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確かな愛の詩 1
未来編終了辺りですれ違いからの2人です←すれ違っているか微妙です…(20000HITリクエスト)

相変わらずの何でもありな設定になっております



備え付けられている簡易ベッドとその隣に置かれた書き物机までもが白で染まった部屋。何もかもがただ白く、思わずむせ返りそうになる部屋の中、その白さに埋もれてしまいそうなほどに真っ白な彼が居た。会いたくて、堪らなくて。けれどもこうして会いに来てしまったことを、酷く後悔していて。相反する感情が胸の中で嵐のように渦巻くのが分かる。だが骸は、それらを一切表情に出すことはなかった。


「…やはり、ここに居ましたね。」


骸は閉ざされたドアの向こう側ではなく、白い部屋の中に静かに立っていて。手を伸ばせば目の前の存在に縋り付くことなど簡単だ。そのまま距離を詰めてしまえばいい。それなのにまるで白い床に吸い付いてしまったかのように足は動かず、取り繕った笑顔のままで白蘭を見つめることしかできなかった。


「何で、ここに来たの…」


苦痛に耐えるかのように絞り出された言葉。苦しそうに眉根を寄せる白蘭の姿に胸が軋んだ。まるで心臓に鋭い楔を打ち込まれた衝撃に、一瞬息ができなかった。


「何故、とは…愚問ではありませんか?あなたを迎えに来たに決まっているでしょう。僕はあれからボンゴレからは離れていましてね。…風の噂に聞いたのです。ユニが最期の力で再びあなたに命を与えていたのだと。ですからあなたの行方を捜して、今日ここに辿り着いた訳です。」

「……」


白蘭は黙ったままだった。顔を見る度に良く似合っていると密かに思っていたタトゥーは今はもう左目の下にはなく、そのことに少しの違和感を感じない訳ではなかったが、彼は確かに彼のままだった。周りを白に囲まれた音もない重い沈黙に耐えきれそうになくて、骸は言葉を続けた。


「それにしても、ボンゴレの施設は対術士用のセキュリティーがザルですね。僕ほどの術士ならば、目を瞑っていても簡単に侵入できてしまうくらいでしたよ。」

「…何で骸君は最期の時、僕の側に居てくれなかったの?」

「それ、は…」


突然の言葉に骸の肩が揺れる。「最期」だなんて、考えてみれば全くもっておかしな表現なのだが。白蘭の心臓は再びきちんと動いていて、今この時を生きているのだから。だが最後の戦いのことは、お互い忘れられるはずもなく、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができてしまう。


「何で僕が伸ばした腕を掴んでくれなかったの?何で君は、僕を助けてくれなかったの?…どうして、骸君。」

「っ、びゃく…」


グッと言葉に詰まり、その先を続けることなどできなかった。悲しげに揺れる瞳が責めるように骸を見つめる。胸の痛みが全身を襲い、辛くて仕方がなかった。


「実際は今もこうして生きているけど、これが最期なんだって覚悟した時、僕は君に側に居て欲しかった。目を閉じる瞬間、僕の瞳に映るのは骸君が良かったのに。」

「僕は…」


自分では白蘭を救えないと思ったのだ。どんなに彼のことが好きで、愛しくて、大切で、なくしたくないと思っても、自分は彼を救うことはできないのだと。不器用な愛し方しか知らない自分には、全てを包み込んで浄化する大空のような力はない。彼をただ愛することはできても、抱えていた苦しみから救い出す力などないと思ってしまったのだ。そんな風に考えてしまったら、最早その場から動くこともできなかった。白蘭の側に行くことも、確かに自分の方へと伸ばされたはずの手に視線を向けることすらできず、目を背けて最期の瞬間をやり過ごしたのだ。


「白蘭、僕は…」


僕にはあなたを悲しみや苦しみから救う力などないと思った。あなたが僕を好きだと言ってくれても、僕はただ自分の想いを一方的に押し付けることしかできないんです。好きなのに、あの時あなたの手を取ることが怖かった。だから結局あなたを見殺しにした。そのくせあなたを好きな気持ちを捨てることもできず、あなたが生きていると知って、あなたを捜してこうして無理矢理押し掛けた。本当はあなたの側に居たかったし、あなたを救いたかった。けれども伝えたい言葉は音になることはなく、骸は俯いて唇を噛んだ。


「今さらのこのこやって来て、罪滅ぼしか何かのつもり?」

「ちがっ…」


優しい響きが骸に突き刺さる。やはり白蘭は許してはくれなかった。一緒に居たいと思うのに、もう駄目なのだろうか。僅かな時間だったが、2人で過ごした穏やかで心地良い日々に戻ることは無理なのだろうか。


「…もういいよ、骸君。帰って。」

「嫌、です。僕はあなたと…」

「君がこんなことしなくても、僕は明日ここを出ることになってる。綱吉君の計らいでね。」


僕を倒した相手からの施しなんて、ほんと皮肉だよね。白蘭は自嘲めいたように呟きながら骸に近付いた。


「だから、もう帰って。」


白蘭の腕が骸の体を静かに押す。もうここから出て行けとばかりに。シャツ越しに久しぶりの彼の手の温もりを感じて、涙が溢れ出しそうなのに。今もまだ彼が好きで堪らないのに。伝えたい言葉を何ひとつ伝えることもできず、骸は力なく白一色の部屋を出て行くしかなかった。


「白蘭。」


自分達を隔てるドアが閉められる瞬間、骸はとっさに白蘭の名前を呼んでいた。だが白蘭は無情にも背を向けていて。骸はやり切れない思いのまま、ドアの向こう側へと消える白い背中を見つめた。



*****
これで良かったんだ。これで。ベッドの上に座り込んで、白蘭は何度も自分にそう言い聞かせていた。先ほどまで確かにあったはずの愛しい人の残り香も儚く消えてしまって、真っ白な部屋はただ冷たいだけだった。


「久しぶりに会ったけど、相変わらず綺麗だったなぁ、骸君。」


自分は彼と一緒に行くことはできない。これからの時を一緒に歩むことはできない。白蘭は手を伸ばすと、自分の左頬にそっと触れた。正確には左目の下に。そこにかつてあったはずの能力の証は、今はもうない。何の力も持たないただの一般人のような存在になってしまった自分が、果たして彼の隣に居ていいのだろうか。居られる訳がないと白蘭は考えた。今の自分には何もない。地位も権力も手駒も目的も。本当に何も持ってはいない。だがもうそんな物は欲しいとは思わなかった。世界を変えて新世界の創造主になるなんて馬鹿みたいに思っていた頃の自分は、今思えば本当にどうかしていた気がする。今はそんなことはどうでも良くて。


「骸君…」


名前を呼んだ所で愛しい人が戻って来るはずもなく。無理矢理追い出した時の今にも泣きそうだった骸の顔を思い出して、白蘭はきつく目を閉じた。何もかもなくしてしまったはずの自分に唯一残っていた物。骸への変わらない愛だけが両手の中にあればいい。その気持ちを今までのように、また骸に受け止めてもらえればそれだけでいいのだ。だが敗北して、掌から何もかも落としてしまった自分は骸の隣で以前のように上手く笑うことはできない。


「だって、こんな風になっちゃった僕は、もう骸君には釣り合わない。」

そうであるから、思ってもいない偽りを並べ立てて彼を遠ざけた。死を覚悟したあの時、傍らに居て欲しかったのは嘘ではないが、骸を責めて傷付けようなどと本気で思った訳ではなかった。本当は今でも泣きそうなほど好きなのに。けれども好きだからこそ、愛しいからこそ、大切だからこそ、こんな自分と一緒に居てはいけないと強く思う。恋人で居てくれたからといって、敗者の自分などに縛られていては駄目なのだ。そのまま忘れて彼自身の目的の為に生きて欲しい。それが今の自分の本心だ。


白蘭は体を丸めて壁にもたれ掛かると、ベッドと反対側の壁にある小さな窓に視線を移した。窓から僅かに覗く星空は、骸の長い髪と同じように艶めいた輝きを放っていた。分かっているのだ。自分は再び大切な命を得たが、その代わりに骸を守る力を失った。これからは彼と居ても、何もできない自分は足を引っ張ってしまうだけ。頭では分かっている。だが骸がこの部屋を訪れてくれた時、ずっと捜してくれていたのだと知って、彼を思い切り抱き締めたくて堪らなかった。ベッドでも机の上でも構わない、その細くしなやかな体を押し倒して、満足するまで味わいたかった。僅かの間だったが、2人で煌めくような時間を過ごした日々に戻りたかった。


「だけど、あの日々にはもう戻れない。」


自分で口に出したことで、はっきりとそうなのだと感じた。骸君は変わらないままだとしても、僕は変わってしまったんだ。白蘭は漆黒の空から視線を逸らして静かに俯いた。視界がぼやけるのを必死に抑えながら。

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