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隣り合わせの恋 8
大学生の夏休みほど、自由な時間はないのではないだろうか。大学の春学期の講義も終わり、僕は絶賛夏休み中だ。自動車の免許を取ったり、旅行に出掛けてみたり、実家に帰省してのんびり過ごしたり。


夏休みには様々な過ごし方があるが、僕はここぞとばかりにバイトを入れた。奨学金のこともあるし、夏休みだからといって浮かれ気分で遊び呆ける訳にはいかないのだ。しかしバイト中心の生活になると、どうしても自分のことで手一杯になってしまう。


だから、自然と白蘭と昼食を食べる機会は減ってしまった。朝早く彼の部屋に食事を届ける回数もだ。彼は、僕と骸君のオアシスが…としょぼんとしていたが、骸君だってバイト大変なんだからちゃんと我慢するよ、と言ってくれた。



僕だって、あなたと食べられないことをちょっと残念に思ってるんですからね。恥ずかしいから言いませんけど。



*****
気付けば、夏休みも半分が過ぎた。



僕はテレビを見ながらごろごろとしていた。今週はバイトが休みなので、久々にゆっくりとできる。もう夜も遅いから寝てしまおうかと思っていると、メールの受信音が部屋に響く。携帯を開いてみると、それは白蘭からのものだった。この時間は多分仕事中のはずですが。



こんばんは、骸君v
今仕事中だから、コッソリ打ってるんだけどね^^

ところで、今週ってバイト入ってる?
もし大丈夫だったら、一緒に夏祭り行こうよ〜(^▽^)

でさ、明日会える?



彼のメールで、そういえば商店街の夏祭りが3日後だったことを思い出した。夏祭りはアパートの近くの商店街で毎年行われているもので、様々な屋台が並び、近所の人々で賑わいを見せる。お祭りの最後には近くの河原で花火も打ち上げられるのだ。去年は僕はバイトがあったのでお祭りには行かず、花火も部屋の窓から何となく見ただけだった。


今年はバイトも休みであるし、行けない事情がある訳ではない。それに何より折角白蘭が誘ってくれたのだ。久々にお祭りを楽しむのも悪くはありませんね。彼に返信しようとして明日会えるかという、最後の文章に目がいった。


お祭りは3日後ですよね。まぁ明日も特に予定はないですから良いのですが。明日もお祭りも大丈夫だと返信すると、すぐに彼から返信が来た。もしかしたら僕の返信を待っていたのかもしれないなと苦笑しつつ、文面を確かめる。それは、わ〜ん、ありがとう。嬉しいよ、骸君。じゃあ明日の1時に駅前の噴水に集合ね、というものだった。


*****
「すみません、遅れてしまって。」

「大丈夫だよ。僕が早く来ちゃっただけだし。それにまだ時間前だよ。」


僕が待ち合わせの場所に行くと、既に白蘭は来ていた。…相変わらず目立ってますね。Tシャツにジレというシンプルな服装だが、整った容姿はどこにいても目を引き、駅前を歩く女性達がチラチラと彼のことを見ていた。


「じゃあ、行こっか。」

「えっと、一体どこに。」

「着けば分かるよ〜♪」


白蘭は僕の手を取って、ニコニコしながら駅ビルの中に入っていく。


「白蘭!恥ずかしいですから手を離して下さい。」

「え〜、知り合いとかいないから大丈夫だよ。」

「そういう問題ではなくて…」

「だめ?」


白蘭は捨てられた子犬のような顔になって僕を見る。うぅ、その顔は卑怯です。何も言えなくなるじゃないですか。僕はため息を吐くと、彼の好きにさせることにしたのだった。



*****
白蘭に連れて来られたのは高級そうな着物が並べられた呉服店だった。店内には今の季節からか、浴衣コーナーが設けられていて、家族連れや恋人達で賑わっていた。


「骸君、好きなの選んでいいよ〜。お祭りに着てく浴衣、骸君にプレゼントしたくて。ご飯のお礼も兼ねてだよ。」


白蘭の言葉に戸惑ったが、真剣な顔で贈りたいと言われてしまえば、断る訳にはいかず、彼に促されるまま浴衣を選ぶことになった。選ぶといっても様々な色や柄があって目移りしてしまう。


ここは白蘭に選んでもらった方が良いかもしれない。僕よりセンスがありそうですし。彼に選んで欲しいことを告げると、だったら骸君が1番綺麗に見えるのを探すと言って、浴衣を選び始めた。僕は隅の方で彼が選び終わるのを待つことにした。


店内を見ていると、不意に白地の浴衣が目に入った。生地には薄紫色のグラデーションが施されており、足元には桔梗の花の刺繍もあって、白蘭に似合いそうな物だった。


「骸君、これなんてどう?色も綺麗でしょ。」


そう言って白蘭は僕に1枚の浴衣を差し出してきた。上品な濃紺に染められた、薄い水色の朝顔の花が足元で咲く、涼し気な浴衣だった。僕はその浴衣が気に入ったのでありがたく頂くことにした。僕も浴衣買おうかな〜と白蘭が呟いたので、僕は先程見つけた浴衣を勧めてみた。


「骸君、僕の為に選んでくれたの?勿論これにする〜♪」


それじゃあ、2つ買ってくるね〜と言う白蘭に、先に行ってていいからと店から出された。何となく気になって耳をすましていると、とんでもない金額に耳を疑った。僕のバイトの給料の何ヶ月分ですか!


僕は店から出てきた白蘭に本当にありがとうございます、とお礼を言うことで精一杯だった。この浴衣は大切にしないといけませんね。


「骸君ともっと一緒に居たいんだけど、今日は早く仕事に行かなきゃならないんだよね。」


残念だよ〜と言って白蘭は僕に浴衣を渡してきた。そういえば夏祭りの日は仕事は大丈夫なのかと問うと、休みを無理矢理もぎ取ってきたという。相変わらず彼らしい。その為に今日は早く行くようだ。


「それじゃあ、骸君。また夏祭りにね。夕方迎えに行くからね。」

「はい、よろしくお願いしますね。」


僕はそのまま仕事に向かう白蘭を笑顔で見送った。



*****
僕の前を綿あめとりんご飴とチョコバナナを持った人物が駆けていく。勿論れっきとした成人男性なのだが。


「白蘭、気を付けないとぶつかりますよ。」

「骸君〜、綿あめ食べる?」

「結構ですよ。」



それはさっき食べましたよ。そんな僕とは正反対に白蘭は子供のようにきゃらきゃらとはしゃいでいた。それから僕達は金魚すくいのおじさんを冷やかしたり、射的に興じたりして、夏祭りを楽しんだ。





「そろそろ花火の時間だね。河原に行こっか。」


白蘭に誘われて僕達は屋台が並ぶ道を外れて、河原へと足を運ぶことにした。2人並んで歩いていると白蘭が、

「本当にその浴衣、似合ってる。その…色っぽくて、目のやり場に困っちゃうよ。」

「はいはい。」


僕は笑って先を歩く。


「ちょっ、骸君〜。僕本気だよ。」


慌てて僕の後を追って来る白蘭がおかしくて、僕は小さく微笑んだ。





河原に到着すると、堤防には花火を待つ人達が集まってきていた。僕達は川べりの草の上に腰を下ろした。程なくして夜空に大きな花が咲き、暗闇の中で輝いた。


「綺麗ですね。」

「うん、綺麗だ。」


花火に見とれていると、手の平に温もりを感じた。白蘭が僕の手の平の上にそっと自分の手を重ねていたのだ。だけど彼に触れられても嫌だと思うことなどなくて、むしろほんのりとした温かさが心地良かった。


「また来年も…一緒に見たいですね。」

「うん、僕も同じこと思ってた。これからも骸君とこんな綺麗な風景、見たいな。」


僕達はそのまま夜空の大輪の花を楽しんだ。



2人を包むように、そっと優しい風が吹いていた。

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