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隣り合わせの恋 7
白蘭の部屋を思いがけず訪れることになってから3日ほど経った日の夜。


僕は隣の部屋のドアが開いた音を聞いて、彼に会う為に玄関へと向かった。仕事で忙しい彼とはあれからなかなか会う機会が持てず、まだお礼のことについて、きちんと話していなかったのだ。


仕事に行く白蘭を呼び止め、この前のお礼を言うと、全然気にしなくていいのに〜と返された。


「あ、あの…」


僕は料理をご馳走したいことを改めて言おうとした。だけど面と向かって言うのが何だか恥ずかしくなってしまい、どうしようと思っていると、

「あのさ、メモのことなんだけど…」


白蘭の方から言ってくれてほっとしたが、彼はその先を言いにくそうにしているようだ。


…やはり、迷惑だったのだろうか。僕は急にやるせない気持ちになり、白蘭の顔が見れなくなってしまって俯いた。


「…本当にご飯、ご馳走してくれるの?それならすっごく嬉しいんだけど。でも何だか僕、骸君に気を遣わせちゃってるんじゃないかと思って…」


嬉しいと言う彼の言葉を聞いて、思わず顔を上げる。白蘭は本当に嬉しそうな顔していて、彼の顔がまともに見られない。


「僕が、あなたの為に作りたいんです。か、勘違いしないで下さいよ。僕、お礼はきちんとしたい性格なだけです。」


こうでも言わないと、恥ずかしさで顔が赤くなりそうだった。


「それでも構わないよ。だって骸君の手料理だよ!わ〜、本当に夢みたい。僕、幸せ者だなぁ。」


白蘭は今にも踊りだしそうなほど喜んで、僕の手をぎゅっと握ると、

「僕、夜は仕事だからさ、お昼に作ってもらえると助かるんだよね。あと僕、こう見えて結構食べるから、たくさん作ってくれると嬉しいな。」


そう言って僕の耳元で、期待してるね♪と囁いた。彼を近くに感じてしまい、固まってしまった僕に、それじゃあ、いってきますと白蘭は声を掛けて行こうとしたので、僕は慌てて我に返った。


「ちょっと、待って下さい。」

「ん?どしたの?」


僕は、もう1つ言おうとしていた言葉を思い切って告げることにした。


「色々連絡することもあると思いますから、…その、携帯の番号を、教えて頂きたい…と。」


最後の方は声が震えて、小さくなってしまった。お礼の食事のことで連絡をするには、いちいち彼が出掛けるのを見計らって会いに行くより、携帯の方が遥かに便利なのだ。ただ、それだけで深い意味なんてないはずだと自分に言い聞かせる。


「あの…、白蘭?」


白蘭は、目を見開いて驚いた顔をしていたが、僕の言葉に反応すると、

「本当に交換して…いいの?僕、ずっと聞きたかったけど、聞いたら骸君に嫌われるんじゃないかって思って、怖くてできなかったんだ。」


白蘭の言葉に驚いた。番号を聞いただけで嫌いになるなんて。まぁ、彼に初めて会ったあの時に聞かれていたなら、答えなかったとは思うが。白蘭のことを色々と知った今では、仮に彼の方から聞かれても、ちゃんと交換すると思う自分が居た。段々と自分から聞いたことが恥ずかしくなってきて、少し早口になって白蘭に携帯を出すように言うと、彼はポケットから携帯を取り出した。しかしこれはダメだと言って再びポケットに入れてしまう。


僕が訝しんでいると、こっちじゃないんだと言って部屋に戻ってしまった。部屋から出てくると白蘭は白い携帯を手にしていた。


「さっきの黒いのは仕事用のなんだ。で、こっちの白いのがプライベート用の。お客さんとかは仕事用で全然いいけど、骸君のアドレスと番号は絶対こっちだよ。」


そう言って彼は白い携帯を開く。ほんの些細なことだけれど、その違いは僕を嬉しい気持ちにさせてくれていることに気付いた。


「ねぇねぇ、お互い忙しいからさ、たまにならメールとかしてもいい?」

「たまにならば、まぁ良いでしょう。でも僕、大学とバイトがあるので、返信遅いですよ。あと、くだらない内容だったら無視します。」

「えぇっ、骸君、手厳しいよ〜。」


しょんぼりとする白蘭が何だか可愛く見えてきて、僕は笑ってしまった。




週末のお昼に食事を振る舞う約束をして、僕は仕事へと向かう白蘭を見送った。今日は自分から言っておきながら、白蘭に色々と気持ちを振り回されたように思えた。だけどそれは、楽しさや嬉しさを含んでいて。


彼と過ごしていると、知らなかった感情に気付かされるのだ。そんな自分に戸惑うけれども、それ以上に白蘭と過ごす日々の楽しさが、僕の中で大きくなっているのもまた事実だった。



*****
「さて、あらかた準備は終わりましたかね。」



僕の部屋のテーブルには色々な料理が並んでいる。あれから白蘭とメールをして、彼の食べたい物の
リクエストを聞いてみた。骸君が作る物なら何でも食べるよ〜、という曖昧な返事だったので、はっきりしない男は嫌いです、と冗談で送ってみたら、オムライスが食べたいと返ってきた。



やっぱりここはオムライスかな(^-^)
骸君、ケチャップでハート描いてねv
あとデザートなんかあったら僕、すっごく嬉しいo(^▽^)o



何回か白蘭と食事のことでメールのやり取りをしたが、彼のメールには顔文字や絵文字がたくさん使われていて、そういったものは使わない僕と違って、何とも彼らしいなと思った。また彼は意外にも甘い物が好きらしく、お菓子を部屋に買い込んでいるらしい。白蘭とメールをする中で、彼の新たな一面を知っていく。それは何だかくすぐったいような気分だった。





…もうすぐ来ますね。予定の時間が近付いてきたので、最後の確認をする。オムライスにポテトサラダ、カボチャの冷製スープ、デザートに手作りのプリン。昼食なのであまり豪華な物ではないが、彼に喜んでもらいたくて、気持ちを込めて作った。


それからしばらくしてコンコンとドアをノックする音がしたので、僕は白蘭を出迎えた。


「おじゃましま〜す。」

「えぇ、どうぞ。」

「わ〜、骸君の部屋だ。何かドキドキするなぁ。あ、この家具オシャレ〜。」


白蘭は子供のように僕の部屋をキョロキョロと見回している。僕の部屋は白で統一された彼の部屋とは反対に、黒い家具でまとめられている。僕の部屋を見ていた白蘭はリビングのテーブルに目を向けた。そこには、スズランの鉢が置かれていた。白蘭と花の植え替えをした日に彼から貰ったものだ。僕もこの可憐な花は気に入っている。


「大事にしてくれてるんだね。」

「はい。綺麗ですし。」


白蘭は嬉しそうな声で、良かったと呟いた。食事が冷めてしまうといけないので、僕は白蘭に席に着くように促す。テーブルに並べられた料理に彼は目をキラキラさせて、

「すごい美味しそうだよ、骸君。本当にありがとう。」

「僕こそ、お風呂を使わせて頂いてありがとうございました。助かりましたよ。さぁ、どうぞ食べて下さい。あなたの口に合うと良いのですが…」


いただきますと言って、早速白蘭は料理を食べ始めた。時折、本当に骸君はいいお嫁さんになれるね〜、なんて軽口も言っていたが、美味しそうに食べる姿は僕を嬉しくさせた。


「折角だからさ、骸君も一緒に食べようよ。お昼だし、お腹減ってるでしょ。」

「ですが、これはあなたの為に作った訳ですし。」

「1人で食べるよりさ、2人で食べた方がもっと美味しいし、幸せだよ。」


そう言って白蘭は微笑む。


「…そうですね。」


確かに1人で食べる食事は味気ない。1人暮らしをしていると、それを強く感じる。相手と一緒に話をして、美味しさや楽しさを共有する、それは幸せな時間に違いない。白蘭に勧められるまま、僕も食べることにした。


食べながら色々彼と話をした。くだらないことを言って笑い合ったり。こんなに食事が楽しいと思ったのは久しぶりだ。誰かの為に、誰かに喜んでもらう為に料理を作り、一緒に作った物を食べて楽しい時間を分かち合う。こんな時間がもっと続けば良いのにと、僕はぼんやりと思った。


そんなことを考えていたからだろうか、僕は無意識に呟いていた。


「…また、作ってもいいですよ。1人より美味しいですから。」

「え?骸君…いいの?」


白蘭の言葉で我に返る。だけど今の言葉は、本当だ。1人より2人で…白蘭と食べる方が何倍も楽しさを感じられる。


「僕もです。1人で食べるよりずっと幸せですよ。だから、あなたの都合の良い時にまた一緒に食べましょう。」


白蘭の顔がぱぁっと明るくなる。


「うん。僕も骸君とご飯食べると幸せだもん。ありがとう。じゃあ、骸君の言葉に甘えちゃおうかな。」


白蘭は綺麗に笑った。僕もその笑顔に心から応えた。



*****
最近僕には日課が増えた。でも正確には日課という訳ではないのだが。



早朝、白蘭の部屋に入って、そっとテーブルの上に軽めの昼食を置く。まだ部屋の主は仕事から帰って来てはいないようだった。僕は再びドアを閉め鍵を掛けた後自分の部屋に戻って、大学へ行く準備をした。


白蘭と食事を楽しんだ日、僕は渡しそびれていた合い鍵を返そうとしたが、彼にこれで部屋に入っていいと言われたので、食事を作り、彼の部屋に置きに行くのに使わせてもらっている。


白蘭と昼食を食べることは、お互いの都合の合う時にではあるが、今も続いている。でも僕は折角だからと、大学にお弁当を持って行く日に、白蘭用の昼食も作ることにしたのだ。料理をするのは好きですし、2人分作るのも苦じゃありませんしね。


白蘭と出会ってから、自分は変わったなと思う。相手の為に何かしたいだなんて、今での自分では考えられないことだった。自分の変化もそうだが、白蘭には色々なものを貰っている気がする。


それはキラキラ輝くものばかりで。僕の心を照らしてくれるのだ。



僕は白蘭のことを考えながら足取りも軽く、大学へと向かった。

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あきゅろす。
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