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不器用だらけの僕ら 1
不器用な2人が仲直りするまでのお話です




僕が静かに呟いたその言葉に、隣に座っていた白蘭は困惑したように大きく目を見開いた。


「え…?…骸君、今…何て言ったの?」


白蘭は信じられないというような顔をして僕を見る。焦ったようなその表情は、巨大ファミリーのボスとはおよそかけ離れたものだった。


「…ですから、誰かと…結婚…しないのですか、と言ったんです。白蘭、あなたは僕とずっとこのままという訳にも…」

「骸君、何それ…君、本気なの?」


白蘭が、不意に座っていたソファーから勢い良く立ち上がった。そのせいで彼の部屋に良く合っている革張りのソファーが小さく軋むような音を立てた。


「僕に誰かと結婚しろって?…冗談じゃないよ。」

「別に僕は、冗談を言ったつもりはありません。…あなたはミルフィオーレファミリーを率いるボス、僕は一介の守護者。…そもそも考えてみて下さい。僕達は男同士ですしね。」

「別に僕は立場とか、男同士だとか、そんなの全然気にしてないよ。考えたこともない。…骸君だから一緒に居たいって思うんじゃん。」

「僕は間違ったことは言ってません。…あなたのことを…」


考えて、そう言おうとした。けれどもそれは、白蘭の悲痛な声で続かなかった。


「僕が今までずっと、骸君が好きだ大切だって言ってたのに…届いてなかったってこと?骸君は僕に結婚しろって簡単に言えちゃうんだから。……君にとってはその程度なんでしょ、僕とのことなんて。」

「白蘭、それは…」


僕は慌てて否定しようとした。その程度の訳がない。白蘭と居ると僕は心が温かくなるのだ。満たされた気持ちになるのだ。それはつまり白蘭のことが好きだという証拠で。だけど、それをはっきりと口に出して言ったことは今まで一度もなかった。でも、それでも。白蘭のことは大切なのだ。そうでなければ、僕がこうして一緒に居るはずなどないではないか。それを白蘭も分かっていると思っていた。彼のことが大切なのだ。だからこそ僕はこれからもずっとこのままの関係を続けて良いのかと、そう考えてしまった。彼のことが、好きだから。


「白、蘭…」

「分かった、もういいよ。もういい。…僕だけが一生懸命だったって、本当に馬っ鹿みたい。」

「ですから白蘭、僕は…」

「もういいって。骸君、君の気持ちは良く分かったから。無理して僕の隣に居ることないよ。…僕が惨めになるだけだから、そんなのはうんざりだ。だから…」


もう骸君なんて知らない。白蘭は淡々と呟いた。広すぎる部屋の中で、白蘭の声がやけに耳に響く。白蘭は僕に背を向けて立っていたので、彼がどんな顔をしているのか僕には見えなかった。


「さよなら。」


白蘭は僕を振り返ることなく、そのまま静かに自分の部屋を出て行ってしまった。白で綺麗に統一された白蘭の部屋に取り残された僕は、そのまま重い溜め息を吐いた。


「何ですか、あれは。僕の話も聞きもしないで…怒って勝手に出て行くなんて。」


一方的に言いたいことだけを言ってどこかに行ってしまった白蘭に、ほんの少しだけ小さな怒りを感じたが、それはすぐに昨日のある出来事で真っ黒に塗り潰されてしまった。





そう、それは昨日のことだった。ボンゴレに頼まれていた仕事の帰りに街中を歩いていた僕は、ある店に飾られていた物に偶然視線が向いた。それは眩しく輝く純白のウエディングドレスだった。胸元は丁寧に花の刺繍が施され、幾重にも重ねられたドレープが煌めくような華やかさを押し出していた。僕と同じように目に入ったのか、仕事帰りであろう数人の女性達が羨望の眼差しでそのドレスを見ていた。彼女達は口々に、こんなドレスを着て素敵な男性と結婚したいと興奮しながら話していた。結婚。僕の耳に飛び込んで来たその言葉に白蘭の顔が浮かんだ。


僕と白蘭は一応付き合っている。彼の強引過ぎる押しに僕が根負けしたのもあるけれど、それでも今では彼のことを側に居たい大切な人だと思っている。僕はキラキラと輝くドレスをガラス越しに再び見上げた。男である僕がこれを着て白蘭と愛を誓うことは絶対にできない。僕は本当にこのまま白蘭と居て良いのだろうか。普通に考えてみても白蘭の隣には僕などではなく、こんな綺麗なドレスが似合う女性が居るべきなのでは?白蘭はミルフィオーレファミリーを背負う者なのだ。その後を引き継いでくれる後継者、つまりは子供が必要だ。それだけではない。仕事で疲れた心と体を癒やしてくれる優しい家庭だって必要ではないか。僕はそれらを彼に与えることは絶対にできない。天地がひっくり返ったとしても無理だ。そこで僕ははっきりと思い知ったのだ。もしかしたら僕が隣に居ることで、白蘭の未来を奪っているのではないかと。綺麗な妻と可愛い子供に囲まれた明るい家庭を。彼が手にするはずだった幸せを。





僕はソファーにだらしなく体を預けて両手で顔を覆った。昨日のことを思い出したら、白蘭に感じていた先ほどの小さな怒りも消えてしまって、ただ虚しさだけが胸に広がっていた。


「あなたとのこと、遊びな訳…ないじゃないですか。…あなたが大切だからこそ、僕は…」


小さく呟いてみても、白蘭が戻って来る気配はなかった。このままここに居ても仕方がない。僕はゆっくり立ち上がると白蘭の部屋を出た。白蘭を探して自分の考えていることを話そうかとも思った。けれどもそうしてしまえば、白蘭の未来を奪ってしまっていることを僕自身が認めてしまうことのように感じられて、怖くて足が動かなかった。今日はもう、このまま帰りましょう。それにあんな風に白蘭が怒ることは、何もこれが初めてという訳ではないですしね。今までだって派手な喧嘩をして、お互い何日も怒ったままの時もあったのですから。


「白蘭。」


僕はこの時、次に白蘭と会う時は彼を結果的に傷付けてしまったことを謝った方が良い。それくらいに考えていた。白蘭と僕の将来のことは今日うっかり話してしまいそうになったが、やはりまだ先延ばしにしていたい。いつかは向き合わなければならないかもしれないけれど、今はまだ白蘭の隣に居たい気持ちの方が本当はずっとずっと大きいのだ。


だから僕はこの時、白蘭もあれから落ち着いて、また普段通りの僕達に戻るのだと思っていた。


思っていたのだ。

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あきゅろす。
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