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隣り合わせの恋 9
最近は薄手の服ではめっきり寒くなってきた。季節は秋を迎えており、大学の銀杏並木も綺麗に黄色く色づいている。



今日は大学の講義も早く終わり、バイトも休みの日なので、久々にどこかに寄って帰ろうかと、僕は大学の正門へと歩いていた。正門へ近づくにつれて、ねぇねぇ、あの人すごくかっこよくない?とか、誰か待ってるんだよね〜、羨ましいよね〜といった女の子達の黄色い声が聴こえてきた。そのまま正門に辿り着いて、僕は驚いてしまった。


「白蘭!?…何であなたがここに?」


白蘭は僕を見付けたのか、ニコニコ笑って手を振っている。彼は黒のスーツの上に濃いグレーのコートを羽織っており、その華やかな雰囲気は場違いな程目立っていた。これでは女の子達が騒ぐのも無理はありません。僕もちょっとだけ見とれてしまった。不覚ですが。


しかしいつもの白蘭とは違っていることがあった。彼の後ろには、これまた派手な赤い外車が停まっていたからだ。


「講義お疲れ様♪今日は確か骸君、大学が早く終わるはずだったから、迎えに来ちゃったv」


白蘭はそう言いながら、僕の荷物をさりげなく持ってくれた。多分、一緒にお昼を食べた時にでも、僕が大学のことを話したのだろう。それでも良く分からないままに白蘭を見ると、彼はニコっと笑った。


「今日は骸君をお誘いに来ました。さぁどうぞ。」


彼は僕の手を恭しく取ると、車のドアを開けて乗るように促したので、僕は助手席へと乗り込むことになった。



*****
「隣街にさ、すごく美味しいイタリアンのお店があって。骸君と一緒に食べたいな〜って思ってたから、誘ったんだよ。」


白蘭は軽快に運転しながら僕に告げる。白蘭とは一緒に食事をしたり、出掛けたことはあったが、車を運転している姿を見るのは初めてで、いつもより真剣な横顔にドキドキしてしまった。こんな狭い空間に2人きりだと、訳もなく緊張してしまいそうだった。僕は何か話さなければ、と話題を探したが、彼の方が僕に気を遣ったのか単に話したいだけなのか、色々と話題を振ってくれた。


「この車はね、仕事仲間に借りたんだ〜。でも赤い外車は派手だよね。今日は大事な日なんだって言ったら、これくらい目立つのでいけって。」


僕の仕事場は個性的な仲間が多いからね、と白蘭は困ったように笑った。


それから話題はそのまま白蘭の仕事のことになった。彼がホストクラブで働いていて、人気上位のホストであることは知っていたが、彼から仕事の話を聞いたことはあまりなかった。


「僕さ、お客さんにはお店に来たら、嫌なこととか辛いことを忘れて、その時だけは思い切り楽しんで欲しいんだ。そしてまた頑張ろうかなって思って欲しい。僕はお客さんの心を癒やすのがホストの仕事だって思ってるから。」


僕が思っている以上に白蘭は、自分の仕事に誇りを持っているようだ。僕にそういった話をしてくれることが嬉しかった。


「だから僕はお客さん達の話を聞いて、一緒に笑ったり、考えたりするだけだから。誤解しないでね、骸君。僕はその…キスだとか、そういった、お客さんに手を出したりなんかしてないからね。」

「ええ、あなたはちゃんと信念を持って仕事をしているんですね。そういうの、尊敬しますよ、僕は。」


白蘭はくしゃりと笑顔になった。僕の言葉がそんなに嬉しかったのだろうか?僕まで何だか微笑ましい気持ちだった。



*****
ディナーまでちょっと時間があるから寄り道していい?と言う白蘭の言葉に頷くと、車は大通りを外れて中道を進んだ。



「着いたよ、骸君。」


白蘭の言葉で車から降りると、目の前には一面黄色の絨毯が広がっていた。そこは見事な銀杏並木の通りで、僕の大学にある道よりもずっと長く、黄色い道が続いていた。時折近所の人々が散歩を楽しむだけで、ゆっくりとした時間が流れているように感じられた。はらはらと音もなく葉が風に舞っており、秋の美しさを僕達に運んでくれていた。


「秋ならではの景色でしょ。風情があっていいよね。」

「よくこんな素敵な所を知ってましたね。あなたには本当に驚きますよ。」


ふふ、骸君に喜んでもらえちゃった、と白蘭は満足そうに言うと僕の隣に立った。



僕達は目の前に広がる景色をしばらく楽しんだのだった。



*****
白蘭に連れられて来られたイタリアンレストランの前で、僕は頭を抱えそうになっていた。


彼がさらっと一緒にご飯食べようよ〜なんて言うから、そこまで形式ばったものではないと思っていた。だけど目の前のレストランは僕が今まで入ったこともないような、そしてこれからも入ることなんてないのではないかと思うほど、上品な雰囲気の漂う高級店だった。


僕は思わず自分の服装に目をやる。シャツの上にカーディガンを着て、カーキ色のカーゴパンツにブーツという出で立ちだ。このままでは僕だけ入れないなんてことになるのでは。そうなれば、白蘭の迷惑になってしまう。ここはどこか別の店を探した方が良いのではと思っていると、

「大丈夫だよ。今日は個室を予約したから、服装とかマナーとかも全然気にしなくていいんだ。骸君に楽しんでもらいたいだけだから。」


そう言うと白蘭は微笑んで、僕の手を取る。どうして彼はいつも僕の欲しい言葉をくれるんだろう。僕は何も言えなくなり、ただ頷いて彼の後について店の中へと入った。




僕の目の前には色とりどりの料理が並んでいる。地鶏のサラダに自家製栽培の野菜を使ったパスタ、ポークのロースト香草風味、白身魚のムニエルという豪華なコースだ。見た目も味も申し分のないもので、珍しく僕は食べることに集中した。


「…とても美味しいです。こんな美味しい料理は初めてですよ。このローストなんて、柔らかくて。」

「でしょ?ここのディナーは、ちょっと誰かに話したくなるくらい美味しいんだよね。良かった、骸君に気に入ってもらえて。」


白蘭も料理に舌鼓を打っている。彼は見た目以上に食べるのだが、いつも美味しそうに食べるのだ。見ていてこちらも心地が良くなる。僕は食事を続けながら、楽しい時間をくれた白蘭に感謝した。


食事もそろそろ終わりを迎えた頃、チョコレートソースがかけられたチョコレートケーキが運ばれてきた。僕は思わず身を乗り出しそうになった。チョコレートは僕の大好物なのだ。フォークで1口に切って、そっと口に運ぶ。チョコレートの甘い味がふわっと広がり、何とも言えなかった。


「骸君ってチョコ好きなの?今すごく幸せそうな顔してるもん。」

「はい、…チョコは大好きです。」

「甘いものって何でも美味しいもんね。」


白蘭に指摘されて恥ずかしくなる。変な顔をしていなければ良いのですが。





楽しい時間はあっという間だ。食後のデザートにも満足して、僕達はレストランを出た。外に出ると、夜になって大分冷え込んでおり、吐く息も白かった。


「よし、帰ろっか。骸君、明日学校早かったよね。ちゃんと部屋まで送るよ。」


白蘭の言葉に促されて車に乗る。車内の暖房と食事で満たされたことで、僕は次第に眠くなってきてしまった。


「寝ててもいいよ。着いたら起こすから。」


僕は頑張って起きていようと思ったが、眠気に勝てなくなり、すみません、少しだけと言って眠ることにした。人前で眠ることなどあまり好きではないのに、安心して眠ることができている。これは白蘭が隣に居てくれるからなのだろうと、眠りに落ちる意識の中でそう感じた。



*****
誰かに肩を叩かれる感覚でハッと目を覚ます。


「骸君、もうすぐアパートに着くから起きれる?」


どうやらあれから眠ってしまっていたようで、窓の外には見慣れた街並みがあった。


「僕、すっかり寝てしまったんですね。すみません、白蘭。」

「気にしなくていいよ。疲れたら休んで当たり前だよ。それにさ、骸君の可愛い寝顔もばっちり見れちゃったし。」


ふふ、と白蘭は笑う。彼の言葉に顔から火が出そうになった。僕は白蘭の前では、いつもと違う自分になってしまう。


「もうアパートはすぐそこですから、ここで降りますね。」


僕はこれ以上恥ずかしさに耐えられなくなりそうだったので、車から降りようとした。



「骸君。」



真剣な響きを伴った白蘭の言葉に、僕は彼の方を振り向いた。振り向いてそのまま心臓が止まるかと思った。


瞬きの音が聞こえてきそうなほど近くに白蘭の顔があったのだ。いつものふわふわとした笑顔ではなくて、男らしい初めて見るような顔。


彼から視線が外せない。


白蘭はそっと僕の頬に手を添えると、さらに顔を近付けた。これはもしかしなくてもキスしようと、していますよね…


僕は近付いてくる白蘭の顔を見ながら、他人事のように感じていた。段々鼓動が早くなっていくことも。でもこのまま流されても良いかもしれない、白蘭になら。僕はそっと目を閉じようとした。


〜♪


携帯の着信音が車内に響き渡る。白蘭のコートのポケットからだ。僕は暴れる心臓を抑えるように彼から体を離した。


「電話、…鳴ってますよ。」

「あ、うん。出るね。」


心なしか白蘭の声は裏返っていた。どうやら仕事先からの電話のようで、何やら文句を言っているようだ。


「この車を貸してくれた同僚からでさ。仕事で車を使わなくちゃならないから、今すぐ返しに来いって。」

「そう、ですか。…あの、今日は本当にありがとうございます。美味しかったです。」


僕は挨拶もそこそこに車を降りた。


「あ、待って、骸君!」


白蘭は僕を引き留めようとしたが、僕はおやすみなさいと言ってアパートへと走った。彼は何か言いたそうにしていたが、僕はそれどころではなかった。



*****
僕は自分の部屋に帰ってベッドに突っ伏した。心臓の音が馬鹿みたいにうるさい。それに先ほどの白蘭の表情が瞼の裏から消えてくれなかった。


彼のことを思い出すと、心臓はますますうるさくなるし、体も熱くなってきた。僕は仰向けになってじっと天井を見上げる。白蘭にキスされそうになっても嫌ではなかった。それどころか心のどこかでその先を望んでいた?


ニコニコ嬉しそうな顔。寂しそうに笑う顔。男らしい真剣な顔。様々な白蘭の顔が浮かんでは消えた。


彼と居ると嬉しい気持ちになったり、楽しかったり、ドキドキしたり。



僕は、もしかして白蘭のことがーー

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あきゅろす。
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