねぇ、骸君。」

「何です?」


骸の膝の上に頭を乗せてまったりとしていた白蘭は不意に体を起こすと、骸の長い髪にその指を絡めた。それは、骸にキスをねだる時の白蘭の仕草で。骸は困ったように小さく笑うと、そっと目を閉じた。白蘭が頬に手を添えるのが感じられ、促されるように唇を開く。白蘭の舌が自分の舌を絡め取って、優しく包む。白蘭に気付かれないようにそっと目を開けると、嬉しそうに目を閉じている顔が真近にあり、骸は幸せで胸が一杯だった。





お互い仕事に戻る時間が近付いてきたので、2人は秘密の逢瀬に名残惜しさを感じながら、丘を下って街へと続く道を歩き出した。別れ道に差し掛かった頃、白蘭が、あのさ、と骸を引き留めた。


「今日会ったばかりであれなんだけどさ、また3日後にいつもの場所で会えないかな?…骸君に大事な話があるんだ。」

「大事な話、ですか…」

「うん。」


白蘭は真剣な瞳で真っすぐに骸を見つめる。大事な話とは一体何なのだろうか。骸は今すぐにでも良かったのだが、白蘭にも思う所があるのだろう。そう考えて、分かりましたと頷くと、白蘭はありがとうと嬉しそうに笑った。


「じゃあ3日後にね。またね、骸君。」

「はい、3日後に。」


バイバイ〜♪と片手を思い切り振りながら遠ざかる白蘭に、骸も微笑みながらそっと手を振り返したのだった。



*****
約束の日、骸は適当な言い訳をしていつもの時間帯に仕事を抜け出すと、2人だけの大切な場所に向かった。白蘭の言う大事な話に嫌でも期待が膨らむ。骸は胸を踊らせながら、街の外れにある丘を駆け上った。


「……どうやら今日は、僕の方が早かったようですね。」


そこに白蘭の姿はなく、名もない可憐な花々が揺れているだけだった。いつもならば自分より早く来ているのに珍しいこともあるものだと、骸は白蘭が現れるまで待つことに決めて、草の上に座り込んだ。


骸は約束通りに丘で待ち続けたのだが、結局白蘭が来ることはなかった。仕事に戻らなければならない時間が迫り、肩透かしを食らった気分を抱えてその場から立ち上がった。多分急に重要な仕事でも入ったのだろう。白蘭はファミリーを束ねるボスなのだ。骸より優先させなければならない仕事を抱えていても何ら不思議ではない。後で連絡してみようか。そう決めると、骸は市街地へと続く道を進み始めた。草木で覆われた森のような道を抜けて街に着き、今日はこのまま仕事に戻ろうかと大通りを歩いていると、何やら慌ただしい人々の声が耳に届いた。何かあったのだろうか。骸はたまたま近くに居た2人組の男に尋ねようとした。だが彼らが話していた内容に愕然として、その場から動けなくなってしまった。


「なぁ、知ってるか?さっき、通りの花屋でよ、えっと確か…ミルフィオーレ、だったよな…そのファミリーのボスが暗殺されたらしいって話だぜ。銃で撃たれたらしい。」

「それ本当か!?」

「ああ、確かだぜ。」

「だから昼間から街がざわついてんのか。でも何で花屋で?」

「さぁな、大方恋人に花でも買って行こうとか思ってたんじゃねぇのか?…いくらマフィアのボスっていっても、俺達と同じただの人間だもんな。銃で撃たれちゃ…」


これからこの街も一騒動ありそうだな。そう呟きながら彼らが自分の目の前を通り過ぎて行くのを骸はぼんやりと眺めることしかできなかった。白蘭が死んだ?死んでしまった?嘘だ。信じたくない。僕は信じない。だが、すれ違う人々が話している内容は、白蘭の死が事実であることを残酷にも骸に教えていた。


「そんな…白蘭、が…」


白蘭に、もう会えない。もう話すこともできない。抱き締めてもらうことも、抱き締め返すこともできない。大事な話も、もう永遠に知ることができない。二度と白蘭に確かめることはできなくなってしまったのだ。骸は膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。道行く人々が何事かと一瞬骸を見て、またすぐに無関心に通り過ぎて行く。


「びゃく、らん…」


すぐ目の前のアスファルトが、涙でぐにゃりと歪んで見えた。今すぐにでも白蘭が殺されてしまったという花屋に向かわなければならないと思う。このままここで泣いていても意味などないのに。それなのに、骸は立ち上がることができなかった。悲しくて悲しくて何も考えられない。骸はいつまでもその場に座り込んだまま、白蘭の名を心の中で叫び続けた。



*****
イタリアのとある街、市街地が一望できる丘の上に1つの影があった。あの日と同じように、骸は1人で丘の上から市街地を見渡していた。遠くには青緑色に輝く海も見える。いつもならば、自分の隣には大切な恋人が居る。骸はぽっかりと空いてしまった自分の隣の空間に寂しく微笑むと、すぐ側で咲いていた花を摘んでゆっくりと立ち上がった。そしてそのまま手にしていた花をそっと離す。小さな花は風に乗って遠くにさらわれていった。骸はそれをじっと見つめ続ける。まるで白蘭の葬送のようだった。


「白蘭…あなたも僕もマフィアでなかったら、もっと一緒に居られたのでしょうか。」


勿論答えなど返って来ないことなど分かっている。それでも骸は言葉を続けた。


「結局、大事な話は聞けずじまいでしたね。白蘭、あなたは僕に何を伝えたかったのです?…告白はもう随分と前にしてくれましたよね。だったら……もう考えても仕方ありませんか。」


もしもまたどこかであなたに会うことができたのなら。それこそ生まれ変わって。


その時にはお互いただの、そう…ただの学生にでもなって、穏やかで楽しい時間を過ごしたい。ずっとずっとあなたの隣で笑っていたい。


生まれ変わったら絶対にあなたを見つけます。あなたに会いに行きますから。ですからまた僕に微笑んで下さいね。その眩しい笑顔を僕に見せて下さい。


「約束ですからね、白蘭。」


骸は愛しい人の名前を最後に呟くと、背を向けて丘を歩き出した。

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あきゅろす。
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