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見エナイ想イ
バレンタインデーのお話です
骸が乙女ですみません;;




バレンタインデー。その日は世間にたくさんのチョコレートが溢れ返る。人々は小さなチョコレートの中に自分の大切な気持ちを込めて、恋人や片思いの相手、友人や家族にその気持ちを贈るのだ。恋人が居るのならば、その恋人にチョコレートを渡してお互いの愛を確かめ合うのが普通のことなのだろう。チョコレートに負けないくらいの甘い甘い気持ちを。


「今、何と…」

「だから、いらないって言ったんだよ。」


いつもの楽しそうな声ではなく、棘のある少し不機嫌な声が骸の耳に届いた。声の主である白蘭は、両足と胸の隙間に白いクッションを挟み、隣に座る骸を見ないようにと、そのクッションに顔を埋めてソファーに座っていた。今日は恋人達にとっては大切な日だからと自分を部屋に招いたくせに、先程からずっとこちらに視線を合わせようともしない白蘭に骸はどうしたものかと途方に暮れていたのだ。だからたった今白蘭の発した言葉は、骸を瞠目させるには十分だった。


「白蘭…」

「バレンタインチョコはいらないよ。骸君から貰えるなんてもう思ってないから。だって、去年もその前の年も僕がチョコ欲しいって言っても、骸君、結局くれなかったでしょ。だから今年はもういい。…どうせ今年も君からは貰えないんだ。期待したって僕が惨めになるだけだもん。」

「……」


白蘭はバレンタインデーに骸を自分の部屋に呼んだ訳であるが、付き合っているというのに今まで一度もチョコレートを渡してくれやしない骸の態度に不満を覚えていたようだった。そして、不機嫌な態度からも分かるように今年も恋人からチョコレートを貰うことはないだろうと確信していたのだ。


「僕達、恋人同士なのに。あーあ、骸君がもっと僕に優しくしてくれればいいのに。…恋人になったら少しは変わってくれるかもって期待した僕が馬鹿だったのかな。…ううん、馬鹿なのは骸君だよ。僕にチョコくれないんだからさ。」


白蘭はクッションから顔を上げると、骸に視線を合わせることなく、独り言のようにぽつりと呟いた。まるで皮肉のように、そして責められているように聴こえる白蘭の言葉に骸は黙って唇を噛み締めるしかなかった。端正な顔立ちでいくら見た目が綺麗であるといっても、骸はれっきとした成人男性であって、女性的な考え方をする訳ではない。だから男が男にバレンタインチョコを渡すことなど恥ずかしくて堪らず、今までどうしてもできなかった。白蘭のことが好きで彼と付き合っているのだとしても、骸の中ではそれとこれとは全くの別問題だったのだ。けれども、今年はそのような考え方を改めようと決意し、骸は勇気を出して白蘭の為にチョコレートを買った。やはり自分の中にある小さなプライドよりも恋人の喜ぶ顔が見たい気持ちが勝ったからだった。だから今日、白蘭にバレンタインチョコを渡す決意をした骸は、ソファーの背の部分と、これ使ってねと手渡された黒いクッションの隙間に綺麗にラッピングされたチョコレートの箱をこっそり隠して、白蘭に手渡す機会を窺っていたのだ。それなのに。それなのに。不機嫌な態度と決め付けたような拒絶の言葉。こうして欲しいああして欲しいと求めるだけ求めて自分の気持ちを分かってくれない、気付いてもくれない白蘭を見ている内に骸の中で様々な感情が湧き上がった。


「…馬鹿は、どちらですか。」


気が付けば、骸はソファーから立ち上がり、隠していたチョコレートの箱を手に取って白蘭に投げ付けていた。勢い良く宙を舞った小さな長方形の箱は白蘭の上半身に当たって、そのままストンと彼の手の中に落ちた。白蘭が酷く驚いた顔で手の中の箱と骸を交互に見つめたが、骸は眉を寄せて白蘭の視線を受け止めるだけだった。悲しくて切なくて。チョコレートを渡しても渡さなくても、白蘭が好きなことには変わりはないのに。チョコレートを渡すことだけが愛情表現の全てではないのに。言葉や態度に表さなくても白蘭が好きで仕方がないのに。何故そのことに気が付いてくれないのだろう。骸の心の中はただそれだけだった。


「骸くん、この箱って…」

「ああ、僕は何てことを。せっかくのチョコレートを…」

「この箱の中身、やっぱりチョコなんだ。それじゃあ…」

「僕としたことが。これでは、チョコレートが台無しに…」

「えっ!?ちょっと、骸クン!僕よりチョコの心配!?」


結構痛かったんだけど、ここは大切な恋人の心配してよ、と白蘭は頬を膨らませて骸に抗議の声を上げた。だが骸は白蘭に構わずに彼の前に移動すると、今すぐそれを返しなさいと腕を伸ばした。


「そのチョコレートは返してもらいます。僕が食べますから。」


自分がどのような気持ちでこのチョコレートを買って、その中にどのような気持ちを込めたのか、何も分かってくれないのならば、最早渡す必要などないではないか。骸は白蘭へと詰め寄り、さらに手を伸ばした。今までバレンタインにチョコレートを渡してこなかったことは、やはり謝るべきことなのだろう。それでもどうしても骸は自分の気持ちを分かって欲しかった。白蘭の為に少しずつだとしても確実に変化している自分自身のことも。


「返しなさい。」

「やだよ!絶対に返さない。」


白蘭はチョコレートの箱を両腕でギュッと抱え込み、絶対に嫌だからねと、ふるふると首を振った。一度こうだと決めたら自分からはなかなか折れない性格は、骸も白蘭も同じであり。だから返して欲しいと手を伸ばした所で、チョコレートが返ってくることはないのだ。白蘭とずっと一緒に居るのだから、骸は白蘭の性格を嫌というほど分かっていた。そうであったとしても、やり場のない気持ちをどうにかする為には、この空しい押し問答を続けるしかなかった。


「だから、早く返しなさいと言って…」

「ごめんね。ごめんね、骸君。」


立ち上がった白蘭にきつく抱き締められ、骸は不意のことに驚いて、愛しい人の腕の中で動くことができなかった。抱き締めてもそれに応える為に背中に腕を回すこともなく、じっと黙ったままでいる骸に何か反応して欲しかったのか、骸を包む白蘭の腕の力が強くなった。頬や首筋にふわふわとした柔らかな髪が触れて。密着した部分から温かな熱が感じられて。ごめんねと泣きそうな声が耳元で響いて。目と目を合わせたら、大好きなんだよと口付けが降ってきて。先ほどまで不安定に揺れていた骸の心は、いつの間にか凪いだ海のようにゆっくりと静まっていた。守られているようで少しだけ悔しさを覚えてしまいそうになるが、白蘭の腕の中は骸にとって安心できる唯一絶対の場所だった。骸がそのままもう1つの体温を感じていると、白蘭が少しだけ体を離して骸の顔を覗き込んだ。その顔は、不機嫌でも泣きそうでもなく、とてもとても楽しそうで。


「ごめんね、骸君。そうだよ、君は恥ずかしがり屋さんだったよね♪」

「っ…!?う、うるさい。僕は決してそのような…」

「君は可愛い恥ずかしがり屋さんだから、今まで僕にチョコを渡したくても渡せなかったんだね。うんうん、そうだったんだよ。」

「違っ、僕は…」

「…それなのに僕ったら、骸君からの愛が足りないって勝手に不貞腐れて、拗ねちゃって。君に酷いことを言った。本当にごめんね、骸君。」

「白、蘭。」


白蘭の細く長い指が骸の頬を優しく撫でた。頬に触れる指先からは、骸に対する愛情と慈しみの心が強く感じられた。目を細めて微笑む白蘭にそのまま頭を撫でられ、その心地良さに骸の口から無意識に吐息が洩れた。


「…もう、いいです。チョコレートはあなたが食べなさい。……もともとあなたに渡そうと思って買った物ですし。」

「骸くん!ありがとう、僕、すっごく嬉しい♪」


わーいと白蘭は嬉しさを露にして、再び骸をぎゅうぎゅうと抱き締めた。骸に頬を寄せる白蘭の顔は、骸が自分の行動を変えてまで見たくて堪らないと思っていた幸せ一杯の笑顔だった。


「あのさ、骸君。」

「…はい。」

「どうしよう!」


白蘭は幸せそうな笑顔から不意に真剣な顔付きになると、骸の両肩をガシッと掴んだ。


「いきなり慌ててどうしたのです?」

「考えてみたらさ、君から初めてチョコ貰った訳でしょ?だから勿体なくて食べられないかも。うわぁ、どうしよう!」

「……」


突然真剣な声で名前を呼ばれたので、一体どうしたのかと骸は肩を揺らしたのだが、白蘭が紡いだ言葉に呆れを通り越して思わず脱力しそうになってしまった。どう考えてもくだらないことに対して頭を抱えて本気で悩み始めた白蘭を目の前にすれば、そうなってしまったとしても仕方がなかった。


「白蘭、あなた…」

「ふふ、嘘だよ〜♪君から貰った物なんだから、ちゃんと大切に食べるに決まってるよ。」

「白蘭!」

「ありがとね、骸クン♪仲直りのしるし。」


ちゅっと可愛らしいリップ音と共に骸の右頬に柔らかな唇の感触がした。少し前まで不機嫌だったかと思えば子供のように喜んで、今は悪戯っ子の笑みを見せて。本当に困った人だと思ってしまう。振り回されてばかりであるというのに、これからもずっと一緒に居たくて。骸は白蘭に見られてしまわないように少しだけ俯くと、フッと小さく笑んだ。ただ白蘭が愛おしくて、彼を好きで良かったと思えた。


「仕切り直しですかね。今からそのチョコレートを食べるのでしたら、紅茶でも淹れましょうか?」


うん、お願い♪と、白蘭が嬉しそうに頷いたので、骸はダイニングキッチンへと向かおうと白蘭に背を向けた。だが、引き止められるように手首を掴まれ、骸は歩みを止めて後ろを振り返った。


「白蘭?」

「…本当はね、チョコレートを貰っても貰わなくても、骸君が僕のことを好きでいてくれてるって分かってるから。言葉とか行動とか、そんな物なくたって、ちゃんと君の気持ちは僕に伝わってるんだからね。だから、何も心配しなくて大丈夫だよ。」

「白蘭…」


彼は自分の気持ちをきちんと分かってくれていた。気付いてくれていた。そして、それだけではない。欲しかった言葉をくれた。分かっているよ、伝わっているよと。ああ、やはり彼にはどうしても敵わない。骸は眩しい思いで白蘭を見つめた。


「心配など最初からしていませんよ。余計なお世話です。」

「あーもう照れちゃって可愛いなぁ。」


骸が別に照れてなどいないですと、恥ずかしさを隠すように呟くと、そんな君が大好きだよと甘い囁きと共に綺麗な笑顔が返って来て、骸の両手は白蘭の手のひらに優しく包み込まれた。白蘭の手の温もりが全身に伝わって、胸の中で温かい何かがじわじわと広がっていくような気がした。骸は、ありがとうございますと心の中で言葉にすると、白蘭の手をそっと握り返したのだった。





END






あとがき
バレンタインデーの小ネタのお話でしたが、骸がただの乙女ですみません…今回は、骸は白蘭のことが好きだとしても、そうそう簡単にはチョコレートを贈ったりしないタイプで、白蘭は骸の気持ちをちゃんと分かっていても、チョコ欲しい欲しい!と言ってしまうんじゃないかなぁという設定で書いてみました。喧嘩っぽいことをしても、結局らぶらぶな白骸最高です!


読んで下さいまして、本当にありがとうございました♪

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あきゅろす。
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