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Masterkey 3(完結)
今日はユニちゃんとの久しぶりのデートの日で、僕はいつもより早い時間に目を覚ました。休日は基本的にお昼近くまで寝ている僕としては、いつもより随分と早い時間だった。まぁ、彼女とのデートな訳だから遅れないように早起きしたってのもあるけど、実は待ち合わせ場所に行く前にお花屋さんに寄って、ユニちゃんに花を買って行こうと思ったんだ。女の子なら花を貰っても悪い気はしないだろうし、何より僕がさ、花束を貰って喜ぶユニちゃんの顔を見たかったんだ。


いつもよりほんの少し意識して、僕なりにカッコ良く見える私服に着替えて。簡単に朝食を食べた後に洗面台で髪型を整えて。鏡に向かって、よし、今日も完璧だね♪と笑顔を浮かべると、僕はそのまま寝室へと歩いた。廊下を静かに進んで寝室のドアを開けると、壁際に置かれている本棚の前で足を止めた。


「多分絶対にこの本棚の中にあるはずだよね。」

目の前の本棚には流行り物の小説やどこかの国の可愛らしい絵本、風景や植物の写真集と色々な本がたくさん並んでいた。記憶がない今の僕には全然見覚えのない本ばかりで。前の僕が何を思ってこの本達を買ったのかは考えてみても分からないままだった。未だに記憶が戻らないことに心が重くなりそうになる。僕はゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着けると、自分の身長とそれほど変わらない本棚に視線を向けて、目的の花言葉の本を探すことにした。記憶がなくなって入院してた時にね、ユニちゃんが教えてくれたことがあったんだ。記憶をなくす前の僕は花が好きだったってことを。それならさ、きっと僕の部屋には花に関する本があるんじゃないかなと思った。花言葉の本があれば、その本の中から恋人に贈るのにぴったりな花を見つけることができるでしょ?待ち合わせまでまだ時間はあることだし、僕はとりあえず一番上の段から探していくことにした。首だけを左右に動かして本の背表紙に書かれているタイトルを一つひとつ目で追っていると、ちょうど真ん中の段の右端辺りに僕の探していた本があった。


「あっ、あった!良かったぁ。」


僕は手を伸ばすと、本棚から目的の本を取り出そうとした。可憐な花がデザインされた薄い水色の表紙が見えた瞬間、花言葉の本とその隣の本との間に何かが差し込まれていることに気が付いた。僕は花言葉の本をベッドに投げ置くと、その隙間に手を突っ込んだ。


「…封筒…?」


それは真っ白な封筒だった。封筒ってことは、多分、中には手紙が入ってるんだよね?その白い封筒は少し厚みがあって、手紙以外にも何かが入っているみたいだった。言うまでもなく、記憶がない今の僕にはこの封筒に全然心当たりがなくて。僕が自分で書いた物なのか、誰かから貰った物なのか、そもそもどうしてこんな所に手紙があるのか、当然分かる訳がなかった。


「とりあえず…中身を読んでみるしかないよね。」


表も裏も何も書かれていないシンプルな封筒を開けてみると、中には綺麗に二つ折りにされた手紙と、シルバーの鍵のネックレスが入っていた。そのネックレスを見た瞬間、骸君の顔が浮かんだ。正確には少し前に会った時に骸君が身に着けていた鍵穴のモチーフのネックレスを。差出人の名前はどこにも書かれていないのに、この手紙は骸君が書いた物なんだと強く思った。絶対にそうだとしか思えなかった。僕はネックレスをサイドテーブルに置くと、ベッドに座り込んで手紙を広げた。


「……『白蘭へ。あなたならば、絶対にこの手紙を見つけてくれると思っていました。…僕が今この手紙を書いている隣で、あなたは子供みたいにぐっすりと眠っていますよ。生まれたままの姿で馬鹿みたいに気持ち良く眠っているので、せっかくですから顔に落書きでもして差し上げようかと思いましたからね。…ですが、あなたが僕の隣で無防備に眠っているのも僕に心を許してくれているからなんですよね。それが、僕にはとても嬉しいのです。普段は言えませんが、僕はいつもあなたから幸せを貰っているんです。……この手紙を書いている途中でもうすぐ日付が変わってしまいますが、今日は…大切なあなたが生まれた日でしたね。僕が忙しいせいで、あなたの為にと予約したレストランでディナーを楽しむくらいしかできませんでしたが、あなたの喜ぶ顔が見られて本当に幸せでした。…忙しくて誕生日のプレゼントを用意できなかったと言いましたけれど、本当はちゃんと用意していたんです。もう分かってしまったでしょうが、この手紙と一緒に入っているネックレスです。僕とあなたで対になる物を買ったのですよ。こんな物で繋がなくても、あなたなら自分から僕に繋がれてくれそうですけどね。…今、直接手渡せば良かったのにと思ったでしょうね。僕達は付き合ってまだ1年も経っていないでしょう?僕はあなたが好きで堪らないですが、なかなか素直に言葉や態度にできないのです。ですから今日も、気恥ずかしくて結局このネックレスを渡すことができませんでした。…それを酷く後悔して、それでもどうしても、あなたに僕の心を贈りたくて。このようなことをしてあなたは呆れるのかもしれませんが、どうか僕の想いを分かって下さい。…白蘭、あなたは時々僕に花を贈ってくれますよね?いつもきちんと花言葉を調べていると言っていましたから、この手紙を隠してもきっと見つけてくれるでしょう?……あなたがこのネックレスを身に着けて、笑顔で僕に会いに来てくれる日を楽しみにしています。いつまでも待っていますからね。』」


手紙の最後に書かれていた日付は、僕が記憶をなくしてしまった日からそれほど時間は遡ってはいなかった。骸君からの手紙を読み終えた僕は、目を見開いたままその場から動くことができずにいた。手紙を握り締める手が小さく震える。僕の誕生日だという日に骸君は僕と一緒に過ごしていた?骸君は、今までずっと僕と…?


「骸君…骸君は、僕の…」


骸君の綺麗な顔が目の前一杯に広がって、それと同時に僕の頭の中に彼の声が優しい響きで木霊した。


『白蘭、お誕生日おめでとうございます。』

『わ、悪かったですね。プレゼントを…用意していなくて。』

『は…?それならば、僕が代わりにプレゼントになれば良いですって…?何を馬鹿なことを言っているのですか、あなたは!』

『本当に…仕方なくですよ。…今日だけ、ですからね。』

『白蘭、生まれて来てくれてありがとうございます。僕を愛してくれて…本当に幸せです。』


骸君と一緒に幸せな時間を過ごした一番新しい記憶。どうして今日までずっと忘れることができていたんだろう?少しも思い出せずに忘れてしまっていたんだろう?愛しい人のことをすっかり忘れて、平気で何度も何度も傷付けて。さようならと口にした時の骸君が瞼の奥に蘇る。その時の彼のやり場のなかった気持ちを思うと、胸が軋むように痛くて苦しかった。僕は馬鹿で最低の人間だよ。一番大切な君のことを忘れていたなんて。


「骸くん…」

『白蘭、愛していますよ。』


僕は弾かれたようにベッドから立ち上がると、骸君からのネックレスを首に掛けた。そして足早に寝室を出てリビングに向かうと、窓の近くに置かれている白い机の引き出しを探った。


「これも、ここにあることを忘れてたなんて…」

僕達が付き合うことになって、その時に初めて骸君が僕にくれた物。これで好きな時に勝手に入って頂いて構わないですからと、恥ずかしそうに僕に手渡してくれた物。僕は骸君の部屋の合い鍵をお守り代わりのようにジャケットのポケットにしまい込むと、迷わず部屋を飛び出していた。



*****
いつかは涸れ果ててしまうだろうと思っていたのに。涙というものは、いつまでも際限なく溢れ続けるものだろうか。それならば、涙でできた世界に溺れて何も考えられなくなってしまえば良いのに。目尻から透明な雫が頬を伝い落ちて、また1つシーツに染みを作った。僕は今日も布団の中で体を丸めたまま、終わりが来るのをただひたすら待っていた。


「白蘭。」


十分に光も届かない薄暗い闇の中で、僕は1週間以上も前に白蘭から貰ったメールを読み返した。白蘭はここ最近、良く僕にメールをくれていた。君に会いたいと。でもその言葉は、友人としての僕に宛てられたものであることなど痛いほど分かっていた。期待しても最早意味はないのだ。君とちゃんと話がしたいんだ。忙しいのは知ってるんだけど、いつなら会えるかな?白蘭からのメールをじっと見つめていると、いつの間にか画面の文字がゆらゆらと揺れて歪んで見えた。


「もう…無理、です。会える訳が、ない。」


僕は力の入らない腕を無理矢理動かして首元のネックレスを握り締めると、自分の心を守るかのようにさらに体を丸め、きつく目を閉じた。



*****
息を切らせて待ち合わせの場所である駅前の広場に行くと、まだ時間前なのに僕よりも先にユニちゃんが居た。彼女は僕と目が合うと、まるで何もかも分かってるって顔で僕に優しく頷いてくれた。


「白蘭、どうやら記憶が戻ったみたいですね。本当に良かったです。」

「ユニちゃん、骸君が…僕には、骸君が…骸君じゃなきゃ…」

「大丈夫です。落ち着いて下さい、白蘭。以前、私はあなたに言いましたよね?…あなたが幸せだと私も嬉しいのですと。やはり、私の中ではあなたは可愛い弟みたいな存在なんです。私の方が年下ですけど。だから、あなたには本当に大切な人と一緒に笑って欲しいのです。」

「ユニちゃん…」

「さあ、私のことは構わずに、早く行ってあげて。」


ユニちゃんの気持ちが泣きたくなるほど嬉しいのに、彼女へのありったけ感謝の言葉が上手く口にできなくて。結局ありがとうと、ありきたりなことしか言えなかった。だけどユニちゃんはすごく嬉しそうな顔で僕に微笑んでくれたんだ。



*****
玄関の前で何度も名前を呼んでみても、耐えられずにドアを叩いてみても、骸君からは何も反応がなかった。ここはもう仕方がないとポケットに入れていた合い鍵を取り出すと、僕は骸君が部屋に居てくれることを信じて鍵穴に差し込んだ。


「骸君、居るんだよね?」


記憶が戻った今では通い慣れた骸君の部屋は心が落ち着く場所のはずだった。それなのに、リビングはカーテンが閉め切られて薄暗く、そこに骸君の姿はなかった。僕の全身を焦燥感が襲う。言いようのない不安に駆られた僕は、そのままリビングを出て寝室へと走った。


「骸君!」


寝室のドアを開けた瞬間目に映り込んだ骸君の姿に、僕は息を飲んで言葉を失ってしまった。枕にもたれ掛かるようにして上半身を起こしていた彼は、誰が見ても明らかにやつれていた。白いシャツから覗く手首は折れてしまいそうに細く、綺麗な髪も虚しく艶を失っていた。僕が突然現れたことに動揺している彼の頬に涙の伝った跡がはっきりと見て取れて、僕はここまで彼を傷付け追い詰めてしまったんだと後悔で死んでしまいそうだった。


「白、蘭…どうして…?」

「骸君、愛してる。愛してる。愛してる。」

「びゃく、ら…」

「愛してる。愛してる。君を、愛してるんだ。」

僕は細くて今にも消えてしまいそうな体を掻き抱くと、愛していると耳元で何度も囁いた。骸君は僕の腕の中で肩を震わせていたけど、躊躇がちに僕の腰に腕を回してくれた。


「あのね、骸君。」

「は、い…」


僕は骸君にそっと微笑むと、服の中に隠れてしまっていたネックレスを取り出して、骸君の目の前に翳した。僕の手の中で静かに揺れるそれを見て、骸君はわなわなと唇を震わせて大きく目を見開いた。


「この鍵でさ、僕に君の心を開けさせてよ。君の心が僕の一番大切な物なんだ。」

「…っ、白…蘭。」


骸君の瞳から涙が溢れた。僕は再び骸君を引き寄せると、その綺麗な雫を吸い取るように目尻に口付けた。頬に流れ落ちた涙の筋を舌で追いながらゆっくりと下に移動すると、骸君の頬に手を添えて思うまま彼の唇を味わった。


「骸ク…ン…」

「びゃくら…ん」


瞼を閉じて睫毛を震わせながら僕に精一杯応えてくれる骸君のことが泣きたくなるほど愛しくて。僕には骸君以外は何もいらない。いらないんだ。僕はゆっくりと唇を離すと、涙で儚いまでに輝く赤と青の瞳を見つめた。


「骸君。僕…君を傷付けて泣かせて。大切な君のことを今日やっと思い出して…ほんとに情けなくて。謝っても許してくれないだろうけど、それでも僕は君のことが…」

「少し…塩辛かったです。」

「骸君…?」

「今度は、もっと…甘いキスが…欲しいです。」

「えっ、骸君!?」


あなたは僕のことを思い出してくれた。そしてまた僕の隣に居てくれるのでしょう?それだけで僕は、もう十分幸せなんです。僕を思い出してくれて、本当にありがとうございます。綺麗に微笑む骸君に愛しさが抑えられなくて、僕はもう一度彼に口付けた。これから先、もう二度と骸君を忘れたりなんかしない。僕は骸君の隣でずっと笑っているから。愛しい彼の心に寄り添って。






END






あとがき
記憶喪失ネタは本当に鉄板ですね!楽しく書かせて頂きました^^骸が乙女で申し訳ないのですが、どこか少しでも切ない感じが伝わっていると嬉しいです。リクエストでは細かい設定を頂きまして、それに沿う形で頑張ってみましたが、白蘭の誕生日を入れてみたり、無理矢理な流れになってしまったりで本当に申し訳ないです´`


記憶喪失になってすれ違って、最後に2人の愛を確かめ合うって本当に素敵だと思います(*^^*)


キーノ様、この度は素敵なリクエストをして下さいまして、本当にありがとうございましたv

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