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廻りめぐる 2
僕の話を少しだけしましょうか。


僕の中には、もう1人の僕の記憶があるのです。まぁ簡単に言ってしまえば、前世の記憶といわれるものですかね。


もう1人の僕の記憶に気付いたのはいつだったのか、自分でもはっきりとは言えませんが、中学生の頃には僕の知らない風景や人々が頭の中で鮮明な映像になって見えるようになっていました。


最初はそれはもう驚きましたよ。断片的に突然現れる記憶にもしかして僕は頭がおかしくなってしまったのかとさえ思いましたから。ですが記憶の波を漂っている内に、あぁこれは僕が今の僕として生まれてくる前の人生の記憶なのだと理解したのです。


そんなもう1人の僕には、大切で愛しい恋人が居ました。恋人が同性だったことには少しだけ驚きましたが、その彼を好きになってしまったことに僕は頷けました。何故なら彼はもう1人の僕にいつも眩しいくらいの笑顔を向けていたからです。自分の全てを包んで愛してくれると実感できるような笑顔なんですよ。前世の僕は、その太陽の笑顔にすっかり絆されてしまったんでしょうね。記憶を通して彼が愛しいという気持ちが僕に伝わってくるくらいでしたから。


僕は前世の記憶を通して、2人の幸せな時間に触れました。その時の僕はもう1人の僕になっていて、隣で彼が微笑むのを嬉しそうに見つめていました。そのようなことを続けている内に、僕は自分の心の変化に気付いたんです。記憶の中で彼に触れていることで、彼のことを好きになってしまっていたのです。彼はもう1人の僕に笑顔を向けているのに、僕に微笑んで欲しいと思ってしまったんですよ。自分でも呆れてしまうほど、自分のことを愚かだと思いました。分かっていますよ、僕と彼は決して会うことなどできやしない。僕は今を生きているけれど、彼の生はもうとっくに終わっているのですからね。


ですが、彼のことを好きになってしまったことは、もう取り消せません。僕は前世の恋人を好きになるという叶わない恋を胸に抱えて日々を過ごすことになったのです。


ある夜、僕は前世の記憶を夢に見ました。もう全ての記憶は体験したと思っていたのに、それは初めて見る光景でした。何もない暗闇の中で前世の僕が肩を震わせて泣いているのです。白蘭、どうしてです?どうして僕より先に…。その言葉を何度も何度も、もう1人の僕は繰り返していました。それを見ている僕の胸にも悲しみが広がって、あぁ、彼は僕を残して死んでしまったのだと瞬時に理解できました。


『白蘭、僕はまたどこかであなたと出会いたい。』


突然頭に響いた言葉が僕の胸を打ちました。そうです、そうなんですよ、僕がこうして生まれ変わっているのならば、彼だって生まれ変わってどこかで生きているかもしれないのです。僕の想いが強ければ、いつかまた彼の生まれ変わりに会えるかもしれない。僕は諦めたくないんです。前世から大切なあなたをこの世界でも見つけたい。もう1人の僕が願っていたように、あなたに会いたい。


こうして僕は、いつかまた彼に会うことを夢見るようになったのです。



*****
バスの窓から射し込んでくる夕日を浴びながら、僕は今日1日のことを思い出していた。白蘭の顔が頭に浮かぶ度、僕の胸の中で色々な感情が渦巻いた。


「奇跡は、あるのですね。」


やっとやっと出会えた。彼の生まれ変わりに。一目見た瞬間、僕にはすぐに分かった。全身を歓喜が駆け抜けていったのだから。柔らかそうな白い髪、左目の下の鉤爪のようなタトゥー。前世の彼と少しも変わっていなかった。それに名前までも同じで。


やっとやっと見つけた。今度こそ、同じ魂を持った彼を好きになりたい。彼の側に居たい。彼に微笑み掛けて欲しい。強く強くそう思う。けれどそう思えば思うほど、それは無理なのだと思えた。


「僕には…」


僕には前世の記憶がある。だが白蘭に前世の記憶があるだろうか。どう考えてもあるはずがない。僕の想いを一方的に押し付けることなど、絶対にできやしないと白蘭を見て思った。それなのに彼は僕が張ろうとした予防線など簡単に越えて僕の目の前に来た。僕のことが気になる、僕のことが知りたいと、ずっと見たかった笑みと共に。


白蘭を好きになって良いのだろうか。記憶の中の好きだった彼の生まれ変わりをずっと探していたはずなのに、急に自信がなくなってしまった。あのように頑なな態度を取ってしまったけれど、僕だって目の前の白蘭を好きになってしまったことに嘘はない。けれど僕の気持ちを彼に押し付けることは、結果的に前世のことを何も知らない彼を困らせてしまうことになるのではないかと思ってしまうのだ。僕は窓の外をそっと眺めた。夕日がビルの林の中に沈みかけていて、眩しいほどに輝いていた。


それでも、やはり。僕はもう一度自分の胸の中の気持ちを確かめてみた。ずっとずっと会いたいと願っていて、運命に引き寄せられるかのように今日白蘭に出会えたのだ。そして胸の奥に抑え込もうとした僕の想いに、優しく手を差し伸べてくれた。前世の僕達が悲しい結末を迎えてしまったのだから、今度こそ僕達は幸せになりたいと思う。それが永遠に叶わないと思っていた僕の恋の答えなのではないだろうか。 それに先ほど見た白蘭の笑顔。前世の彼が一瞬霞んでしまうほど、僕の心を魅了した。僕の心を強く揺さぶったのだ。ならば、僕はもう自分の気持ちに正直になるしかないのだろう。白蘭が差し出してくれた手を取って、一緒に歩きたい。


「白蘭…」


白蘭、いつか時が来たら、あなたにこの記憶のことを話さなければならないのだと思います。あなたはきっと複雑な気持ちになるでしょう。前世のあなたが好きだったと言ったら、泣きそうな顔をするかもしれませんね。確かに僕は、前世のあなたに恋をしていました。だからあなたに彼の魂が受け継がれているのは、やはり嬉しいと思います。ですが今は、僕に微笑んで僕を好きになってくれたあなたが大切だと思えるんです。あなたは僕を現金な人間だと拗ねるでしょうか?そんな僕でもあなたの手を掴んで良いのなら、離したくないんですよ。


バス特有の心地良い振動を感じながら、明日は僕から白蘭に話し掛けようと心に決めた。まだどこか怖い気もする。ぎこちなくなってしまうかもしれない。けれど白蘭の想いに応えたいのだ。だって僕は、彼の眩しいくらいの笑顔が見たいのだから。

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あきゅろす。
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