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確かな愛の詩 2
骸はとある街の外れ、郊外とも呼べる場所にひっそりと佇むモダンな屋敷の前に立っていた。静かな雰囲気を纏うその屋敷は、誰もが一目で裕福な者が住んでいるのだと理解できる造りだった。近未来的な物に囲まれていた白蘭が、今はこんな正反対のような所に住んでいるのかと思うと、何だか複雑な気分だった。骸は意を決して小さく深呼吸をすると、屋敷の門に近付いた。薔薇の花の装飾が施された鉄製の門扉を左右に開いて、ゆっくりと屋敷の中へ進む。酷く緊張していているのが嫌でも分かって、自分の弱さに思わず溜め息が零れ落ちそうになった。だが絶対に諦めたくないのだ。


「…僕はもう二度とあなたの手を離さないと決めたんです。」


今でも標的でしかないボンゴレに下げたくもない頭を下げて、白蘭が新しく住むという場所を必死になって聞き出した。漸く捜し出して会いに行ったのに、結局何も伝えることができなかったあの時の悲しみはもう繰り返したくはない。今度こそ白蘭には側に居てもらいたい。このまま離ればなれになってしまうなんて耐えられないのだ。骸は真剣な想いを胸に、目の前の石畳の道を進んだ。


屋敷まであともう少しという所で、石畳の小道の両側に綺麗に整えられた庭園が見えた。たくさんの可憐な花々が咲き誇り、静かに風に揺れている。何となく視線を向けた先に太陽の光を受けて眩しいばかりに輝く白が見えて、不意のことに心の準備もできないまま骸の足は止まっていた。白蘭は2人で居た時の自分だけしか知らない穏やかな雰囲気を纏って静かに花々に囲まれていた。


「白、蘭。」


背後にある骸の気配に気付いたのだろう。地面にしゃがみ込み、じょうろを使って青い花に水をあげていた白蘭がそっとこちらに振り返った。静かに立ち上がった白蘭は、唇を噛み締めるようにしてじっと骸を見つめる。先ほどまであんなに意気込んでいたはずなのに、自分に鋭い視線を向けてくる白蘭に体が震えそうになった。骸は何をやっているのだと自分を叱咤すると、小さな庭園へと足を踏み出そうとした。


「骸君…来ないでよ。」


白蘭の拒絶の言葉にそれ以上進むことができず、骸はその場に立ち尽くした。目の前には綺麗な花の絨毯が広がっていたが、それはまるで2人を分かつかのようだった。


「白蘭、僕の我が儘だとは十分承知しています。ですが…僕にはあなたが必要です。ずっと隣に居て欲しいんです。」


溢れそうになる精一杯の想いを音に乗せて白蘭に告げた。今でもどうしようもないくらい好きなのだ。彼以外に一緒に生きていきたいと思える存在など居ない。白蘭は骸を見つめ続けていたが、視線を逸らして俯くと、駄目なんだと小さく呟いた。


「駄目とは、何がですか?…ちゃんと理由を教えて下さい。」

「とにかく駄目なんだ。」

「白蘭!」


骸君じゃないよ。駄目になったのは僕なんだから。白蘭はどこかぎこちない笑みを浮かべると、骸に背を向けた。このままでは白蘭は自分からどんどん離れていく。孤独に胸が締め付けられそうになり、骸は白蘭に駆け寄るとその腕を掴んだ。骸に背を向けたまま屋敷へと歩いていた白蘭の肩が震える。振り返って伸ばされた手は、いつかの思い出の中のようにそっと頬に触れることはなく、悲しくなるほど優しい仕草で骸の手を解いていた。


「僕はもう…骸君とは同じ場所に居られないんだ。」

「それは…」

「分かるでしょ。そのままの意味だよ。僕と骸君の住む世界はもう違うんだ。交わることはないんだよ。」


綺麗過ぎて酷く冷たく感じる笑顔。そんな顔など見たくはなかった。骸は頭の中で必死に言葉を探した。白蘭を繋ぎとめることのできる言葉を。白蘭への想いは募るばかりなのに、言葉は何一つ見付からず、ただ狼狽えることしかできなかった。いつも何事にも冷静に対処できるはずの自分でも、白蘭のことだけはこうも上手くいかない。


「だからね、骸君。僕のことはもう放っておいて。君は自分の好きなように生きればいいよ。」


不意に距離を縮めた白蘭に耳元で優しく囁かれ、思わず目の前の背中に腕を回そうとした。だが白蘭はそれより早く骸から離れると、そのまま真っすぐに視線を向けた。その瞳は確かにさよならを告げていて。それでもはいそうですか、などと簡単に納得できる訳がなかった。だが今日はこれ以上は無理だ。諦めざるを得ないだろうと感じた骸は、白蘭に背を向けて鮮やかな花に囲まれた道を引き返すしかなかった。


*****
外観も豪華な造りだとは思っていたが、白蘭の屋敷の中は洗練された上品な家具で統一されており、想像以上の優雅さが漂っていた。今にもどこかの部屋から使用人が出て来そうな雰囲気だったが、彼以外に人は居ないらしい。1人で住んでいる方がずっと気楽なのだそうだ。


「この屋敷はボンゴレが管理してる物の1つらしくてさ、まぁ僕としてはタダで住めるなら別に何でもいいし。」

「今日は…こうして中に入れて頂いて、ありがとうございます。」

「仕方なく、だよ。だってここ最近、骸君、この屋敷の前をうろうろしてたでしょ。一応ご近所さんの目もあるんだから…」


これが本当に最初で最後だよ。上質な机に頬杖をつきながら、白蘭が骸を見上げた。骸は白蘭の案内で、彼が現在執務室にしているという部屋に通されていた。名前の通り部屋の中の本棚には様々な本が所狭しと並び、机の上にもノートパソコンやたくさんの書類が置かれていた。骸の視線が机の上に注がれていることに気が付いたのだろう。あぁこれね、と白蘭が書類の山に手を置いた。


「近々株か投資かなんかの会社でも始めようかなぁと思ってて。それの準備だよ。色々な知識だけは今も頭の中に残ってるからさ。……僕はもうファミリーのボスじゃないし。…本当に何もかもなくしちゃって、それこそただの一般人だからね。」


これから頑張らなきゃいけないなぁ。白蘭は溜め息混じりの苦笑を浮かべた。そんな彼の姿にチクリと胸が痛む。骸は白蘭の居場所を尋ねようと綱吉に会った時に聞かされていた。白蘭は彼が持っていた何もかもを失ってしまったのだということを。だがそれがどうしたというのだ。骸には些細なことに過ぎない。こうして生きていてくれるだけでいい。白蘭がまた笑っていられればそれでいい。力を失ってしまっても、何も持っていなくても、白蘭は白蘭なのだ。愛しくて堪らない大切な…


「駄目、というのは…そういうことですか。」

「何か言った?骸君。」

「パラレルワールドを覗くことのできる能力も、今まであなたが築いてきた地位や名誉も…全てなくしてしまったとしても、あなたはあなたのままでしょう?こうして生きているだけで良いではありませんか。…そんなことを気にしていたのですか?」

「そんな、こと…?」


白蘭の眉がピクリと動いた。彼は革張りの椅子から勢い良く立ち上がると、肩を震わせて骸を見た。


「…骸君にとっては『そんなこと』なのかもしれない。だけど、僕はそうじゃない。僕にとっては君の幸せが何よりも大切なのに。…どうせ骸君には僕の気持ちなんて分かる訳ないよ。骸君の分からず屋!」

「なっ…分からず屋なのは、あなたの方です。何を卑屈になっているんですか。」


僕は卑屈になんかなってない。白蘭の雰囲気は、明らかに先ほどまでとは違っていた。彼の静かな怒りをひしひしと感じたが、骸は引き下がるつもりはなかった。白蘭を怒らせてしまったとしても、今のあなたが変わらず好きなんですと伝えたかった。不意に部屋の中に乾いた笑い声が響き、骸は驚いて白蘭を見た。まるで何もかも最早どうでも良いという表情で白蘭がぽつりと呟いた。


「僕は骸君の為に、骸君の幸せを思って…」

「どうして離れることが僕の幸せだと勝手に決め付けるのですか。…今のあなたなど、僕は嫌いです。」


思わず勢いで口に出してしまった言葉の意味を理解して、骸はとっさに口に手を当てていた。そっか、骸君は僕のこと嫌いなんだね。耳に届いた感情のない声に後悔の波が押し寄せた。自分は一体どうすれば良い?もう何も分からなかった。


「僕だって、骸君なんか嫌いだよ。」


もういいから帰って。顔も見たくない。白蘭の声が遠くに聞こえた。後悔で足に力が入らず、上手く歩けなかった。ガチャリと重厚な扉の鍵が掛かる音がして、それがいつまでも骸の耳に木霊していた。

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あきゅろす。
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